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戦闘中の怪奇現象

 背後に感じる気配。

 これまでに遭遇したアンデッドのせいもあるだろう。背すじを撫でるような、死の息吹を思わせる感覚。まるで生者の世界に潜り込んだ冥界の住人のような、不気味な気配が背後に漂っている。

 いや、そんな曖昧な感覚など錯覚だ。ただし、ひんやりとした空気と謎の気配だけはたしかにある。


 分からない。照明が落ち視覚を奪われたとしても私の感覚は鋭敏だ。

 呪われた状態で不調があるからといって、後ろを取られるようなマヌケはしない。

 そのはずが、暗闇の中で前触れなく接近を許した。

 複数の要素が私の背すじを冷たくさせる。


 いつ、どうやって、ここまで近づいた?

 そして、なぜ攻撃しない?

 接近されてからすでに数秒は経過した。私の驚きと戸惑いを楽しんでいるとでも?


 体が熱くなる怒りと焦燥。

 落ち着け、思考を濁らせてはいけない。それでは敵の思う壺だ。

 たとえ命が敵の手に握られていようと、逆転の目は必ずある。すぐに殺さないなら、私にそのチャンスを与えたに等しい。


「……ふう」


 これ見よがしに力を抜く。やるならやればいいんだ。裏稼業でそれなりに長い時を過ごしてきた私たちだ、ろくでもない最期の場面は何度も想像してきた。開き直れる。

 ただ冷静さを取り戻しつつも背後から感じる不気味な気配には、やはり警戒心を解くことができない。


 務めて冷静でいなければ、負の感情に塗りつぶされる。

 完全な暗闇と謎の敵の攻撃方法、さらには近くにいてまだ押し寄せるだろう大量のアンデッド。敵地にいることが精神に多大なプレッシャーとなり、思考を鈍らせ感情的にさせようとする。

 それにいつ攻撃されてもおかしくない最接近距離に敵がいるのは如何ともしがたい。


 即座に距離を取るか攻撃せねばならないとは考えつつも、下手な真似ができないといったプレッシャーを激しく感じてしまい、うかつに動くことができない。近くにいるヴァレリアも同様みたいだ。

 指先一つ動かすだけで、次の瞬間には胴体と首が離れるかもしれない。

 敵の能力が想像もつかず、なぜ攻撃してこないのかも分からない。


 この呪縛をどう脱したらいい?

 もういっそのこと攻撃してくれれば、嫌でも体が動くだろうに。


 待てよ。先手を取られたのはしょうがないにしても、何もしかけてこないことには理由がある?


 背後を強く意識すれば、その不気味な気配に改めて背中が泡立った。冷えつつあった頭が沸騰するかのような感情に支配される。

 怒りを覚える。意味不明のふざけた状況と、根拠不明の恐怖を感じてしまった己に対して。

 冷静でいても結局は解決に繋がるほどの案は思い浮かばなかった。


 ああ、上等だ。やってやる。それでいいじゃないか。

 背後に佇んだまま何をするつもりか知らないけど、この状況のすべてにぶち切れそうだ。

 プレッシャー? 不気味な感覚?


「ふざけんな!」


 力を抜いたつもりが知らず知らず緊張にこわばった体。その力を再び抜き、ナチュラルに肘打ちを背後に繰り出した。

 振り向きざまに放った肘打ちは、闇を切り裂くような鋭さだ。しかし、予想に反して手応えがない。まるで幽霊に攻撃を仕掛けたかのような、不気味な感覚が全身を駆け巡る。

 しかも謎の気配は、何事もなかったかのようにそこにあり続ける。なんだこれは。


 思い切って動いたことで、精神的な呪縛からは解き放たれた。とりあえず動く。

 疑問はひとまず置いておき、ヴァレリアの元まで合流、妹分の腕を取って一緒に距離を取るべく素早く移動した。


 敵から離れたからって、安心するにはまだ早い。甘い考えは持つな。敵には補足されたままだと心得ろ。

 魔力感知と気配察知に意識の大半を割き、次に敵の気配を感じたら問答無用に殺すつもりで攻撃する。

 私の魔力はまだ全然回復できてないけど、威力抜群な打撃を放つことくらいは可能だ。近づけば仕留められる。


 ――しかし、なかなかその時が訪れない。


 待てど暮らせど、敵は接近してくるどころか、気配すら読ませない。どこにいった?

 この期に及んで緊張を強い消耗させる作戦とは思えない。何を企んでる?

