隠しアジトの前哨戦
偵察に入ったヴァレリアが戻るのを待つ間、私の役目は主に敵の感知だ。
魔力感知の通りにくい倉庫内でも、同フロア内をのこのこ歩き回る奴がいれば、地獄耳の私には音で大まかに察知できる。そうやって気を配りつつ何者かの動きを察知できなければ、警戒するだけで割と暇だ。
偵察に走り回るヴァレリアの様子を考えるに、たぶんグルガンディの一味はこのフロアにいないだろうと予測できる。となれば、定石通りに本命は地下に移動したんだろう。
短時間で音を頼りにした敵の察知を諦め、持て余した時間と力は暴虐に使う。
フロアに山と積まれた物資で通路や壁が作られ、倉庫内は非常に見通しが悪い。そんな物資を気の向くままにバットで破壊、派手な音や振動を起こし、隠れ潜んだ敵に圧力をかける。
緊張は想像以上の消耗を強いることが可能だ。暴れて破壊音を立てることにはそれなりの意味がある。
それに敵だって最初から負けるつもりはないはずだ。見事に私たちを撃退し、のうのうと破壊工作に戻るつもりでいるだろう。
そんな奴らだからこそ、拠点や設備、物資を破壊されることは非常に腹立たしい行動と思うはず。上手くすれば破壊を阻止しようとする奴らを炙り出せる。
決して単なる暇つぶしや衝動に任せて暴れてるってわけじゃない。
人けの無いフロアを練り歩きながら破壊の限りを尽くす。私の歩いた後には壊れたゴミしか残らない。
恐れろ。破壊の権化がお前たちを殺しに行く。
壁を成す物資の山を無秩序に破壊し、そうした中でパーティションで区切られた休憩室らしき部屋を発見した。なんだろうがゴミの山に埋めてやる。中には家族写真っぽいものも見かけたけど関係ない。
踏みにじる。
思い出の品だろうが、大切な物だろうが、知ったこっちゃない。
嫌なら阻止に出てこい。まさか敵国の工作員が同情を買ってほしいなんて思う訳ないけどね。
潰し合うのが敵同士。命どころか尊厳まで奪い合うのが戦争ってものだ。
喧嘩売ってきたのは、土足で他国に踏み込んできやがったのは、奴らのほうだ。
なにをされようが文句を言う権利なんかない。言うつもりだってないだろう。その程度の覚悟がなくて、先兵として敵国に乗り込んだりしない。
そういや奴らは人質まで取ってるんだった。なおさら遠慮なんか不要だ。
敵は精鋭であり、プロの軍人であると同時に裏仕事のスペシャリストでもある。
軍人として正面から戦うならともかく、身分を隠して破壊工作に従事するなら、その時ばかりは単なる悪党と大差ない。
現に軍人同士の戦いにはならず、こうして私たちのような存在に秘密裏に抹殺されてようとしている。そこに名誉などありはしない。
「お姉さま!」
ヴァレリアが飛ぶような勢いで走ってきた。
「どうだった?」
「ざっと見てきましたが、もぬけの殻です。ただテーブルに飲みかけのコップが八個あったので、少なくても八人がこの倉庫にはいたはずです」
「じゃあ、やっぱり地下に移動したみたいね。入口は見つけた?」
「一つ、簡単に壊せない扉があったので、そこから入るんだと思います。あっちです」
バットを振り回すだけじゃなく、鉄球を放りながら次々と物資を破壊して歩く。
圧力は常にかけ続けなければ効果は半減だ。緊張を強い、気の休む暇など与えない。
するとようやく反応があった。
ヴァレリアと無言で目を合わせ警戒する。間違いなく、誰かがこのフロアに現れた。
魔力感知が必要十分に機能しなくたって、人の気配は察せられる。こっそり移動したつもりだろうけど、固いブーツが床に当たる音は完全に消せるもんじゃない。特に人の足音ってのは規則性があって非常に分かりやすい。
三つほど物資の山の向こう、壁のように積まれた物資の先に三人いる。たぶん魔道具か何かでこっちの様子を伺い、偵察か攻撃するタイミングを図っているんだと思う。
悠長に構えてやがるわね。ナメられたもんだ。まさか気づいていないと思われてるなんて。
動きを止めたなら、私にとっちゃただの的だ。
「先手必勝の心構えを教えてやる」
聞こえた音から位置を予測し、固く握った鉄球を力強く投げた。当然、この投擲は物資の破壊が目的じゃない。
