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いばらの魔眼

 軽い気持ちで繰り出した別の街。車両は金を払って適当なホテルの駐車場に停め、そこからは歩いて目的地を目指す。

 キキョウ会の外套は着用せず、これ見よがしな武器だって持ち歩かない。あくまで表向きには観光を装う。目を引く要素としては、多くのメンバーの目元を隠す高価なサングラスくらいだろう。まさか喧嘩目的で歩いているとは誰も思わない。


 女一同、十人くらいの集団が街をぶらつく。

 ハイディの先導で歩き通りかかったのは、大きめの商店街。通りを外れれば古い家屋が立ち並ぶ一画で、いかにもな生活感であふれている。どう見ても観光客向けじゃなく、地元民に向けた地味な店ばかりがのきを連ねる。


 行きかう人は数少なく、これといって見るべきものはなさそうだ。

 どうせ観光するなら、広大な首都ベルトリーア内のほうがまだまだ興味を惹くものはたくさんある。そんな印象だ。


「ハイディ、この辺でいいのか? なんか寂びれた商店街にしか見えねえが」

「この辺は真っ当な商店街なんですが、正規のルートで仕入れるといまは何もかも割高なんですよ。闇市のほうに人が集まってますんで、そっちに向かってます」

「割高ってほど、高いか? そんな感じはしねえがな」


 グラデーナが言うように、食料品を並べた店の値札を見ても別に高いとは思わない。

 たしかに品数や種類は明らかに少ない感じだけど、値段的にはむしろ普通?


「まあ割高と言っても、平時の二割から三割増しくらいです。でも闇市なら、もう少し安く買えるんですよ。それにさっきも言いましたが、特に武器や魔法薬関連は、そこらの店では品切れで置いてないですからね。この状況がいつまで続くか分かりませんし、少しでも出費を抑えたいと思うのは普通の感覚です。そういった理由もあって、客は闇市に集まってるんですよ」

「しかしよ、余所の組が堂々と詐欺なんてやれるもんか? ボンクラばかりじゃねんだし、なんか怪しいな。やっぱ青コートや地元の組だって、詐欺に一枚かんでやがる気がすんな」

「わたしも詳しいところまでは調べられてないんで、なんとも言えないですね」


 一応の心積もりとして、後始末が面倒だから青コートとのトラブルは避けるつもりだ。

 現場で揉めるだけならまだしも、お偉いさんが出張るようなことになったら面倒は避けられない。解決にコネを使う必要性が生じてしまえば、見返りを要求されるだろうし、ちょっとした喧嘩の対価にしては高くつく。


 様々なことを考えれば考えるほどに常識的でまともな思考になり、トラブルは極力避けるようになる。

 ただし、私たちの稼業でそれ一辺倒じゃ成り立たない。常識なんか、鼻で笑って蹴っ飛ばせ。


 私たちのような存在には、計算高さと同時にバカで考えなしみたいなところだって必要だ。そして、それを定期的に見せつける必要性だってある。

 キキョウ会は色々な手柄を立てたこともあるし、お利口なだけじゃなくて扱いづらい面を知らしめるにも、ちょっとしたトラブルメーカーの片鱗を見せてやる機会はちょうどいい。


 世のなか、バランスが大事だ。

 良いことした後には、悪いことだってする。

 今日はちょっと暴れて、大事になる前にとんずらしよう。

 うんうん、それがちょうどいい塩梅あんばいってもんだ。



 商店街を通り抜け、さらに二つほど区画を移動した路地の先、そこは非常に活気のある市場だった。

 店主の呼び込みと客の話し声でざわつき、あふれんばかりに人がいる。寂びれた正規の商店街と比べて、これが闇市とは皮肉なものだ。


「あっちのほうに武器屋の看板が見えますよ、ちょっと行ってみましょう」

「おう、冷やかしながらそっち向かうか」


 所狭しと立ち並ぶ露店を横目に見物しながら進んでいく。食料品や日用品を買う気はないけど、活気があって楽しい気持ちになる。

 そうやって人混みを縫うように歩いていると、進行方向から周囲のざわつきとは明らかに違う怒鳴り声が聞こえてきた。


「砂が混じってんじゃねえか!」

「言いがかりだ、てめえがやったんだろうが!」

「ふざけんなっ、カネ返せ!」


 怒鳴り合う声に続けて、物が倒れたり落ちたりする音まで聞こえてきた。それに興味を持たない私たちじゃない。

 やじ馬で混みあって立ち往生する前に、急ぎ喧嘩の現場に向かってみる。少しばかり強引に人をかき分け、不自然に開けた空間を目前にする場所までやってきた。

 そこでは予想以上に殺意高く、大きなナイフを振り回す二人の男がいた。


 石畳の地面にはいくつもの大袋が崩れ落ち、袋が破れて中身が出ている物もある。どうやらトウモロコシっぽい穀物のようだけど、たしかに砂っぽいものがかなり混ざっているように見える。

 ここは土の地面ならぬ石畳だし、そんなに砂が目立つような場所でもない。あれほどの砂が混ざるのはどう考えても不自然。最初から混入していた、あるいは後から入れ込んだと考えるのが妥当だ。客の主張が正しければ、あんなものを掴まされたんじゃそりゃ怒る。


