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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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容赦できない勝利への道

 短い休憩をはさみ、第三試合は容赦なく始まった。

 外部から招かれたという審判員たちだって、ここまでの試合内容はよくわかっているはず。

 思うところがないわけじゃないだろうに、感情など切り捨てたかのように、事前に決められたとおり機械的に進行していく。


 相手となる三校の気力は尽き果て、始まったばかりの動きで早くも結果が見えるようだ。

 明らかにさっきよりも動きが悪くなっている。三校ともに悪かった動きが、さらにもっと悪く!

 内輪揉めでも起こしたか? もはやこのまま試合続行できる精神状態じゃなさそうだ。


 しかしながら、事前に取り決められた試合間隔は、向こうが勝手に決めたことであり、あくまでこっちは乗ってやっているだけの状況だ。

 聖エメラルダ女学院からは何も要求せず、不利を承知で罠に踏み込み、正面からそれを叩き潰し、貪欲に勝利を追求する姿勢を強く印象づけた。それに対してあいつらは?


「先ほどと同じく、西のやぐらに攻め込みます。何も手を打たないのであれば、同じように叩き伏せます」

「さっきよりも時間かけずに仕留めるよ! 急いで、急いで!」


 強く動揺し、気力の尽きた敵など相手にならない。

 それでも手加減などしない。やる気がないなら、徹底的に叩いてやれ。二度と歯向かう気にならないよう、力の差を思い知らせてやれ。

 こうした機会を生かせば、次にやる時には何もしないうちから精神面で上に立てる。

 敵はウチを恐れ、十分な力を発揮できなくなる。本来の調子で戦いに挑むことができなくなる。


 戦いというものは、その時に限ったものじゃない。

 人がやるものなんだから、良くも悪くも必ずと言っていいほど後に引きずる。


 奴らがウチをやり込めようとしたのだって、今後の本番を見据えての作戦だったはずだ。

 やるつもりだったんなら、やり返されたって文句などあろうはずもない。

 徹底的にやってやれ!


「西を撃破っ、イーディス隊はこのまま南に向かう!」

「チェルシー隊も続きます!」

「シグルドノート隊は後方を警戒しながら続きます。部長、南と北のチームが合流する動きを見せていますね」

「しかし遅いです。あれではイーディス隊とチェルシー隊を振り切れず、合流には間に合いません。そのようなことに気づかないはずはないのですが、妙ですね」

「あっ、見てよ! 魔道具使ってない?」


 ミルドリーが気づいたか。南の櫓のチームは、ちょっと前から魔道具を使っている。


「……あれはもしかして、水ですか?」

「たぶん。見えにくいけど、地面が水浸しになってない?」

「言われてみれば。しかし無駄なことです。シグルドノート隊は、また北のチームの裏を取れますか?」

「石壁に隠れて侵攻できるルートがあるので、裏に回るだけなら問題ありません。さすがに警戒はしているでしょうし、大将機は隠していると思うのですが」

「ええ。ですのでむしろ姿を見せて、存分に警戒させてあげてください。念のため、北からの合流速度を遅らせます」

「イーディス隊とチェルシー隊が南のチームを突破して、北のチームも続けて正面から攻めるってこと?」

「あの体たらくです。素直に正面からぶつかるだけで、どちらも撃破できるでしょう。それに水をいた程度でこちらの速度が落ちるなどと、甘く見るにもほどがあります。その認識の甘さも思い知らせます」


 屋外が試合会場となった魔道人形戦は、当然ながら悪天候の場合を考えなければならない。雨天中止などないんだ。

 足を取られる泥や水たまりのある環境で人形を操作することは、普通に考えて難易度が高くなる。当然、そこを歩かせようとなれば速度は落ちる。

 攻撃的な魔道具を持ち込めないルール上、敵の侵攻を邪魔できる「水を撒く」という魔道具はシンプルながらも有用だ。聖エメラルダ女学院だって、選択肢の一つとして考えている。


