思い出せ、魔道人形戦基本ルール!
バスの窓越しに朝の光が差し込み、胸元から上を強く照らす。涼しいバスの車内で感じる日差しの熱が、じんわりと暖かく心地よい。
ハーフアップにした髪が冷風に揺れ、首筋をくすぐるのがちょっとだけこそばゆい感じ。
よそ行きの格好の自分が少しだけおかしく、でも悪い気はしない。たまにはこういうのもいい、そんな気分だ。
「今日はさー、試合前の合同錬が楽しみで楽しみで」
「ね、ほかの学校の練習って興味ある。試合とはまた別の楽しみだよね」
「昨日言ってた作戦って、結局はどうするんだろ?」
「さあ? 部長は相手を見てから決めるって言ってたけど」
「あ~、早く試合したいね」
「とにかく、気合が入ります」
注ぐ日差しに負けないくらいに、部員たちが発する声は元気よく明るい。朝っぱらから高い熱量を感じて、ちょっと愉快な気持ちになった。
いい天気と合わせて気持ちまで晴れやかな気持ちのままホテルから移動し、招かれたソロントン王立学園へやってきた。
威厳のある石造りの校舎が、広大な敷地に堂々と佇んでいる。整然と並ぶ樹木や手入れの行き届いた芝生が、学園の格式の高さを物語っているかのようだ。
土地にしろ建物にしろ、初めて訪れる場所というのは新鮮な気分を味わえて楽しい。特に許可がなければ入れない学校のような場所は、より特別感があっていい。
郊外の森を切り開いたらしき学校の立地は、近隣に何もなく非常に静かだ。交通の不便そうな点を除けば、環境だけはよさそうに思えた。
女子高とは違うこの学校には、当然ながら男子がいる。なかにはあまり好ましくない視線も混じる。その視線の意味までは分からないけど、どうでもいいこと。どうせ何もできはしないし、きっと二度とは会わない連中だ。
私たち一同は好奇の視線をものともせずにバスを降り、淑女らしく凛とした歩みで進むのみ。
案内係の誘導に従い、体育館のような練習場にまずは入った。
高い天井に磨き上げられた床、整然と並べられた観覧席。いかにも金のかかった専用の練習場といった雰囲気だ。さすが王立学園、設備がいい。
そんな練習場から奥にあった控室に移動、荷物を降ろしさっそく各自で魔道人形の準備を進める。
魔道人形戦は操作する人間は動かないことから、運動着などへの着替えがいらないのはいいところだ。着替えのシーンで、外部の馬鹿を警戒する必要がない。
グレーの清楚な制服姿のまま、部員たちは準備を済ませた者からその場で待機する。
私も今日は学長の友人に招かれた部の顧問という立場だ。最低でも表向きの態度くらいは、失礼のないようにしなければならない。オッドアイになった目を色付き眼鏡で隠さず堂々と見せ、清楚モードの服装にはシワの一つだって許さない。
聖エメラルダ女学院指定のボウタイリボンのファッションに寄せて、リボンタイのついた艶のある白ブラウスを今日は選んだ。ボトムスは目の覚めるようなロイヤルブルーのロングスカート。この上下だけで、それなりの高級感を主張できる。これに少々のアクセサリーと、元からの美貌を引き立てるメイクも加わって、もうほんの少しの隙だって消え失せたに違いない。バッチリだ。
名門女学校の顧問として、恥をかく要素などありはしない。少なくとも見た目だけは。たぶん。
「ふっ、いつも思うけど、それって詐欺じゃない?」
私の全身をわざらしく上から下まで見やり、巻き毛の不良が生意気な口を叩いた。
「うるさい」
部員の誰もが頭のなかでは思っても口に出さないことを言うイーディスと、軽く小突きながらニヤリと笑って返す私のこのやり取りのお陰で緊張した空気が和んだ。
空気が緩んだのも束の間。すぐさま部長が手をパンと叩いて引き締め直す。
「時間です。皆さん、合同練習では聖エメラルダ女学院の生徒として恥ずかしくない行動を心掛けてください。ではイーブルバンシー先生、イーディス、意見交換会に行きましょう」
ここに招待した先方の主な目的は、一つ目に新ルールに関する意見交換だ。意見といってもいろいろあるけど、文句や愚痴じゃなく、新ルール上で有効な作戦について、理解を深め合うのが目的だろう。
