黒い骨の巣窟
全部まとめてなぎ倒す。我ながら勇ましい気持ちはあるものの、雑な魔法を使った無駄な魔力消費はやっぱり避けたい。
およそ一〇〇体にも及ぶアンデッドを倒すのに、どうすれば簡単に済むだろう。
最も消費が軽い魔法と言えば、やはり呼吸をするのと変わらない身体強化魔法だ。主にそれを使う。つまりは肉弾戦だ。特製の魔法薬の効果もあるし、少しの出力で破格の戦闘力を発揮できる。
それに呪われた体に喝を入れるにもちょうどいい。
黒いスケルトンが接近戦しか仕掛けてこないことは、地上の倉庫内での戦闘で分かってる。数が多いだけで、厄介な要素は特にない。いける。
「ヴァレリア、最初に一発だけ鉄球を投げ込む。それと同時に仕掛けるわよ」
「わたしは鎧のスケルトンを優先的に仕留めます。ワイヤーをもらえますか?」
「ん、じゃあ私はそれ以外ね」
衝撃を逸らす魔法の鎧だけは、ちょっと面倒だ。ヴァレリアなりの気遣いだろう。
妹分にワイヤーの束を渡してやり、ソフトボール大の鉄球を握りしめた。前を固める黒い鎧のスケルトンは無視だ。そいつらを外した軌道で投げる。
左手にバットを持ったまま、軽いステップから地面を強く踏みしめた。大きく振りかぶって、全身の力を指先に伝える。踏み込んだ足元から、腰や背中、腕から指先、そして鉄球へと伝わる超常の力。
雷が落ちたような音と威力を伴う鉄の球は、目視できない速度で真っ直ぐに進み、軌道上のスケルトンの頭部をまとめて粉砕、壁にぶつかって鈍い衝突音を響かせた。
分かり切った結果を見届けるまでもない。
投擲を終えると同時に、私たちは敵の群れに突っ込んだ。
前衛の黒鎧をジャンプしてスルーし、私は余裕綽々に空中から襲い掛かる。
特性グローブをはめた右の拳で着地がてらにスケルトンの頭蓋骨を粉砕、着地の勢いを利用して前に移動、のろまなアンデッドに反応を許す間もなく、白銀の超硬バットを振り回して数体の頭蓋骨をまとめて殴り砕いた。
スケルトンの頭蓋骨はかなり硬い。かつて冥界の森で倒しまくった雑魚とはやっぱり違うらしい。それなりの力を込めた打撃じゃなければ、一撃で倒すことは無理と判断した。
それでもアーティファクトに魔力を込めるよりは、打撃のほうがトータルでの消耗はたぶん軽い。このままスケルトンを倒す。
敵のただなかに飛び込み、魔力感知で全周に気を配る。
スケルトンが持つ黒の大剣が背後から迫るのを感知し、体を沈めて回避、後ろに向かって飛びながら左の裏拳で顔面を粉砕、腕の回転の勢いを殺さずに移動し、手近なスケルトンの大剣をバットで砕き、飛び蹴りで頭蓋骨を粉砕した。
アンデッドが持つ黒の大剣は魔法的な能力がある。アンデッド自身より、剣のほうが要注意。あれはたぶん外套を傷つけるほどの力がある危険な道具だ。
ただ、所詮は高度な知能や駆け引きのできないアンデッドが振るう剣だ。外套で受けるどころか、盾の魔法さえ使う必要はない。全部、避けるか壊せばいい。
常に移動し、敵の動きの先を行く。
攻撃を繰り出す前のアンデッドに迫り、バットを叩きつけ頭蓋骨を砕く。
空振りして隙だらけのアンデッドに戻り、バットを叩きつけ頭蓋骨を砕く。
簡単だ。動く骨どもは私の動きにまったく付いてこられない。
ちょっと動いてバットを振る、動きながらのついでに殴って蹴って、骨を砕く。
一つの動作に二つ以上の意味を持たせ、瞬く間に敵の数を減らしていく。
我ながら鮮やかで見事な戦いぶりじゃないか。無駄がない。
しかし主観的には、呪われた重い体を引きずるような感覚がある。
だからこそ、最小の動きで最大の効果を叩き出す。消耗を極力抑えながら戦う必要があった、冥界の森でのアンデッドドラゴン戦と同じだ。でもあの時よりも遥かに敵は与しやすい雑魚でしかない。
倒して倒して倒しまくる。
鎧をまとったアンデッドを倒しきったらしいヴァレリアが、私よりも前に出て敵を倒し始めた。
動きのキレと速さが自慢の妹分は乱戦に強い。私たち二人にかかれば、一〇〇体程度の雑魚などほんの数分で片づけられる。
しかし、そう簡単には終わらせてくれないらしい。
「お姉さま!」
「ちっ、次から次へと。それでも退く選択肢はないわ、始末するわよ。一発かますから、ヴァレリアは私の後ろに」
「はいっ」
