悪党と王者の心構え
試合会場だった演習場を飛ぶように走って突っ切り、向かったのは人の集まっている場所。
そこでは部員どもが魔道人形の汚れを拭い、片付ける前に道具の状態を確認していたはずだ。練習後には、まずそれらを済ませるのが当たり前。頑丈な魔道人形でも、手入れを怠れば不具合は出やすくなる。まさにガキでも知っている基本だ。
今頃は片付けを済ませた三校の連中が大勢で集まって、反省会でもやっているのだろう。
「ふん、このまま帰すか。乗り込んでやる」
練習試合の後には、部長が相手側の顧問の評価を聞く時間を設けるのが通例だ。感想戦と呼ばれるもので、私も練習試合のたびにやっている。
これは理にかなった話で、どうせ反省するなら相手に立った側の意見を聞いたほうがいい。ウチがあいつらの意見を聞く必要はまったくないけど、向こうが私のありがたい話を聞く価値はあるに決まっている。
西の櫓の下に集合した大勢の連中に近づくにつれ、ヒステリックに怒鳴り散らす女の声が聞こえてきた。
何を言っているのかよくわからないけど、どうやら不甲斐ない試合に対するおしかりのようだ。
あんな怒り方をして、生徒たちにポジティブな影響があるとはとても思えない。しょうもない奴だ。
どれ、情けない姿をちょっと見物してみるか。
気配を消しながら接近し、西の櫓の上に飛び乗ってしまう。柵に肘をついた姿勢で、集まった奴らを見下ろした。
そこにはざっと二百人くらいいる。
きっちりと整列した集団を前にして、肩を怒らせて話す女が二人。顔は見えないけど二人は制服姿でないことから、あれは顧問やコーチのような立場の奴だろう。
優勝候補のグラームス学園、そこの顧問でありちょっとだけ私と因縁のあるナタリエル・パーカーはといえば、集団からは少し距離を置いて何か考えごとでもしているようだ。ヒステリックな声に耳を傾けているようには思えない。
見物すること一分くらいは経過しただろうか。
高い櫓の上とはいえ、普通に姿をさらして見下ろす私に、いつまでも気づかないマヌケばかりじゃない。
数人の生徒がこっちを指さしてざわめき始めると、背中を向けて怒鳴っていた女も上から見下ろす私に気づいて反応した。ナタリエル・パーカーもだ。
「そこで何をしているのですか!」
ヒステリック女その一が、ひと際大きな声で叫んだ。うるさい奴だ。そこまでの大声じゃなくたって、十分に聞こえる。
私はあいつのことを知らないけど、向こうは私のことを知っているようだ。なら、話が早くていい。
「感想戦」
魔力を込めた言葉を放つだけで、うるさかった場が静まり返った。騒がなければ、特別に大声を出さなくたって話はできる。
「対戦相手の顧問から、生徒が評価を聞く。これって通例じゃなかった?」
私は客観的に何もおかしなことを言っていない。魔道人形倶楽部の活動的に、至極真っ当なことを言っただけ。それに対して面食らったようにする奴らのほうがおかしい。
まあいい。あいつらの思惑なんか、どうでもいいんだ。私はただ、あいつらに言いたいことを言うために、ここにやってきた。
そうだ、対話など必要ない。一方的に言ってやる。
「言いたいことはいくつかあるわ。まず、約束を果たせ。今日は日没まで試合を繰り返す予定だったはず。何が体調不良よ、くだらん言い訳で約束を反故にするな」
ここまで一息に言い切ると、ヒステリック女たちが怒りに顔を歪ませた。何か言う前に、また強く重苦しい魔力を見せびらかして黙らせる。
お前たちと私、対等に話ができると思うなよ。
「なんで逃げた? 卑怯な真似したくせに勝てないから? 三校の結託なんて情けない真似以外にもやってたわね? まさか気づかないとでも? そこまでやったって、ちっとも勝ち目が見えないから逃げた? どこまでダサけりゃ気が済むの?」
言ってやる。こっちはやられた側だ、好きに言える。
「う、うるさい! こっちはね、」
「黙れ」
ヒステリック女が言い返そうとしたのを、再び魔力の威圧で黙らせる。まだ発言を許可していない。
ここはやっぱり使えない顧問じゃなく、わかりやすく当事者である生徒に向かって言ってやろう。感想戦はあくまで対戦校の生徒に対して与えるアドバイスだ。
「三校の部長は前に出ろ……早く!」
おずおずとしながらも、素直に前に出た三人の女子。普通に素直な性格なのか、威圧に恐れをなしただけか、なんにしても結構だ。
とりあえずの姿勢に満足してうなずくと、ありがたいアドバイスをくれてやることにした。
「答えろ。お前たちは今日、力を出し切ったか? 胸を張って、全力を出して戦ったと言えるか? お前から順に答えろ」
向かって左にいる少女を指差した。
難しいことは聞いてない。答えられるはずだ。少女をじっと見つめれば、観念したように口を開いた。
「……全力は出した、と思います」
