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大忙し! 続く練習試合

 ソロントン王立学園との二日間におよぶ練習は、あっという間に過ぎていった。

 部員たちが初めて経験することは多く、誘ってくれた先方には感謝している。当然ながら一方的な恩恵を受けたわけじゃなく、聖エメラルダ女学院の根性を向こうに示すこともできたと思う。こんな奴らがいるのかってね。


 そもそもが戦場を知り尽くす向こうが有利の練習試合だ。そんな環境、しかも座学でも経験でも劣る我がほうが不利なことは、最初から想定内だった。

 負けても関係なく、貪欲に次の試合を要求し、先方の魔力が尽きてもなお次を求める姿勢は、もはや恐怖を与える勢いだった。


 たぶん聖エメラルダ女学院は、他校では類を見ないほど基礎に重点を置いてきた。

 魔力感知と魔力操作は当然として、魔力量と回復力の向上、それに精神力を支える体力づくりによって、お嬢たちの継戦能力は一歩どころじゃなく、数歩先を行くレベルになったと評価できる。他校と比較してみて、それがよく分かった。


 体力と魔力だけは有り余っている連中だから、次から次への対戦を要求する。


「次はあれを試してみない?」

「いいですね。でも先ほどの案の別プランも試してみたいです」

「どっちも試したいね。いや、でもイーディスのあの策も試したいなあ」

「全部やればいいでしょ。まだ時間はあるんだし」

「なら、いまのはもう一度やっておきたいです」

「思ったより、あっさり終わってしまいましたしね。では次の案の前に、復習がてらもう一度やっておきますか」

「ソロントン王立学園の方々はどうです? それでいいですか? もう次に行けますか?」

「え、ええ」

「じゃあ、編成と初期位置はさっきと同じで」

「では移動!」

「あの! す、少しだけ休憩にしませんか……」


 休憩をはさもうともせず、時間を惜しんでひたすら次、次、次!

 ああしよう、こうしよう、これを試したい、あれも試したい!

 もうキリがない。せっかくの本格的な演習場で、試したいことが山ほどあるし、どんどん湧いても出る。


 うん、思い返してみても非常によかった。あれこそが正しく練習試合だ。

 現段階の練習で勝とうが負けようが、そんなことは検証結果の一つに過ぎないんだ。結果を重視するのはまだ先の話でいい。

 実戦で理論を試し、確認し、経験し、自分たちの糧にしていく。

 この機会にウチの部員は、もの凄くレベルアップしたのは間違いない。付き合わされたソロントン王立学園だって、その時はきつくても結果的によかったと思うだろう。


 二日間の練習機会を、まさしく全力で使い尽くした部員たち。

 上手くなる、強くなる、それが実感できれば、厳しい練習だって楽しくなる。

 想像以上に充実した時間だった。帰りのバスでの移動中、疲れ果てて眠る部員たちを頼もしく思った。



 遠征から戻って数日。

 これまでの練習の成果と新たに得た経験、それらを確認し、課題もまたたくさん見つかった。

 密度を増す基礎錬に加えて、部隊としての練度を上げる練習もハードになっていく。


 魔法の技術は上達すればするほど、自身や他者の粗を鮮明に感じ取る。特に、同じ学生の身分でハリエットのような上級者と比較してしまえば、少々上達したところで慢心などできようもない。

 私は練習で甘いことは一切言わないけど、部長と副部長がその点で上手くやっている。


 厳しい一辺倒では、気合の入ったお嬢の心だって徐々に疲弊する。だから部内の実力者たちが適宜に褒め、調子に乗っていればいさめ、やる気を継続できるように気を配っている。