大通路の先から、ちょっと数が分からないくらい多くのアンデッドがやってくる。
このまま消耗を抑えながら戦っても、時間さえかければ普通に勝てる見込みはある。ただ、時間もそれなりに浪費する。
まとめて殲滅できる魔法は、魔力消費の観点から無駄が多くて避けたかったんだけどね……。
うん、やるしかない。これ以上、本命のグルガンディ精鋭に時間を与えてはならない。
こんな所でのアンデッドの大量投入は、敵にとっても想定外の事態だから使わざるを得なかったんだと想像できる。速度重視で食い破ることは、グルガンディの奴らにとって最も嫌なことに違いない。ならばそれをやる。
この場にいる残ったスケルトンを、ヴァレリアが適当な魔法をばら撒いて足止めする。私たちは少し下がって距離を開けながら、追加のアンデッドを引き付ける。感じる魔力の強さからして、追加投入されたアンデッドは同じ黒いスケルトンだろう。
足止めはヴァレリアに任せ、大きく息を吸って吐いて集中、乱れた魔力を意識的に整えた。
大通路の先、緩いカーブの向こうから続々と姿を現す黒いスケルトンの群れ。目視できない範囲にまで、数多くのスケルトンがいる。普通なら足音を聞くだけで、相当なプレッシャーを受けるだろう大群だ。
雑魚でも数を集めればそれなりの脅威になるし、戦えば必ず消耗を強いられる。嫌がらせにしても時間稼ぎにしても、なかなかに厄介だ。
無駄なことはしない。必要最小限の力で、最大の戦果を。ここは技術が試される場面だ。
魔力感知をスケルトンがいる範囲に絞って正確に意識する。呪いで乱れる魔力を勘定に加え、数十センチ程度のズレは妥協しながら攻撃範囲を指定。
魔法強度は敵の耐久力に合わせる。弱すぎず強すぎず、ギリギリ骨を砕けるだけの威力があればいい。ただここでも魔力の乱れを想定し、少しだけ強めに魔法を使う。
あとは実行あるのみ。即座に魔法行使だ。
【――荊の顕現】
キーワードをもって解き放つ、死と滅びを与える魔法。
伸びあがる無数のトゲ。可能な限り範囲を絞り、スケルトンの群れを蹂躙する。伸びたトゲにまたトゲが生えて、空間を死のトゲが埋め尽くした。
たくさんの気配と音が無くなり、大通路に静寂が訪れる。トゲを消去し、いったん様子見だ。
「よし、動く気配なし。あの厄介な鎧のスケルトンはいなかったみたいね」
「あれは打ち止めみたいです」
「たぶんね。それにあの数を一気に倒されるとは、グルガンディも想定外のはずよ。少し余裕が……できた、かもね……ちっ」
不意にめまいを覚えて目を閉じた。ぐらつくような体の感覚に耐えるため、大きく息を吸って吐きながら足元に意識を向ける。
さっきの魔法は大魔法に分類できるだろうけど、それでもかなり省エネを意識したダウングレード版だ。本来なら不調を訴えるようなレベルじゃない。呪いによる疲労と消耗が、ここまでの道中で積み重なったせいだろう。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
度重なる戦闘行為と呪いによる体調不調の悪化だ。
今の状態でグルガンディの精鋭、そしてグラデーナが脅威と評したボスと戦っても勝てる見込みは十分にある。私とヴァレリアの二人なら。
ただ、ヴァレリアにも消耗はあるし、まだ罠や追加のアンデッドがないとは言い切れない。ここで急いで詰めるかどうかは微妙なところだ。
時間重視で行くか、回復を優先するか。冷静に判断を下さなければ。
「……ちょっとだけ休もうか。少し疲れたわ」
ポーチから回復薬を取り出して口に含みつつ、二人で通路の壁を背に座り込んだ。
「左目はどうですか?」
「痛むわね。でもまあ、慣れたもんよ」
痛みと不調に慣れても、戦いへの影響はどうしてもある。それによって生じるストレスだって、様々な負の影響を及ぼす。
もう何も考えずに暴れまくれば、少しはストレスの発散になるんだけどね。敵地に潜入中と思えば慎重にならざるを得ない。そうした面倒な状況が余計に腹立たしく、余計なストレスと精神的な負荷で呪いの影響が強まる。
それでも余計な心配を妹分に掛けるわけにはいかない。軽い調子で応えながら、隣に座ったヴァレリアの髪をなでる。柔らかくて気持ちよく、これだけで苛立ちも少しは紛れる。
