ありがたき遠征試合のお誘い
毎日を一生懸命に生きるほど、時間の流れは早く感じてしまうものだ。
貴重な時間を無駄にできない。そう思えば思うほどに。
学院が再開して以来、朝練に加えて放課後は夜までの練習が毎日続いている。
良家の娘しかいない学院だから、なにがしかの苦情が入るかもと思いきや、生徒の親に元魔道人形倶楽部のOGがたくさんいるお陰で、どうやら苦情どころか逆に応援されているらしい。
ちょっと聞いたところによれば、母親同士で横のつながりも出来始めているんだとか。
特に身分の高い家の母が率先して応援する場合には、それより下の母は追随せざるを得なくなる。そうした状況もあり、人によっては迷惑に感じているかもしれない。
それでもこの倶楽部にとっては非常にありがたいことだ。
最初から苦情なんか無視するつもりではあったけど、ないに越したことはない。その点でも顧問として余計なことに時間と気を使わず済む。お陰で生徒は練習に集中でき、私も指導に集中できる状況が整っている。
休み明け初日に倶楽部としての目標をぶち上げ、私のやる気も高まった。
次の日にはさっそく、コネを使って新たな練習道具の発注までしてしまったくらいだ。
学長から依頼された内容は、この倶楽部の捲土重来。私がいる短い期間だけ強くなっても意味はない。私が去っても、強さを維持できる環境を作ることが重要になる。使える練習道具はそのための一つの策だ。
無理を言って大急ぎで作成させた練習道具はわずか二日後には完成し、初心者用に五つだけ先行で納入させた。
魔道具ギルドにコネがある者の特権だ。使えるものはバンバン使っていく。
「少しいいですか、先生。どうしても五番から先が分からなくて」
「四番の場所は?」
「ここです」
「ん、合ってるわね。まあ五番からちょっと難易度上がるから、すぐに分かんなくてもしょうがないわ。でも四番まで分かったなら、時間かければ今日中にはやれるはずよ。諦めずに集中しなさい。みんなも同じよ、とにかく集中。五番の魔石が見つかるまで今日は帰れないと思いなさい」
「はい!」
さっそく新たな道具を使って初心者どもが練習中だ。
彼女たちは楽器のリコーダーを全体的に倍くらいにした大きさの筒を手に持って、ひたすら魔力感知を行っている。
魔力感知はすべての基礎。魔力を細かく感知できなければ、高度な魔法は使えない。基本中の基本だ。
魔道人形と同じ材料で作られた筒のなかには、これまた同じ材料で作られた砂が詰まっている。筒を握って魔力を込めれば、すぐに筒自体となかの砂に魔力が浸透する作りだ。
魔力で満たすこと自体は誰だろうが問題なくやれる。これを使った練習方法は、筒のなかの砂に魔石が混ざっていて、それを見つける魔力感知の訓練だ。
筒に魔力を満たすと同時に、魔石にも魔力入り、これが発する魔力は筒や砂に込められた魔力とは明確に異なる物が仕込んである。これを魔力感知によって探し出す訓練として使い、目的の魔石にだけ魔力を込めることで魔力操作の訓練にも使える。
満ちた魔力はスイッチ一つで発散させることが可能で、非常に便利な道具を作ったと自画自賛してもいいくらいだ。まあ八割くらいは魔道具ギルドの職人のお陰だけど、それはどうでもいい。
この筒のなかには見つけ出すべき魔石が十二個あり、一番大きな物で親指の先程度の大きさになる。
大きさの異なる魔石が十二個。大きい魔石から順番に番号が付き、もっとも小さな魔石が十二番となる。十二番の魔石は粒子レベルに小さいから、部員たちが見つけ出すのは、よっぽどの天才じゃなければ不可能だ。
これはガキどもの未知の可能性を考えて、あえて発見不可能と思える先を用意しているだけであり、現実的には大きさ十番目の物を感知させることが目標となっている。
十番目の魔石の大きさは、砂粒ほどの大きさ。小さくても目視可能な大きさでしかないし、単独で存在するなら魔力感知もそう難しくはない。
ただ、魔力の満ちた筒と砂のなかから見分けるのは意外と難しい。砂を詰めた筒のなかは若干の空洞があり、筒を振れば中身の砂と共に魔石も移動する。大きな魔石の陰に隠れるように、小さな魔石が配置されることだってある。これを確実に見分けるには、それなりの訓練を積まないと無理だ。
集中して練習に取り組む環境さえ用意してやれば、人の能力は必ず伸びる。
部員全員が真剣に取り組む倶楽部活動の場は、環境として非常に優れている。
毎日毎日、細かい目標を立て、それを確実にクリアし続ける。どこかで足踏みする日がくるとしても、その時には大きな成長をも実感できるようになっているはずだ。特に初心者は伸びる幅が大きく早い。
部内全員が基礎練習を繰り返す、地味な日々を送ること数日。
そんななか、魔道人形連盟主催の説明会の日がやってきた。部長と副部長を送り出し、その間にも基礎を固める訓練にいそしむ。
