続、集まる人々
午後のティータイム。
お茶請けに買った焼き菓子をむさぼり食い、茶で流し込む優雅なひと時だ。
「たのもー!」
事務所でヴァレリアとまったりしてると、変な呼び声に気が付いた。
「なんか叫んでる?」
「お姉さま、わたしが見てきます」
「気を付けなさいよ」
わざわざ玄関前で挨拶してるくらいなんだし、殴り込みじゃないとは思うけどね。
いま、本部にいるのは私とヴァレリアの二人だけだ。ローザベルさんとコレットさんは、時間の空いた時には自由な生活を満喫してる。今頃は変装の魔道具を使って、観光したり買い物したりと楽しんでるはずだ。
「お姉さま!」
「誰だったの?」
ヴァレリアが嬉しそうな声を出し、訪問者たちを連れて中に入ったらしい。
「よお、久しぶり!」
姿を見せて軽い挨拶を送ったのは、収容所以来の懐かしい顔だ。
「え、嘘っ! なによ、いきなり」
なんと、突然の訪問者はオフィリアたちだった。
手紙でちょっと待ってろって書いてたのはこういうことか。どうせなら、今から向かうの一言くらい書いといて欲しかった。
やってきたのはオフィリアとワイルド系エルフのアルベルト、おっとり系エルフのリリアーヌ、穏やかなお姉さまのヴェローネ、獣人少女のミーアの五人。懐かしいメンツだ。
かつての冒険者御一行が勢揃いで訪ねてくれたようだ。嬉しいわね。応接セットに招いて旧交を温める。
収容所で別れてから、しばらく経ってるからね。積もる話はそれなりにある。
ジークルーネたちとの出会いや、たくさんいる見習い、ローザベルさんとコレットさんの合流、今やってること、これからやりたいこと。オフィリアたちの冒険譚や近況なんかも含めて、楽しく話し続けた。
紅茶を三杯飲むくらいの時間が経って、少し話も落ち着いた。
そろそろ本題に入ってみよう。
「それでみんな、単刀直入に訊くけど私の勧誘に乗ってくれたってこと? 単に遊びにきてくれたってだけでも嬉しいけど」
顔を見合わせる冒険者一同だ。
オフィリアとアルベルトが何かあるようで、ほかの三人は任せるらしい。なんだろうね。
「せっかくの誘いだしな、そのつもりできた。だが一つ、条件がある」
「条件?」
「分からないか? 手紙にも書いたが、あれからあたいらも強くなった。ユカリ、久しぶりにやろうぜ。今度はあたいが勝つ!」
「あたしもだ!」
そんなことだろうと思った。オフィリアとアルベルトは今にも戦闘態勢に入りそうだ。
「戦うことが条件でいいなら、いくらでも付き合うけどね。ウチに入るってことは、冒険者稼業はもういいの?」
「長い人生、冒険者なんていつでもやれるからな。今はキキョウ会とやらに入ったほうが、面白そうと思っただけだ」
如何にもろくでなしっぽいことを言うオフィリアだ。その言い分にうなずくアルベルトも同類ね。
「あんたたち二人はそれで良くても、ほかの三人はいいわけ?」
三人は二人と違って戦闘狂じゃないだろう。
聞いてみれば、元々冒険者やってるだけあって、面白いものや面白いことが大好きらしい。興味本位でオフィリアとアルベルトに付き合うってことみたいだ。
私としては知り合いでしかも戦力になる人材が入ってくれるなら、理由なんてなんだっていい。
ウチが面白いかどうかは議論の余地があると思うけどね。興味を持ってくれてるならそれでいいのかもしれない。楽しくやれるかは本人次第だ。
また訪問者が現れないとも限らないから、ヴァレリアを事務所に残して地下訓練場に移動する。
ヴァレリアは私たちの戦闘が見たいと残念がったけど、そこは我慢してもらう。訓練での模擬戦なんてこれから何度だってやるんだし、その時に見ればいい。
「凄いな。地下にこんなの作ってるのか」
広々とした訓練場だ。がっちりしっかりした施設に、中身が充実した武器庫と薬品庫を見て感嘆する五人。
地下の施設を紹介し終えると、オフィリアとアルベルトはすぐに武装を整えて臨戦態勢に入った。二人がかりで私と戦うわけじゃなくて、順番にまずはオフィリアからやるらしい。
そういえば魔法ありでオフィリアたちと戦うのは初めだ。収容所じゃ訓練で何度も戦ったけど、今回は前よりもずっと楽しみ。
私もオフィリアも手加減くらいはできるから、見習いとは違って何でもありの戦闘といこう。
「冒険者の力、見せてもらうわよ」
普段のキキョウ会メンバーとの模擬戦や街のならず者との戦闘、ましてや魔獣との戦闘とも違う。
常日頃、様々な魔獣を相手に戦う冒険者はどんな状況にも対応する力が必然と身につく。オフィリアには幻影魔法のようなスキルもあるから、より面白い戦いになるはずだ。