 ただし、そんなことは誰だって考えつく。

 有用な理由としては、誰もが想定できるのに阻止することはできないからだ。


 それでも私が鍛える聖エメラルダ女学院は、当然を当然とは受け入れない。

 常識を覆すからこそ、強くなれる。


「ちゃんと付いてきて! イーディス隊より遅れたら、今日は帰ってから追加練習にするよ!」

「なに言ってんの! こっちのほうが速いって!」


 チェルシー隊とイーディス隊が競争するように先を急ぐ。

 水浸しの泥だらけになった戦場でも、足元が分厚い草や砂利などで覆われた道なら問題なく進める。そうしたルートを確保し、進むことができれば速度にはあまり変わりが出ない。

 侵攻ルートの選択と確保は、早々に終えるべき必須事項だ。ぬかるみを想定できるからには、克服する練習はやっておくのが当然であり、慌てる理由がない。

 それにもし泥の道しか進めないとしても、それを訓練していないわけがない。


 悪条件にこそ強いチームは、いちいち環境に惑わされず真に強いと言える。

 誰もが苦戦する状況をこそ、得意にできたらそりゃ強い。

 逃げる敵を追うのは王者の定めでもある。待ち受ける敵を打ち破ることだって王者の定めだ。


 水を撒いた程度で逃げきれると思うなんて甘すぎる。

 逆に突破する速度に驚いた敵がさらなる動揺にさらされる、そんな当たり前の未来がやってきた。

 いや、それ以上にひどかった。


「ちょっと、なにあれ?」

「まさかの自滅? そんなことある?」

「え、よく見えなかった。どうなってたの?」

「南のチームは大将機が泥に足を取られて転倒、それにつまづいて転んだ仲間の武器によって、まさかの撃破判定が出ました。敵ながら、あまりに情けないですね」


 敗北が決まったことは、打ち上げられた光魔法によって即座に全員に伝わる。

 北の櫓のチームがどこまで把握していたは不明だけど、聖エメラルダ女学院の部隊が追いつく前に敗北したことは不審に思っただろう。


 考える時間を与えないとばかりに、イーディス隊とチェルシー隊が敗北した南の櫓チームを追い越し、飢えた野獣の如く残った北の櫓チームに襲い掛かる。

 敵は状況の理解が追いつかず、背後にはシグルドノート隊が姿を見せてプレッシャーまでかけられている。

 まともに防御隊形すら組めずにバラバラに戦い、散発的な抵抗を繰り返すのみのチームに勝利の見込みはない。もう戦いにもなっていない。


「よし、とりました!」


 当たり前のように敵の大将機を討ち取り、チェルシーが喜びの声をあげた。

 三試合連続で、勝者を告げる青色の光魔法が空に輝いた。



 ここまで敵の三校は、はっきり言って強豪校らしからぬ醜態をさらし続けている。

 散々な結果にプライドなんて、すでに砕け散っていることだろう。


「第四試合はすぐに始まります。早く準備を済ませて、少しでも魔力の回復に時間を当ててください!」

「ハーマイラ、次はどうする? 同じで行く?」

「ミルドリー、あちら三校の準備の様子を見て。自陣に人形を集めるのが遅いし、何よりやる気が感じられない。徹底的に叩くよ」

「優しさなんて必要ないってわけね。イーブルバンシー先生に助言を求めたら、同じこと言いそう。いいよ、向こうが音を上げるかやる気になるまで何度だって繰り返そっか」


 うなずき合った部長と副部長が方針を確認し、それを部員たちに伝えた。

 聖エメラルダ女学院は、三校が何か手を打たないならこのまま同じことを繰り返す。新たな手の内はさらさず、魔道具だって使わない。

 敵が得るものは、聖エメラルダ女学院の強さと容赦ない姿勢を知ることだけだ。


「……なにをやってんのやら」


 つい、溜息交じりの独り言をつぶやいてしまった。

 広く魔力感知をしているからわかったけど、西の櫓のほうでいままでにない動きがある。

 試合会場の方々から人が移動し、計十人ほどが集まって、おそらく話し合いをしている。たぶん三校の関係者と審判員だろう。

 今度は審判もグルになって悪だくみか? それも結構だけど、時間は守ってもらいたい。


「遅いですね。もう第四試合が始まってもよい時間なのですが」

「さっきのはさすがにひどかったからね。このまま続けるかどうか、審判が確認してるとか?」


 明らかに時間が押していることから、ハーマイラたちも不審に思い始めたようだ。



 もし、いま私が三校の側の顧問だったら、どうするだろう。

 魔道人形戦のルール上、私がいまそうしているように、本番の試合中は顧問が部員に助言を与えることはできない。本番を見据えた練習試合なら、口出しせず部員だけで苦境を乗り切らせるのもいい。

