まだまだ未熟な実戦練習
意見交換なんざ、殴り合ってからでいい。やってみなけりゃわからんことのほうが、ずっと多いのがいまの聖エメラルダ女学院だ。
座学も大事だけど、まずは実戦で感覚を掴んでからのほうが効率がいいと私は思う。
努力とは、適切になされてこそ十分な効果をあげられる。どんなに頑張っても、それが適切でなければ効果は薄い。無限に時間がとれるわけじゃないんだから、どうせやるなら効率を考えるべきだ。
同じだけの努力をしたなら、私たちは最大限の効率で実力を伸ばし他校との差をつける。
ソロントン王立学園の生徒たちは、すでに軍の関係者からバトルロイヤル形式での戦い方の講義を受けているらしい。個人のタイマン勝負じゃないんだから、集団戦における作戦にはイロハってものがある。だからこそ座学が大事になるんだ。
それが基礎もまだ固まっていないと評価できる我が校が、どこまで食らいつけるかを見るにもちょうどいい機会だろう。
戦いってのはテキトーにやって勝てるもんじゃない。論理があり、それに基づいて作戦を立て実行することにより、勝率を高められる。
私はこれでも勉強家だから、基本的な兵法のイロハは知っている。でもそれは人形じゃなく、人間同士での戦いを想定したもの。日々の練習のなかでそいつを部員に教えてやったことはあるけど、魔道人形戦のなかでどのように作戦に落とし込むか、そういった話はできていないし、私が得意な話でもない。あいつらがどこまで飲み込んで、戦いに活かすことができるのかはまったく不明だ。
現状では少なくとも、座学においてはソロントン王立学園のほうが上回っている考えるべき。そんな奴らを相手にして、現状でどこまでやれるか試せるのはありがたいことだ。
できたこと、できなかったこと、これから練習すべきこと、いろいろと見えるはず。
どっちの学校の部員にとっても、貴重な時間や機会を無駄にしたい奴は一人もいない。試合をやると決めれば動きは早かった。
双方の部長の指示にしたがって練習を切り上げ、森を切り開いた屋外の練習場へと移動した。
魔道人形には敵と味方の識別のため、色付きのビブスを着せる。
以前は敵味方の色が被らなければ、何色でも自由だったけど、新ルールになってからはビブスの色も指定に変わった。構える陣地の場所によって色が決まっている。
それにしたがい、今回はこっちは桃色と青色で、あっちは黄色と緑色。魔道人形の準備はこれだけで終わりだ。
操者である部員たちの準備は、遠見の魔道具を装着し、あとは手のひらサイズの角棒のような制御装置を持つ。制御装置から人形までは不可視の魔力コードで接続され、それは伸び縮みが自在で切れたり絡まったりもしない。
遠距離の操作は遠くなるほど消費する魔力も増えるけど、制限時間いっぱいにやっても一試合くらいなら誰でも問題ない。
ただ試合が連続すれば、無視できない消耗になる。精神的な疲労もあるだろう。部内だけの練習とは違う環境で、それがどれくらいになるか試す機会としても有意義だ。
あとは広い演習場での視認性をあげるため、操者たちは櫓のような高い舞台に登る。
この櫓は演習場の東西南北に位置し、試合に出場する四チームそれぞれと距離を置く形になっている。大声で指示を下しながらでも、敵に聞かれる心配なく試合が進められるわけだ。
今回は人数の都合で、特殊な形での試合をすると決まった。
本番では四チームでのバトルロイヤル形式に対して、二校しかしないいまの状況でどうするか。
素直に二チームで戦う案は、最初からウチの部長は考えていなかった。バトルロイヤル形式に慣れるためにも、やっぱり四チームで戦うほうを選びたい。単純な二チームによる決戦なら、以前までのルールとあまり変わらず、どうせ練習試合をやるならここでしかできない形が望ましい。
そこで、まずは本来なら五十人で一チームの編成を、半分くらいに割った編成で試合に臨む案を申し入れ、それは受け入れられた。ホストとして、ゲストの意見を尊重してくれているらしい。ありがたいことだ。
