進行する暗闘
船で到着したグルガンディの精鋭は、アジトに半数程度を残し行動を開始した。しかも少数ずつに分かれての行動だ。
戦闘や工作集団の精鋭が敵地に到着して早々、明るい内からのこのこ外に出るとは思わなかった。裏をかく素早い行動は、さすが精鋭といった印象を受ける。まさか観光目的じゃないだろう。必ず面倒事を引き起こすと考え、それを許すつもりはない。
戦いは先手必勝だ。仕掛けるほうが常に有利に物事を運べる。
「こちらジンナです。会長、標的は汚れた緑のトラックです。そろそろ見えると思います」
分散して行動する敵の一つをジンナはずっと見張りながら追ってる。そうした監視からの報告を受け、身軽な私たちは即座に敵を潰すべく動いた。人けの少ない川沿いの道を先回りし、私とヴァレリアはその時を待ち構える。
「こちら紫乃上、こっちは準備万端よ。グラデーナ、そっちは?」
「こっちも準備完了だ、いつでも行けるぜ」
「ロベルタとヴィオランテ、そっちは?」
「こちらヴィオランテです。あと少し……二十秒ほど待てば仕掛けられます」
「エマリー、奴らのヤサに動きはねえか?」
「こちらエマリーです。敵アジトに動きはありません」
グルガンディの精鋭はアジトに残った奴らを別に、四つの班に分かれて行動中だ。それぞれが何を目的にしているか不明。けど倒してしまえば関係ない。
人数の都合でこっちは四つの班を同時には倒せないけど、三つは同時に倒すつもりだ。敵だって通信手段を持ってるはず。こっちの情報をなるべく与えず、一気に数を減らしてやる。
「こちら紫乃上、私のタイミングに合わせなさい。見えてきた……合図と同時に仕掛けるわよ」
各々からの返事を聞きつつ、迫るトラックに注目。
川沿いの道を走るトラックはそろそろ橋に差し掛かるところだ。速度は七十キロくらい出てるだろう。好都合だ。私たちは川に架かった橋の横手で待ち構える。
ちらほらと通りかかる車両によって、関係者以外が一切居ない状況は考えにくいことから、目立たず穏便に始末をつけたい。
結構な速度を出すトラックに対し、合図代わりの声を出して仕掛ける。
「――いけっ」
狙いすました魔法行使。走行中のトラックのタイヤがぶつかるよう魔法で突起物を作り出した。
まんまと衝突し、つんめのめった後で飛び上がり激しく横転、トラックは滑りながら橋を逸れて川に突っ込む。
シートベルトをするような決まりや文化はない。事故った瞬間に乗員の三人はフロントガラスに顔面を強打し、砕けたガラスを血に染めたのが見えた。身構える暇のない完全に不意の事故だ。
しかも七十キロ以上は出ていただろう速度での走行中、ブレーキをかけずに遭う事故。これにはどんなに鍛えた戦士だろうが、大ダメージは避けられない。たぶん私でも意識を失うか、少なくとも一時的に意識朦朧とした状態にはなるだろう。
さらにそんな状況で川に落下すればどうなるか。分かりきった運命だ。
もし不幸な運命を切り抜けようとしたって、私とヴァレリアが容赦なく地獄の底に叩き落とす。
敵国の精鋭中の精鋭。どんなに優れた力を持ち、金をかけた道具を持っていようが、不意にダメージを負ってしまっては持てる能力を発揮できない。無念だろうね。戦うことなく事故で死ぬんだ。
ブクブクと盛大に泡を立てながら、トラックは深い川に沈んでいった。
「……魔力反応が消えました。あっけないものです」
「そうね、でも奴らも覚悟だけはあったはずよ」
本当ならみんな正面から喧嘩がしたい。リスクがあったって、戦いにそれは付き物だ。なんなら負けて死ぬことさえ織り込んで、私たちはいつだって闘争を求める。武闘派組織キキョウ会が恐れられる理由の一つだ。
しかし今回は秘密裏に始末するのが情報部からのオーダーだ。不可抗力ならともかく、始めから娯楽交じりの喧嘩をやらかすわけにはいかない。
