いつか常勝の王者と呼ばれる学院の戦い
「イーディス隊は少し下がって、出すぎてる!」
「シグルドノート隊も広がりすぎ! チェルシー隊は手数が少ない!」
部員の声で騒がしい櫓の上で、全体の指揮を執るハーマイラ部長とミルドリー副部長の声は特に大きい。
淑やかながらも凛々しいハーマイラの声と、可愛らしいながらも力強いミルドリーの声は聞き取りやすい。そういう意味でもこの二人は指揮官に向いているようだ。
普段は良家の令嬢然とした振る舞いの彼女たちも、いざ戦いの場となれば勇ましさを露わにする。
圧倒的不利に始まった戦いに目をやれば、思った以上に善戦しているじゃないか。なかなかやる。
敵となる三校の魔道人形は互いに一切の争いもなく連携し、完全に聖エメラルダ女学院のみに対象を絞って攻撃を仕掛けている。あまりに露骨だけど、本番でもこういった事態は想定し得る。
だから多数を敵にした戦いは覚悟の上だ。高い目標を達成するためには、どんな不利な状況だって跳ね返す力が必要となる。
力とは単純に魔法能力の面だけじゃなく、作戦の柔軟さや精神面でのタフさ、そして情報力だって重要だ。全部を兼ね備える集団とならなければ、絶対的な王者にはなれない。
そして王者たらんとする聖エメラルダ女学院の方針としては、他校との共同作戦は採用しないと早々に決めている。
共同作戦は成立させるまでが難しいし、裏切りを警戒しないといけないから、成立した後だって簡単じゃない。
新ルールで行う魔道人形戦はバトルロイヤル方式であり、一位のみが次に進めるシステムだ。仲良しこよしで上に進むことはできない。
常に裏切りを警戒、言い方を優しく変えたとしても、先走りを警戒する必要がある。
先に仕掛けるほうが有利になるのが戦闘の基本なんだから、事前に細かく約束事を決めていたとしても、状況によっては勝つために動かなければならない。
負ける確率が高いとわかっている状況で、律儀に約束を守るなんてバカのすることだ。
本番の試合においては、状況次第でどうとでもなり得る。信用するなんて基本的にあり得ない。
私なら、相手が絶対に裏切られないと思い込んでいる瞬間を狙って裏切る。
え、なんでいま裏切るの?
そう思わせるタイミングでこそ、裏切るには絶好のチャンスだ。まさに必勝。
強い学校は複数で連携して倒したい。あるいは強い学校と手を組んで、少しでも勝率を高めたい。
気持ちは分かる。
だけど一位のみが勝ち抜けるバトルロイヤルは、非情な者こそ勝利に近づくことができる。勝負に徹する精神を持ち合わせた奴にこそ、勝利の女神は微笑む。
もし聖エメラルダ女学院と手を組みたいと申し出るなら、相応の覚悟が必要だ。
裏切り上等な聖エメラルダ女学院は、相手が裏切っても一切の文句を言わない代わりに、いつだって裏切る。
最も嫌なタイミングで、必ず裏切る。
誰かを頼ろうなんて考えない。
最初から、自分たちの戦力だけで勝つ気でいるから。
狙うのは一位のみだから。
健全な勝負を尊ぶ、清々しいまでに王者らしい姿勢じゃないか。
そうした聖エメラルダ女学院に対しては、やがて手を組もうとする相手はいなくなる。
だったら、最初からそんな手は排除して構わない。こっちから手を組もうなんて言い出さなくていいんだ。
逆に束になってかかってこい、そうしてくれて一向に構わない、そのくらいの態度がいい。
精神面で相手を上回ることができれば、一対一の局面で絶対に後れを取ることなどなくなる。戦いにおける精神面の有利は、決して侮れない要素だ。
さらには連携を企む敵に対しては、いつでも背後に気を付けろとプレッシャーを掛けられる。
相手にとっての有利な要素を、逆に不利に傾けるよう利用することだって可能だ。
まあ言うほど簡単じゃないけど、トップに立ちたいならそれくらいできなきゃ無理だ。
難しいことを平然とやってのけられるからこそ、トップに立てる。王者と呼ばれる存在になれる。
いまはまだ無理でも、やがてこいつらはそうなれる。顧問の私がそう鍛える。
三倍の数におよぶ敵に囲まれた聖エメラルダ女学院は、周囲の石壁を上手く利用していることもあり、まだまだ負けてない。
負けるどころか、割といい勝負になっている。
「無理にトドメを刺そうとしなくていいから、隊列を乱さないで!」
「敵のほうが必死だよ! 数を頼りに雑に動くから、そこを叩くだけで大丈夫! 魔力消費を抑えることも考えて!」
部長と副部長はなかなかいいコンビだ。全体がよく見えている。
基本的には四方に石壁がある場所で待ち受けることによって、勢いよくぶつかってこられないようにしているらしい。
常に囲まれた戦いを強いられるけど、勢いの弱い敵はあまり怖いと感じないものだ。