聖エメラルダ女学院の部員数は、四十七人。
ソロントン王立学園の部員数は、百十二人。
とりあえずは一チームの上限を二十四人とし、双方の学校で二チームずつ編成する。
同校の二チームは共同作戦を考えず、すべてを敵と想定して戦う。
ルール上、一点のみ許された持ち込み可能な魔道具の使用はひとまずナシとする。
二試合目以降については、一試合目の条件を継続するか、また別の条件にするか都度話し合って決めることになった。
初めてこの演習場で戦う私たちより、普段から練習しているソロントン王立学園のほうが有利だけどそれはしょうがない。
あらかじめ二つに割ることを考えていたハーマイラ部長は、その編成について事前に準備ずみで、昨日の夜の練習の時には部員たちにも伝えていたらしい。
ソロントン王立学園の準備を待ってから、各陣営が別れて櫓に上がるため移動を開始する。
「先生はどちらでご覧になりますか?」
聖エメラルダ女学院の主なチーム編成は、ハーマイラ部長をリーダー、補佐に巻き毛のイーディスがついたチーム。それとミルドリー副部長をリーダー、妹ちゃんを補佐にしたチームになった。
ハリエットは妹ちゃんの護衛だから、本来は妹ちゃんのほうにつけたいんだけど、そんなことを知らない部長はなるべく公平な戦力の分け方で、妹ちゃんとハリエットは別のチームとなったようだ。そのことから私は妹ちゃんの近くにいるべく、そっちのチームのほうにつく。
アナスタシア・ユニオンの護衛や、ソロントン側が用意した護衛が近くで警戒を続けることもあり、私の警護は必要ないけど一応だ。
方々で武勲をあげるアナスタシア・ユニオンは、恨みを買うことも多いと思う。現総帥の妹の立場は、客観的に考えて安くない。
「……そうね、ミルドリー副部長の指揮を見るわ」
護衛のことはあるけど、これも本音だ。ミルドリーは夏休みが開けてからの復帰組で、個人の技量はまだ部長たちに追いつけていない。普段の号令をかける様子からリーダーシップの面は問題ないと思うけど、部隊を指揮する様子は見ておきたい。
「わかりました。気になるところがあったら、ご指導くださいね」
最近はミルドリーも随分と私に慣れてきた。硬い口調が少しほぐれ、ぶりっ子っぽい感じがたまに顔を出す。
「試合中に口は出さないから、思うとおりにやればいいわ。ほら、行くわよ」
違うチームとなったハーマイラたちとは、ここでいったん別行動だ。
くじで決めた配置に従い、ミルドリー副部長一行は北の櫓に向かう。ハーマイラたちは東、ソロントン王立学園のチームが西と南だ。
ここの演習場の広さは、一辺が五百メートル程度で作られているらしい。
本番の試合では、地域ごとに用意できる演習場の広さが違うことや、その時の天候の都合なども考え、明確なルールとして決まった広さが定められておらず、ある程度の幅があった。
最小の場合には一辺が三百メートルを確保する必要があり、最大の場合は九百メートル四方となっていて、広さの差は最大でなんと三倍もの開きがある。
どの広さで試合を行うかは、その時の状況を考慮し、魔道人形連盟が決定するらしい。
移動式の櫓を使用することにより、同じ会場でも悪天候の場合には、フィールドの範囲を小さく絞って試合をすることが想定されるからのようだ。その決定に異議を申し立てることはできず、参加校は従うほかない。
初動の動きをみんなで確認しつつ歩くミルドリーたちを、最後尾で見守りながら移動した。
櫓に上がるまでの移動も含め、準備の時間はルールに定められている。
時間がくれば準備ができていようがいまいが、問答無用に試合開始だ。
のんびりしている暇はなく、なるべく早く櫓に上がり、魔道人形を任意の配置に移動させ、広範囲の地形を読み取ることも必要だ。結構忙しい。
