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いらない心配事

 学長から舞い込んだ練習試合の話は、部員たちの総意によって早い日程で実現することに決まった。

 部内での練習ばかりでは飽きるし、日常との変化は初心者たちにとっても望むところだったようだ。

 新ルールで行う初めての練習試合では、きっと学ぶことが多い。顧問である私としても、やってみて初めて分かることがあるだろう。


 今回の遠征は学院としての正式な行事でもある。

 移動どころか護衛の手配まで学院主導で進められ、お陰でいつもなら事務や手続きに気を配る部長も練習に集中できた。


 この私も顧問として、毎日いろんなことを考える。

 今後を見据えてやりすぎないようにと思っていたけど、いろいろと不利な状況で上を目指すには、この私も手を抜いていい状況とは違うと考え直した。

 そうしたなかでいま試していることは、私自身が魔道人形の操作を実施して、部員たちに見本を見せることだ。


 未熟な部員たちにとって、理想として捉えやすいのが妹ちゃんのレベルと思っている。だから基本的には妹ちゃんを見本にさせるのは変えない。

 ただ、その先のレベルを知ることも、きっと若いあいつらにとっていい刺激になる。そんなハイレベルな人形操作を見せるにあたっては、生徒であるハリエットよりも、顧問として尊敬を勝ち取るべき立場にある私のほうがいい。


 部員と同じ型の練習を主に、休憩時間に少しだけ見せてやる。

 私の魔道人形操作の何が凄いのか、漠然と見るだけじゃ意味がない。違いの理由を考え、知ることが重要だ。そこは見て盗めの精神じゃなく、ちょっとばかりの説明をしてやる。

 意識を高く持つことにより、放っておけばマンネリ化していく練習もきっとそうでなくなる。


「何百回も言ってるけど、大事なのは魔力感知と魔力操作よ。これの腕を上げることで、シグルドノートや私に近づくことができる。よく魔力を感知してみなさい。私の魔道人形には、無駄がまったくないはずよ。余分な魔力を使わず、適切に必要なだけの魔力を供給し、最小限の力で効果的に、瞬時に魔道人形を寸分の狂いなく、思ったように操作する」


 あえて人形にオーラのように色を付けた魔力で流れを見やすくし、具体的にどうなっているかを視覚でも理解させる。


「すべての要素は、毎日やってるこの型の練習に組み込まれてるわ。真剣にやってれば、少しずつでも確実に魔法技能は向上する。現にお前たちの力は確実に成長してる。それだけは保証するわよ。指先一つ動かす操作にだって、意識を高く持ちなさい。素早く、美しく、丁寧に」


 魔道人形のすべてを魔法的に支配する。ほんの少しの動きにさえ気を抜かず、全部を丁寧に処理する。すると自然に美しさが生まれる。

 雑になっているところなんか、どこにもない。慣れれば息をするようにそれができる。


「何か質問があれば受け付けるわよ。うん、じゃあミルドリー副部長」

「あの、練習で手を抜いているつもりはないのですが、もっと早く魔法を向上させるには、ほかに何かありませんか? 単純に練習時間を増やすしかないですか?」


 焦る気持ちはどこからきているんだろう。倶楽部内での実力の差からきているのか、ほかの学校と比べているのか。

 あふれた魔力を引っ込め、ちょいと考えてから答えることにした。


「……集中して効率的な練習に取り組むしかないわね。この型の練習には、基礎を鍛えるに十分な要素が入ってる。それ以上を求めるんだったら、お前が言うように練習時間を増やすしかない。ただ、そうね。シグルドノート、倶楽部の練習以外では何をやってる?」


 みんなのお手本役、妹ちゃんに話を振った。たぶん期待通りの内容が返ってくるはずだ。


「わたくしは倶楽部の時間とは関係なく、常日頃から先生がおっしゃる魔力の感知と操作を行っています」

「常日頃?」

「ええ、副部長。いついかなる時でも周囲の魔力を感知しています。それと同時に弱い身体強化魔法を常時発動していますから、魔力操作もそれによって慣れています」


 あっけにとられる部員たち。魔法には慣れ親しんでいたとしても、良家の娘の常識にはない習慣だろう。

 これはもう武闘派集団の一員だから、としか言いようがない訓練方法だ。アナスタシア・ユニオンの奴らがそうであるように、私たちキキョウ会正規メンバーにはやれて当然の技能だ。


