集まる人々
見習いたちを本格的に鍛え始めて、早くも数日が経った。
今日は外回りだった私とジークルーネが本部に戻ると、ヴァレリアが出迎えてくれた。
「お姉さま、ジークルーネ、お帰りなさい。これを」
挨拶もそこそこに差し出されたのは、手紙らしき物の束だ。
どうやら待望の返事が届いたらしい。
いくつか出した手紙の返信が個別じゃなくまとめて届くのには、配送のタイミングとか周期とかで毎日やってるわけじゃないからだろう。たぶん。
手紙を読む前にいつもの食堂でさっと夕食を済ませ、本部に戻ってから読み始めた。気になるのか、事務所には多くのメンバーが集合してる状態だ。みんなの視線を受けながら、とりあえずは要点だけを読み進めていく。
ふーむ……なるほど、なるほどっと。
「ジークルーネの仲間はどうだって?」
「なかなか難しい。色よい返事は一通だけだった。ユカリ殿はどうか」
時間が経てば経つほど生活基盤は充実するから、別の町に住んでたら簡単に移動なんてできない。普通に予測できた結果だ。
「一人だけでも十分よ、元青騎士なら申し分ないし。こっちはちょっと微妙ね」
「微妙?」
「お姉さま、どんなお返事だったのですか?」
ほかのみんなも興味深そうに私を見てる。特に元収容所組にとってみれば、知らない仲じゃないし気になるだろう。
「ゼノビアとカロリーヌは、王都の復興で忙しいみたいね。でもそれに目途がつけば、こっちに合流したいとも書かれてるわ」
「あいつらは王都に知り合いが多いからな。今の時点じゃ、知り合い見捨てて移動はできねえってことだろ」
「目途がつけば、ということは期待しても良さそうですね。いつになるかは分かりませんけれど」
傭兵のゼノビアは戦力として期待大だし、娼婦の元締めやってたカロリーヌはその知見と手腕に期待大だ。どっちもすぐに合流して欲しいくらい。
あの二人なら社交辞令ってことはないだろうし、合流してくれる可能性は十分にあると考えていい。
だけど、いつになるか分からないんじゃね。具体性がないからしばらくは保留だ。まあ、そのいつかを楽しみにしとこう。
「あとオフィリアなんだけど、最近倒した魔獣の話とか、前よりどのくらい強くなったとか、そんなことばっかりたくさん書いてあってね。肝心なところは最後に、ちょっと待ってろ、としか書いてないのよ」
冒険者のオフィリアは自由人な感じのする女だった。手紙から伝わる文面もまさにそんな感じだ。
「そいつは……たしかに微妙だな」
「要領を得ませんね」
「また返事を寄こすつもりなのか、何かやってる事が終わるまで待てと言ってるのか、全然分からんな」
そうだ。どの意味で受け取ればいいのか、さっぱりだ。
「微妙でしょ? それで最後に治癒師のローザベルさんからよ」
「おお、あの婆さんか」
「婆さんはユカリの回復薬を調べたんだったか?」
「それで何と?」
これがまた意外な返事だったんだ。
「ローザベルさん、ウチに入れろってさ」
「は? あんな地位も名誉もある婆さんが何でウチに入りたがるんだ?」
「なんか面白そうなことやってるから、らしいわよ。コレットさんの分も合わせて部屋を用意しとけだって」
治癒師御一行にはまだ二人いたはずだけど、そっちについての言及はなかった。
なんにせよ、あのとびっきりの治癒師が二人も合流してくれるなら、単純に私の負担が減ってありがたい。
「コレットってあのエルフの治癒師もか。戦力的な増強ってわけじゃないが、ある意味凄いな」
「いや、あのローザベルとコレットと言えば、大陸で知らねえ奴がいないほどの治癒師だぜ? 戦力が増えるどころじゃねえ。それよりこんなことがバレたら、治癒師ギルドが黙ってないんじゃねえか?」
「そんなもん、無視すりゃいいだろ」
伝説の治癒師がどうのって話題が出て、動揺してるメンバーがいるっぽい。収容所上がりの仲だって、あとで説明しといてやろう。
「ああ、ローザベルさんも内緒にしとけって書いてるわね。みんな、秘密にしときなさいよ」
「だが伝説の治癒師だぜ? とても隠し通せるもんじゃねえし、どうせすぐにバレるだろ」
「ユカリがここでバラしてる時点で、秘密なんかあってないようなもんだろ。もし余所のギルドやらにバレたとしても、その時はその時だ」
どんな理由があって内緒にしたいのか分かんないけど、文面からは本気で秘密したいって感じは伝わらなかった。あくまでも吹聴するなって感じで受け取ったんだけどね。
それにずっと本部に閉じこもってるわけじゃないだろうから、外に出れば普通にバレる。だって有名人なんだから。
こっちの受けれ体制も問題ない。あの二人には個室を用意するつもりだけど、ベッドや棚はすでに全室に完備してるから、これから準備しなきゃいけないことはない。個別に欲しい物があれば勝手に買い足すだろうし。
ジークルーネの元同僚も同じ扱いになる。そっちがどんな人なのか、もっと具体的に教えてもらおう。
「また賑やかになるのか。楽しみだな」
すでに十分以上に賑やかな気もするんだけど、楽しくなりそうだからいいのかな。
手紙を受け取ってから、さらに数日後。
見習いたちも訓練の成果が目に見えて表れ始めて、充実した日々を送ってる。事務所で今日の訓練担当から話を聞きつつ、お茶をすする。
まったりとした時間を過ごしてると、夕食後の時間にもかかわらず誰かやってきたらしい。
「あのー、お客さんみたいです。会長のお知り合いだとか」
たまたま玄関近くにいた見習いが、客人を中に招き入れながら言った。
種類のよく分からない獣人の二人組だ。私の知り合いにしては、どうにも見覚えがない。誰だろうね。ん?
