想定外の襲撃者
怒涛の勢いで鉄のいばらが広がり、スケルトンの大群を蹂躙する。
それなりに硬いはずの骨を紙の如く引き裂きながら、鉄のいばらが絡み合って空間を満たす。
おびただしい数の骨の破片が、地下大通路に散乱したことだろう。
「……ちっ」
激しい消耗に吐き気とめまいを感じ、思わず片膝をついた。
それでも全滅させたわけじゃない。まだまだ数多くのスケルトンが残っていると感じられる。しかし体調が悪すぎて頼みの魔力感知が冴えず、どれだけ残っているか判然としない。まだ戦闘中だってのに、ちょっと不味い。
おまけに私の背後に回ったヴァレリアが、新たな敵と交戦中のようだ。
前方の残ったスケルトンが近づくにはしばらく時間がかかるから、いまは放っておく。冴えない魔力感知は取りやめ、背後も任せてしまう。膝をついたまま目を閉じ回復を図る。
それにしても、後ろからって何者よ。
大通路は一本道だった。誰か追ってくるなら、ウチのメンバーだと思っていたのに。ロベルタたちはまだ追いつかないのだろうか。
でも頼れる妹分がいて助かった。いばらの魔法に集中できたし、いまだってのんきに休んでいられる。
目を閉じて回復薬を口にしながら、寝転びたい衝動をこらえ体調不良を深呼吸でやり過ごす。こうしていれば、吐き気もめまいも徐々に収まるはずだ。
普段はあまり出番のない、会長付警護長としての役割をヴァレリアは十分に果たしてくれている。
背後から現れた何者かの攻撃を、ヴァレリアは私から少し離れた場所で短剣と魔法を駆使して凌ぐのが気配と音で分かる。敵の無力化よりも私を守ることを第一にしながらの戦闘中だ。
ただ、妙だ。ヴァレリアほどの強者なら、まどろっこしい守勢の戦闘じゃなく、速攻で敵を倒すくらいわけないはずなのに。
気になる。もう少し回復に集中したほうがいいと思いつつも、魔力感知で背後の敵を探った。
「――強い」
私は自分が思うよりも激しく消耗しているらしい。これほどの魔力を放つ敵が近くにいながら、それをまったく感知できなかったのは失策だ。しかも強者と思わしきが敵は五人もいる。三人がヴァレリアにまとわりつき、二人が距離を置いて魔法で支援するやり方だ。
明らかに一流と分かる魔力を放つ敵に囲まれ、一歩も引かずに立ちまわるヴァレリアは凄まじい。そんな存在には敵も焦るだろう。
背後から奇襲をかけ、五人で攻撃しても撃破できない。こんな相手がいれば冷静じゃいられないのは理解できる。
敵は膝をついて休んだままの私から意識を外し、たった一人で立ちふさがる美少女に全力を傾ける。
謎の敵、おそらくはグルガンディの精鋭だろう。感じる魔力の大きさやヴァレリアと多少なりとも渡り合える技量から、奴らが一流の戦士であると認める。
ただし、一流と超一流との間には見上げるほどの高い壁がある。超一流のヴァレリアを一流が五人ばかり集まって倒そうとしても、その壁を超えることは難しい。
超一流の戦士が、超一流の魔法薬と道具で身を固めてる。これを格下の連中で破ろうとするなら、多人数を集め少なくとも道具くらいは上回らないと無理だ。
この戦闘は放っておいてもヴァレリアが必ず勝利する。闘身転化魔法を使わずともこのままで勝てるし、なんならあの子は敵に集中してもいない。可愛い妹分は、休んだままの私に意識の半分近くは向けた状態だと思う。こっちの様子を気に掛けるのが、なんとなくでも分かる。
だからこそ、連係が容易にできる。
ここで私はようやく顔を上げて右目を開いた。片膝をついたまま後ろを見やれば、それだけでヴァレリアに意図が通じる。
休んだおかげで体調も最低限には持ち直した。よし、やろう。
そこら中に転がるスケルトンの残骸から、黒い魔法剣をしゃがんだまま手繰り寄せ感触を確かめる。そして重さや重心を確認し、チャンスを待つ。
ヴァレリアの戦いは見事なものだ。
私のほうに意識を向けているにもかかわらず、敵の攻撃から素早く身をひるがえし、短剣を握りしめた手で斬撃を受け流した。同時に、もう片方の手から魔法の風を放ち、敵を翻弄する。
容赦なく繰り出される攻撃に対し、ヴァレリアは楽々と片手間にさばいてしまう。残酷なまでの実力差だ。でも退く選択肢がないのか、敵は勝てない相手にも命を懸けて挑みかかる。