「へえ、あれで。次のお前は?」
「全力でやりました」
「あっそ。じゃあお前は?」
「も、もちろん、全力でやっています」
そういうことを聞いてないんだ。こいつらは、まずそこがわかってない。
これ見よがしに大きくため息をつき、呆れたように言ってやる。
「あれが全力だって? ふざけんな。全力ってのは作戦も含めての話よ。あんな情けない作戦がお前たちの全力だって? 本気で言ってんの?」
勝つならともかく、卑怯な作戦をやって負けるのはダサすぎる。そうした自覚はさすがにあるようで、少女たちは悔しそうにうつむいた。
例によってヒステリック女が口を出そうするのは、魔力の威圧と共ににらむ視線で黙らせる。
悪役に回るなら、絶対に勝たなくてはならない。なぜなら、負けた時にめちゃくちゃカッコ悪いから。
ルールを破る、あるいは穴をついた側が負けてどうする。
悪を働くには、覚悟と実力が必要なんだ。お気楽に悪党を気取ってくれるなよ。
「強豪校の本気があれだってんなら拍子抜けね。お前たちは本番でもあんなもん? ほら、顔をあげて答えろ」
「ち、違います! 本番であのようなことはしません」
「本番での作戦は当然、その場にふさわしいものを考えます」
「練習と本番は別物ですよ、だって、」
「もういいわ。黙れ」
思ったとおりだ。そんな考えだから、バカな真似をする。顧問が提案か指示したんだとしても、くだらない作戦に乗った時点でダメだ。
「今日は本番じゃない? ただの練習? また次がある? そんなんだから負けんのよ」
いつだって本番と思わなければ、その練習は効果が薄い。
「いいか、今日の勝負は今日だけのもの。そんな甘ったれた負け犬根性してっから、今日みたいな結果に終わる。無様に負けて、嘘ついて逃げることになる。特別に教えてやるわ。魔道人形操作の実力はそこまで変わらないのに、聖エメラルダ女学院とお前たちの何が違うのか。答えは簡単、覚悟の違いよ。中途半端なお前たちとは、勝負に対する覚悟が全然違う。覚悟の違い、そこで負けるんだ。覚えとけ」
「わ、わたしたちだって、」
「なら、二度と情けない真似すんな。もし次にやる時があったら、死ぬ気で気合入れてかかってこい。それさえ見せたら、次は褒めてやる」
最後の最後に冷たい表情を崩し、少しだけ笑顔を見せてやった。
これでガキどもも少しは気を持ち直すだろう。
しかし……ふと聞こえた小さな話し声を地獄耳が拾い上げた。後列に並んだ生徒たちがコソコソと話している。
「なにあの女。金持ち貴族が家の威光で偉そうに」
「聖エメラルダ女学院なんて落ち目だったくせにね」
「こっちは一生懸命やってんのに、金持ちが遊びで入ってくんなっての」
「でもあの箱入りどもの強さって異常じゃなかった? どうせズルしてたんじゃないの?」
「やっぱり? そうだと思った」
「自分がやってるから、こっちまで疑うんだよ。ホント最悪」
「この前聞いたんだけど、貴族って審判にも顔が利くらしいよ」
「それなら最初から勝負にならなくない?」
「ひょっとしたら、大将機落としても落としてないことにされてたり?」
「ありそうっていうか、普通にあるよ、きっと」
どうやらまだ私も甘かったようだ。くだらない奴は、とことんくだらないってことを忘れていたようだ。
私の言葉が届いた生徒たちがいる一方で、素直に聞き入れない奴らもいる。二百人以上もガキがいるんだ、それはそう。
ボロ負けしたあげくに顧問に怒鳴り散らされた不満、聖エメラルダ女学院へのやっかみと嫉妬などの感情が、聞くに堪えない愚痴として零される。
本心とは違う単なる愚痴かもしれない。ただ、一定数は本物の馬鹿はいる。
性根の腐った奴は反省などしない。悪かったことの原因を内じゃなく外に求める。
自分たちは悪くない、相手がインチキしたに違いない、そうに決まってる。いや、そうであってくれ!
強豪校の生徒は誰もがそれなりの努力をしてきたはずだ。その努力が報われなかったら、現実逃避したくもなるのだろう。
捧げた努力に対し、相応の結果で報われたい。そう願うのは自然な感情だ。
自分の努力はもちろんのこと、友達や仲間の努力だってそう。それどころか赤の他人の努力すら、それと知っているなら報われて欲しいと思う人は多いだろう。
それでも結果は厳然として表れ優劣をつける。
努力は効率が伴わなければ、よりよく能力を伸ばせないし、結果にも結びつきにくい。頑張ればいいってもんじゃないんだ。そこには指導者の力量が強く影響する。
あんなボンクラな顧問と私を比べるなんて、その時点で馬鹿げてる。でも、世間知らずのガキどもにはそれが理解できない。
へこまされたガキどもに気合を入れてやるため、こうしてわざわざを足を運んだってのに。
どうしたもんかね。素直に聞き入れたのもいるし、それでよしとするか?