 すると不意にヴァレリアが体をこわばらせ、緊張するのが伝わった。どうやってか、またもやいつの間にか謎の気配がそこにある。


「このっ」


 手の届く距離にいる妹分の背後に向かって蹴りを放った。でも手応えがまったくない。


「ちっ、どうにもおかしいわね」


 もう完全に開き直れた。普通に声を出し、照明の魔法も放ってしまう。輝く光が暗闇の通路を照らした。

 狙うなら狙え。ただし攻撃したなら、その位置を絶対に掴み即座に逆襲してやる。


「……誰もいません」


 少なくとも近くには。それに私たちの近くにはスケルトンの残骸がたくさんある。歩けば足音だけじゃなく、残骸を踏んだり蹴とばしたりする音がするはずだ。

 さっきまで感じた謎の気配は、実体を伴わない魔法的な現象と考えるしかない。


「痕跡もないわ。姿は見えず感知に引っかからなくても、敵にこっちの位置は把握されてると思っといたほうがいいわね」


 不気味な気配と謎の魔法能力に脅威を感じはしても、結局は攻撃を仕掛けてこないんじゃ恐れる理由はない。

 もしかしたら攻撃能力を伴わない、何らかのかく乱魔法なのかもしれない。珍しいけどウチにも同じような魔法を使うメンバーがいる。それにしても攻撃を同時に仕掛けないんじゃ、なんのためにかく乱されたのか分からない。どういうつもりだろう。


 とにかく、感知できる距離にそれらしい敵はいない。また謎のかく乱魔法を使われる可能性はあっても、あの魔法だけなら不気味さはあっても脅威はない。


「お姉さま、ロベルタたちと合流しましょう」

「うん。向こうもこっちに移動してるみたいね」


 あの不気味な気配を生む魔法は、はっきり言ってかなり気持ちが悪い。それでも、まさか戦闘中にホラー現象を妄想して恐れることなどあり得ない。あんな程度の脅しで有利に立ったと思うなら、それは大きな勘違いだって教えてやる。



 光魔法で暗い通路を照らし出しながら、急ぎロベルタたちと合流した。

 警告として謎の魔法について話してみれば、彼女たちも同様の現象に遭遇したようだ。


「そっちでも?」

「はい。急に不気味な気配が背後に現れるのですが、すぐに消えてしまいました。魔法を使われた感じはしなかったのですが……」

「しかも何度もやられましたからね。あれだけ同じ手を食らって、誰も魔法使いの存在を感知できないものですかね?」


 ヴィオランテとロベルタの言い分はもっともだ。私とヴァレリアも一回ずつ使われたけど、やっぱり敵が魔法を使った気配は微塵も感じられなかった。

 よっぽどの遠距離から使われた可能性はあるけど、それにしたって意味が不明だ。結局のところ、あれは脅かす以外の効果がない魔法だった。


「会長、魔法使いの存在を誰も感知できかったのであれば、始めからいなかったと考えるべきかもしれません。あれは魔道具の効果では?」

「道具使って、驚かすのが目的?」


 肝試しじゃあるまいに。いや、あり得るのか?

 たしかに地下通路には照明やら空調やら、施設としての機能を維持する魔道具が無数にある。それらのなかに脅し目的の魔道具が混じっていても分からない。攻撃能力を伴わないなら強い魔力を発しないし、一つ一つ見つけて破壊するには大きな手間がかかる。

 むしろこれまでの状況を思うに、謎の魔法は明らかに足止めや時間稼ぎが目的だったと考えるべきだろう。だったら先を急ぐべき。


「……とりあえず、残ったスケルトンども倒して先に進むわよ」

「ですね。こうしている間にも、こっちに近づいてますし」


 敵の奇襲を警戒して車両での移動はせず、光魔法を放ちながら徒歩で先に進むことにした。

 黒いスケルトンの軍団が視界に入り、戦闘はロベルタたちに任せてしまう。私とヴァレリアは後方で様子を見ながら休む。


 そこで妙なことに気づいた。スケルトンの数が少ない。

 通路の先の先まで埋め尽くすほど大量にいたように思えたアンデッドが、実際には少数でスカスカだ。すでに倒したとか、どこかに消えたなんてことじゃない。


 やられた。これは何らかの魔法か道具を使った数の偽装だ。

 たぶん最初のほうに倒したスケルトンは本物を多数使って、追加のほうはダミーで数を大幅に水増ししたコケ脅しだった。

 いくら不調とはいえ、そんなことも見抜けず力を無駄に使ってしまった事実にがっくりと肩を落とす。敵の策略が上等だったのはあるけど、己の判断力の低下が深刻だ。いや、呪いのせいにすべきじゃない。未熟だったことを受け入れよう。


「お姉さま、グルガンディはどうして逃げ回っているのでしょう」

「どうして逃げる、か。まあ、逃げるにしても準備が良すぎる気はするわね」

「逃げると言うより、すでにグルガンディは計画を実行中だったりしますか?」

「なんらかの計画を実行中で、単に逃げてるだけじゃない……まさか」


 数々の仕掛けは、急ごしらえで用意したものとは思えない。それに敵の精鋭が上陸したタイミングでこっちから仕掛けたにしろ、全力で逃げを打っているだけって印象も感じない。

 この地下大通路を必死に移動していると思われる奴らの目的は?

