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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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決して表には出ない、しかし重要な戦い

 出撃前に装備を身に着けながら、ひとり物思いにふける。

 眼帯に隠された左目が痛む。少しずつ痛みに慣れ、呪いが及ぼす体調不良にも慣れつつあった。

 このまま無かったことに、なんて甘い考えをあざ笑うかのように、痛みは確実に増しつつある。


 魔道具としての眼帯の効力が弱まったわけじゃない。人間、体が薬に慣れると効かなくなると聞いたことがあるし、そういう類のことかもしれない。あるいは別の要因かもしれないけど……とにかく痛いのなんのと今さら騒ぎ立てるほどじゃない。我慢しよう。

 切り替えだ、よし。


「しかし、グルガンディか。敵ながら哀れな奴らよね」


 ひたすら地味な嫌がらせを実行すること数日、グルガンディの奴らはストレスで胃に穴が開くかと思う頃合いだろう。

 続発するトラブルに何か意図を感じた可能性は十分にある。むしろ感じなかったら馬鹿だ。ところがベルリーザ当局が仕掛けた様子はなく、アナスタシア・ユニオンも同様だ。アンデッドと帝国への対策に全力を注ぎ込む様子は、工作員だからこそ承知しているはずだ。


 グルガンディにとっての主敵であるその二つが別の動きに全力を傾けたなら、じゃあ誰があのしょぼい嫌がらせを実行した?

 まさか偶然? いや、こんなにも偶然が重なるのはどう考えてもおかしい。

 だったら当局に依頼された誰かの仕業?


 とは言え、一つ一つを見ればしょぼい嫌がらせレベルの工作を、いったいどこの誰がやったと言うのか?

 またプロの工作員集団を相手にして、正体も悟らせずに何度もそんなことが実行可能な組織が一体どこにある?

 数々の嫌がらせは同時多発的に起こった場合もあり、偶然を考慮しないなら個人の仕業ではあり得ない。つまりは組織。

 グルガンディの動向を察知できる極めて優れた情報力と、嫌がらせを可能にしてしまう実行力を考えれば、残すは……怪盗ギルド?


 監視班の報告によれば、グルガンディの奴らはそんな感じで混乱の最中にあるらしい。

 我がキキョウ会は武闘派組織として名を上げる集団だからこそ、対極にあるしょぼい嫌がらせ工作をやったとは思われにくい。特にエクセンブラ以外の奴らにとってはそうだろうね。


 もし嫌がらせ程度のちょっかいだけじゃなく、構成員への襲撃やアジトをぶっ潰して回った場合、それが可能な組織としてキキョウ会の名はすぐに挙がったと思う。

 武力での真っ向勝負が無理と悟れば、奴らは今のアジトをすべて放棄してでも完全に地下に潜ったかもしれない。そうなればベルリーザ情報部が調べ上げたこれまでの情報の価値が無くなるし、最悪は船でやってくる予定の精鋭がより入念な準備を調えるため引き返すかもしれない。そうなったら情報部からのオーダーは失敗に終わる。


 私たちの本命は敵精鋭を倒すこと。余計な仕事は経験値稼ぎと暇つぶしの側面がありつつ、国家間戦争の火種を潰したい思惑も実はある。

 我がキキョウ会は死の商人じゃないから、戦争で儲けようとは全然思ってない。争いや混乱に乗じて名を上げるチャンスが生まれた一方、私たちは平時のシノギに重点を置くやり方だ。

 本格的な戦争は先が読みにくく大きなリスクがあるし、場合によっちゃ為政者が考え方を変えて妙な方向に舵を切る可能性がある。権力と癒着する気満々のウチにとって過ぎた緊張は不要だ。


 ベストはほどほどの緊張感と、時折起こる軽い喧嘩、これくらいがちょうどいい。

 敵国のスパイくらい、どこの国にもいつだっているからそれは別にいいと思ってる。ただ、ベルリーザの今の状況は危うすぎる。前々からメデク・レギサーモ帝国とは緊張関係にあるし、今はアンデッドの脅威と教会の暗躍だってあるんだ。別大陸からの脅威なんか、まったくお呼びじゃない。