たぶん、イカサマだった鳥型魔道具のサポートがなくなった影響もあるんだろう。予想外に粘るウチの実力も併せて、敵からは焦りと動揺が感じられる。
贔屓目なしに見て、強豪校と比べても基本的な魔道人形操作の技術レベルは引けを取らない。粘りと持久力は一段上と評価できるくらいだ。
それでも四分の一くらいの人形はすでに脱落し、青色のビブスを着けた人形が地面に横たわっている。残念ながら初心者組は脱落してしまったようだ。
でもこっちが倒した人形の数だってかなり多い。
細かく数える気にはならないけど、倒された数よりは明らかにずっと多い。
折り重なるように倒れた多数の人形の影響で、攻めるほうはますます攻めにくくになる。
その場から動かず守りを固める聖エメラルダ女学院を味方しているかのようだ。
踏みつけられようとも頑丈な魔道人形は壊れはしないけど、心情的には自分や味方の人形が足蹴にされるのは嫌な気分だろう。
巻き毛の奴はそうした敵の心理を上手く利用している。
あくまで何気ない素振りで敵の人形の顔を踏みつけ、怒ったように反応し攻める敵を誘導、攻撃の的にしている。
全体的に守りを重視する戦いのなかで、もっとも多くの敵を倒しているのは巻き毛の部隊だ。
「はん、簡単に釣られるバカしかいないじゃない。シグルドノート、チェルシー、もっとこっちに回していいわよ!」
そうだ。敵の心を乱せ。
本人が戦場に立たない魔道人形戦でも、集中力高く人形を操る操者同士は、なんとなくでも気持ちが伝わるものだ。
恐れや怒りは操作に表れるし、挑発だって通じる。冷静さを欠いた敵など、簡単に罠にかけられる。
動かない場所で、戦闘は膠着した状態に陥りつつある。
一試合目ということもあってか、集中力高く戦うのはいい。でも制限時間のある試合で、夢中になっていいものではない。
残りの時間と、生き残っている魔道人形の数を計算しないと、勝てるものも勝てない。
冷静さを欠いていたのは、明らかに聖エメラルダ女学院を除いた三校だった。
それは結果として表れる。
時間いっぱいである四十五分となり、試合終了を告げる光魔法が打ち上がった。
四校のうち、大将機がやられた学校はない。となると、生き残った魔道人形の数によって順位が決まる。
そしてその数は、戦場を監視する魔道具によって一瞬にして判明する。
魔道人形においては、連絡の類はすべて光魔法によって行われる。
試合の開始と終了もそうだし、敗北した場合にはビブスの色を示す光が打ち上がる。
ただし試合終了後には、勝ったチームのビブスの色が打ち上がる。
そうして、空に輝いたのは青色の光だった。ひと際大きく輝くそれは、この試合の勝者を告げるもの。
青は東の櫓を示す色。すなわち我らが聖エメラルダ女学院だ。
「よしっ」
思わず声に出してしまった。やっぱり勝利は気持ちがいい。
でもまさか、様子見の初戦で一位を取れるとは思っていなかった。
「やりました、勝ちました、先生!」
櫓の上で喜び合う部員たち。それに向かってうなづきながらも、あえて気を引き締めさせる。
「よくやった。でもまだ初戦だし、少なくともあと五試合あんのよ? それに次は立て直してくるわ」
「わかっています。皆さん! 第二試合はすぐに始まります。人形を所定の位置に戻しつつ、気になったところを共有しましょう」
「時間ないよ、早くしよう!」
「いまさらですけど、試合間の休憩時間がやけに短いですよね」
「それも含めての嫌がらせでしょ? 反省する間もなく連続で負けさせる思惑よ。まあ早くも叩き潰してやったわけだけど」
ハナから作戦の立て直しや反省など、三校はする気もなかったんだろう。一方的にこっちをやり込める気だった試合に対して、負けたあいつらはどうするつもりなんだろうね。
まさか同じ手でくるとは思えないけど、いまさら普通に戦うとも思えない。ハーマイラたちには立て直してくると言ったけど、どうなることやら。
もしかしたら進行が遅れるかもと思いきや、大した間もなく次の試合開始の合図が打ち上がった。
これはやはり外部から招かれた審判員が魔道具の管理をしているからか、きっちりとした進行だ。
負ける確率の高かったウチが勝ち、結託した三校はまさかの敗北を喫した。これによる精神的な落差はきっと大きい。
普通なら三校で打ち合わせる時間どころか、自分たちが立て直す時間だって欲しいはず。負けるはずのない戦いで敗北を喫した部員たちは大きく動揺し、指導する顧問さえも平静を保てないだろう。
これだから予想を覆す戦いは面白い。
しかし、つまらない目論見が崩れたからといって相手は強豪校だ。それなりに立て直すと期待したい。
一方的な展開ばかりじゃ、気分はよくなっても練習にならないからね。次の試合が楽しみだ。
ところがだ。
「三校にはまったく動きがないですね」
「それどころか隊列も組めてない。やる気あんの?」
