常識的には難易度の高いアンデッド戦
想定外の第三者によるグルガンディとの戦闘。
アナスタシア・ユニオンは、メデク・レギサーモ帝国関連の組織を叩くことに集中する。そう、情報部のムーアは言っていたはずだ。
それがどうしてここに? どこから入り込んだ?
いや、疑問は色々あるけどいまは放っておく。いるものはしょうがないんだ。
それに考えてみれば、この状況は私たちにとって都合がいい。
闘身転化魔法を発動できるほどの御曹司は、客観的には物凄い戦闘力を保持する一流の戦士だ。その仲間たちにも弱者はおらず、簡単に敗れることはない。
そんな奴らが戦力を計りかねたグルガンディの精鋭と戦ってくれるなら、これはいい当て馬になる。
ハッキリ言って御曹司は強者でも私たちに比べたらそれほどじゃない。その程度にやられるほど簡単な敵だったら、遠くから一目見ただけのグラデーナが特別に警戒を訴えるはずがない。大した根拠のない勝手な想像にすぎないけど、御曹司たちはたぶんグルガンディの精鋭に勝てないだろう。
だからいい当て馬なんだ。私たちにとって、この状況はグルガンディの戦力や能力を見極める絶好のチャンスと言える。
状況をよく理解するみんなは完全に私と同じ考えで、何も言わずとも気配を消して様子を見る。
私たちの目的は喧嘩じゃなく、敵を全滅させること。そのための手段はなんだってよく、結果が出ればそれでいい。ただし、グルガンディ精鋭の撃滅の手柄を譲るわけにはいかない。
美味しいところだけは必ずかっさらう。
御曹司たちはたぶん負けると思うけど、もしここを制するなら、その前に割って入って敵の大将首は私たちが横取りする。
そんな意識はこの場にいるメンバーみんなに共通するものだ。
地下に広がる謎の広い空間で、戦闘行為は激化をたどる。
武装がぶつかり合い、地面や壁を削り、魔法が炸裂し、怒号が轟く。それらが地下空間に反響し、非常にうるさい。
もう身を隠した私たちが普通にしゃべったくらいじゃ、向こうには気づかれないだろう。
改めて地下深くに作られた大空間を不思議に思う。いったい何の用途で、こんなものを作ったんだろうか。この空間はいまや多数の戦力がひしめき、激闘を繰り広げる戦場だ。
アナスタシア・ユニオンは全部で二十人くらいはいる。グルガンディと思わしき連中も同程度の人数、それに加えてアンデッドが多数。アンデッドは黒の全身鎧と剣を持ったスケルトンが数十体に、呪いの炎を撒き散らすドロマリウスも三体いる。並みの戦力なら、あのアンデッドだけでも十分な脅威だ。
こうして見て問題に思うのは、やっぱりグルガンディの精鋭だ。隠ぺいの魔法か道具を使用中なのか、戦闘中にもかかわらず奴らは気配が薄く、魔力もあまり感じ取れない。
グルガンディは消耗品扱いのアンデッドを前に出し、それを囮に飛び道具で削る戦法を好むらしい。薄い気配で暗がりを移動し、アンデッドに気を取られたところで攻撃する。いやらしい戦い方だ。正面からの戦いを好むアナスタシア・ユニオンの連中としては、あれはやりにくいだろうね。
「グルガンディは完全にアンデッドを支配しているようです。そのような魔法があった、もしくは作られたということしょうか?」
戦闘を見ながら疑問を投げかけたのはヴィオランテだ。
たしかに大きな謎だ。アンデッドを支配することが可能だとすれば、それは教会が特別に秘匿するような魔法になるはず。大昔に滅んだとされているアンデッドについての専売特許を持つのは教会であり、それ以外がリードするとは考えにくい。大陸外の工作員が普通にやってのけるのはあまりに意外だ。
「やっぱり教会と裏で繋がってるんじゃないですか? 諸々の状況から考えて」
「むしろそうした魔法が出来上がったから、教会は今回のアンデッド騒動を引き起こしたとか? で、なんでかは不明だけどグルガンディとは列を組んでいると」
「普通に大陸で一番力のあるベルリーザが邪魔だったんじゃないですかね。教会がでかいツラするには、ベルリーザの力を弱らせたいでしょうから。それに侵略したいグルガンディとは利益が一致しますし」
そんなところだろうか。ピースが揃えれば、誰だって思い至る状況だ。少なくとも大きく外れてはいまい。
問題はアンデッドをどうやって操っているかだ。魔法は適性の問題があるから、まさか化け物を操るような特殊な魔法が、誰でも使える汎用魔法ってことはないだろう。だから魔道具を使っていると想像できる。そして耳の良い私には一つ心当たりがある。