手ごたえあり。砲弾のような勢いの鉄球は物資の壁を易々とぶっ飛ばしながら突き進み、敵の体を肉片に変えた。
一投だけじゃ終わらない。連続で投擲を繰り出す。
並の敵なら一人やられた驚きとショックで、そのまま何もできずに全滅しただろう。
しかしそこは敵も並じゃない。一回攻撃を受けた時点で、反射的に回避行動に移ったようだ。
さすがに正確な魔力感知ができず目視もできないなか、回避行動を取るマトに投擲を当てるのは至難の業だ。牽制のつもりで適当に放り続ける。これでも敵にとっては当たれば死ぬか行動不能に陥る威力の攻撃だ。思うような行動は取れないはずだし、取らせない。
この間にヴァレリアが速度を活かして素早く敵に迫る。
私の投擲を警戒しすぎるあまり、迫る別の脅威に気づけない。
物資の壁をものともしない鉄球の脅威から逃れようと必死に走る敵をヴァレリアが不意に強襲した。私の視界には入ってないけど、倒れる音で一人始末したのは分かる。
仲間が倒れたことに、もう一人の敵は気づいたんだろう。回避行動じゃなく、完全に退却する行動に入ったらしい。
物資の積まれた通路を、右に左に位置を変えながら遠ざかる。焦りのためか立てる音が非常に大きく、位置替えにも規則性があって目に見えるようだ。
無駄なことを。
鉄球の速度は奴が移動する速度とはまったく比較にならない。
投げる瞬間まで敵の位置を音で見極め、投じた次の瞬間には物言わぬ躯に変えてしまうだろう。
しかし、いざ投じようとしたところで強い魔法が放たれた。通路を回り込んで伝わる熱波から火の魔法だと分かる。
こっちを攻撃する魔法じゃない。積まれた物資に対して放たれ、衝撃と炎で荷崩れを起こした。その物音のせいで、逃げる奴の位置を掴むことができなくなってしまう。
「自ら物資に攻撃とはね」
身を守るために躊躇しなかっのはさすがだ。物資などまた運び込めばいいんだ。放っておいてもどうせ私が破壊したんだし、気を使うなどまったくの無駄。工作員の命のほうがずっと価値がある。
「お姉さま、逃げられました」
「物資の山に火をかけられたんじゃね。でも逃げた先が分かってるなら問題ないわ。どうせ地下よね?」
「はい、先に見に行きます……火が強いですね」
燃えやすい物でもあったのか火がかなりの勢いで広がりつつあり、倉庫内の温度が急激に上昇している。
浄化刻印で有毒ガスは無効化できても、高温や炎はそれなりの脅威になる。それに煙で視界を奪われることもできれば避けたい。本来なら消火設備があるはずだけど、魔道具の類は適当にぶっ壊しまくったからそのせいで機能しないのだと思われる。
「火の勢いが思ったより強そうね。適性なしの水魔法じゃ、たぶん消せないか……しょうがない」
まったく、無駄に力を使わせてくれる。
薬魔法を応用した消火剤の魔法はあるけど、広範囲に使うのは魔力消費的に避けたいし、割と高度な魔法だから呪われた状態で使うにはちょっと厳しい。結界魔法を破った時の不調からまだ完全に戻れてない事情もあるし、ここは少しでも消耗を抑えるべき。
「……よし、あの手で行こう。ヴァレリア、この辺の物資の山に魔道具がないか見てきて。魔道具なら何でもいいけど、できれば魔石がでかいのがいいわね」
「それでしたら、設置型の魔道具がすぐそこにあります」
「使えそうね、行くわよ」
見に行った先にあったのは、罠に使うだろう攻撃的な魔道具だ。崩れた物資の中に、そんな多数の魔道具が転がってる。
「ひょっとして、魔道具の暴走ですか?」
「うん。暴走させてドカンとやれば、私の魔法を使わずに済むからね。爆風で消火するわよ」
もっとひどい火事になる恐れもあるけど、その時はその時だ。今は消耗を抑えることを優先したい。
基本的に魔道具は普通に使う限り、決して暴走などしない安全なもの。しかし、悪意をもって改造すれば爆弾と化すことが可能だ。爆風で消火できる見込みは十分にある。
手早く魔道具の改造を始めた。
「……ちっ、煙が鬱陶しいわね。もうテキトーでいいか」