「これだけの騒ぎになれば、すぐにケツモチか青コートが出てきますよ」

「先を越されちまったな。いったん出直すか?」


 ケツモチの登場は見てみたいけど青コートは邪魔だ。

 本当なら私たちがぼったくり店や詐欺師とトラブルを起こし、青コートが到着する寸前まで遊んでとんずらするつもりだった。

 しかし、わざわざ出直すのは面倒くさい。

 やっぱりはここは目の前の喧嘩に便乗したほうがよさそうだ。だったら、細かいことを考える必要はない。


「騒動がもっと大きくなればいいのよ。荒らしてやるわ」

「そうすりゃ、あたしらが暴れても目立たたねえって?」

「ふふ、私たちは巻き込まれただけよ。何も悪くないわ」


 そんな時だ。近くでスリが出たらしく、そっちでも騒動が始まった。

 これだけ人でごった返せばトラブルは起こりがち。ほかにも背中を押したとかどうとか、足を踏んだからどうしたのと、トラブルの気配が次々と湧いて出てきた。


 トラブルのせいで人がよりごった返し、イライラを溜め込んだ血の気の多いのがたくさんいる。こうなれば、もう一押しだ。


 ちょうど横にいたオバサンが誰かに押されたみたいで、私のほうに倒れ掛かってきた。それを受け止めつつ、倒れ込もうとする力の向きを誘導してやる。

 支えてやる義理はないし、これは不可抗力だ。しょうがない、しょうがない。すると喧嘩中の野郎どものほうに向かって、オバサンが乱入するような形で突っ込んだ。


 不意に横から体当たりされた野郎がよろけ、関係ない店を巻き込んで倒れ込む。その結果、品物を載せたテーブルを倒された店主と近くにいた客がぶち切れる。面白い負の連鎖だ。


 さらに横から消えたオバサンの代わりに、今度はガタイのいい男が背中を向けて私のほうに倒れ込もうとする。ちょどいいとばかりに前蹴りでケツを押し返し、逆方向に勢いよく突き飛ばした。

 巻き添えを食った人たちが怒号を上げ、突き飛ばされた男には罵倒だけじゃなく手足まで飛ぶ。一人がキレれば便乗する奴らが湧いて、もう大変なことになってしまった。


 さらにさらに、まだトラブルは続く。


「てめえ、この痴漢野郎!」

「ち、ちがっ」


 私とほぼ同時に傍若無人な振る舞いをするのは、もちろんウチのメンバーだ。

 押し合いへし合いの状況で体を寄せてきた男に対し、グラデーナが痴漢と罵倒しながら殴りつけ、それに怒った仲間らしき連中にも、ウチのメンバーたちがここぞとばかりに殴りかかる。そうしたノリで喧嘩の輪が広がっていく。


 怒号が怒号を呼び、一気に場が荒れた。

 人と人が争い、そう広くはない通路を形作る露店にも続々と被害が出て怒号が重なる。

 これこれ、いい感じじゃないか。


「――こちら紫乃上。短いけど遊びの時間よ。各自、青コートにパクられないよう適当に離脱しなさい」

「おうっ」


 荒れた現場から移動しながら通信で呼びかけ、しばしの自由行動とした。



 よし、想定した展開とは違うけど喧嘩の時間だ。

 まずは詐欺が濃厚な武器や魔法薬関係の店を襲撃しよう。ざっと当たりをつけ、そこらの奴を押しのけながら進む。すると武器屋を目当てに進む途中で、魔法薬を並べた露店を見かけた。回復薬もあるっぽい。


 雑多な品揃えはいかにも怪しい露店のそれ。


 魔法薬や回復薬が入る薬ビンは通常、どこの誰、あるいは作成した工房が分かるようにサインやマークが入る。ビンの勝手な再利用は詐欺になるし、サインのないビンは効果の保証がなく普通なら誰も手を出さない。

 ここに並べられているのはサインのないビンばかり。こういったものはモグリの魔法使いが作ったと考えられるし、水増しして別のビンに詰め替えたって線もある。まあ怪しいものを好む変人もいるから、少数の需要は常にあるんだろう。


 ただし、そうしたサインのない品が並び強気の値段で売られる様は、薬が一般に出回りにくい戦時だからこその商売だ。

 とりあえず、店の前で取っ組み合う爺さん二人を邪魔に思い、横手から蹴っ飛ばす。まんまと魔法薬の露店に突っ込ませ、散らばった薬ビンを拾って中身を感知だ。ビンの色からしてこれは傷回復薬のはず。


「ゴミね」


 こいつは水で薄めた回復薬だ。しかも最低の等級である第七級回復薬を水で薄めたんじゃ、かすり傷を治す程度の効果しか見込めない。本来ならちょっとした切り傷や打撲傷くらいは治癒できるはずなのに。