 邪魔者の力を削ぎ落としたい。

 しょぼい嫌がらせだからこそ意味があるんだ。バレずに敵に少しずつダメージを与えられる。

 私たちキキョウ会は単純な暴力以外の悪巧みだって普通にやる。それくらいできなきゃ、エクセンブラ三大ファミリーに居座り続けることは無理だからね。


「結局のところ、ウチをなめてんのよ」


 グルガンディの奴らだって、私たちキキョウ会がここベルトリーアにいることは知ってるはず。なんせアナスタシア・ユニオン総帥の妹を預かってるんだ。当然、そんな情報を知らないはずがなく、関連してキキョウ会のことだって調べないはずがない。うぬぼれじゃなく、知らないはずがないんだ。

 でもウチのやり方を熟知せず、それどころか知ろうともせず、さらにはまだ余所者であり、権力との太い繋がりがあるとまで奴らは考えが及ばない。そこまでグルガンディの諜報力は行き届いていないと思われる。


 だから誰が吹っ掛けた喧嘩か分からない。見当違いにも怪盗ギルドに疑いの目を向けたわけだ。


 怪盗ギルドは良くも悪くも中立だ。奴らは誰の味方にもなり得る代わりに、誰の敵にだってなり得る。

 グルガンディとベルリーザの怪盗ギルドには繋がりはないって情報部は見てるから、グルガンディが疑いを持つ可能性は十分にあった。これによって怪盗ギルドと無駄な争いに発展してくれれば、ベルリーザ当局としても万々歳だ。


 いい感じにハメられたように思うけど、グルガンディは実際のところ優秀な奴らなんだとも思う。

 中途半端だけど地味に効く嫌がらせの後始末に忙殺されながら、それでも本国からの精鋭の受け入れを待つグルガンディの奴らは、敵ながら感心する働きぶりだった。それでも地元の組織と余所者とじゃ、情報力に決定的な差がある。


 工作するなら地元組織を効果的に取り込んでいかないと、とても対抗することはできない。たぶんやってないわけじゃないんだろうけど、ベルリーザ情報部が優秀すぎるってことだろう。


 そんな情報部が、局地戦に大きな影響を与え得るキキョウ会という矛を手に入れたわけだ。

 いつでも自由に使える矛じゃなくても、今って時に限れば必要十分に機能する。


「うん、いい感じ」


 鏡に映る姿をチェック。この数日は嫌がらせ工作をやっただけじゃなく、新たな装備も調達した。

 なんと言っても魔道具ギルド本部の影のトップと知己を得たわけだからね。時間もあったし活用しない手はない。


 いくつかの便利な装備のなかで、やっぱり重要と思えるのは通信用の魔道具だ。耳元のイヤリング型通信機がアップグレードできたのは非常に良かった。

 これまでの通信では個別のチャンネル設定ができず、誰かが発した声が全員に聞こえてしまう使いにくい仕様だった。それが改善され、個人やグループでの通信が可能になった。

 それに加えて通信可能な距離が大幅に伸びた。これも大きい。今までは通信距離の制約のせいで、わざわざ中継役を何人も置かないといけない事があった。これからはその必要が減り、人員の面でも非常に助かる。


 もっと早く買えば良かったようにも思うけど、技術の進歩と商品化、それに規制緩和は少しずつ進んでいく。いつどのタイミングで物を調達するかってのは、悩ましい場合がある。今回のはまさにそれだった。


 最初は青コートから借りた板状の通信機を買えるならそれにしようかと思ったけど、少し待てばそれも進化版が販売するって噂があったからすぐには買わなかった。

 今回は魔道具ギルド本部と仲を深めたことから、具体的な今後の予定を引き出せるようになり、ついでに仕様や価格にも軽くわがままが言えるようになったのも大きい。だからこそ新型を買うに至ったわけだ。