終わりにしてやろう。私から見ればもう隙だらけだ。
黒の大剣を無造作に放り投げた。
横向きに高速回転する黒の大剣は、ヴァレリアと彼女を囲んだ三人の敵に向かって飛んでいく。美少女が完璧なタイミングで、しかも敵の目を引くように飛びあがり、戦闘に夢中になった連中はまんまとそっちに意識を持って行かれた。
切れ味鋭い黒の大剣が、意識の外から凄まじい速度で襲い掛かる。しかも、この私の放つ投擲だ。身構えた相手にだって、回避も防御も簡単には許さない速度と威力がある。それを敵が意識しない状態で投げれば、結果は火を見るより明らかだ。
胴体をぶった切られた二人の男が、驚愕の表情を浮かべて崩れ落ちる。残る一人は動揺を押さえつけ、投擲の主である私に一瞬だけ目を向けた。
馬鹿な奴。ヴァレリアはその一瞬の隙を逃さないから超一流なんだ。甘くない。飛び上がった空中で短剣を投げ放ち、反応が遅れたそいつの脳天に命中させた。
不意打ちとはこうするんだ。勉強になっただろう。その学びを活かせる機会は永遠に訪れないけどね。
残すは少し離れた場所から魔法支援をする二人。数的有利を失い、戦意喪失した敵など問題なく倒せる。
「お姉さま、生かして捕らえます」
「うん、情報が欲しいわ」
この不穏な会話を聞いて、そして三人の精鋭を一息に倒した実力差を目の当たりにして、堂々と立ち向かうような意思が敵にあるはずもない。二人は背後に向かって脱兎のごとく駆け出した。逃げを打つタイミングもだいぶ遅い。だから私たちに遠く及ばないんだ。
競争でヴァレリアが負けることなどない。特に焦りもせず走り始めたヴァレリアが、しかしすぐに立ち止まった。
それもそのはず。また新たな存在が、大通路の向こうから姿を現したからだ。
「ユカリさん、ヴァレリア! やっぱり先に行ってましたか。早いですね!」
「遅くなりました、会長。グルガンディらしき男たちが向かってきたので捕らえました。ちょうど良いタイミングでしたね」
「ここどうなってるんですか? 地下深くにこんな通路があるなんて」
「事前の情報には無かったはずですが、凄いことになってますね」
ロベルタとヴィオランテ、そしてグラデーナ配下のエマリーとジンナがやってきたんだ。
しかもその後ろから、車両に乗った残り二人のメンバーもやってきたじゃないか。別行動中のグラデーナとレイラたちを除けば、これで全員だ。やっと戦力が揃った。
立ち上がってみんなに近づく。
「うわっ、凄い量の骨が散らばってますね。黒いスケルトンですよね、それ。こっちも上の倉庫で戦いましたよ。この惨状はユカリさんの魔法ですか、やっぱり」
「ロベルタ、うるさいです。お姉さまは疲れています」
「ふふ、私は大丈夫よ。それよりみんな、よくきてくれたわね。あんまり時間を使いたくないから、急ぎで情報共有と尋問を進めようか」
ここにきての応援はだいぶ気が楽になる。お気楽なテンションのロベルタたちの様子にも、なんだか気が休まるような感じを覚えた。
集まってまずは情報共有だ。魔法で倒しきれなかった黒いスケルトンが、まだ多数こっちに向かってきていること。自爆して呪いを撒き散らすアンデッドドロマリウスが出ること。敵の人数が想定以上に多いだろうこと。地下大通路に入る前のアジトで、人質を解放したことなどを手短に話した。
「そう言えばお姉さま、こいつらの顔に見覚えはありませんか?」
捕らえた二人の男は意識を失いぐったりとしている。
「え、そう? 特に覚えはないけどね」
「あ、人質だった奴らの気がします」
ヴァレリアは思い出したみたいだけど、私は覚えてない。人質はたしか五人だったし、追ってきた敵の数は五人だから数は合う。クレアドス家の関係者だと思った、あの騎士見習いの男の顔なら分かるかな。この二人は違うから、殺した三人の顔を見ればはっきりするかもしれない。
私とヴァレリアの会話から、状況を察したみんなも一緒についてくる。
二人の切り裂かれた胴体から、まだ鮮血があふれ地面に広がっている。もう一人は強い威力で突き刺さった短剣によって、頭蓋骨が大きく陥没している。こいつの顔は判別不能だ。
さて、二人の顔を確認してみれば、たしかに人質だったはずの騎士見習いがいた。こいつで間違いない。
「助けてやった人質が、実は敵のなりすましだったってことか」