「それにしてもアンデッドをどうやって……」
「笛の音よ」
間違いない。ついさっき戦闘の騒音に交じって微かに聞こえた、あの場違いな音。たしか、地下に入る前の地上でアンデッドと戦った時にも、笛の音が聞こえたはずだ。
「お姉さま、笛ですか?」
「そう。笛を吹いてる奴、あるいは笛じゃなくても音の出る魔道具を使ってる奴、そいつがアンデッドを操ってる張本人よ。いまは聞こえてないけど、時々聞こえるわね」
みんなは全然、気づかなかったようだ。
「ユカリさん、そいつはどこにいるか分かります?」
「場所までは分かんないわ」
「騒音でわたしには聞こえませんが、これで一つネタがめくれましたね。どこかに隠れて魔道具を使っているのでしょう」
「しかし冷静に考えて、アンデッドを操るって……かなり危険な魔法ですよね」
「違いないわ。色んな意味で危険よ」
これはバレたら不味い秘中の秘と言える魔法だろう。こんな凄い魔法ができました、あるいは開発中ですって始めから世間に自慢するならともかく、隠し持っていたなんてことがバレたら、世間の教会に対する評価は反転する。それこそ教会こそがアンデッド騒動の黒幕だって、誰もが考えることになってしまいかねない。
もしくはグルガンディと教会がまったくの無関係だったとしても、教会の専売特許をよそに奪われたって事実が重く、教会の評価は大きく下がるだろう。まあ、教会がグルガンディに道具を貸し与えたってのが妥当な線だろうけど。
とにかく、教会としては何があっても部外者には掴ませちゃいけない情報だ。ありとあらゆる手段を使って情報の保全に全力を尽くすだろう。
色々な意味で危険な魔法であり情報だ。その秘密に触れただけで、命に関わるほど危険なものと認識していい。
「つまり、金になる情報ってことですよね?」
危ないって話をしたにもかかわらず、のんきな口調でロベルタが言う。でもこの場にいるみんなは誰も呆れた顔などしない。
面白いものだ。危機感よりも美味しい話にありつけそうって欲望が勝つ。それでこそ悪党ってもんだ。
「ふふっ、その通りよ。だけど口先だけで言っても誰も信じないだろうからね、道具は奪う必要があるわ」
「なんとしても確保したいですね。単にグルガンディを倒すことより、そちらのほうが重要度としては高いようにも思えます」
「だったらこのままアナスタシア・ユニオンが負けるまで、様子を見るのもありですね」
「その後の油断したところを襲撃してやるのがいいです」
他人事よろしく、隠れて雑談する間にも戦闘は続いてる。
ただ進展はあまりない。スケルトンの数すらあまり減っておらず、アナスタシア・ユニオンの戦闘員には離脱まではしなくても多くの怪我人がいる状況だ。スケルトンがまとった黒い鎧の防御性能はちょっと面倒だから、簡単に片付かないのはしょうがない。むしろアナスタシア・ユニオンの側が劣勢な様子で膠着状態に近く、勝敗の行方はまだまだ予断を許さない。
「お姉さま、御曹司は何をやっているのでしょう?」
「なんか集中できてないみたいね」
闘身転化魔法を使えるのは御曹司だけみたいだ。その御曹司がまともに活躍すれば、スケルトンくらいすぐに薙ぎ払えそうなものを全然働けてない。見込み違いの奴とは思いたくなんだけど……。
「しきりに背後を気にしてるみたいです。もしかして、例の謎の気配を生む魔法か魔道具を集中的に使われているとか?」
あれか。あの不気味なホラー現象を想像するような魔法、あれを使われると集中を削がれるのは分かるけど、それにしたってもっとやれるだろう。
目の前に敵がいるんだから、もう背後のカバーは味方に任せて無視するくらいに開き直ることも大事だ。
「例の魔法もありそうですが、それよりアナスタシア・ユニオンの連中、どうにも及び腰じゃないですかね?」
「たしかに、いつもの威勢の良さが感じられないわね」
「ひょっとして……アンデッドを怖がっている、とか?」
その思い付きのような指摘に、思わず無言になってしまう。
あり得ない話じゃない。自分たちのことは棚に上げて、務めて客観的に考えた場合にだ。もしアンデッドなんて化け物、しかもこの世界で伝説になっているような存在と初めて戦う羽目になったとして、いつものように戦えるものだろうか。
さらに、あらかじめアンデッドと戦う覚悟を決めて出たならともかく、もしそれが不意のことだったら?