 墨色の外套を羽織り、各種装備を装着。最後に漆黒のベレー帽を被ったら準備は完了だ。

 寮の自室を出て妹分と合流したら学院から外に出る。学院組は会長付警護長のヴァレリアが私と共に出撃し、レイラと情報局数名は船の奪取、ハリエットとロベルタとヴィオランテは妹ちゃんと学院で留守番だ。

 この期に及んで妹ちゃんの護衛はあんまり要らないから、最低限としてハリエットだけ残せばいい。ロベルタとヴィオランテは護衛ってよりは、いざって時の予備戦力として残す。


 決戦だ。これから敵を始末しに行く。



「こちらグラデーナだ、ユカリ聞こえるか?」


 ヴァレリアを助手席に乗せ、日の沈みかけた海岸線を走行中、耳元から声が聞こえた。


「……こちら紫乃上、通信状態は良好よ。さすがは新型ね、今までより明瞭に聞こえるわ」


 魔力による受信は極狭い範囲でのみ聞こえ、例えすぐ隣に誰かいたとしても他者に音声は聞こえない。この機能性能が旧型よりも優れるため、クリアに聞こえるんだろう。


「ああ、それに個別に通信できるってのはいいな。全員に聞こえてるとあっちゃ、迂闊に思い付きもしゃべれやしねえ」

「まあね。だけど雑談で無駄に魔力を消費しそうな気はするわ。それで、敵に動きは?」

「奴ら分散しやがった。しばらく様子を見るが、やれそうならやっちまうぞ」


 標的マトである敵精鋭およそ三十名を乗せた船は、予定通り今日の昼過ぎには港に到着した。

 昼間から一般客を装った敵を襲撃するわけにはいかないから、深夜に頃合いを見計らって襲う予定だった。元からいたグルガンディの監視に加えて、到着した船を奪取するのがレイラたち情報局メンバーの役目だ。新たな敵の監視には人手が足りないからグラデーナたちが担当する。


「敵が分かれた? 飲食や遊び程度ならいいけど、最悪はベルトリーアから出られると面倒ね。いいわ、そっちの判断に任せる」


 多少の騒ぎくらいは許容できる。最優先は敵精鋭の撃滅だ。

 グラデーナたちが見張る理由には、やれそうならやってしまう思惑が当然含まれる。


「やるなら奇襲からの速攻で潰すつもりだがよ、敵も只者じゃねえ雰囲気だ。だからこそ、油断を逃したくねえ」

「油断ね、敵地に入ったばかりで気が緩むとは思えないわ。誘いじゃないの?」

「そうかもな。だが少数に分かれたのは事実だ。個別にやれんなら、それに越したことはねえ」


 敵が分散した理由が気になる。もし工作員として上陸後、即座に何らかの仕事に取り掛かったんだとしたら、それは阻止する必要がある。

 分散した敵が各地でテロでも起こしたら、奴らを任された私たちは役立たずの烙印を捺されるだろう。

 奴らも事を起こすなら、人目を忍んだ時間帯だと思ってたのに。これは思った以上に手強い連中かもしれない。


「あんたがそこまで言うとはね」

「半日近くも監視してりゃ分かる。本気でやんねえと失敗……とまでは言わねえが、一枚上を行かれてもおかしくねえ」


 私にしか聞こえない通信だからこそ、似合わない慎重な発言をしたんだろう。

 それにしても敵の評価が高い。失敗って言葉が飛び出すほどか。


「精鋭部隊ならそれなりに強者の集団だとは思ってるけど……単純に戦力って意味以外にも脅威に感じたわけ?」

「なんつーか、得体の知れねえ感じが嫌な予感を膨らませやがる。特に厄介なのは敵のカシラだ。魔力や武装を隠そうが、大雑把には力を見極められるもんだがよ、あいつだけは全然読めなかった」