ただ双方の学校の部員を全部集めたら、かなりの人数になってしまい話に収拾がつかない。そのことから意見交換会は少数で行い、その間ほかの部員たちは合同で自主練を実施する。
合同練習のほうはミルドリー副部長を代表とした大勢で参加し、意見交換会にはハーマイラ部長と悪知恵が働く巻き毛のイーディス、そして顧問の私のみが参加する。
他校と練習試合の機会はあっても、意見交換の場や合同練習の機会など滅多にない。どちらも刺激になるし有意義と思う。楽しみにしている部員が多いし、非常によい機会だ。
そして二つ目の目的である練習試合は、意見交換会でよいものがあれば反映させ、互いにいろいろと分かった上で戦ってみること。
たぶん、実験的に手の内を相手にさらした状態でやることになるだろう。聞くところによれば郊外の森のなかには、屋外演習場まで作られているんだとか。広い敷地を持つ王立学園ならではの設備で、そうした経験ができることも非常にありがたい。
控室から廊下に出ると、二つほど部屋を挟んだ扉の前で待つ生徒が一人いた。ソロントン王立学園魔道人形倶楽部の生徒だろう。
水色のブラウスに紺色のスカート姿は、シンプルながらも洗練されていて美しい。聖エメラルダ女学院の制服に劣らぬ清楚な雰囲気だ。ハーマイラに似たセミロングの髪を揺らす生徒が元気よく手を振っている。
「こっちです、こっち」
制服や髪形は似ていても、お嬢様然としたハーマイラとは性格が違いそうだ。ただ、元気で陽気な雰囲気の彼女から嫌な感じはしない。
合同練習は別の場所で行うから、あの少女は意見交換会への案内役だろう。私たち三人は誘われるままに、元気な笑顔で誘う少女のところへ向かった。
堂々とした態度でまずは部長が入室し、不敵な笑顔を浮かべた巻き毛がそれに続く。意見交換は基本的に二人に任せるつもりの私は、広く気配を探りながら最後に入室した。
簡素な会議室っぽい部屋で待ち受けるのは、中年くらいの見た目のおばさんだけだ。おばさんは倶楽部の顧問だろう。扉を閉めて入ってきた陽気な少女を合わせ、これで二対三になったわけだ。ソロントン側は顧問と元気な少女だけが参加するらしい。
「遠いところをようこそ、おいでくださいました」
相手側の顧問が代表して声をかけてきた。声も表情も優しく、悪い印象はまったく感じられない。
もし魔道人形連盟がらみで、何らかの悪意や思惑を持っているとすれば大した役者だ。
形式的な挨拶を滞りなくこなし、時間もないことからさっそく始めることになった。
「まずは主なルール変更をざっと振り返ってみましょう。これはソロントンでもベルリーザでも変わりませんので、改めて順に上から見ていきます。全部で七つです!」
進行役を務めるは、相手方の部長で元気な少女だ。彼女が壁に貼り付けた大きな紙を指示棒で叩く。紙にはわかりやすく、大まかなルールがまとめられている。
私もハーマイラたちも、ルールを改めて確認する必要なんかない。それでも相手側と共通の認識を持っていることを、この場で確認するのはいいことだ。これからの意見交換で、もし認識の違いがあったら話がかみ合わない。
「一つ目。試合へ参加可能な人数が、二十五人から五十人に増えました。最大五十人を一つのチームとして、参加することになります」
倍増したことによって、二十五人しかいないかった聖エメラルダ女学院魔道人形俱楽部は、人数集めに苦心することになった。まだ定数までは数名足りないし、これからさらに集めるのも難しそうに思える。
ソロントン王立学園は元より百人以上いるみたいだから、これはこれで歓迎できる変更だったのかもしれない。
「二つ目。一対一の対戦ではなく、四校が同時に戦う形式になりました。これは非常に大きな変更ですよね」
バトルロイヤル形式への変更は大胆だった。各校の対応次第で、どうとでも試合の状況が変わる。この一点のみでも作戦の立て方はかなり難しくなったと言える。