 一人では戦えないチームでの競技だからこそ、精神面でのサポートの重要性について、部長たちはきちんと認識しているようだ。これは非常に大したものだと褒めてやれる。

 ただ社交術に長けるお嬢たちは、人心の動きに敏感であり、また思った以上にタフだった。そういう意味でも、顧問の立場としてはあまり心配いらないのかもしれない。


 そうした練習漬けの毎日を送っていると、ハーマイラが珍しく遅れて倶楽部にやってきた。集合時間に遅刻などしたことがない部長だ。

 何かトラブルがあったなら捨て置けず、どうしたのか聞いてみた。


「その、職員室に立ち寄っていただけなのですが、事務の方から招待状が届いていると渡されまして」

「招待状? なんの?」


 ハーマイラは思案気な顔で手紙を差し出した。

 封から抜かれた手紙を受け取り、とりあえず内容に目を通す。


「……グラームス学園」


 ウチがまだ古い魔道人形を使っていた時に、練習試合を申し込んでいろいろあった学校だ。それなりに因縁がある。

 あの練習試合の日は向こうの慇懃無礼な態度に私が怒り、帰り際に演武を披露したことがあった。超絶技巧と莫大な魔力を見せつける演武の最後には、試合の舞台を粉々に吹っ飛ばしてしまったのは覚えている。


 舞台吹っ飛ばし事件は、奴らにとっては信じられない暴挙のはず。

 そんな学校から届いた招待状の中身は、練習試合の申し込みだった。二度と関わりたくないと思われて当然の相手から、まさかの誘いだ。それも優勝候補と言われるグラームス学園と共に、強豪校がほかに二つも参加するらしい。


 ウチを合わせて四校での練習試合。本番と同じ形式の試合になり、これ自体は非常に有意義に思える。

 ただし、厚意や善意での誘いなはずがない。グラームス学園の顧問、もう名前も顔も曖昧にしか覚えてないけど、あのむかつく態度の女顧問は魔道人形連盟の職員でもあった。

 前に連盟事務所に侵入した時、たしか奴は聖エメラルダ女学院に対する裏工作を仕掛けると言っていた。


 今回の接触には、必ず何かしらの思惑がある。

 警戒を厳にするなら無視したほうがいいかもしれない。売られた喧嘩は買うのが私の主義だけど、戦うのは私じゃない。


 練習試合の相手選びや実施の日程は基本的に部長を中心に部員たちで決めている。ここは同じように、判断は部員に任せよう。何が起こったところで、ケツは私が持てばいい。


「先生はどう思われますか? 先方の目的が読めないのですが、せっかくの機会です。わたし個人としては受けたいと思うのですが」

「いいんじゃない? 向こうに何か思惑があったとしたら、受けなきゃ受けないでどうせ面倒なことになるわよ。正面から受けてやったほうが、あっちの態度もハッキリするしわかりやすくていいかもね。どっちにするにしても、あんたたちに任せるわ」

「はい。では後でミルドリーやイーディスたちに相談してみます」


 練習に合流したハーマイラを何とはなしに見ていると、耳元のイヤリングから通信が入った。ハイディからだ。


「なんかあった?」

「例の件、また収穫ありました。こう簡単だと、素人相手とはいえ拍子抜けしますね」

「ま、普通に生きてたら、自分が探られるなんて思わないからね。脇の甘い奴ばっかりよ」

「上から下の連中まで、脅しのネタはもう十分に集まったと思います。一気に仕掛けます?」


 ハイディたちが握ったネタなら、いつ仕掛けても問題ないだろう。

 ただ仕掛けが早すぎては、まだ挽回の余地があると錯覚させてしまうかもしれない。


 相手は素人だ。素直に脅されてこっちの要求を呑むんじゃなく、助かる可能性が皆無なのに、誰かに助けを求めてしまう展開は考えられる。その場合には余計な問題が湧いて出るかもしれない。

 だったら、どうにもならないと思わせるタイミングを待ったほうがいい。それはやっぱり魔道人形戦の本番近くだ。


「まだよ。ちょうどグラームス学園から、練習試合の申し込みがあったところでね。向こうの出方を見たいわ」

「グラームス学園と言えば、ナタリエル・パーカーが顧問やってる学校ですよね。あっちから誘ってくるなんて、絶対に何か企んでますよ。そっちも探っておきます?」

「いや、所詮は練習試合よ。何があろうが構わないわ」


 嫌なこと、面倒なこと、想定外のこと、そういうのは部員たちにとっていい経験になる。

 別に命の危険にさらされるわけじゃないし、当たって砕けてみるのもいい。むしろ何をされるのか、私も楽しみになってきた。

 何か思惑があるなら、まんまとそれに乗ってやろうじゃないか。やらせておけばいい。

 あえて、いい気分にさせてやる。そのほうが本番の試合で油断してくれるってもんだ。


「では魔道人形連盟への探りは、いったんここまでにしますね」

「うん。時機を見て、連盟トップの首根っこを押さえればいいわ」


 魔道人形連盟のトップを脅して、連盟職員が学生競技の不正に関わらせないように徹底させる。まずはこの方針でいい。

 なんで悪党の私たちが、そんなことをしなければならないのか。大きな疑問が頭をよぎるけど、こうでもしないと聖エメラルダ女学院は意味不明のアヤつけられて失格処分になりかねない。