 むしろ一定以上の実力者にとっては、周辺警戒と身体強化魔法の常時発動は普通のことだ。そんなこともできない奴は三流以下と評価するしかない。その三流以下が世のなかのほとんどではあるけど。


 当然、ただの学生にとってそんな魔法運用は必要ない。それに魔道人形倶楽部の練習だけでもきついのに、そんな魔法を使う余力はないとも思える。

 それでももっと上を目指したいなら、常時の魔力感知と身体強化魔法は非常に効果的な練習方法であり、それしかないとも言える。


「もしかして先生もシグルドノートさんと同じことをなさっているのですか?」

「私は寝てる間だって、ずっと発動中よ。でもお前たちにはそこまでやる魔力が、そもそも足りないわね。微弱な魔力を使ってやるには技術が足りないし。まあ倶楽部の時間以外でも、無理のない範囲でやるのはいいと思うわよ」


 妹ちゃんと私をじっと見つめる部員たち。必死に魔力を感知して、身体強化の具合を見ようとしているらしい。


「あの、先生からは身体強化の魔力を感じられないのですが」


 戸惑ったようにミルドリーが言う。


「それは表面だけを感知してるからよ。分かりにくくしてるってのもあるけどね。ちょっとだけ分かりやすくしてみるから、もっと深く感知してみなさい」


 体の内側に閉じ込めるようにした魔法運用をちょっとだけ緩める。刺激的すぎないよう、魔法の力も弱めてやる。

 循環する清流のような魔力の流れは、我ながら非常に美しい。身体強化魔法を極めれば、強い力を発揮しながらも消耗は微小になる。私クラスになれば、もう自然回復する魔力量が消費量を上回り、戦闘行為に使う極めて強い魔力を除けば、この程度の魔法行使は永続可能だ。

 まさしく息をするような魔法のレベルにある。当然これは超絶技巧の魔法技能であり、学生どころか自称一流の魔法使い程度には決して真似できない。


「先生、魔力の流れは感知できたのですが、それが身体強化魔法なのですか?」

「無駄な力を排除していけば、こうなるのよ。下手な魔力操作でやるとこうなる」


 清流のように循環する魔力運用をやめ、力任せな魔法に切り替える。

 普通にやったら恐怖を感じさせてしまう強さの魔法は、適度な強さに絞って見せてやる。これでも強力な魔法だ。誤解の余地なく、お前たちの顧問のレベルは常軌を逸しているんだと認識させられるだろう。


 極めて強い魔法の発露。現実感を伴わないだろう力を数秒間に渡って浴びせたあと、分かりやすく魔力を循環させ、力の規模はそのままに無駄な発露と消耗のみを抑える。

 決して真似できない技でも、上質な魔力運用のやり方を雰囲気だけでも理解できただろう。


「おみごとです」


 ハリエットの賞賛にうなずきながら、分かりやすくした魔法を普段のそれに変える。

 静かな魔法行使は、実のところ凄まじく強力な魔法であっても、常人の感知能力ではまったく気づけない。

 これは考えれば考えるほどに恐ろしいことだ。すぐ隣で大規模魔法を励起状態にしているようなもの。

 もし私がその気になったら、次の瞬間には大量殺戮が可能な状態だ。そんな奴が誰にも気づかせないままに、何食わぬ顔で生活しているとは思いもしない。魔法の恐ろしさは、そこにある。


「ミルドリー、分かった? 遊びとは違う、実戦レベルで魔法を使うってのはこういうことよ。私よりも数段劣る魔法行使だって、はっきり言えば倶楽部活動で使うには過ぎた技能だけど、より上を目指したいなら覚えておいて損はないわ」


 絶句する部員ども。驚きから復帰できないミルドリー副部長は、ただ首を縦に振った。


 難しいことは分かってる。無理にチャレンジする必要はないし、そもそもの魔力量と魔法の制御レベルが相当高くないと無理な魔法行使でもある。習得するには、真似事を短時間から始めるしかない。

 それに普段から魔法を使ってる奴なんて、ほかの学校の生徒にだって一人もいなかった。学生の競技においては過ぎた力と言える。それでもこうした魔法を覚えることが、レベルアップへの近道だ。