互いに向き合って、いざ戦闘開始。
身体強化魔法を使ったオフィリアを見る限り、遠慮や配慮は無用だ。
強くなったと豪語するだけあって、それなりのレベルと思う。でも、総合的にキキョウ会メンバー戦闘班のほうがまだ上とも思う。
会長としては新入りに舐められるわけにもいかない。ふふっ、収容所でオフィリアと初めて戦った時と同じだ。
ここで初めて私も身体強化魔法を発動した。
「……ユカリ、お前やっぱり凄い奴だな」
「キキョウ会は鍛え方が違うのよ、私だけじゃなくみんなね」
単純な魔力の差を見せつけたくらいじゃ、オフィリアの戦意は衰えずむしろ増していく。やっぱり戦闘狂だ。
「行くぜ!」
いつかのような気合の声とともに、私に向かって全力で突っ込んできた。魔法も武器も使ってこそ、オフィリアの本領だろう。
鋭く横に払う剣を避け、私は打撃じゃなく掴もうとする。
予想したように幻影のスキルのせいで、見た目どおりには掴めなかった。しかも特殊な能力だけあって、魔法のように看破することができない。
昔みたいにカウンターを狙ってみるのもいいけど、それじゃ芸がない。せっかく久しぶりの再会で、今は魔法が使えるんだ。それを試さないのはもったいない。
オフィリアのスキルは見えてるものと実体の距離が少し違うだけだ。範囲攻撃に対してはあまり意味がない。
早いステップで追撃から逃れ、今度は私からオフィリアに向かって突っ込む。
カウンター戦術じゃなく、積極的な攻撃にオフィリアは楽しそうな笑みを浮かべる。これだから戦闘狂は!
試したのは極めて薄い水晶の膜を張った、大きな盾を形成しての体当たりだ。大きいから避けることは難しいし、そもそも無色透明の薄い膜は認識しにくい。体当たりで怯ませてから、打撃で追い込む目論見だ。
体当たりだけじゃ倒せるほどの威力はないにしろ、水晶が割れるから面白いリアクションは期待できるかもしれない。
オフィリアにぶつかると思ったその時、魔力の波動を感じ取った。
何かと思えば、オフィリアの足下から炎が吹き上がったんだ!
「うそっ」
まさかの火魔法。しかも中級程度の威力はありそうだ。
薄い水晶の盾はオフィリアに当たる前に砕け散り、私は後退を余儀なくされた。
水晶がガラスのように割れた音にはオフィリアも驚いたようだけど、私も十分に驚かされた。
互いにニヤリと笑ってから、即座に戦闘再開だ。
私は近接戦闘が好きだし強いと自負してるけど、能力的には中距離や遠距離、または超長距離戦闘のほうにより高い適正があると思う。その真価を見せてやろう。
今度は近づかず、離れたまま魔法を使う。オフィリアも私の正体不明の魔法を警戒して不用意には近づかない。距離が離れてれば、当たらない自信があるんだろう。
ただし、物は考えようだ。普通にやって当たらないなら、当たる状況に追い込めばいい。簡単なことだ。
当てるだけなら、それこそ数多く乱打でもすればいい。私の並外れた魔力があれば飽和攻撃だって可能だ。でも、どうせだから違うことを試すとしよう。
ちょっとだけ気合を入れて魔法の発動だ。
まずはオフィリアを囲むようにして、熱に強い金属柱を次々と隆起させた。この時の速度もノロかったら意味はない。高速で実現する。
速い攻撃でもピンポイントでオフィリアを狙った場合には、当てることはたぶん難しい。でもオフィリアを狙わない攻撃なら、幻影のスキルは関係ない。
私の意図を察したらしいオフィリアはさらに距離を取ろうとしたけど、もう遅い。
天井まで届く檻に閉じ込められたオフィリアは、細い柱を破壊しようと躍起になる。当然、私の作る金属柱はそんな柔な強度じゃない。
続けて檻の上いっぱいに広がる岩石を生成した。
オフィリアが下から見上げると、上には巨岩が浮いた状態だ。さすがに恐怖に思うだろう。そして、岩石が自由落下を始める。
アルベルトたちギャラリーは外から見て、十分に状況が分かってるから特に慌てることはしない。
追い詰められたオフィリアが身を縮こまらせ、そこに容赦なく落下する巨大岩石。
「うおおおおおおおおおおっ!」
なんという蛮勇か。縮こまってたわけじゃなくて、力でも貯めてたというのか、オフィリアは裂帛の気合を発しながら剣を振り上げた。
すると、あっさり切り裂かれる岩石。
「あれ?」
衝撃に備えたオフィリアからすれば、ずいぶんと軽い感触だったろう。