今日の練習試合では、人数の都合で変則的な形でやるしかないけど、それでも多数との対戦はいい経験になるだろう。
「三つ目。試合会場が、屋内の狭い舞台から屋外の広い演習場に変わりました。四校で最大、二百体もの魔道人形が入り乱れる試合ですから、試合会場の変更は必要に応じた形だったと思われます」
参戦する魔道人形の数が増えたから、もしくは逆に試合会場を騎士団の演習場にしたかったから、いずれの理由が先にしても透けて見えるのは既得権益側の利益拡大だ。
特に定数まで人数をそろえられない学校にとっては迷惑極まりない変更点だ。少数であることが有利になる状況は考えにくいことから、倶楽部の規模が弱小であればあるほど不利になる。
普通に考えて、学生競技でこの変更はどうなんだろうと思うけど、たぶん一部を除いて問題ないと言える範囲なんだろう。
進行役の元気な少女が「そして」と続ける。
「四つ目。広い演習場に対応するため、魔道人形の操作に必要不可欠な遠見の魔道具が配布されましたね。これの使用も大きな変更です」
これまでは目の前の舞台上にある魔道人形を操作すればよかった。これが広い演習となれば、肉眼で人形を常時確認することが不可能になる。それに対応するため、操者たちは用意された高い場所で戦場を広く見渡すことになる。その上で、遠距離を目視することが可能になるメガネ型の魔道具が配布され、それを装着する形だ。
まさかのメガネだ。原始的な解決方法で問題は多いように思えるけど、コストを考えれば高機能な魔道具の導入は無理だ。試合中は遮蔽物で目視できない状況を避ける、あるいは目視できなくても感覚だけで操作できる技量が求められるだろう。いずれにしても慣れが必要で、実際に操作する生徒にとっては簡単な変更じゃない。
「五つ目。勝敗の決め方が変わりました。従来の殲滅戦から、大将機が落とされれば即敗北となり、そうでなければ制限時間内で生き残った人形の総数が多いほど高い順位で決着します。生存数が同数の場合には、撃破数の多いほうがより高い順位となり、それも同数でかつ一位が複数の場合には延長戦に入ります」
これは地方によって異なるみたいけど、ベルリーザやソロントンの場合には地方大会から一位のみが次に進める方式だ。二位以下になったら、その時点で終わる。
大将機の生存は絶対として、あとはいかにして敵の数を減らすかだ。定数に満たないチームは時間切れでの敗北を避けるためにも、必ず攻めに出なければならない。延長を見越す場合には、魔力の消費量にも気を付ける必要がある。
待ちに徹する、攻めに出る、ほかのチーム同士の戦いから漁夫の利を狙う、いろいろだ。仕掛けるタイミングは様々だし、頭に入れておくべき要素はほかにもあるだろう。考えられる基本戦術だけでもかなり多く、自分たちがどれを選択するかは状況次第。常に頭を悩ませそうだ。
「六つ目。これは五つ目のルールにも関わりますが、制限時間が設けられるようになりました」
時間の制限は四十五分。試合が始まったら、よっぽどの不測の事態がない限り、中断せず最後まで進行する。いわゆるタイムや休憩時間なんてものはない。
これは魔力消費の観点と、無駄に試合が長引かないようにするためにも必要なルールだ。観客や次の試合などに向けて待機するチームにとっても、スケジュールどおりに進行することは歓迎できる。
「七つ目。最後に、各校が魔道具を一点だけ持ち込めるようになりました。攻撃的な魔道具は許されず、事前の審査を通す必要はありますが、これも非常に大きな変更点ですね。主なルール変更は以上です!」
元気な少女は満足そうに言い切り、大きく息をついた。緊張のせいか、体に力が入りすぎて疲れた様子だ。
「ありがとうございます。気になるのはやはり四チームが同時に戦うことと、持ち込みの魔道具です。人形操作の技量はもちろん大切ですが、新ルールでは立てる作戦が勝敗を分ける大きな要因になるでしょう」
ルール変更の振り返りが終わり、ハーマイラがさっそく重要そうなポイントを挙げる。