「工作員らしい、せこい手です」
「ま、有効ではあるかもね。まんまと騙されたわけだし、芝居の才能は認めるわ」
あらかじめグラデーナから、人質がいると通信で聞かされた状況だったんだ。まさかフェイクとは思わなかった。グルガンディって奴らは、なかなかに手の込んだことをしてくれる。
大した苦戦もせずに撃退はできたけど、大量のアンデッドとの挟撃を狙った悪くない作戦だ。普通なら助けた人質に襲われたら動揺もするだろうしね。私たちは奴らの顔をちゃんと覚えてなかったから、全然効果がなかったけど……。
なんか、改めて考えれば哀れな奴らだ。
「とりあえず、わたしたちでスケルトンを始末してきます。会長とヴァレリアは休んでいてください」
「ちゃちゃっと片付けてきますね。みんなも一緒に行くよ!」
ロベルタたちは六人で、残るスケルトン退治に向かった。さっき捉えた感覚では、魔力感知の範囲内だけでも三桁以上はいたように思う。実際にはどれだけいることか。まあ、みんなに任せておけば問題ない。
「じゃあ、私たちは尋問ね」
「はい。とりあえず身ぐるみ剥いで拘束しましょう」
意識を失った男たちは、まるで人形のように力なく地面に横たわっている。
私とヴァレリアは無表情に見下ろし、ナイフを手に取った。装備や服をナイフを使って適当に剥ぎ、ワイヤーで手足を縛る。ついでに運動能力を大幅に低下させる毒で抵抗力を奪った。魔法封じはできていないから、その点だけは要注意だ。
「こいつらも精鋭の端くれよね。だったら情報は取れないかもね」
じっくりやるには時間がない。設備や道具もないし、脅しや暴力で屈するほど簡単でもないだろう。
戦闘力では私たちに遠く及ばなくても、工作員としては精鋭のはず。だったら簡単に行くはずがない。
「ダメそうなら情報部に引き渡しますか?」
「せっかく捕まえたんだから、そうしようか。いらないって言われたら始末すればいいわ」
遠くから戦闘音が聞こえる。ロベルタたちは順調にスケルトンどもを殲滅してくれることだろう。
よし、ダメで元々。尋問の時間だ。とりあえず目覚めさせる。
気付け薬を使うか、蹴っ飛ばして起こすか少し悩んで――
突然に異変が訪れた。
「お姉さま」
「ヴァレリア、動かないで。魔力感知と気配で状況探るわよ」
かすかな音とともに、明かりが一斉に消えた。地下通路に張り巡らされた照明の魔道具が一斉に消灯したんだ。故障なんかじゃなく、意図的なものだろう。まるで闇に飲み込まれるように、視界が真っ暗になる。
この場面で迂闊に光魔法を使うのは、敵にとっては分かりやすい的になるから危険、感知能力で様子を探るべき。
通路のずっと先で戦うロベルタたちの魔力も、突然の事態に慎重になるべく、少し下がってから動きが止まった。
暗闇に閉ざされた地下通路で何かが起ころうとしている。
まさか明かりを消しただけなんてことはあり得ない。背中がヒヤリとする感覚が、敵の攻撃を予感させる。
するとわずかに喉を震わすような音と共に、近くにあった魔力反応が消失した。捕まえた二人の敵が息絶えたんだ。前触れを察知しにくいこれは。
「毒ガスか」
即効性の強力な毒なんだろう。外套の刻印魔法によって自動的に毒ガスを無効化する私たちは、魔力を伴わないガス攻撃に気づきにくい。
しかし、こんな地下でガスを使うなんて。私たちを倒そうってよりは、捕獲された味方を始末するためのものに思える。毒対策の魔道具を持っていても、捕まれば装備を取り上げられるのは当然だ。それを見越した口封じだろう。
「……え、お姉さま!」
戸惑ったような声でヴァレリアが小さく叫び、その一瞬前には私も秘かに息をのみ込んだ。
緊張が体を満たし、疑問が頭を埋め尽くす。自分の感覚がおかしくなったのかと疑ってしまう。
基本的に暗闇の中だろうが、魔力を放つ者がいるなら位置は分かる。それに魔力を隠しても、完全に気配を断って活動することは難しい。ましてや私とヴァレリアの二人に、魔力も気配も、そして音までまったく悟らせないなんてことは、よっぽどの実力者でも無理だ。
ところがヴァレリアが戸惑いながら察知したように、感じる魔力と気配がおかしい。
なぜなら――いつの間にか私のすぐ後ろに、人がいる。
またもや背後から!
次話「戦闘中の怪奇現象」に続きます。