単調な基礎練習の繰り返しは、その意義を正しく理解できなければ退屈なだけだ。五十人近くもいる部員全員がそのレベルに到達できたわけじゃないし、飽きるものは飽きるのだからしょうがない面もある。
それでも自身の未熟を自覚し、練習による技術の向上が実感できれば、集中力高く練習に取り組める。雰囲気に流されているだけの部員たちも、そのうちに意義と効果と理解するだろう。
魔道人形倶楽部の再スタートは順調と評価できる。いまのところは非常にいい傾向だ。
そんな地獄の基礎練漬けのみの毎日も今日で終わる。魔道人形戦のルールが固まれば、実戦を想定した練習時間だって必要になる。
基礎錬は必ず毎日やらせるけど、それだけの練習からは脱することができる。部内の全員がそれを楽しみにしているのが丸わかりで面白い。素直なガキどもだ。
「……しっかし、どんな嫌がらせが入ることやらね」
魔道人形戦の大幅なルール変更は、唐突に通達され反対の余地もなかったと聞く。
公式に表明された変更理由を私は覚えてない。薄ら寒い表面的な理由など覚えておく価値もない。
ルール変更の真の理由として推測できるのは、主には魔道人形の軍事利用によって生まれる利権のためだ。その利権自体は潰されたわけだけど、試合形式の変更によって単純にシノギは大きくなったと考えられる。
試合会場が狭い屋内から、屋外の軍の演習場になり、観客を集めた興行としてそれなりの収入は見込めるだろう。それと参戦可能な魔道人形の数が倍増したことによる売り上げ増だってあるはずだ。軍事絡みの利権の企てが潰されたとしても、総合的にシノギは太くなったに違いない。
そしてシノギ以外に、ルールを変更した理由がもう一つ考えられる。
考えすぎかもしれないけど、それは魔道人形連盟の組織としての盤石化だ。
魔道人形連盟の職員は現役の魔道人形倶楽部顧問か、元顧問によって構成される。連盟職員になるということは、ルールを作る側になるということであり、また利権構造に入って収入を得る立場になることでもある。
特にルールを作れるというのは非常に強い立場であり、情報の入手に関しても最速だ。純粋に勝利を目指す倶楽部の顧問として考えて、連盟職員の立場はあまりに有利すぎる。
当然、私だってそこに入りたいし、私自身が入れてなくても次の顧問が入れるようには繋ぎたい。
調べたところによれば、連盟職員になるために必要な条件は、魔道人形大会における指導実績と貢献だ。
実績とは大会で良い成績を積み上げることであり、これは非常に分かりやすく公平に思える。
それに対して『貢献』というのは少し曖昧だ。一般的にはボランティア活動を通じて、魔道人形を世界に広めるということらしい。例えば、地域で子供たちに魔道人形を触れさせる機会を作るとか、小さな大会を企画するとか、そういった活動のようだ。
それが連盟職員になるための表向きの条件。
ところが実際には、大した実績をあげていない顧問も連盟職員になっている例がある。それがなぜかを深く調べると、裏が見えてくるわけだ。
誰にだって予想のつく、ある意味で常識みたいなこと。利権を得るには、対価を要求される。つまりは賄賂だ。
誠実さなんて表向きのお題目だけであって、実際には誰も望んでない。少なくとも、権力を握っている連中にとってはね。
ただし、小額を積んだ程度で良い立場を得られるはずもない。利権に絡む人数は少ないほどいいに決まってる。人数が増えれば、一人当たりの取り分が減るからね。
でも実際に魔道人形大会の運営を含む、連盟としての活動は必要になる。それなりの人数がいなければ、組織としての活動に支障が出る。一定以上の人数を必要とする一方で、余計な人員を増やしたくはない。そして、誰もが一度手にした立場を手放したくないと考える。
突然に大きな実績を叩き出す顧問などそう現れないし、よっぽどの認めざるを得ない貢献がなければ、職員の増員や入れ替わりも実施されない。よって組織は膠着化し、腐り果てる。典型的な腐敗だ。
魔道人形連盟は表向きには非営利団体のはずなのに、裏では利益を欲し手放せない団体になってしまった。
そんなところに彗星の如く登場したのが、聖エメラルダ女学院でありこの私。連盟はさぞかし邪魔に思ったことだろう。
特に聖エメラルダ女学院は、有力者の娘ばかりが通う学校だ。そんな学校から連盟に加わる職員ともなれば、連盟内でも短い期間で大きな顔をするようになると想像できる。
ちょっと調べた感じでは、過去に聖エメラルダ女学院の顧問が連盟で実権を握った時代があったみたいだ。その時代を知る人間からしてみれば、返り咲かれたくないだろうし、積極的に排除したいとも思うだろう。
自分の立場を食われる可能性があるとしたら、そんな芽は摘んでしまうのが当然だ。
ルールを作れる立場を使い、有利に立ち回る。もっと直接的に、聖エメラルダ女学院を不利な立場に追いやって排除する。そうなってしまっても、なんらおかしくない状況にある。