私が作り出した岩石は、実は薄い軽石だったんだ。下から見上げれば恐ろしいほどの巨大岩石でも、外から見れば薄い板状だったんだ。偽装のためにちょっとした凸凹くらいはくっ付いてるけどね。
そんなものなら直撃したところで怪我はしない。しかも軽石だから空気抵抗もあって、ゆっくりと落下した。
結果、無傷でキョトンとするオフィリアだ。
「……相変わらず、えげつない戦い方しやがる。でも収容所にいた頃とは、戦い方が全然違った」
「まさか檻を作って逃がさないようにするとは。見てて驚いたのなんの」
「しかもあの檻、めちゃくちゃ硬くてビクともしないんだぜ?」
潔く降参したオフィリアを檻から出すと、アルベルトと勝手に戦闘評価を始めてしまった。
戦闘狂たちは気の済むまで放っておいて、私は残った三人と雑談でもしようかと思ってると、アルベルトが早く始めようと言い出した。
「ユカリ、選り好みするわけじゃないが、あたしとは遠距離魔法なしでやってくれないか」
「いいわよ。それはそれで楽しそうだし」
アルベルトはオフィリアと同じようにニヤリと笑い、エルフらしからぬ近接戦闘を私に申し込んだ。
要望を受け、今度は特製グローブを装着して戦うことにした。
拳を構えれば、アルベルトは遠慮なく打ち込んでくる。
私は避けたりせずに正面から弾き返す。頭上から振り下ろされたハンマーを拳でだ。
アルベルトが武器にしてるウォーハンマーに向かっての全力の打ち込みは、まさしく攻防一体の戦術として機能する。
重いハンマーに向かって平気で殴りつけ蹴り返し、少しでも隙があればどんどん身体を殴りつけていく。
経験ある冒険者のアルベルトも未体験の戦法だったらしく、もの凄くやりづらそうにしながらも、面白くてたまらないといった笑みを浮かべた。こいつらはもう、手に負えないわね。
そのまま戦闘を続けると、私の拳がいいところに決まってノックアウトした。気絶しながらもアルベルトは満足そうだった。
起こして聞いてみれば、アルベルトの近接戦闘はただの趣味らしくて、冒険者として戦う時にはエルフらしく弓を主装備として雷魔法も使って戦うそうだ。
そっちのスタイルのほうがずっと強そうなんだけど、趣味ならしょうがない。私は趣味に理解のある女だからね。
二人との戦いのついでに、残った三人の実力も見たくて模擬戦を続ける。
先の戦闘狂には劣るものの、キキョウ会の正規メンバーとして十分な実力があると思えた。たぶん戦闘班でも問題ない。あとは色々やってもらいながら希望を聞いていけばいい。
オフィリアたちも負けん気が強いから、これからもっともっと強くなる。それに負けじとほかのメンバーも強くなるはずだ。見習いもそれに続けとレベルを上げていくだろうし、いい循環になると期待できる。私もうかうかしてられない。
地下に下りてからずっと戦闘してたせいで、時間の感覚がなかった。
いつの間にか夜になってたみたいで、仕事から戻ったみんなが続々と地下に集まってきた。
「おおっ、本当にオフィリアたちじゃねえか! 久しぶりだな」
それぞれで勝手に挨拶が始まった。
好奇心の強いオフィリアたち冒険者は、積極的にジークルーネや見習いたち見知らぬメンバーにも物怖じせずに話しかける。
うん、気の良い奴らだ。これなら何の心配もいらない。
そのあとなぜか始まってしまった模擬戦には、もう付き合いきれない。
「私は食堂に行くわ。あとは好きにしてなさい」
「あ、わたしも行きます!」
夕飯を食べるべく、地下を後にしていつもの食堂に向かった。同じく、戦闘狂じゃないメンバーや事務所に残ったままのヴァレリアを引き連れて。
オフィリアたちには見習いのような基礎訓練は必要ないから、最初から正規メンバーとしての扱いになる。
元から見知ったメンツも多いし、ジークルーネたちとの顔合わせも良好だ。ただし、キキョウ会としての仕事のやり方含め、知らないことは多いはずだから、訓練とは別に講習は受けさせるつもりだ。
当面の仕事として、冒険者一同には見習いの面倒を見てもらおうと考えてる。
縄張りでの見回りや目立つところでのキキョウ会の活動には、キキョウ紋の外套を羽織ってやってもらいたい事情がある。だから服飾店ブリオンヴェストには、採寸のために早々に行かないといけない。
ついでに見習いたちが着る外套の準備くらいは、そろそろ進めといてもらったほうがいいかもしれない。
みんな順調に訓練を続けてるから、このままなら脱落者は出ないだろう。この際まとめて採寸してもらったほうが効率がいい。
そして翌日の夜、ジークルーネの元同僚もキキョウ会に合流した。