一定水準以上の魔法技能と知識があれば、魔道具の改造は誰でもできる。暴走させたいだけなら、丁寧な作業だって必要ない。短時間で適当な改造を施し、複数を連結させて爆発の威力を高めた。元が攻撃用なら威力に期待できる。
「わたしは退避用の穴を掘ります」
床を壊したヴァレリアが魔法で穴を掘った。地下室に抜けるかと思ったけど、どうやら私たちの足元は普通に地面だったようだ。
さくっと穴を掘ったのを見届け、そのタイミングで魔道具の改造を終える。
爆弾に魔力を流して火を入れたら、二人で穴に飛び込んで身を伏せた。
穴を塞いだ魔法障壁の向こうで激しい衝撃が巻き起こる。
爆風による消火を狙い、ついでに邪魔な物資の山も吹っ飛ばす。これで少しは視界も良くなるだろう。
爆発が収まるまでに時間は大してかからない。さっさと穴から出て、壊れた照明の代わりに光魔法を打ち上げた。
「よし、いい感じね」
「まだ燻ってはいる所はありそうですが、大まかに火は消えましたね」
爆発の規模がどれくらいになるかは不明だったけど、大きすぎず小さすぎず、頑丈な倉庫自体の外壁が吹っ飛んだりもしていないから外にまで被害はない。
壁のように積まれた物資と共に照明を含めた魔道具が色々と壊れたみたいだけど、残念ながら魔力感知を阻害する効果はそのままだ。完全じゃないけど微妙に感じにくい。
「あれが地下への入り口か」
「思ったより頑丈みたいです」
ぶっ飛んで崩れた物資の山の向こう、壁際に部屋みたいなものがあり大扉で閉じられている。あそこから地下へ降りられるんだろう。さっき逃げた奴もその先にいるはずだ。
敵が手ぐすね引いて待ち受ける地下へ降りるのは、どうにも嫌な感じだと改めて思う――ん?
「お姉さま、誰か扉の向こうにいませんか? 魔力は感じにくいですが、誰かがいるのは気配で分かります。数も多そうな気がします」
「たしかにいるわね。たった今、上がってきたっぽいけど」
好都合だ。見通しの良くなった倉庫内は、足場が悪い代わりに不意を打たれにくい。それにおそらく狭いだろう地下で戦うよりはやりやすい。でもどういうつもり?
地の利を放棄するとは考えにくいけどね。地下には戦えるほどの空間がないってことだろうか。
そんなことを考えるうちに、大扉がゆっくり開かれた。しかし暗がりになっていて、はっきりと中が見えない。
「……笛の音?」
薄く広がるような魔力と共に、場違いな音がほんの微かに聞こえた気がした。その時、扉の向こうの何者かが姿を見せた。
重々しい動きだ。魔導鉱物製らしき立派で重厚な黒の全身鎧に、同じく黒の大きな剣。兜で顔が見えないのはともかく、装備のせいか魔力がまったく感じ取れない。感知を阻害されているにしても、全然感じられないのは不気味だ。
「ちっ、案外多いわね」
敵が見えた瞬間に戦力評価したものの、奴らは一人じゃない。完全に同じ装備に身を包んだ鎧騎士が、続々と出てきやがった。
先頭をのっそり歩く奴に続き、パッと見て十以上までは数えたけどそんなもんじゃない。何人いるってのよ。
自身の状態やまだ続くだろう戦闘を考えれば、なるべく消耗を避ける立ち回りを心掛けるべき。近距離での乱戦は避け、投擲と簡易なトゲ魔法で距離を保ちながら敵を排除するのがいいだろう。まったく趣味じゃないけど、倉庫内を逃げるような立ち回りになる。
ヴァレリアは私が何も言わずとも走り出し、遊撃で側面や背後を脅かす。動きながら連携して削れば、敵も部隊としての能力を発揮しにくくなるだろう。
敵との距離が近いことから、まずは進行を止める。
足元から腰の付近まで伸び上がるトゲの魔法を適当にばら撒き、ダメージのついでに足止めになる柵としての役割を狙った。
床の石材を使ったトゲは歩みを邪魔したものの、命中したはずの鎧の腹や足などは貫けず変に曲げられてしまった。奇妙な現象だ。とりあえずの結果として、足を止められただけで十分。次でダメージを叩き出す。
正面にいる敵に鉄球を食らわせてやる。
トゲを防いだ黒の全身鎧が気になるから、小手調べのつもりで軽く放る。これで潰せるなら脅威にならない。
肘から先だけでの挙動で放った鉄球がすっ飛んでいく。
軽くまっすぐに投げただけの鉄球でも、まともに食らえばタダじゃすまない。どう対処する?