 ナタリエル・パーカーとやらは、そんな仕込みをしたとかするとかほざいていたはずだ。どんな手を使うつもりだったか知らないけど、絶対に阻止する。

 逆にこっちがハメてやることだって造作ない。でも、それでこの倶楽部の捲土重来けんどちょうらいが果たされたことにはならない。あくまで実力で勝てる倶楽部にならなくては。


 連盟への裏工作は、私から引き継ぐ顧問にとっても意味があるものにする。

 次の顧問が連盟の職員になれるようにもしたいし、連盟職員の多くを懐柔しておくのも今後のために有効だ。

 もし可能ならトップの首を挿げ替えて、聖エメラルダ女学院の関係者にしてしまうのもいいだろう。

 目先のことだけじゃなく、先々を見据えて事に当たらなければ。


 物事を動かすには、金と人脈が重要。でもそれだけじゃ不足だ。

 決断と実行が伴って、はじめて状況は動く。私たちの強みはそれだ。



 後日。


 聖エメラルダ女学院はグラームス学園からの申し込みを受諾し、ベルトリーア郊外の演習場を訪れた。

 この演習場は、ベルリーザ騎士団所有のいくつもあるうちの一つだ。演習場自体には、悪意ある仕込みはないだろう。連盟と騎士団には、そうした悪事を許すほど太い繋がりはない。

 私の魔力感知によっても、場所自体には問題ないと判断できる。

 警戒すべきは相手の作戦だ。いくつか想像はできるけど、どんな嫌がらせをしてくることやら。


 四校での練習試合で一番最後に集合場所に到着したのは、我らが聖エメラルダ女学院だ。

 すでに集まっていた三校の部長が、挨拶を述べようとしたハーマイラに構わずくじを引かせ、早々にそれぞれのスタンバイ地点となるやぐらに向かって散っていった。顧問や引率者は姿も見せない。別にいいけど、やっぱり嫌われたものだ。


 しかし練習試合だというのに、軽い打ち合わせすらしないとは思わなかった。


「まさか挨拶もせずに試合なんて、上辺を取り繕うって気もないみたいね」

「わかりやすくていいと思います。こちらも薄ら寒くなる笑顔を浮かべなくて済みますし」

「今日の予定は招待状のなかに書かれてましたから問題ないですが……嫌な奴ら!」


 私の感想に続けて、ハーマイラ部長とミルドリー副部長が不機嫌に悪態をついた。ほかの連中も喧嘩上等だと気合を入れている。


「よし、さっさと準備するわよ」


 今日は四校の関係者によって審判員が出される形じゃなく、外部からきちんとした資格持ちを招いているらしい。

 審判員はルールからの逸脱を監視するのが主な役目で、時間の管理や魔道人形の撃破判定などは魔道具によってシステム的に自動実行される。その魔道具への仕込みは高度な技術を要求することから、そこで不正を働くことはまず無理だろう。審判員に金を掴ませておけば多少の目こぼしには預かれるかもしれないけど、本番の試合ではカメラ型魔道具が多数入り、衆人環視のなかで行われるから、あからさまな不正は無理だ。そういう意味で審判員を警戒する必要はあまりない。


 最初の試合開始の時間は決まっているから、こっちの準備ができていよういまいが関係なく始まる。決まっているのはこの始まりと、試合間の準備時間、そして撤収の時間だけだ。

 準備が遅れれば、当たり前に不利になる。本番でも時間はきっちりしているのだから、これに文句を言う筋合いはない。しっかりやればいい。

 そしてなにがあろうが、相手がどんなつもりだろうが、試合の機会を無駄にするのはもったいない。


 私たちはくじで決まった東の櫓に移動し、魔道人形には青色のビブスを着せる。

 櫓の上に登り、部員たちはさっそく地形や他の櫓の様子を確認し始めた。


 ざっと見た感じ、試合で使う演習場の広さは、ソロントン王立学園の時と同じくらいか少し広めだ。

 樹木や岩は少なく、池のような水たまりもない。代わりに人工的に作られた石壁が随所にあり、それによって隠れる場所はたくさんある。ただ魔道人形の動きは見えづらくなりそうだ。

