手の込んだ嫌がらせ
酒場から離れ、ちょっとした高台に移動した。ここは酒場にいた野郎どもが向かった場所を監視できる絶好のポイントだ。
適当に車両を停め、眠ったグラデーナとハイディはそのままに降りる。
「ヴィオランテ、例のアジトは?」
木陰に潜んだ気配に声をかける。すると暗がりから姿を見せたのは、第二戦闘団伍長だ。今夜は妹ちゃんの護衛から外し、私たちの手伝いに回ってる。
「今のところ、特に動きはありません」
「まだ? あのボンクラども、怖気づいたわけじゃないわよね」
眠った人間が一人っきりの民家の襲撃なんて、ガキでもできる楽な仕事だ。私たちがやるなら、徒歩での移動含めても十五分以内には全部終わる。あいつらにそれが無理なことくらいは分かってるけど、まさか倍以上の時間をかけて到着もしてないなんて。
すでに事が済んだ後でもおかしくないってのに、まさか寄り道してるとか?
「待ってください……声を拾いました。現場近くまでは来ていますね、彼らなりに慎重に行動しているようです。会話を聞きますか?」
彼女は風の魔法を巧みに操り、遠く離れた場所の声を拾うことができる。その範囲に入ったようだ。
「どうせ無駄話に決まってるわ。もしなんか気になること言ってたら、その時に教えて」
「……どうやら途中で警ら中の青コートと遭遇したようです。それをやり過ごすのに時間を食ったみたいですね」
「なるほど。さすがはベルリーザ、夜中でも仕事してんのね。そういうことなら時間かかるか」
右目に魔力を集めて強化、遠くに見えるグルガンディのアジトを目視で監視しながら魔力感知も合わせて行う。
アジトの中には事前の調査時と変わらず一人しかいない。気配からして間違いなく眠ってる。そこに忍び寄るのは十人くらいの集団だ。青コートを警戒してか、奴らは二人か三人ずつに分散して目的地を目指すようだ。
そうして特に問題なく目当てのアジトに集合した野郎ども。コソコソ話してるのは、どうカチ込むかの相談だろう。
ボロ屋のアジトにいるのは眠った野郎がただ一人。起こさないように麻薬を盗んで穏便にずらかるか、起きることを見越して先に縛り上げるか、あるいは思い切って殺してしまうか。
悪党同士の争いにしても、死体が残れば当然ながら青コートの捜査対象だ。殺しのリスクは大きい。上手く殺しの痕跡を残さない技術か伝手があれば、あるいはってところかな。
あのアジトにはかなりの量の麻薬がある。
偵察に行ったハイディによれば、縦横二メートル近く、奥行一メートル近い棚の中が、半分は埋まる程度の麻薬があったようだ。大量だ。
イメージとしては、押し入れくらいのサイズはある棚に、半分は詰まってる感じかな。ブロック状の塊に小分けされた一つが末端価格で二〇〇万以上なんだから、合計は少なく見積もっても数億は下らない。
場末の酒場で騒ぐチンピラどもが、一晩で手にするにはあまりにも過ぎた金額だ。でも、だからこそ食いつく。一獲千金の夢が手に届くところにあるんだからね。
まあ、あんなガサツな野郎どもが、眠った人を起こさずそれだけの量のブツを運び出せるとは到底思えない。
荒事になる確率は極めて高いと考えられる。最終的にどう始末をつけるつもりなんだろうね。こっちとしては襲撃さえやってくれるなら、どう転んでもいいから気楽だ。
「少し前にやってきた一人は窓から侵入していたのですが、今度は正面から乗り込むみたいですね。ああ、鍵の開け方が雑です。あれでは起こしてしまいます」
「睡眠ガスの効果はそろそろ切れる頃よね。あ、今まさに起きたみたいよ。魔力反応にあからさまな動きがあるわ。あれだけガチャガチャやってりゃ、そりゃ起きるわよ。ヴィオランテ、中の奴の声は聞こえる?」