私はこの世界の伝説に大して興味はないし、あっても物語として面白いかどうかでしか考えない。前の前にある事実を怖がったりなんかしない。アンデッドとは冥界の森で嫌になるほど戦ったし、その事実はウチのメンバーに共有済みだ。
決して物語やら伝説やらじゃなく、事実として存在し、そして倒すことが可能だと実戦で証明してきた。この場に至る前段にはみんなも実戦を経験済み。倒すための特別な道具だって持ってるから、必要以上に恐れる要素はない。
それに対して御曹司たちはどうだろう。ここで初めてアンデッドに遭遇したとしたら、冷静に戦えないのは理解できる。
しかも単なるアンデッドじゃなく、グルガンディに操られたアンデッドなんだ。スケルトンは重武装で物理にも魔法にも硬く、黒の大剣は並の防御を簡単に打ち破ってくる。ドロマリウスは存在自体に大きな威圧感があるし、消せない呪いの炎は事前に情報として知っていても恐ろしい能力だ。初めての遭遇なら及び腰にもなるだろう。
おまけにアンデッドをサポートするように立ち回るグルガンディは、気配が非常に薄くあまりに不気味だ。ついでにホラー現象みたいな魔法まで使ってくる。
いくら腕っぷしが強くて気合入った奴らでも戦闘経験未熟なら、ああなっても不思議はない。
うん、客観的に考えればそれはそう。しょうがない。というか状況としてたぶん、そうなんだろうね。
だからこそ……ふふっ、黙って見ててやろうじゃないか。
私たちにとって都合よく考えれば、奴らにとっていい経験になる機会だ。そうだ、邪魔するもんじゃない。
「お姉さま、どうしますか?」
「他人様の戦いに割って入るのはマナー違反よね。しばらくは様子見よ。それよりグルガンディどころかアナスタシア・ユニオンの奴らの戦い方を見物してやるいい機会よ。まとめて能力を探ってやれば一石二鳥でもあるわ」
「見物していれば、おのずと隙も伺えますね。最優先はグルガンディのボスの首、その次にアンデッドを操る魔道具ですかね」
「それでいいわ。まだ誰がボスなのか分かんないけどね」
グラデーナが一目見ただけで脅威を訴えた奴だってのに、いまのところ誰がそうなのか分からない。魔力と気配を極力薄くする魔法の効果のせいか、肝心なところが予想もつかないとはね。
というかだ。グルガンディの気配が薄いのはいいとして、どうにも奴らは本調子じゃないように思える。精鋭らしい動きとは程遠く、重い足取りや随所に表れる緩慢な動作から、激しい消耗が見て取れる。
精鋭だからこそ、魔道具やアンデッドを上手く利用し、戦いを優勢に進められている印象だ。当然ながらバレないように振る舞っているつもりだろうけど、のんきに観察できるポジションにいればさすがに分かる。
奴らが発するあの疲労感はなんだろう。アナスタシア・ユニオンとの戦いでそうなったんじゃない。
なんだろうね、私たちから逃げたせいで無駄に疲れた?
それならいいけど、そんな簡単な連中じゃないはずだ。ということは、別の何かに莫大な魔力や体力を使ったはず。アンデッドの支配にかかるコストとか?