 ただ、一方的にやられるだけの状況で学びがないなら話は別だ。練習試合なんだから、バンバン口を出したほうがいい。


 とはいえ、ここまでやり込められてしまったら、短時間で立ち直らせるのは難しい。

 風に乗ってかすかに怒鳴り声っぽいのが聞こえるけど、これは三校の顧問のものだろうか。だったらまず顧問が落ち着かないと、部員だってやりにくい。

 指揮官役の部員がいい感じに開き直って、五十人くらいの仲間を鼓舞できるカリスマがあれば……うん、やっぱり難しいだろう。


 だったらもう審判まで味方に巻き込んで、なりふり構わずめちゃくちゃにやれば、どうにかできるかな。そのくらい厳しい状況だ。

 このまま続けたって、部員たちが無意味に自信を失うだけ。もう試合をやらせる価値がないどころか、やめたほうがマシだ。


 うーむ。私があっちの顧問で、審判を味方に引き込めないならどうしよう……だとしてもこのまま逃げるのはやっぱりしゃくさわる。それはあり得ない。

 ならどうするか、やっぱり勝つことだ。

 勝利、それしかない。


 その勝利こそが難しいように思えるけど、よく考えてみればいい。

 ここには本来、どの陣営から見ても敵が三チーム存在するんだ。つまり、聖エメラルダ女学院に勝つ必要はない。

 ああ、そうだ。私だったら事前に組んだ味方の学校を裏切り、まずは敵を倒し勝つ感覚を取り戻させる。

 どこかをぶっ倒せれば、この場はそれでいい。ほんの少しでも自信を取り戻させることが、今後に向けて大事になる。


 裏切り上等。なんなら聖エメラルダ女学院の攻めに便乗する形で、敵を叩き潰すのもありだ。そのあとでやられようとも、能動的に動いた結果は次に繋げられる。

 受け身に回って、これといった対策もなしに負け続けるなんて最悪だ。


 今日の練習試合は日が暮れるまでの予定。

 予定のとおりなら、終わりまでまだ三時間くらいはある。最悪な状態から抜け出すには十分な時間だろう。

 うん、やれる。私ならそうする。

 なんにしたって、このまま終わらせたらダメだ。この場の失態はこの場で取り返す、少なくとも明日以降にまで引きずらせる内容で終わらすわけにはいかない。


「遅い! いつまで待たせる気?」


 巻き毛の少女が声をあげ、これ見よがしに悪態をついた。

 いまの謎の待ち時間は、雑談しながら魔力の回復に当てている。調子に乗って次を求める巻き毛にとっては、怒りを覚えるほど退屈に感じるようだ。

 まあ早くしろという気持ちは、私も含めてたぶん多くの部員に共通する。

 この後もまだ待たせるようなら、どこかで文句を言いにいかないといけない。どれだけ待てば試合再開するのか、最低でもこっちに状況の説明はあってしかるべきだ。


「先生、あと五分程度待って特に連絡もないようでしたら、どこかの櫓に行ってこようと思います」


 怒れるイーディスの気持ちを汲んだわけじゃないだろう。そんなものがなくても、そろそろ潮時だ。


「……その必要はなさそうよ。ちょうど、こっちに誰か向かってる」


 もう少しで姿が見える。そうして姿を現したのは二人組のおじさんで、魔道人形戦の審判員を表すジャケットを着ている。


「ハーマイラ、行こうよ。審判から何か話があるみたい」

「皆さんはこのまま待機していてください」


 待っているのがまどろっこしいことから、部長と副部長は櫓から降りて出迎えに行くことにしたらしい。なにかあるなら顧問の私も一緒に聞いたほうがいいだろう。