「どちら様でしょうか?」
私たちのほとんどが応接セットに座ったままのなか、ソフィが率先して来客対応に出た。知り合いだと言われた私が動かないから、代わりに応対してくれるつもりなんだろう。働き者だ。
うーむ、ちょっと待て。やっぱりなんかおかしい。
二人組の訪問者のうち、片方と目が合った瞬間だ。そいつがニヤッと笑った。
どことなく懐かしい感じはしつつも、違和感を抱く。
これは……たぶん偽装だ。魔法の気配が微かにする。怪しい奴め!
「ソフィ、離れなさい!」
訓練の賜物か、私の言葉に瞬時に反応して後退するソフィ。
ほかのメンバーも同時に臨戦態勢に入る。キキョウ会正規メンバーに腑抜けはいないようだ。
そのまま全員で侵入者を囲み、油断なく観察する。不審な挙動を少しでもすれば、目にもの見せてくれる。
ここはキキョウ会本部。舐めた真似は許さない。
「ちょ、ちょっと待て。先に話を聞け!」
「あ、こら、早まったらダメだよ」
余裕の態度も束の間で、囲まれるとすぐに取り乱す怪しい奴ら。
まさか本当にただのお客じゃないわよね。
「あんたたち、魔法か何かで偽装してるわね? それを止めなさい。話はそれからよ」
私の目でも完璧には見破れない、高度な魔法が使われてる。恐らく姿だけじゃなくて声まで偽装されてるはずだ。
「……良くも見破るものじゃのう。名うての魔道具職人に作らせた名品じゃぞ」
あれ、その話し方って。
二人が懐から何か取り出して操作したら、すぐに魔法が解除された。魔道具だったようだ。
「まったく、なにやってんのよ? 少しでも怪しい素振りを見せたら、その手を捻り潰すところだったわ。ローザベルさん、コレットさん」
「物騒な奴じゃ。ふっ、相変わらず、いや、前よりもずっと元気そうじゃな」
「お久しぶりー」
正体を現したのは、治癒師のローザベルさんにコレットさんだ。
二人とも、いい年してお茶目が行き過ぎてる。一歩間違えば、本当にぶちのめしてたところだった。
剣呑な雰囲気から一転、和やかな空気になるキキョウ会本部。
応接セットに移動してささやかに歓迎だ。日々進化し続ける紅茶フレーバーの複合回復薬を、旅で疲れただろう年配の二人に振舞った。
「むう、なんじゃこれは」
「へー、これって面白いね」
ただのお茶じゃないって、すぐ気づいた。さすがだ。
「送っといた傷回復薬に同封した複合回復薬よ。前に送ったのより、こっちのほうがずっと効果は高いし複雑だけどね」
「お前さんな、軽く言いよるが複合回復薬なぞ、治癒師にとって革命も良いところじゃぞ」
「面白いわー。やっぱりここにきて正解ね、ローザベル」
回復薬については後でいい。まだみんなには言ってない、錠剤タイプの回復薬はまだ秘密にしときたい事情もある。
諸々含めて送った回復薬の鑑定結果など、治癒師同士でじっくり話したいしね。
「それよりさ、なんで変装なんかしてたわけ?」
「いや、なんじゃ……実はのう、わしら逃げ出してきたんじゃ」
「そうそう、逃避行ってやつ?」
「は? なによそれ」
微妙に歯切れ悪く説明された内容をまとめて一言で言えば、軟禁状態から脱出したってことらしい。
話によれば、治癒師として立場のあるローザベルさんとコレットさんが、収容所に捕らわれた事件は大問題になってしまったんだとか。そのせいで治癒師ギルドから、旅を禁止されてしまったらしい。
さらにはギルド内に半ば軟禁状態にされて、金持ちやお偉いさん相手に治癒魔法を使わされる毎日に限界を感じてキレてしまったと。そういうことのようだ。
治癒師ギルドの立場から見て好意的に解釈すれば、貴重な人材を危ない目に遭わせないため、安全な場所で安全な客に魔法を使ってもらう配慮とも考えられる。まあ、実際のところは即物的で利己的な理由だろうけどね。
不自由な毎日を嫌ったローザベルさんとコレットさんは食事に行く振りをして、密かに作らせといた幻影魔法の魔道具を使って変装、街を脱出したらしい。そしてこの街までは、自前のオートバイに似た魔道具を使って移動したようだ。
今頃そのギルドは大変な騒ぎになってるだろうね。人騒がせなことだ。
そんなことより、興味を惹かれたのはバイクだ。私も欲しい。そんな物までこの世界にあったとは。