 こんなゴミを相場よりも高い値段で売りつけようなんて、ふざけた話だ。薬魔法使いの立場として、プライドの意味でもシノギの意味でも許しがたい。


 苛立ちに任せてビンを投げ捨てると、思いのほか派手な音を立てて割れた。店を荒らした爺さんを棒で叩く店主がこっちに顔を向ける。


「こ、このアマ、ウチの商品に何しやがる!」

「商品だって? こんなゴミが?」


 地面に散らばったいくつかの薬ビンをガシガシと踏み潰す。

 どこの誰がどんなシノギをしようが、私に関係ないことなら本来はどうでもいい。こいつはただ単に運が悪かった。ちょうど喧嘩したい気分の私がここにいた、そんな己の不運を呪うがいい。


 簡単に挑発に乗ってぶち切れた店主は、やっぱりカタギじゃない。爺さんを叩く棒を水平に構えると、私の腹に向かって思い切り突き出した。しょぼいけど身体強化魔法まで使った攻撃は、まともに食らえばタダじゃすまない。


 上等だ。そっちがその気なら、こっちも遠慮はいらない。

 動きの遅い店主を意識しつつ、顔にかけたサングラスを少し下にずらす。遮る物のなくなった左目で目標を捉え、ちょっとだけ力を込める。

 すると店主は驚きと共に苦悶の表情を浮かべ、声も出せずに倒れた。


 横向きに倒れた店主は青ざめた顔でガタガタと震え、激しくえずいて吐しゃ物を撒き散らす。突如として襲い掛かったひどい体調不良に、もう私どころか周囲さえ目に入っていない。

 ただ絶望的な気分に陥り、死ぬかと思うような頭痛や吐き気が少しでも早く収まることを神に祈っているに違いない。


 左目に封印された呪いの力だ。

 魔力を乱す呪いの効果は絶大。私が受けた本来の苦しみに比べたら、こいつに使った力なんて全然小さいってのに。魔力に対する制御能力の差や、我慢強さとか心身に備わる耐性の差もあるかもしれない。


 下げたサングラスを戻し、視界が茶色に染まると魔眼の効果も切れた。店主は苦しみから解放されると同時に意識を失ったようだ。


「……ふふん」


 新たに得た力に満足感を覚える。呪いの魔眼の力は、あの苦しかった日々の見返りして十分な価値を持つ。

 もっとも、当然ながら代償はある。他者に与えた呪いと同等の魔力の乱れを受けることが、この力の発動条件だ。

 でも私ほど呪いに慣れた人間などいない。同等の呪いを受けるなら、必ず有利になるんだからこれは強い。


「ああ、しまった」


 視界に入った爺さん二人まで、呪いを受けて気を失ったみたいだ。

 呪いの魔眼の優れた点は、魔力を乱す効果の強弱を自在に調整可能な点にあり、また距離を選ばない点にある。見える場所にいるなら、どこまで遠くたって呪いが届く。


 逆に欠点は、視界に入ったすべてに呪いを及ぼし対象を選べない点にある。そして私自身にも同等の呪いが襲い、強いストレスを受けることにもなる。対象の数が多ければ多いほど消耗が増すし、私が受ける呪いも強くなる。


 非常に強い力ではあるけど、使い勝手は良くない。それに客観的に考えてあまりに危険な能力だ。

 力を絞った弱い呪いでさえ、弱者は苦しみもがいて倒れ込む。最大限に強い呪いを与えれば、気を失うどころかショック死する可能性さえある。

 世の中に無数にある不審死の数々を私のせいにされても迷惑だ。切り札として秘匿し、なるべく知られないほうがいいだろう。


 ただし、キキョウ会会長の左目が変わった事実は必ず広まる。うっすらとした模様までは分からなくても、黒から赤みを帯びた瞳の色に変わったことは、注意深い奴が見れば一発で分かるはず。

 いわゆる『魔眼』を持つ人間は少数ばかりいるらしいから、私の左目についてもそうした噂は立つと想像できる。

 まあ噂くらい構わない。勝手に想像して勝手に怖がればいい。いちいち眼帯を付けるのは面倒だから左目を隠す気もないし、肝心の能力さえバレなければいいんだ。


 いや、別にバレたって構わないか。せっかくの力を活用しないほうが馬鹿げてる。

 そもそも私は大悪党なんだ。身に覚えのない悪事さえ抱き込んで、有象無象は恐怖すればいい。うん、それでいいじゃないか。

 危険な能力を無闇に使う気はないけど、遠慮するのは馬鹿らしい。使いたい時に普通に使ったらいいんだ。



 魔眼の力を試したあとでは、数人を殴り倒してから速やかに退散した。

 引き際をわきまえたみんなと一緒に、悠々と拠点に戻るのだった。

誰もが一度は憧れる『魔眼』です。

強い力を手に入れましたが、強すぎる力はトラブルの元にもなります。使いどころは限られそうですので、もう少し気軽に使える能力のほうが便利ではあったかもしれません。

次話から学院が再開します。少し雰囲気変えていきたいですね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みんな大好き『魔眼』の紹介回でした! いいですねぇ!バランス良くメリットとデメリットが釣り合ってて なおかつユカリは心構えも出来てると。 強敵との戦闘中などにいきなり使えば強制的に隙を作れ…
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