「特別な強者ってことか。そいつの動向は?」

「奴は最初に入ったヤサから動いてねえ。だから今の内に手足を奪っときてえ意味もある」


 ナメれば痛い目に遭う。それはお互い様だ。だから油断せず、敵には最大級の評価をくれてやろう。


「……分かった、出し惜しみなしで行こう。私からみんなにも言っとくわね」

「おう、頼んだぜ」


 通信を切り、横に黙ったまま座る妹分をちらっと見る。ヴァレリアにはグラデーナの声は聞こえてないけど、私の発言だけである程度は察したようだ。でも不安なそうな表情をするはずもなく、いつも通りの泰然自若とした雰囲気だ。むしろ強敵と聞いて楽しそうですらある。

 さすがは私の妹分。そしてキキョウ会幹部だ。


 たぶん、敵の脅威を聞いてもウチのみんなはヴァレリアみたいな反応だろう。それに不満は全然ないけど、あのグラデーナがあそこまで脅威を訴えたくらいだ。

 ここは最高指揮官として、みんなにはいつも以上の気合を入れてやる。いつもの喧嘩とはちょっと違うぞってね。

 一旦、車両を停めて言うべき内容を素早く決める。


 ふう……よし、行こうか。


「こちら紫乃上、総員へ告げる。繰り返す。こちら紫乃上、総員へ告げる」


 通信チャンネルをキキョウ会メンバー限定のオープンに合わせ、いつもの調子とは少し変えて厳かに呼びかけた。

 みんなの意識を集中させるため少し間を開け、また発する。


「――敵戦力の評価を上方修正。個別の戦力と集団としての練度、それらを総合してグルガンディ精鋭を難敵と認める。遊びは一切禁止、最初から全力で片付けろ。グラデーナたち別動隊は必要に応じて随時に敵を叩け。レイラたち情報局は船の件が片付き次第にグラデーナと合流、ロベルタとヴィオランテは私と合流すること。もう一度言う、この私が敵を脅威と認める。油断も容赦も決してするな。おまけに、表沙汰にはできない戦いだってことを、もう一度頭に叩き込め。以上よ」


 これで一段と気が引き締まったことだろう。かく言う私の気合も高まった。

 最初から油断するつもりはなかった。でもいきなり全力全開とまでは考えてなかった。

 敵が使う道具や戦法を暴き出し、それ以外の情報まで引き出しつつ勝利する。そうするつもりだったけど、それは敵を甘く見た油断とも考えられる。

 認識を改め、問答無用に叩きのめす。最初から全力で。


「お姉さま、楽しそうです」

「ふふっ、そうね。楽しくなってきたわ。それに敵が強ければ強いほど、成し遂げた時にウチの評判が上がるからね。監視してる奴らが大勢いるし」

「はい、見せつけてやりましょう」

「あくまでも隠密作戦、派手にはやれないけどね」


 ベルリーザ情報部は対アンデッドに全力を注ぐと言っても、そのほかを完全にノーマークにするわけじゃない。グルガンディ精鋭とウチの戦いを見届ける任務の奴は必ずいる。アナスタシア・ユニオンをはじめとした主要な戦闘集団や様々なギルドだって、この戦いを知るなら無視はできないだろう。

 今日も朝から私には多くの監視の目が感じられるし、グラデーナのほうも同様だ。

 悪の巣窟において、アンタッチャブルと言われる我がキキョウ会の力。存分に見るがいい。

話が進まず準備だけの回になってしまいました……が、次話からこれまでの嫌がらせとは違う戦いが始まります。

敵のボスは強いっぽいぞと匂わせつつ、情け容赦なく敵を潰す次話をどうぞよろしくです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >しょぼい嫌がらせレベルの工作 >でもウチのやり方を熟知せず、それどころか知ろうともせず 半端に知れば余計にキキョウ会らしからぬと思いそうw 前話の嫌がらせ内容が絶妙に 「素性を隠す必要…
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