「道中でも言ったように、あたしたちは積極的に攻めに出ます! シグルドノートさん、この地形だと中央と右方面への侵攻は厳しいよね?」
「中央は起伏のない草地ですからね、どの櫓からも丸見えなので動向を完全に把握されてしまいます。近づく相手の動きが見えやすい利点はありますが、逆に利点はそのくらいしか思いつきません。複数の陣営に囲まれてしまえば勝利は絶望的です。それと右側には沼を迂回しないと進めませんし、人形が隠れる場所も少なそうに見えます。動くなら森とあばら家が多数配置された左側か、いっそのこと広く展開するしかないと思います」
「展開してみるのも面白そうだけど……まずは部隊で動くことに慣れたいね。というわけで、ハーマイラたちがいるほうに攻めよう!」
いまは敵同士なんだから、それでも問題ない。
それに狙いやすいところを狙うのは基本だ。まあ最初から凝ったことをやってもしょうがないし、シンプルにやったほういいってのもある。
方針が決まれば、とにかく動くのみ。
魔道人形の初期配置として、櫓の下から一定の範囲内であれば行動が許される。櫓から半径三十メートル程度の範囲で、人形をどこに配置しようと自由だ。
それぞれの櫓からは東西南北どの陣営の配置だって目視で確認できる。それによって相手の出方を予測し、あるいは騙そうとする。
取れば有利な地形があらかじめ分かっている場合や、速攻を仕掛けたい時には、この初期配置だって馬鹿にはできない距離になるだろう。問題は、その範囲から逸脱した場合には即失格となることだ。本番では運営委員に監視されているから、絶対に気をつけなければならない。
ミルドリーたちは試合開始の合図の前にさっそく人形を動かし、ひとまずは前進して二十メートルほど先にある正面の林に入った。安全マージンをとって、三十メートルギリギリまでは進ませない。
いくら遠見の魔道具を使っても、木々のなかに入れば魔道人形はかなり見えにくくなってしまう。場合によってはもう全然見えない。だけど複雑な地形じゃなければ人形の操作自体には問題ない。
あくまでも魔道人形戦の試合会場として使うにあたり、起伏の激しすぎる地形だったり、密林のような場所は用意されない。
移動ばかりに時間がかかったり、人形が地形によって行動不能になっては試合がつまらないという事情だ。そうしたこともあり、ある程度の隠れられる場所や起伏、段差などはありつつも、基本的には魔道人形の移動に支障がないよう整備されているのが大前提だ。
だからこそ、目視できない状況になっても魔力感知やなんとなくの勘だけで操作ができるわけだ。
そして聖エメラルダ女学院魔道人形俱楽部は、魔力感知の訓練に力を入れている。これだけは他校に勝っていると自負できる要素だ。移動における人形操作で、余所に後れを取ることはない。
「シグルドノートさんは、試合開始と同時に林のなかを左前方に向かって先導して。みんな、遅れないように付いて行こう」
妹ちゃんの魔力感知のレベルなら、障害物や地形さえ読み取れる。その後ろを追いかける形なら、ほかの部員たちは小難しいことを考えずに移動でき消耗が少ない。
この演習場はいろいろ考えて作られていて、バラエティに富んでいる。
西から北にかけては樹木が多く、北西には湖と言うか沼と言うか、とにかくそこそこ大きな水たまりがある。
南は岩場になっていて、東には人工物の低い建屋が点在している。
そして中央にはほとんど何もなく、樹や岩が少しあるくらいで隠れる場所はほとんどない。
全体を見渡せば高低差のある地形になっているし、ちょっと厳しい段差や罠のような場所も実は少しだけ用意されている。細かい仕事ぶりだ。
レベルの高い魔力感知でざっと探ってみれば、そうしたことがわかって面白い。ソロントン王立学園が、いかに魔道人形倶楽部の活動に力を入れているかわかろうというものだ。
さて、そろそろ試合開始だろう。