「バタバタ音は聞こえますが声までは……あ、窓から顔を出しました。どうやら通信機で仲間に連絡しているようです」
「助けを呼ぶってより、状況の連絡かな。ようやくドアが開いたわね」
中の奴もそれに気づいたんだろう。窓から身を乗り出して外に転がり出た。
ところが窓のほうにもチンピラどもが回ってきた。鉢合わせて争いになるかと思いきや、賊どもが不自然に動き止めた。何らかの魔法で賊の足止めに成功したらしい。
部屋から出たグルガンディの構成員は、賊を意に介さず水路のほうに向かう。そして思いのほかスピードの出る小さなボートに乗って遠ざかっていった。
「……鮮やかな逃げっぷりですね」
「トラブったら即逃げるって、あらかじめ決めてあったみたいね」
寝起きのくせに逃げる決断と行動の早さは大したもんだ。それに鉢合わせたならず者を殺せる程度の力はあったはずなのに、奴はそれもしなかった。
死体が出れば悪党同士のただの喧嘩には収まらず、高確率で騒ぎになる。それを避けたかったんだろうけど、さすがは大陸外からわざわざやってきた工作員だ。
残された賊どもは家主のいなくなった隙に、せっせと麻薬を袋に詰め込んでるようだ。
「これで種が一つまけましたね」
「ま、私たちにとっちゃ暇つぶしよ。上手く行けば儲けもんね」
敵は大陸外からやってきた工作員ども。数は少ないけど、それなりの実力者集団だと想像できる。
そしてベルリーザ国内において、当局とは幾度も暗闘を繰り広げてきた経験があり、そうしたことからも敵の結束は固い。
「優秀な奴らだからこそ、しょぼいトラブルとは無縁のはずよ。強い敵を相手に結束できても、つまんない事件に巻き込まれ続けたらどうだろうね」
「一度や二度なら気に留めないでしょうけど、続発すれば相当にいら立つでしょうね。本国からの精鋭を迎えようとするタイミングでもありますし」
「ふふっ、嫌がらせしまくってやるわよ。しびれを切らして仲間割れするまでね」
いくつもある敵アジトを監視しながら、随時にしょぼいトラブルを意図的に起こしまくってやる。
ガキのいたずらに見せかけた投石で窓を割り、車両のタイヤにナイフを突き刺し、何でもいいから物を破損させ汚し、あるいは盗む。奴らは青コートに訴え出られる立場じゃないから、甘んじて嫌がらせを受け入れ続けるしかない。
とても当局が考えたとは思えないような下らない作戦だ。
今回の麻薬強奪事件は大きなトラブルだけど、奴らにとっての価値が低いブツだから、より大きなトラブルを引き込むような手には打って出られない。
ベルリーザ国内がアンデッド関連で荒れたいま、グルガンディの奴らにとってここが正念場だ。精鋭を迎え入れ、ベルリーザに痛打を与えるチャンスを棒に振るわけにはいかないんだからね。
ハラスメントを続け、奴らが我慢しきるならしょうがない。
しかし我慢できずに、誰かが誰かのミスを責めるようになったら儲けもの。おまけに誰かの裏切りを疑うようにでもなったら最高だ。
おそらく表には出ないだろう事件を誘発させたけど、当然ながらこれで仕掛けは終わらない。同時にほかでも種をばらまく。
「こちら紫乃上、葉っぱの強奪は上手く行ったわ。ジンナ、そっちは?」
「こちらジンナです。まだ経過を見守ってるところですが、今夜中には動くと思いますよ」
グラデーナ配下のジンナは、重度の麻薬中毒者にグルガンディのこことは別のアジトを吹き込んだ。麻薬倉庫を教えてやって、そこにお宝がたくさんあるぞってね。
実際、そこには末端価格で馬鹿げた金額のドラッグが大量に保管されてる。決して嘘じゃない。