黒の鎧騎士は私の投擲モーションが見えていないわけじゃないだろうに、回避行動を取らなかった。
鉄球の脅威を理解できない雑魚――そんな考えが脳裏をよぎるも、次の瞬間にはこっちが戦慄せざるを得なかった。
鎧に直撃したはずの鉄球が、音も立てずにヌルっと逸らされたんだ。
後ろに逸れた鉄球は、そのすぐ後ろにいた黒鎧を直撃するも、またもやヌルっとした感じに逸らされ、そうやって物資の残骸に激突して止まった。
驚きの光景に思わず思考が止まったのは一瞬だ。
投擲が効かないなら別の手を試す。それもダメならまた別の手を使えばいい。
いや、その前に。
「ホントに効かないか、試してやる」
軽い投擲じゃなく、ワンステップ踏んで振りかぶった投擲ならどうだ。
これでダメなら効かないって認めてやる。黒の剣を薙ぐ動作でトゲが簡単に切り払われたことから、剣のほうにも脅威を感じる。
黒鎧どもがまたこっちに向かってくる。無警戒に堂々とはね、腹の立つ奴らだ。その余裕を打ち砕いてやろうじゃないか。
鉄からタングステンの球に切り替え、振りかぶって思い切り投げた。まともな人間に反応できる速度じゃない。
タングステンの球は目論見通りに鎧のど真ん中に命中し、そしてほんの僅かに横に逸れながらも鎧をぶち抜いた。
「よしっ……なに?」
ところがだ。破壊と衝撃で敵の足は止められたものの、それだけだった。
本当ならバラバラに砕け散ってもおかしくないほどの威力があったはず。鎧の部分破壊まではまあいい。特殊な魔法鎧ってことなんだろう。それでも鎧は抜いたんだ、中の人間が無事でいられるわけがない。麻薬で痛みを誤魔化したとしても、腹をえぐるほどの怪我は決して無視できるもんじゃない。
しかもだ。足を止めたのも少しの時間だけで、そのまま動き出したじゃないか。
後方に下がりながら観察し、おかしいのはそれだけじゃないと気づいた。
鎧をぶち抜いたなら、大怪我を負ってないといけない。当然ながら激しい出血を伴うはずなのに、それがない。
血が流れてないんだ。それどころか……中身がない!?
照明代わりにした光魔法じゃ、光量や角度の問題で見えにくいけど、鎧の中身はがらんとした空間に思える。
いくらファンタジー世界だからって、そんな馬鹿なことがあってたまるか。
まさか超高性能な魔道人形ってわけじゃあるまい。いや、あり得るのか?
どんな物でもあり得ると考えなければ。このアジトには複数の結界魔法やレーダーの魔道具だってあったし、莫大な軍事予算を使った装備や道具を見せつけられた気分だ。やはり敵国の軍が相手ともなれば、私的な組織を相手取った時とは勝手が違う。
面白い。グルガンディと呼ばれる敵の精鋭が、どれほどのもんを出してくるか見てやろうじゃないか。
敵は強ければ強いほどいいんだ。倒した時の勲章が、より強い輝きを帯びるからね。