時間に余裕ができたら買いに行こう。でも街を見て回った時には、バイクは見かけなかったような気がする。ひょっとしたら珍しいのかもしれない。もし普通に売ってなかったら、特注で作ってもらうのもアリだ。
あと収容所時代にローザベルさんと一緒にいた残りの二人の治癒師は、別の街に行かされて一緒にはいなかったらしい。能力の高い治癒師が一つの街に固まるよりは、分散させかったようだ。
「その二人には行方くらい伝えといたら?」
「いや、ワシらが姿をくらませれば、真っ先にあやつらに調べが入るじゃろ。下手に知らせれば、むしろ迷惑になるやもしれん」
それもそうか。長い付き合いなら、あの二人だってなんとなく察するだろう。
「ところでさ、なんでウチに入ろうっての? ローザベルさんたちなら、ほかにいくらでもアテがありそうなもんだけどね」
「なあに、お前さんらが徒党を組んで悪さをしとると聞いてな」
「とっても面白そうだから、行ってみようって話してね。色々とやらかしてるんだって?」
とんでもない言い草だ。
「人聞きが悪いわね。ウチは別に変な事してないわよ。ねえ、みんな」
働き者のみんなに振ってみれば、模範解答が返ってくる。
「ああ、今日も何人かガラの悪い馬鹿やスリをボコったくらいで、特に悪いことはしてねえな」
「そうですね。私も悪徳商人から有り金巻き上げた程度です」
「わたしも痴漢の手をねじり折ったくらいのことしかしてないですよ」
次々と最近の出来事を自己申告していくキキョウ会メンバーたち。どれも極々日常的で普通の出来事ばかりだ。
「ほらね」
「本気で言っておるようじゃな……」
「何がほらね、なのか分かんないけど……まあ面白そうだしいいか」
微妙に納得してなさそうだけど、意味が分からないわね。
「とにかく、二人をキキョウ会として歓迎するわ。ローザベルさん、コレットさん」
自然とみんなの拍手に包まれる事務所。いい雰囲気じゃないか。
そのまま話を続けて聞いてみれば、治癒師の二人はこれからも外出時には変装の魔道具を使うらしい。まあ逃げ出した身なら、簡単には見つかりたくないだろう。
ただ、バレることを恐れるってわけじゃないみたいだ。簡単に見つかったら面白くない程度の考えらしい。
それというのも、別に居所がバレたところで実力行使に出られるわけでもなし、やりはしないだろうけど最悪、破門されたって構わないなんて強気なことも言ってた。もう心底、治癒師ギルドに愛想を尽かしたみたいだ。
一応は本当にバレるまでは変装を続けるらしいけど、それってもう魔道具を使うのが面白いからやってるだけのように思える。
変装の魔道具はたしかに面白そうだし、私も今度借りてみたいと思ったけどね。あ、それとバイクも貸してほしい。
そして卓越した治癒魔法使いが加わって、我がキキョウ会の回復薬事情は飛躍的に向上した。
元々私だけでも過剰なくらい回復薬の供給があったわけだけど、もう水の代わりに回復薬を常飲する勢いだ。
下級の回復薬なら、私たちにとっては本当に微々たる程度の魔力しか使わずに作れてしまう。大量生産が可能なんだ。それが三人もいて本気でやれば、こうなるのも当然だ。
それによって起こる、見習いたちの訓練の加速。無限に与えられる体力と、怪我を恐れる必要のない環境。
私は第二級の回復薬は出し惜しみしてたけど、ローザベルさんとコレットさんは希少な第二級傷回復魔法の使い手だ。失った身体の部位は第二級魔法でないと完治できない。
そんな凄い魔法がいつでも好きに使ってもらえるとなれば、訓練中に腕が消し飛ぼうが足がもげて吹っ飛ぼうが、死んでさえいなければ魔法ですぐに治せる。
最初はともかく、訓練を続けるうちに痛みに慣れてくれば、これほど心強いこともない。何しろ思いっきり遠慮なくやれるのは大きい。
まだ基礎訓練は半ばでも、想定した期間よりもだいぶ短く終了してしまいそうだ。しかも今のところ脱落者はゼロ。素晴らしいとしか言いようがない。
一つ気になるのは、戦闘班を希望してなかったはずの見習いたちまで、なぜか戦闘狂のように訓練に没頭してるのがちょっとどうかと思わなくもない。まあ訓練中だし、身体強化魔法の影響もあってハイになってるだけだろう。きっとそうに違いない。
見習いの訓練は想定以上に早く進み、資金にもゆとりができた。なんとも順風満帆な日々じゃないか。
そんな折、また突然の来訪者がやってきた。