私たちに対する嫌がらせは、必ずあると覚悟しなければならない。普通にそういう状況に加えて、私は魔道人形連盟の利権を潰し奪った存在でもある。恨みを買っているのは間違いない。
部長と副部長が向かった連盟主催の説明会では、細かいルールの見直しを説明され、試合で使う魔道具の説明もあるという話だった。
試合のルールほど大事なものはない。違反すれば失格だし、勝つためには入念な確認が必要。些細な変化だとしても、十分以上に気にかける必要がある。
なんやかんやと考え事をしながら部員たちの基礎練習を見守っていると、外から部室の扉が開けられた。
瞬間的に部長たちが戻るにはまだ早いと思っていると、姿を現したのは予想外の人物だった。ザマス風の痩せたおばさんがそこにいる。
「学長? なんでここに」
魔道人形俱楽部の捲土重来を希望したのは学長だ。これまでに機会はなかったけど、自分の目で倶楽部の様子を見たくなったのだろうか。
練習を繰り返す部員たちは、もう想定外の人物が現れてもいちいち手を止めない。気になってはいるようだけど……。
とりあえずは微妙に遠慮がちな学長に歩み寄り、招き入れることにした。何の用事か知らないけど、せっかくだから見ていけばいい。
壁際の椅子まで誘い、学長と並んで腰を下ろした。
「話には聞いていましたが、壮観ですね。まるで騎士団の訓練のようではないですか」
「あいつら気合入ってますからね。でもどこの学校だろうと、魔道人形倶楽部の練習風景はこんなもんだと思いますよ。ところで、突然どうしたんです? 倶楽部棟にくるなんて珍しい」
「ええ、実はお伝えすることがあります」
学長の浮かべた笑顔から考えるに、厄介事ではなさそうだ。ちょっとした安堵を秘かに覚えつつ内容を尋ねた。
「イーブルバンシー先生は、東の隣国ソロントンを知っていますね?」
「名前くらいなら。行ったことはないですが、それがなにか?」
唐突になんだろう。
たしか、ソロントンはベルトリーアから東に向かって街道を進めば、これといった難所なくも着く隣国だ。
一応は独立国ではあるけど、ベルリーザの従属国的な立ち位置だったはず。道さえ混んでいなければ、車両を飛ばせばたぶん半日程度で首都まで行ける。文化的にもベルリーザに近く、ほかにこれといった印象はない。
「ソロントンには当学院の姉妹校があるのです。そこの学長とは古い友人でもありまして、この度は魔道人形戦の練習試合をしないかと誘いを受けました」
大陸北部ではメジャーな競技だから、隣国で魔道人形戦が盛んだったとして何の不思議もない。学長の交友関係なら、あまり警戒も必要ないだろう。せっかくの誘いを断る理由は思い浮かばない。
「へえ、姉妹校ですか。隣国からの招待ってよくある話なんですか?」
「交換留学は常に行っていますが、倶楽部間での招待というのは珍しいですね。今回は魔道人形戦に関するルール変更について、意見交換や練習試合を希望されています」
「ああ、それが主な理由ですか。あのふざけたルール変更は、ベルリーザだけじゃなくて他国にも影響があるんですね」
「国によって細かい部分は違っていても、大枠でのルールは合わせるのがこれまでの魔道人形戦でした。今回の大幅なルール変更についても、事前に申し合わせはあったはずですよ」
なるほど、独断でやったわけじゃないと。
「ソロントン王立学園は魔道人形倶楽部が強いことで有名です。練習相手として望ましい相手かと思いますので、ぜひ受けてください。こちらは先方が希望している日程の候補です。正式な学校同士の交流ですので、平日を使った遠征になっても構いません」
折りたたまれた紙を受け取り、さっと目を通した。
候補日は思ったより多い。これなら、いろいろと予定を組んでいる我が倶楽部でも、問題なくねじ込めるだろう。
「分かりました。今日は部長と副部長がいないんで、明日彼女たちに相談して決めます。決まり次第、学長に言えばいいですか?」
「それで構いません。このままもう少し見学しても?」
「お好きにどうぞ」
若いエネルギーにあふれた練習風景は、学長の目にとっても退屈なものには映らなかったようだ。
ただ、学院のトップに見学される立場となった部員たちの緊張感は凄まじい。操る魔道人形の動きに、いつも以上の気迫が宿るかのよう。
普段とは違う人に見られたり、違う環境で活動したりする機会は貴重だ。これから意図してそうした機会を増やしていこう。きっとメンタル面での強化につながる。
それにしても、近場とはいえ他国に出向いての練習試合か。楽しみになってきた。
魔道人形連盟にまつわる過去の出来事を振り返りつつ、次に向かう繋ぎ回でした。
つらつらと長くなってしまいましたが、魔道人形倶楽部の関連については、リアル時間では結構な期間を置いての再開となりますので、改めて振り返っています。
練習試合の時には、ざっくりとですが改めて試合のルールについても振り返ろうと思います!
それでもって、サクサクと進めていきたい気持ちです。
次話「いらない心配事」に続きます。