まあいいか。消耗しているなら、それはそれで全然いい。グルガンディのボスが誰かや、支配の魔道具を使っている奴だってどこかのタイミングで分かるだろう。御曹司たちだって、ずっとあのままのはずはない。このまま様子見だ。
「あ、御曹司の奴がぶち切れましたね」
ストレスに耐えきれなかったのか、あるいは仲間を鼓舞するためか、体格のいい御曹司が列を乱してスケルトンに突っ込んだ。
強い蹴り足で前に躍り出た御曹司は、パワーにものを言わせてハルバードを振り回し、押して押して押しまくる。闘身転化魔法を使った膂力が、極めて頑丈な黒の鎧を砕き、次々とスケルトンを吹っ飛ばす。後方のグルガンディが放つ飛び道具と魔法をもろに受けながら、しかし気合と根性でダメージを無視した無謀な突撃。
上等だ。怪我は魔法で治るんだから、動けなくならない程度の無茶は許容できる。
無尽蔵にも思える体力を持つアンデッド戦において、膠着は避けるべき状況だ。もしそうなったら、早々に打開しなければ一方的に疲弊するだけ。奴は感情的にやったかもしれないけど、あれこそが必要な行動だ。
仲間の鼓舞に応えない武闘派など存在しない。奴らは気合も新たに雄たけびを上げ、前のめりな姿勢に一転した。
いいじゃないか、いいじゃないか。
小規模な戦いなら、意識が切り替わるだけで戦況は変わり得る。前衛が押し上げたお陰で余裕が生まれたのか、魔法が得意っぽい奴らが大魔法を放つ姿勢を見せた。私からすればあからさますぎて微妙だけど、場の勢い的にはあれでいい。
ひと際前に出た御曹司が、多数の黒鎧を引き付け密集状態になった。
やるならいまだ、と思った時に魔法が放たれる。
仲間同士の連携の妙技を見せ、御曹司がこれ以上ないタイミングで強引に下がり、そこに魔法が突き刺さる。当然、御曹司は直撃は避けたけど、余波からは逃れられない距離だ。
捨て身の戦法はたぶん、あの魔法に対する守りを万全にした装備があったためだろう。使ったのは火炎系の魔法か魔道具で、威力だけなら上級魔法に匹敵する凄まじい魔法だ。肌を焼くような熱波が、距離を置いて身を隠す私たちのところまでやってきた。
状況に決定打を叩きつける魔法に対し、しかしアンデッド側でも動きがあった。
黒い鎧をまとったスケルトンを蹴散らすはずの魔法が、着弾点に割って入った別の存在に受け止められてしまったんだ。激しい魔法攻撃の余波が黒い鎧のスケルトンをなぎ倒すも、あれじゃ滅ぼすには至らない。
なんと、直撃を受けたのはドロマリウスだ。アンデッドがアンデッドをかばうはずがなく、操られたんだろう。
高威力の魔法をもろに受けたドロマリウスは、瞬間的に全身が炭化したよう状態になり、しかし直後から再生の煙を盛大に噴き出す。耐久力に優れたアンデッドは、あれほどの大魔法の直撃でも倒せないようだ。
「……え?」
おかしなことが起こった。なんと、再生中のドロマリウスの背中に槍が突き刺さったじゃないか。心臓を一撃で貫く、見事な攻撃だ。
再生の煙や角度の問題でアナスタシア・ユニオンの奴らにはそれが見えてない。
ドロマリウスの背後からということは、つまりグルガンディの仕業だろう。
おそらくは聖具かアーティファクトと思われる槍の一撃は完璧に決まり、アンデッドに滅びを与える。
滅びの時に、あのアンデッドはタダじゃ終わらない。
自爆だ。ドロマリウスの身体が、内側から膨れ上がっていく。炭化した黒い皮膚の下で、何かが蠢いているかのようだ。
次の瞬間、それは爆ぜた。汚らしい血肉が飛び散り、盛大にバラまかれた。
アレに触れたら、呪われる。消せない呪いの火に焼かれてしまう。
ドロマリウスの最も近くにいたのは御曹司。奴は顔を含む全身に血を浴び、その身を呪いの火で焼かれてしまった。
次話「戦士の証明」に続きます。