ほんの短い時間だけ、そうして気を抜きながら休憩した。
目を閉じてリラックスすれば、私たちくらいの強者ともなれば回復も早い。
そろそろ立ち上がろうか、いやあと少しだけ……なんて思っていると地獄耳が微かな音を捉えた。また追加のアンデッドだろうか。もういい加減にしろ。
「ヴァレリア、聞こえる?」
「敵ですか? 待ってください」
耳を澄ませたものの聞こえなかったのか、ヴァレリアは地面に耳を押し当てた。
「……お姉さま、何か近づいてきます。たぶん、数が多いです」
「向こうからやってくるなら、それまで休んでようか。接近までまだ時間あるし」
うんざりした気持ちで座ったまま時を待つ。どうせ戦うんだ、それまで休んで回復を図ればいい。
開き直った気分で休んでいると、聞こえる音が段々と大きくなっていく。地面に座った状態だと、音だけじゃなく振動まで感じる。
休むために魔力感知もほとんどやっていなかったけど、さすがに気になって様子を探ることにした。するとうんざりした気分が、これ以上ないほどに高まる。
「いや、どんだけの数を用意してんのよ? たぶん、またスケルトンだと思うけど……」
「気配と音だけでは数を読み取れないですね」
「さっきまでの数どころじゃないわ。殲滅するなら、それなりの覚悟がいるわね」
数が多すぎて、もう意味が分からない。
こんな地下深くに、これほどまでに大量のアンデッドが潜んでいたとは驚きだ。不意に地上に出てくれば、国がひっくり返るほどの大惨事になったに違いない。というか、そうするつもりの作戦だったんだと思う。
雑魚とはいっても、いくらなんでも厳しい数だ。消耗を考えずに全力を尽くすなら、やれないことはない。
でも私たちの本命はあくまでもグルガンディの精鋭だ。こんなところで力を使い果たすわけにはいかない。
「やり過ごすことはできるかな……でもこれをスルーして地上に放ったんじゃ、キキョウの看板に泥を塗られたも同然よ」
グルガンディの精鋭を倒すのはいいとして、奴らの仕掛けにまんまとやられたんじゃ意味がない。
工作員やテロリストの目的として考えられるのは、このベルトリーアを混乱に陥れることと想像できる。私たちを倒すことなんかじゃない。そうした目的を果たされてしまったんじゃ、ウチの手柄も何もない。
つまり、やるしかないんだ。敵を潰すなら、その企みごと潰さないと意味がない。
とは言えだ。あー、ムカつく。何もかもをぶちのめして先に進むと思ったのはついさっきのことだけど、これはいくらなんでも多すぎる。ものには限度ってもんがあるんだ。
「お姉さま。あのスケルトンなら、わたしだけでもやれます」
「あー……いや、むしろ私がやるわ。ヴァレリアは力を温存しときなさい」
闘身転化魔法を使えるヴァレリアは、グルガンディの強者に対する切り札だ。回復力は私のほうがずっと高いし、ここで死力を振り絞ってもまた休めば支援に回るくらいの力は短い時間で取り戻せる。
やるしかないんだ。腹を決めてしまえば、意識は簡単に切り替えられる。
息を吐いて集中だ。いばらの魔法を広範囲に展開して殲滅する。さっきと似たようなことをまたやるだけ。体調不良くらい我慢すればいいんだ、なんてことはない。
魔力感知の網を広げてずっと遠くまで魔力の動きを把握する。
「……いやいや、どうなってんのよ」
思わず文句がこぼれてしまう。数が異常だ、想像以上に多い。合わせてこの大通路の長さもおかしい。いったい、どこまで続く通路なんだか。
ざっくり計算して、今の消耗した私じゃ全力を振り絞っても一度に全部は倒せそうにない。
とりあえずはなるべく多数のアンデッドを魔法で一気に撃破し、残りは殴って倒すしかないだろう。酷使する魔力と体力を想像しただけで頭が痛くなる。
気合を入れ直して集中だ。やらなきゃいけないことはさっさと片付けよう。
通路の向こうに意識を飛ばし、魔法の行使に全力で集中した。
嫌なことでもやらなきゃならない。よし、やろう。いばらの魔法をくれてやる――。
魔法行使の瞬間、ヴァレリアが動いたのが分かった。
私の背後に回ったのを意識の端に捉えながら、集中は切らさない。いばらの魔法を使っての攻撃に全力を注ぐ。
何かが起こったらしき背後に関しては、完全にヴァレリアに任せた。