各陣営の配置を見るに、北のここは正面の林に入って身を隠している。東の櫓に攻めようとしているけど、それは現時点じゃ他の陣営には分からない。
ハーマイラたち東の櫓は、南へ向かう魔道人形の配置だ。
南の櫓はその正面にある、大きな岩の後ろに人形を配置したようで目視できない。もしかしたら守りを固めるつもりかもしれない。
西の櫓はこっちと同じように正面の林に入り、どこに向かうかはいまのところ読ませない。
ここまでどの陣営も準備は早い。試合開始の合図の前に、準備を終えたように思える。
空気を読んだわけじゃないだろうに、ソロントン王立学園の顧問が合図となる光魔法を打ち上げた。試合開始だ。
「行っちゃおう!」
ミルドリーの号令にしたがい、妹ちゃんの人形が先頭になって集団が進み始めた。
桃色のビブスを着けた二十三体の魔道人形が、一列になって整然と動く。視認しにくい林のなかで、速さを保った動きは素晴らしい。日頃の練習の賜物だ。
東の櫓を拠点にするハーマイラたちが、こっちが攻め入る目標。
ハーマイラたちは南の櫓に向かって移動中で、これは点在するあばら家の陰に身を隠しながらのためか動きが遅い。それに二十四体の魔道人形をいくつかの班に分けたようで、分散しながらの移動になっている。
学生にはできない広域魔力感知で戦場を俯瞰するように観察していると、そんなハーマイラたちが面白いことをしていると分かる。
戦の基本として、敵の戦力は分散させ、逆に味方は集中させて事に当たるべきだ。
数の有利を活かせる状況にしてしまえば、単純に勝率はぐっと上がる。だから普通、味方は分散させないのが基本だ。
ハーマイラは部隊を分散したうえに移動速度が遅い。妹ちゃんを先頭にしたミルドリーの部隊は、トラブルがなければ大した時間をかけずに背後から戦闘を仕掛けられる。
一見すると、背後を強襲できるミルドリーの部隊が有利だ。
でも、あれは罠だ。
分散して遅い動きに見せておきながら、実際に動いている人形は半分くらい。あの三歩進んで二歩下がるような慎重さは、南へと進行するためのポーズで本気でやろうとはしていない。
なぜなら残り半分の人形が、魔力を消して隠れ潜んでいるからだ。
ハーマイラはミルドリーたちが攻めてくるのを予測している。待ち伏せて、逆に叩くつもりのようだ。
各陣営の櫓付近の環境と、ミルドリーの性格を読んでのことだろう。
好戦的で待つことを嫌うのがミルドリーという女子だ。それに私の教えの上位には、先手必勝の考え方がある。
多くの場合、先に仕掛けるほうが有利になる。これは数々の戦史を振り返ってみても正しい考え方だ。先に仕掛けるほうが圧倒的に有利であり、勝利を掴む確率が高くなる。
ただし先手必勝とは、ただ単に先に攻撃をぶちかますってだけの意味とは違い、有利なポジションを先に奪取する意味でもある。
ハーマイラたちは先に有利なポジションを押さえることで、先手必勝を実践している。
妹ちゃんは待ち伏せに気づいてるっぽいけど、あえてミルドリーに指摘しない。これはあくまで練習だから、それでいい。特に指揮官役は失敗から学ぶべき。
ミルドリーの指揮と妹ちゃんの先導によって、いよいよハーマイラの部隊に追いつきそうになった。
「よーし! 林から出たら、中央の分隊から撃破しよう」
まばらになりつつある林の切れ目付近で、ミルドリーの部隊が立ち止まって列を整え始めた。
「えっ」
その後ろから、隠れ潜んでいたハーマイラの分隊が襲い掛かった。
完全な形で奇襲を受けてしまったミルドリーの部隊は、いきなり大将機を落とされて敗北した。
どこかが敗北した場合、東西南北にちなんだビブスの色の信号弾が打ち上がり、各陣営に報せる仕組みになっている。
北の櫓のチームを示す桃色の光が、青空をバックに輝いていた。
いきなり同士討ちとなりましたが、練習試合なので何度でもやり直せます。
ソロントン遠征は次話で終わる予定で、ささっと次に進みます!
次話「大忙し! 続く練習試合」に続きます。