 うん、私が勝手に無理だと判断するのもおかしい。どうせなら習得させたい気もしてきた。真似事程度ならやれるはず。


「そうね。ハーマイラとイーディスなら、現状でもそこそこやれるかもしれないわ。みんなも倶楽部の後で、余力があったら試してみなさい。精神的に疲れるけど、魔力感知のほうは常に意識したほうがいいわね」


 神妙な顔でうなずく部員ども。

 気を取り直した部長の号令によって、練習を再開した。



 密度の高い練習を数日も繰り返せば、ソロントンへ遠征の日になった。

 大きなバス一台に詰め込まれた部員一同で、半日はかかる道のりを運ばれていく。

 ここでもガキらしくはしゃいで遊ぶ部員はいない。誰もが先日の身体強化魔法を練習中で、熱心な奴らだと感心する。


 バスの前方には護衛の乗った車両が先行し、有力者の娘たちの安全を確保している。

 近場とはいえ、他国まで出向く遠征だ。普通に街道を進んでいても、魔獣との遭遇は低い確率で起こり得る。


 魔獣は別にいいとして、人為的な事件が起こることだってある。巻き込まれることや、最悪は狙われることだって。

 招待してくれた学長の友人を疑うかはともかく、練習試合は先方の魔道人形俱楽部の顧問が要望したと考えられる。魔道人形連盟が悪事を企み、姉妹校の繋がりを利用した線も捨てきれず、一応は気を付ける必要がある。


 学院が用意した護衛だけじゃ心配と思うのは、きっと杞憂きゆうだ。それでも私がいる倶楽部においては、何事でも起こり得ると自覚すべき。

 魔獣に限らず、不意に湧いたアンデッドとの遭遇、賞金稼ぎの襲撃、メデク・レギサーモ帝国による罠、その他意味不明の不幸まで盛り込んで、生徒の安全には万全を期す。


「こちら紫乃上。ハイディ、そっちの様子はどう?」


 バスの最前列に一人で腰掛け、イヤリング型通信機にささやいた。


「こちらハイディ、特に異常ないですね。道々、空いてますし平和なものですよ。弱い魔獣の一匹も見当たりません」

「了解、問題なさそうね」


 ハイディはもう一人の情報局員とペアを組み、護衛の車両よりもさらに先行しながら広域魔力感知で安全確保を実施中だ。これは護衛のアナスタシア・ユニオンの構成員も知っていることで、必要に応じて連携を取る。


 いまのところは平和だ。ベルリーザ領内、それも首都ベルトリーアに続く街道なだけはある。道の整備具合も良好だし、トラブルになりそうな要素は見当たらない。

 バスの窓から遠くに目をやれば、緑豊かな森が広がっている。時折、小さな集落が姿を現し、のどかな田園風景がこのまましばらく続くと思われる。魔獣の脅威もまったく感じられられず、これ以上ないほど平和なものだ。


 何かあるとすれば、やはり人為的なものになるだろう。

 トラブルの女神に愛されたこの私が、平穏無事に旅を終えられるなんてあるわけない。嵐の前の静けさは、ワクワク感を高めてくれる。

 巻き込まれる生徒たちにだって、きっといい経験になるはずだ。

 ふふふ。せいぜい、楽しめ!


「先生、少しいいですか?」


 移動中のバスのなかを移動してきたハーマイラ部長が遠慮がちに言った。

 私は椅子に広がったスカートを整えて、隣の席に座りやすくしてやる。

 今日は外に出るということで、清楚モードにした服装のせいかどうにも座りの悪い感じがする。身じろぎしながら、返事の代わりに空いた隣の席をポンと叩いた。

 素直に座っても思案気な様子で何も言わないハーマイラに視線を送る。


「気分が悪いなら薬あるわよ」

「……いえ。先生は今回の遠征、どう思いますか?」


 ハーマイラは言葉を選びながら、ゆっくりと話し始めた。その瞳には不安と責任感が混ざり合い、肩には部長としての重圧が見えるようだ。


「どうって?」

「その、何か変じゃないですか? 魔道人形戦は国によって少しルールが変わるので、練習試合としての効果はあまり高くないと言われています。親善のための試合はもちろんよいと思いますが、秋の大会を控えたこの時期に行うことではありません。わたしも賛成しましたし、いまさらのことではありますが……」