単純明快にただ目の前の敵を殴り倒せばいい状況だったら、もっと楽しめたのかもしれないけどね。複雑な状況下、街中で派手に暴れて騒ぎを起こすわけにはいかないんだ。今のところ街は戦場じゃないんだから、可能な限り敵は事故に見せかけて減らす。
「それにしても、あんなに急いで奴らどこに行くつもりだったのでしょうか」
たしかに。敵の目的を探ることより、排除することを優先したからその点は全然分かってない。
敵国に乗り込んで早々、分散して行動する敵の目的は気になるっちゃ気になる。
「残った敵の行方も追ってるから、あとで分かるかもね」
グルガンディの精鋭は本体をアジトに残し、ほかは四つの班に分かれて行動した。とりあえずはその内の三つを潰すべく動いたけど、残る一つは人員の問題で追跡と監視に留めてる。
「こちらヴィオランテです。事故を装い敵を排除、敵を排除することに成功しました」
「こちらグラデーナだ、こっちも上手く行ったぜ。ついでに目撃者もなしだ」
「こちら紫乃上、思った以上に順調ね。残る一つは誰が追ってる?」
「……こちらクロエットっす。その残った連中を追ってるところですが、貴族街東方面に向かって移動中です」
ジンナやエマリーと同じく、クロエットもグラデーナの配下に収まった武闘派だ。監視や追跡は専門じゃないけど、専門以外のことだって無難にこなすのが我がキキョウ会正規メンバーだ。敵の精鋭相手に専門外のことは、ちょっと荷が重いかもしれないけど。
「貴族街東方面なら、あたしが一番近いか? クロエット、今からあたしが向かう。随時に状況報せろ」
「了解っす。でも一人で長時間の追跡は無理がありますよ。勘づかれたらどうします?」
「関係ねえ、派手に動けねえのは奴らのほうだ。だがなるべく勘づかれんなよ? 敵の本体に削ってることを悟られたくねえ」
「頑張りますが、きついっすねえ……」
「こちらレイラです。クロエット、追いついたら監視を変わりましょうか?」
いいタイミングだ。早々に船の奪取を終えたレイラは移動中らしく、急ぎ監視に向かうことで話が付いた。
ただ、敵も密に連絡を取り合う状況だろう。追跡がバレるバレないにかかわらず、敵の本体には複数の味方と連絡が取れない状況はいずれ必ずバレる。もしかしたらすでにそうなってる可能性だってある。
「こちら紫乃上。ヴィオランテ、私たちは本体の監視に合流するわよ。エマリー、そっちにまだ動きはない?」
「こちらエマリー、今のところはなにも。アジトは静かなものですよ」
だったらまだバレてないだろう。可能なら知られないうちに敵本体を奇襲したい。グラデーナが強敵だと評価した戦士がいるんだ。油断も容赦もなく、速やかに排除する。
起こり得る展開をあれこれと想像しながら、ひとまず合流すべく移動した。
グルガンディの精鋭が入ったアジトは港に近い倉庫の一つだった。
小さく古い倉庫じゃなく、比較的新しい上にかなり大型でちょっとした体育館くらいの規模はあるものだ。あの大きさを見るだけで、相当な量の物資が溜め込んであると想像できる。よくもこれまで当局にバレなかったものだと感心する。
それだけに高度な隠ぺいの魔法、警報や罠の類は入念な仕掛けになっているはず。遠目にアジトを見ただけでも、気やすく乗り込める雰囲気じゃないことは分かった。明らかに普通じゃない。
たぶん精鋭が入った時から、その防御機能を有効にさせたんだろう。あんなもん、平時からやってたんじゃ絶対にバレる。つまりはもうバレたって構わないってことであり、奴らが即時の戦闘態勢に入ったことを伺わせた。油断などあるはずがない。
いつの間にか周辺からは人けが無くなりつつある。たぶん情報部の監視員が、派手な闘争が避けられないと思ったのか人払いしたんだろう。気の利く奴らじゃないか。