「そうね。人数が足りない俱楽部は少しでも増やさないと不利になるけど、それはやるしかない。遠見の魔道具の使用はどこも条件は同じで、これも慣れるしかない。作戦こそが最も大事。でも、その作戦の立て方が難しい。まさか大雑把に考えるわけにはいかず、順序立てるにしても状況次第でどうとでも変わる。どう考えるべきだと思います? そちらはすでに本番を見据えた想定訓練をしているのでしょう?」
不敵に笑うイーディスが話を引き継ぎ、まるで試すかのように質問を投げた。
「それはもちろんです! まず重要なのは情報、偵察をいかにして効率よく行うか。これが基本ですね!」
「ええ、そうです。状況が分からなければ、動くに動けないですからね。不用意な行動で敵に包囲されれば、勝機を失います。背後を取られても厳しい戦いになります」
「本隊の初動と索敵に向ける人数、その後の動き。近い将来には定石ができると思うけど、それまでには時間がかかるはず。いや、強豪校はすでに掴んでいるかも?」
質問への即答に、ハーマイラとイーディスがうなずいて続けた。
新ルールにおけるセオリーは、各校で試合を重ねる内に固まっていくだろう。セオリーは多くの人が最善と認める手法であるからこそ定石となる。そういった基本的な戦術が徐々に作られ、あとはどうものにし、オリジナリティを加え勝ちに持って行ける柔軟性を持つかだ。
正直、ガキどもが練るには考えることが多すぎるように思う。もう本格的すぎて、軍の参謀が考えるような内容になっている気がする。私だって作戦について有効なアドバイスができるかどうか怪しい。むしろ、そんなことが得意な奴が顧問やってる倶楽部なんてないと思うけど。
「他の強豪校のことは気になりますよね! まあ自分たちで考えることは大事ですが、専門の指南役に教示いただければ理論だけでも学べると思いますよ! わたしたちはそうしていますし、おそらく他もそうではないですか? 聖エメラルダ女学院だって、そうですよね」
その言葉にハーマイラとイーディスは満足そうにしている。
うん、さすがは王立学園だ。軍とのコネくらい普通にあるだろうし、教官役を招けばいろいろな学びを得られる。わからん奴らがわからないなりに悩むのが無駄とは言わないけど、効率が悪すぎる。
当然ながら聖エメラルダ女学院も手配済みだ。まだ先方の都合で先の日程にはなっているけど、予定自体はある。私が授ける脳筋パワープレイだけじゃ、今後に不安が残るからね。
関係ないけど大人の都合を読んでしまえば、退役した騎士などが新たな職を得るにいい状況なんだろうね。これもたぶん狙ってのことだ。
「……いいですね。練習試合前の意見交換もよいのですが、作戦についてはお互いに実戦で披露し合ったほうが面白いかもしれません」
「個別に持ち込める魔道具についてだって、知らない同士のほうが実戦を想定できて面白い。意見交換は明日に回して、早く試合しない? いいですよね、先生」
別にこっちの我がままを通したい場面じゃない。招かれた側として、先方の意向を尊重しよう。
イーディスからの質問に即答せず、相手側の顧問のおばさんに視線を向ける。すると彼女は穏やかな笑顔でうなずいた。よし、それなら生徒に任せよう。
「ソロントンの生徒さんと相談して、思うようにやればいいわ」
我が校に必要なのは理論ももちろんだけど、まずは実戦経験だ。学ぶにしても、やってみてからのほうがきっと吸収できる。
それに今回ばかりは、勝敗は完全に度外視でいい。そもそも二校しかいないんだし、完全に本番を想定した試合はできない。いろいろ試す場として、役に立ってもらうとしよう。
魔道人形戦のルールを振り返りました。練習試合はともかく、本番の試合でどうするかいまから悩みますね。テキトーな感じで書き始めると、無駄に複雑になりそうでこわいです。なるべくシンプルに進行したい気持ちです!
それにしても、以前に魔道人形戦の新ルールを確認したのは第380話であり、それから50週以上の時が流れている事実にビビります。マジか。