 櫓の上からだと、遠見の魔道具を使ってもちょっと戦いにくそうに思える。魔道人形戦的には、あまりいい戦場じゃない。


「先生。今回は先手必勝の動きではなく、受けて立つ姿勢で臨んでも構いませんか?」

「いいけど、理由は?」

「先方の目的を見極めたいと思います。以前の練習試合から考えて、好意を向けてもらえる相手ではありません。こう言ってはなんですが、おそらく悪意を持った作戦を仕掛けられるのが順当ではないかと。それを正面から体験してみたいです」


 あえてやられるのも経験だ。それでも何も考えずに、ただやられていいものではない。


「何を仕掛けてくると思う? いくつか予想くらいは立ってんのよね?」

「大丈夫です。部のみんなで検討は済ませています」

「へえ、例えば?」


 聞いてみれば、部長の近くにいた巻き毛のお嬢が口を出した。


「わたしだったら、生意気な相手は二度と立ち上がれないよう叩き潰す。何度も、何度も、繰り返しね」

「つまり三校で列組んで、ひたすらウチを叩き潰そうって? 本番ならともかく、練習試合でそんなことしたら普通は顰蹙ひんしゅくもんよね。しかも招待した相手をボコろうってんだから、ふざけすぎよ」


 たしかに、それなら手軽に実行可能だ。三校で結託するだけでよく、準備に時間も金もかからない。

 ウチに意趣返ししたいなら、それくらいで十分とも言える。でも、面白い。所詮は練習試合なんだし、不利な戦いを経験するのも意味がある。


「まあ単純な数での力押しは効果が高いわ。それを受けてみるのも力試しとしてはちょうどいいわね。とにかく想定してるならいいわ、好きにやってみなさい」


 初っ端の奴らの態度を思えば、三校で結託しているのは間違いないと判断できる。むしろあいつらは隠そうともしていない。

 今日は午後からの開始で、最小で六試合、決着の時間が早い場合には、日が沈むまでの時間制限で、なるべく多くの試合をする予定になっている。

 最小だった場合の六試合として、それで全部タコ殴りにされれば、普通なら怒り狂うし、調子だって乱されるだろう。今後に向けての作戦だって、相手チームの結託を極端に警戒するようになってしまう。


 それでも敵チームの結託は、想定してしかるべきなのがバトルロイヤルだ。ここでやられるまでもなく、対策は考える必要がある。

 今回は事前の情報戦や工作が上手く行かず、本番での結託を許すことになったとでも考えればいいだろう。これも練習として考えれば、なかなかにいい機会だ。

 それに練習試合そのものが情報戦の一つと思えば、敵の思惑に乗ってやることも手だ。どうとでも考えられるし、経験は無駄にならない。


「注目!」


 ハーマイラが大きな声で言いながらパンッと手を叩き、部員たちの耳目を集める。


「聞いていたとおり、初戦は様子を見ます。もし三校が同時に攻めてくれば、方円の陣で受けて立ち、こちらの粘り強さを見せて差し上げましょう」

「想定と違った場合にはどうします?」

「その場合には西の櫓に向かいます。これは単純に侵攻ルートに障害物が少ないからです。攻めてこないなら、大胆に仕掛けます」


 まずは出方を見るのが最優先になっているため、細かい作戦はない。

 こっちの魔道人形が石壁の後ろで整列し終えたタイミングで、開始の光魔法が打ち上がった。


 顧問の私は見物の時間だ。口は出さないし、期待して見守るとしよう。

ささっとソロントンから戻り、また練習試合を始めました。

次話「悪意への返礼」に続きます。

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[良い点] 部員が朱に染まって赤くなってるwww 敗北は勝利以上の糧とばかりに貪欲に経験値を稼いで 「売られた喧嘩は高値買取」とばかりに 仕掛けられた罠はどんな物かとウキウキと 突撃する気マンマンだし…
[一言] 部活戦、まじで楽しみ 鍛えた選手がどこまでやれるやら
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