 聡い娘だ。具体的なことは何も知らないはずなのに、ベルリーザ国内に渦巻く不穏な情勢と関連付けて考えてしまっているんだろう。

 それでもだ。もし誰かの企みがあったとして、こいつらが心配してもしょうがない。


「先方はたしか、新ルールの確認や意見交換をしたいって言い分よ。別に変とは思わないけどね。他国の学校なら本番の試合で当たらないし、手の内をさらしても問題ないわ。多少ルールが違ったとして、試合の相手としてはちょうどいいように思えるけどね」


 私自身が感じている懸念は隠し、あえて表向きの意見を口に出す。


「はい、先生のおっしゃるとおりなのですが……何か気になってしまって」


 うつむいたハーマイラのセミロングの髪が、その横顔を隠すように流れ落ちる。

 流れに逆らいたい天邪鬼な衝動に逆らわず、少女の顔を隠した髪に手を伸ばし、指ですくい取りながら耳にかけてやった。

 こっちを向けた顔に、力強く言ってやる。


「政治的な思惑を気にしてんのよね? だったら問題ないわ。そんなもん、私がいれば弾き返せる。大丈夫よ」


 もし何かあれば、部長として責任を感じるからだろう。聡くて優しくて、おまけにそこそこ美人の部長。磨けばもっと光る。そんないい子の部長には、ちょっとだけサービスしてやろう。

 つけっぱなしのサングラスを外してみせた。


「私のこの左目、分かる?」


 パッと見ただけじゃ気づきにくいけど、この左目は元の黒色にほんの少しの赤が混じり、さらには絡み合ういばらのような模様が刻まれている。

 赤黒い瞳の色に隠れてよく見なければ模様までは分からないけど、気づいてしまえば人によってはかなり不気味に思えるだろう。逆にかっこいいとか綺麗といった感想も聞くから、それこそ人によるけど。


「あ、瞳の色が……いままで気がつきませんでした」

「休みの間にいろいろあってね。なんとこれ、魔眼よ。知ってる?」

「書物で読んだことがありますが、実際に見たのは初めてです」

「具体的には秘密だけど、こいつはちょっと強力な魔眼でね。もし不逞の輩が襲ってきても、こいつがあれば一発よ。ほかに護衛もいるし。そもそも、あんたたちみたいなガキが気にする必要ないけど、政治的な面倒事だって学長がなんとかしてくれる。だから心配することなんて、何もないわ」


 綺麗な髪をくしゃくしゃに撫で回してやろうかと思ったけど、それはやめてポンと頭を一度だけ軽く叩いた。それでハーマイラはようやく笑顔を浮かべた。


「イーブルバンシー先生がいてくだされば、何も問題ない気がしてきました」

「そういうことよ。倶楽部活動なんだから、部と活動のことだけ考えてればいいのよ。さて、そろそろ休憩所に到着する頃合いじゃない?」

「そうですね。わたしは気分の悪い人がいないか、確認してきます」


 席を立つ部長の尻を叩いて追いやった。

 面倒なことは大人に任せておけばいい。というか、仮に良からぬ仕込みがあったとしてだ。そこにガキの出る幕なんかない。

 むしろ、どんな策略であれ仕掛けてくればいい。退屈しのぎに遊んでやる。

 全部全部、まとめて弾き返して、二度と歯向かう気にならないようにしてやればいいんだ。


 ああ、そうだ。

 私は普通に倶楽部の遠征で試合をして帰るだけなんて、そんなつまんない旅なんてまったく望んでない。

 まったくもって、顧問の立場でありながら我ながら度し難いバカだ。

 でも、だからこそ私は強い。

引き続きの倶楽部の練習の場面や、ハーマイラ部長とたわむれるシーンだけで文字数がかさんでしまいました。

前話のあとがきで「サクサク進めたい」と書いておきながら、何も進まず申し訳ないです。

少しだけ暴力の臭いを感じる次話「乙女の守護者」に続きます。

その次からは魔道人形戦の試合が続く感じになりそうです!

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[良い点] 「サクサク進めたい」 いやいやいや!とても良かったですよ! 「イーブルバンシー先生の何がどう凄いのか」を 具体的に知れて、かつ練度のあげ方も知れて 細かすぎず、ある程度の背景も知れる描写…
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