いや、あり得ない。この私と聖エメラルダ女学院をナメて、それが陰口だからって許されると思うなよ。
櫓の上から黙ったまま見下ろす私には、どんどん注目が集まっている。
何も言う必要はない。私のような存在は、ただ無表情に黙って立っているだけで相手が勝手に恐怖する。
大陸東西の裏社会で、ユカリーノウェ・ニジョーオーファシィの名を知らない奴はいない。
どれだけ多くの馬鹿どもを返り討ちにし、その何倍もの根性なしを戦うまでもなく諦めさせた女か、わざわざ語らなくたって自然と発する存在の圧がそれと証明している。
何も知らなくたって、勝手に体と魂が恐怖を感じるだろう?
お前たちは、まさに蛇に睨まれた蛙と同じなんだ。
それっぽい雰囲気を出すだけで、コソコソと陰口を叩く連中も押し黙る。そして私の視線を感じて顔色を変える。
しんと静まるこの場を支配するのは、私の不満を隠さないただの雰囲気だ。この場にいる誰もが得体のしれない恐怖を感じている。気の小さい奴はガタガタ震えるくらいに。
この空気を感じただけで、たぶん二度と私に対して生意気な口を叩く気にはならない。
怒鳴り散らすお前たちの顧問と、黙って見るだけの私。どっちが格上かわかるだろう?
どっちの指導を受けたら、勝てるようになると思う?
想像しろ。この私の指導を受ける聖エメラルダ女学院の実力を。決してインチキやまぐれだなんて、そんなことは考えられないはずだ。
お前たちは全体的に生ぬるい。それを自覚して己を鍛えれば、もっと強くなれる。
睨まれなくても察しのいい連中は、なぜこの空気になったのか理解できているだろう。
自身の不甲斐なさを棚に上げて、他者に不満の矛先を向けた結果だ。私は別に何もしないけど、怖い人の怒りに触れることの愚かさを実感はできただろう。
金持ちや権力者を怒らせて、得をすることなど何もない。いまのうちからそれくらい学んでおけ。反発心を抱く根性は好きだけど、無策に相手を怒らせるのはただのバカだ。そこに勝算がなくては意味がない。そしてこの私への勝算などあるわけがない。バカどもが。
とにかく、私がやるのはここまで。
いくら敵の弱体化がつまらないからといって、過ぎたお節介はどっちにとっても有益とは言えない。
好敵手として盛り上げてくれる存在になれるかどうか、あとはこいつら次第だ。
「ナタリエル・パーカー先生。わかってるわね? こんな体たらくじゃ、勝てるもんも勝てないわよ」
「言われるまでもありません。ユカリード・イーブルバンシー先生、約束を果たさなかったことに対して謝罪します」
「謝って欲しいなんて思ってないけど、その謝罪は受け入れる。邪魔したわね」
それだけ言って櫓から優雅に飛び降り、視認を許さない勢いで走り去った。
本気で走れば数百メートル程度、ほんのわずかな時間しかかからない。そのわずかな時間で思い返す。
一番言い返してきそうと思っていたナタリエル・パーカーが、まさかの謝罪とは予想外だ。それに厳しい顔をするだけで、余計な口を叩かなかった。あの殊勝な態度が少し気になるかな。まあいいけど。
「先生、おかえりなさい」
「撤収の準備はできてます。あっちの様子はどうでした?」
部長副部長のコンビが、バスに乗らず律儀に待っていた。
「ま、想像のとおりよ。顧問は怒り狂って、生徒は落ち込んでたわね」
「そこに乗り込んだんですか? さすがイーブルバンシー先生」
「ミルドリー。私は招かれた学校の顧問よ? それが挨拶すんのに、なんで遠慮しなくちゃいけないのよ。ビシッと一発かましてやったわ」
「いえ、だからかますって……」
「まだ時間早いし、さっさと帰って練習するわよ」
「そうですね、行きましょう」
三人でバスに乗り、移動しながら今日の反省会を実施した。
私たちは敵の企みを挫き、勝ちはしたけどまだまだな点も多かった。
特に大事なのは、消耗を抑え効率的に敵を叩くこと。今日の場合には、動揺した敵の大将機の位置がわかりやすかった。そこはもっと早く見極められたはずだ。
実際に戦った部員たちの感想を聞き、顧問としての所感も述べる。普段の練習とは違い、試合は得られる経験が多い。これからもっと繰り返したいところだ。
情けない敵を目の当たりにしたからといって、自分たちの練習に手を抜くことはない。
聖エメラルダ女学院の生徒たちは、それをわざわざ言わなくても分かっているところが非常によい。
うん、実に心構えがなっている。