さて、どうしたもんか。
敵の頭はグラデーナが警戒をうながすほどの強者らしい。罠があるだろう敵の拠点ってこともあるし、いくらなんでも無策で乗り込むのは危険だ。
現に魔力感知を使っても敵の人数や位置さえ分からない。高度な魔法的な機能を有するアジトであり、そこに詰めた敵がボンクラじゃないことは確実だ。
ただ時間を浪費するのも良くない。可能なら敵が今の状況を察知する前に先手を打ちたい。なにかきっかけか情報があればね……。
「ヴィオランテ、風で様子を探れない?」
この場に集まったのは、私とヴァレリア、ロベルタとヴィオランテ、それとグラデーナ配下の四人。グラデーナともう一人、そしてレイラは分散した残る敵の一班を追跡中、レイラ以外の情報局メンバーは奪取した船の確保や船員への尋問などを実行中だ。
「実はさっきからやっているのですが、難しいですね。建物自体の気密性が優れていて隙がありません」
「透明化して近くまで行ってみましょうか?」
「ロベルタの幻影魔法でも魔道具の監視に対しては万全じゃないわ。あそこには最高クラスの監視装置があると考えるべきよ」
「そうですね。姿を隠した上に可能な限り魔力を隠蔽しても、熱や音までは隠せません」
「それだけじゃないわね。微弱だけど継続した魔力の波を感じる。あれが侵入者に対する警戒だとすれば、欺くのはかなり難しいわよ」
抱いた印象としては、レーダーで探知するような魔道具っぽい。
レーダーは電波をぶつけて反射から存在を探知する仕組みだ。具体的には分からないけど、魔法を使った似たようなシステムと考えるべき。透明になろうが魔力を隠そうが、そこに存在する以上は放射される波にぶつかればバレてしまう。
ステルスにはレーダー波の仕組みを熟知し、対応する策を盛り込まないとならず、即席にやっても上手く行く保証はまったくない。高度な魔力感知と魔力操作をもってしても、ぶっつけ本番でレーダーの魔道具を誤魔化すことは厳しいと考えるべき。
まさかあんな物を持ち込んでるとは思わなかったし、ベルリーザの魔道具ギルドのラインナップにも市販品にはなかったはずだ。
道具の仕組みとしてはそこまで複雑じゃないから、ベルリーザにも存在はする。ただ旧式だったとしても軍との太いコネがないと入手は無理だろう。
ということは海の向こうの大陸から持ち込んだ設備ってこと。あれの存在を考えただけで、とても侮る気にはならない相手だ。
うん、これは思った以上の難敵じゃないか。やっぱり単純に戦闘力に優れただけの敵じゃない。
「お姉さま。侵入者に対する罠だけではなく、外に向けた攻撃的な魔道具もありそうです」
「なんか見えた?」
「小さな監視窓の横に、開閉式の切れ込みがいくつも見えます。攻撃用ではないですか?」
妹分はかなり目がいい。そこまでは私でも気づけなかった。
「……ちっ、倉庫のはずが要塞じみたアジトになってるじゃない。立て籠られると厄介よ」
「立て籠もりはあり得ますね。奴らの人数を削ったことが発覚した場合、ベルリーザでの任務達成が困難だと判断するかもしれません。その場合にはあのまま立て籠もって、どこぞからの応援を待つ展開もありますよ。どうせどこか近辺に別の拠点もあるんでしょうし」
「侵略の先兵とはいえ、無駄死にするつもりはないだろうからね。もし応援を呼べるとしたら、こっちに目を引き付けて、その間に別の場所に敵部隊が上陸するなんて展開も考えられるわ」
単なる妄想にすぎないかもしれないけど、敵を侮って痛い目を見るわけにはいかない。奴らは長期間立て籠もるに十分な物資を備え、守り切れるだけの道具と設備まで備えるんだと考えるべき。
「さっさと潰したいですね、ユカリさん」
そうだ。あくまでも主導権を握り、敵の考えなど関係なくこっちのペースで戦いを仕掛けるのが上策だ。