妹ちゃんと巻き毛の二人が目ざとく指摘した。
もう第二試合は始まっているのに、敵は準備が全然できていない。
私の期待はさっそく裏切られたようだ。強豪校らしいところを見せてもらいたいってのに。
「ミルドリー。罠、という雰囲気ではありませんよね」
「あれが芝居なら大したものじゃない? あたしにはそうは見えないなー」
「ならば、叩きましょうか。今度はこちらから行きます」
「そうこなくっちゃ。西から攻める?」
「ええ。しかしこちらが動けば相手も反応するはずです。三校が再び合流を図る可能性もあります」
「だったとして、その前に倒せばいいよね。今度は速さを見せつけよう!」
部長と副部長の話を聞いている部員たちは、指示が下される前に行動済みだ。素早く西に向けて進むべく隊列を組んでいる。あとは号令を待つのみだ。
「皆さん、侵攻を開始してください!」
速やかに動き出す魔道人形の群れ。
「敵の動きをよく観察し、可能であれば大将機を狙います。撃破後、即座に南の櫓へ進軍します」
「立ち直る前に、全部倒すよ!」
三校で結託し、聖エメラルダ女学院を散々に負かす。あわよくば心を折ってやろうって腹積もりを、逆にこっちがやってやる。
結託した挙句に、逆にやられたんじゃ負う傷は深い。
そして深く負った傷をさらに深くえぐってやるんだ。やるなら徹底的に。それも王者の戦いだ。
そこからは早かった。
比較的に障害物の少ない西に向かうルートは、どの櫓からも容易に見えてしまうけど、動揺した敵は対処が遅い。
基本の一つである移動の速さで他校を上回る聖エメラルダ女学院は、相手の予想を上回るその動きの速さでもって、更なる動揺を強いる。
「このっ! 味方を盾に慌てて逃げるなんて、自分から大将機だって言っているようなものでしょうが。チェルシー、そっちに追い込むから仕留めなさいよ!」
「わかってるよ、イーディス」
「そのまま二隊で仕留めてください。シグルドノート隊は残った敵の動きを妨害、邪魔させないように!」
「終わったら、すぐ南の櫓に向かうよ! 休んでる時間はないから、そのつもりでね!」
バトルロイヤルに休憩時間はない。
攻める時も守る時も、常に漁夫の利を狙う勢力を警戒し、次の戦いに備えなければならない。
西の櫓を拠点にする勢力は、このまま落ちることはほぼ確実で、南と北の櫓の勢力はいまだ何も行動を起こせていない。
ここまでの様子を見るに、たぶん順次に撃破することが可能だろう。
初戦、三校で囲んだ必勝の戦いを制することができず、逆に敗れた動揺は思った以上に深刻なダメージとなり、立て直すことができないようだ。
リーダーがよっぽど優れていなければ、五十人にもおよぶ出場メンバーを鼓舞することは、短時間ではたしかに難しいだろう。あるいはまとめ役が早々に撃破されたパターンもあるのかな。
とにかく、この第二試合はウチが圧勝するとしてまだまだ試合は続くんだ。
このままだったら、ウチが奴らの心を折る展開になる。
それならそれでいい。ライバルになる強豪校の牙を本番前に折れるなら、それに越したことはない。
ここからの展開もまた早かった。
イーディス隊が追った敵の大将機を、チェルシー隊が待ち構えてまんまと仕留め、西の櫓は早々に敗れ去った。
その様子を遠目から見て待ち構える南の櫓は防御こそ固めたものの、調子と勢いに乗って分散し、三方から襲い掛かる聖エメラルダ女学院を受け止め切れず、あっけなく瓦解し敗れ去った。遮蔽物もない防御陣地の中央で、覇気を失い縮こまる大将機など、突破して仕留めることは容易い。
残る北の櫓の部隊は中途半端に中央に進み出たところで、目立ちにくい石壁を使ったルートで背後に回ったシグルドノート隊による奇襲を受け、大将機を狙い撃ちにされて敗れ去った。こいつらはこいつらで、まったく周りが見えていなかった。
動揺していつもの力を発揮できない奴らを、勢いに乗って各個撃破したわけだ。
この程度の奴らが強豪校だなんて、鼻で笑ってしまう。
一試合目は三校で結託して囲んだあげく、それでも押し切れずに結局は残機の数によって、聖エメラルダ女学院が勝利した。
二試合目の三校は動揺のあまりに動けず、上から目線の試合運びによって、堂々と聖エメラルダ女学院が勝利した。
我が聖エメラルダ女学院は、切り札となる一点のみ持ち込み可能な魔道具を使ってもいない。使うまでもなかった。
これでは私が期待したような練習にならない。三試合目はさすがに立て直すと信じよう。
敵にエールを送るものではないけど、頑張れと言いたくもなる。
情けない敵に勝ったって、得るものは少ない。
変に調子に乗ってしまっては、練習への意気込みが弱くなるじゃないか。まったく。
練習試合はもう少しだけ続きます。