 そもそもこの通路がどこまで続いているのか定かじゃないんだ。少なくともここまでに分岐路はなかったはずだけど……。


 ヴァレリアが言った計画を実行中って話しには、どこかピンとくるものがある。

 追跡者に対する攻撃や時間稼ぎは、大量のアンデッドの仕掛けからして本格的なものだ。

 つまり上陸したグルガンディの精鋭は、すでに本命の作戦に取り掛かっている?

 その本命とは?


 いや、考えたところで具体的には分かりっこない。どうせ工作員の目的なんかテロくらいのものだろう。それにこのまま追い詰めれば分かることだ。分からなくたって、潰せさえすればそれでいい。


 ロベルタたちが黒いスケルトンを次々と倒す様子をぼんやりと眺め、それもあと少しで片づけ終わりそうだ。さすがはウチのメンバーだ。個人的にここで休めたのも大きい。考え事をするうちにかなり回復できた。

 どうやらアンデッド戦の最中での敵の新たな仕掛けもなさそうだ。片付き次第、さっさと進む。私たちが進めば進むほどに、敵の目論見を阻止できる確率が上がる。

 先の見えない道でも、いつかは終わりがやってくる。終わりが遠いとも思わない。


「――あ、片付きました」

「行くわよ」


 最後のスケルトンが倒れた。戦ったみんなにはまだ余裕があるし、休まず先を急ぐ。

 微妙なカーブを描く地下大通路を、再び光魔法を放ちながらみんなで走って進む。

 ずっと無心で走り通す。


「……遠いですね」


 誰かの独り言はみんなが思っていることだ。

 どこまで進んだらいいのだろう。魔力感知の網を長く伸ばしても、特別な反応はいつまでたっても捉えられない。

 暗く景色に変化のない、地層を描く地下通路。

 息の詰まるような気分だ。みんながいるからまだ平気だけど、一人だったら意味不明に暴れ出していたかもしれない。


 たとえ無意味だったとしても、景気づけに一発魔法でもぶっ放そうかと思い始めてしまう。

 あれ、やってもいいんじゃないか?

 軽い消耗と引き換えに気が晴れるなら、大いにやるべきだ。ストレスを溜め込んだってしょうがない。


 思いたったら即実行。すっと息を吸って、意志を固めただけで少し気分がよくなった。

 みんなに明るく警告してやれば、いつもの調子に戻るはず。


「よ――」


 でっかい声を上げようとして、言葉が詰まる。

 大きな異変を感じみんなで足を止めた。遠くから何かしら大きな音が響き、微かな振動が断続的に続く。


「なんですか、これ」

「かなり距離はありそうでしたが、絶対なんかの攻撃ですよね?」


 ようやく現れた変化に、みんなの気持ちも軽くなる。そこに向かって突っ走ればいいんだ、具体的な目的があることが素晴らしい!

 再び走る。ただし警戒を解かず、体力も使いすぎないよう程々の速さで。

 気のはやりを抑えながら急ぎ、感覚的に二キロメートル近くは走っただろう。戦闘音が徐々に近づくにつれ、移動速度よりも魔力や気配を消すほうに意識を向ける。


 緩いカーブを描く大通路で速度をぐっと落とし、最後は完璧に近いところまで気配を消し慎重に歩みを進めた。すると瓦礫のような廃材や砂礫がいくつもの山を成す場所に行き当たる。ちょうどいい遮蔽物になりそう。


 魔力感知である程度は予測できたけど、覗き込んだそこにあったのはまさしく戦闘だ。

 轟音と共に炸裂する魔法の数々。鼓舞するためか気合の入った声が地下空間に木霊する。舞い上がる砂埃の向こうで、人影がぶつかり合い、火花を散らす。想像以上の激戦が、目の前で繰り広げられているようだ。


 大通路の終着点なのか殊更に大きな空間があり、誰かが打ち上げた光魔法の球だけじゃ見通せないほど広い。

 薄暗くて分かりにくいけど、片方はアンデッド軍団含めたグルガンディに違いない。もう片方は誰が?


「お姉さま、あれって……」


 さっそく目の良いヴァレリアが何かに気づいたようだ。

 みんなでどれどれと観察していると、ひときわ大きな魔力が発せられ、それですぐに誰か分かった。


「どういうことよ、なんでここに?」


 見覚えのある大男が闘身転化魔法を発動したんだ。あれは御曹司とその仲間。

 どうやらアナスタシア・ユニオンがこの地下通路に入り込み、グルガンディと戦闘中のようだった。

数々のかく乱と足止めを抜けた先では、思いもよらない戦闘が起こっていました。

しかしようやく追い詰めたとも言える状況です。

次話「常識的には難易度の高いアンデッド戦」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >大量にいたように思えたアンデッドが、実際には少数でスカスカだ >見抜けず力を無駄に使ってしまった これはしてやられましたねw 相手が巧妙だったのか、足りないのを誤魔化す苦肉の策だったの…
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