ロベルタが言うように、さっさと潰したいのはその通り。ただ、簡単にはいかない。
文字通りに拠点ごとぶっ潰す魔法だって使えなくはないけど、周辺に及ぶ被害を考慮すると実行は難しい。ボロい倉庫群ならともかく、この辺りはちょっと高級感ある倉庫しかなく、被害額がどれだけになるか想像すると怖いくらいだ。最優先は敵の排除にしても、実行はほかに手がない場合に限る。
そしてあれだけの設備があるなら、毒ガス攻撃もたぶん無駄だ。
問答無用の大規模破壊と毒が使えないなら、残すは地味に削るか正面突破以外にない。
幸いにも人払いが済んでいるのはありがたい。多少騒いだところで隠密作戦には支障が出ないはずだからね。
久々に持ち出した白銀の超硬バットを肩に担ぎ、正面から乗り込めばいいかなんて簡単な考えに気持ちが傾く。呪いに痛む左目と不調も相まって、だんだん考えるのが面倒になってきた。
「……こちら紫乃上。グラデーナ、レイラ、そっちの状況は?」
テキトーな突撃に走る前に、分散した残る一つの敵部隊が気になった。
「おう、こちらグラデーナだ。襲撃を仕掛けるタイミングがなかなかねえ。あの野郎ども、人目の多い所ばっか通りやがる」
「こちらレイラです。おそらく我々の襲撃が発覚したものと思われます。三つの部隊と連絡が取れないことに気づいたのでしょう。人目を避ける道の選び方が、先ほどから逆に変わりました」
「バレるのは時間の問題だったから、それはしょうがないわね。たしか、奴ら貴族街に向かってるって話よね。レイラ、目的は推測できる?」
「材料がないので難しいですね。順当に行けば騒乱を起こし、それに乗じて要人の暗殺や誘拐といったことが考えられますが」
侵略の先兵は目的を果たすためなら、どんな外道な作戦だって実行するだろう。それが効果的なら尚更だ。
要人の暗殺だろうが誘拐だろうが、それこそ無差別テロだろうが必要と思えば平然とやるだろうね。グルガンディにとってはそれこそが正義の行いなんだ。
「……何を仕出かすか分かったもんじゃないわね。多少強引でも構わないわ、なるべく早く始末をつけてこっちに合流しなさい」
「ああ、あたしもそっちの本命が気になってしょうがねえ。さっさと片づけるぞ、レイラ」
「了解です」
どうせ殴り込むなら、こっちの役者がそろってからでいい。もう敵には襲撃がバレてるんだ、急いで突撃する意味はなくなった。隠れて様子を見るこっちの存在にだって、気づいてる可能性も十分にある。
「お姉さま、アジトに動きがあります」
妹分の声に導かれ、遠目に見えるアジトに意識を集中する。しかしパッと見ただけじゃ、どこに動きがあったか分からない。
「ヴァレリア、どこ?」
「見えにくいですが、壁の切れ込みが開きました」
攻撃?
多重に敷かれた隠ぺいの魔道具のせいで、敵アジトの魔力を思うように感知できない。何かありそうな今も、魔力的には特に動きは感じられない。
と、思った瞬間だった。
「――総員、全力防御っ!」
放たれた時になって、ようやく魔力を感知できた。
膨大かつ強い魔力が高速で迫りくる。
意外なことに見張り中の倉庫だけじゃなく、ノーマークだったほかの倉庫からも。合わせて計六発もの魔法攻撃だ。
しかもこれは個人が使う普通の魔法じゃない。大規模魔法の同時展開だ。敵の人数はそんなに多くなかったはず。いったいどうやって?
とにかくこんな攻撃をされたんじゃ、もう秘密裏にどうのっては無理な話だ。
個別に行動した敵をすべて暗殺し、その後にアジトを奇襲か強襲する予定でしたが、逆に先制攻撃を受けてしまいました。
次話「想定以上の防御陣地」に続きます。
ここから決着までが、ベルリーザ編での最後の山場になると思います! そしてその後の穏やかな学院部活編の続きを早く書きたい気持ちです!