 櫓にかかる急角度の階段を丁寧に下る二人を上から見やりつつ、面倒に思って私は飛び降りた。優れた魔法技能を持った私のスカートは下品にめくれることはない。さらっと着地した姿を見て、急ぎ階段を下った二人のお嬢のもの言いたげな視線は無視だ。

 三人で連れだって優雅に歩き、審判員の元に行けば端的に用件を告げられた。


「試合終了、ですか」

「体調の悪い生徒が続出しているらしく、これ以上は続けられないそうだ」


 理由を述べる審判員は無表情を装いながらも、呆れた様子が隠しきれていない。審判員はたぶん公平な立場で、妙な企みには加担していないのだろう。今日のきっちりしたスケジュール消化を考えれば、それはほぼ間違いない。こいつらは招かれた審判員の立場として、練習試合で無理強いはできないと判断したにすぎないようだ。

 そうは言っても、ハーマイラもミルドリーも不服そうだ。


「先生、どうします?」

「どうするもないわ、帰るわよ。あっちはもう撤収の準備始めてるみたいだし」

「え、そうなんですか」


 礼儀をわきまえない連中だ。向こうから招いたにもかかわらず、挨拶すらなく先に帰ろうなんて。

 まあいい。とにかく三校の顧問に対しては、バカな判断を下したと思う。これで帰ったんじゃ、しばらく引きずるだろうに。


「仕方ありません。審判員の皆様、本日はお世話になりました。こちらにおられない方にもご挨拶差し上げたいのですが」

「それには及ばない。君たちも疲れているだろう? これからの聖エメラルダ女学院の活躍には期待している」

「ありがとうございます。では、こちらも撤収いたします」


 ふう、しかし今日の練習試合は微妙だった。

 やる価値がなかったとは思わないけど、本番に近いだろう真っ当な練習にはなっていない。

 奴らがつまらない結託などしなければ、もう少し読み合いなどで面白い戦いができたんじゃないかと思う。それに今日の終わり方じゃあ、優勝候補を含む強豪を三校も事前に潰したに等しい状況だ。


 客観的に学生レベルの魔道人形操作を考えた場合に、奴らはまさしく強豪を名乗れるレベルだったと評価はしてもいい。あのレベルが並ならともかく、強豪なら数は少ないだろう。そいつらが欠けた大会はさすがにしょぼくなる。

 はっきり言って、弱い敵しかいないイージーな大会で勝っても価値は薄い。


 弱い奴らに勝って、何が楽しい?

 ずっと前から思っていることだけど、強豪ひしめくなかで勝ち上がるから楽しいんだ。


「イーブルバンシー先生?」


 立ち止まって考えごとをする私を、ハーマイラとミルドリーが不思議そうな顔で見ている。

 ふむ、やっぱりこのまま帰るのはスッキリしない。


「二人とも、後片付けして先にバスに乗ってなさい。私は向こうの連中に、一発あいさつかましてから戻るわ」

「かますって……」

「すぐ戻るから、待ってなさい」


 逃げるのは別にいいけど、それは私が許してからだ。

 私はまだ、帰っていいなんて言ってない。

消化不良をそのままにはしておけないイーブルバンシー先生です。ちょっとムカついたので、挨拶の体で文句を垂れに行きます。

次話「悪党と王者の心構え」に続きます。

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[良い点] >新たな手の内はさらさず、魔道具だって使わない。 完全に実力が上回ってますね。相撲で言ったら横綱相撲 何も小細工せずに、そしてさせずに、がっぷり組んで電車道 [気になる点] >優れた魔法…
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