末期のジャンキーは思考能力に大きな欠陥がある。金欠で切羽詰まったジャンキーに、本物を餌に情報を与えればどうなるかなんて誰だって分かる。
当然、後先考えずに盗みに走り、しかも雑なやり方になることも間違いない。よっぽどの幸運が重なったって、上手く行くことなんかあり得ない。
しかし盗難を阻止できたとして、やられるほうにとっては非常に厄介だ。
人目を避け上手く忍び込んだ賊を秘密裏に排除することは簡単でも、逆に下手なやり方で盗みに入った奴を消すのは意外なほど面倒なことになる。
目撃者がいた場合には注目を集めてしまうし、普通に通報されるだろう。誰かが不審に思ったらその時点で秘密のアジトとしてはもう使えない。
そもそもジャンキーなんぞにヤサが割れた時点で終わってるからね。しかもどうやって知ったかなんて、ジャンキーに尋問してもまともな返事など期待できない。グルガンディとしては、万全を期すためにそのアジトは放棄するしかないだろう。
この場合、安い葉っぱとは違って、高価なドラッグを強奪させて資金源に直接的なダメージを与えることはできない。
しかしアジトそのものにダメージを与え、拠点を移す手間を強制できる。やられた当事者としてはたまったもんじゃないだろうね。
「こちらレイラです。こちらも上手く行きました。明日か明後日には、面白いことになりますね」
「こちら紫乃上、良くやったわ。じゃあ、今夜はこんなもんね。監視班以外は引き上げなさい」
最後の一押しは、非常に些細な工作だ。
グルガンディが保持するまたまた別の麻薬倉庫の屋根を秘かに破損させた。天気予報によれば、明け方から夜にかけて一日中雨が降る。超地味な嫌がらせだけど、雨漏りを狙ったものだ。
高価なドラッグが水浸しなんてことになったら、とんでもない大損害だ。
保管の状態によっては、損害までは出せないかもしれない。でもグルガンディの内部では大問題として取り上げられるだろう。
翌朝。
予報の通り、今日は朝から雨が降る空模様だ。夜明け前から降り始め、早朝に最も激しく降り、昼から夜にかけては小雨に変わるらしい。
そんな憂鬱になりそうな天気だろうが、今日も元気に嫌がらせ工作だ。
早朝から監視班のサポートを受けながら、今回はロベルタと二人で動く。
特定のポイント近くに到着したら、車両を停めて待機だ。雨と時間帯のせいか、人通りはあまりない。
「――こちらロベルタ、了解。それじゃユカリさん、準備します」
「気を付けなさいよ」
「大丈夫ですって」
監視班からの連絡を受けたロベルタが、気楽な調子で言い車両から出て傘を差す。
今日の彼女は若い学生らしい、可愛いチェックのスカートと流行を取り入れた形の上品なシャツを着てる。手に持った水色の傘と相まって、とても暴力組織の構成員には見えないファッションだ。雨の早朝じゃなければ、多少は人目を引いたかもしれない。
しかしこの可愛い服の中に着たインナーは、魔導鉱物の金属糸と裏地に仕込んだ刻印魔法によって馬鹿げた防御力を誇る特別製だ。首から上の守りにさえ気を付ければ、よっぽどのことがあっても死にはしない。今からやる仕掛けには頼りになる装備だ。
周囲を見回しても、大雨のせいで私たちに視線を送る人は誰もいない。
すると不意にロベルタの姿が見えなくなった。移動したんじゃなく幻影魔法の効果だ。これで準備はバッチリ。ロベルタが差す見えない傘に、雨がはじかれる様子がなんとも不思議だ。
姿の見えないロベルタをそのままにし、私は車両を少しだけ走らせ開店前の店の駐車場から様子を見守ることにした。
現在時刻、少し広めの道には少数の通行人以外には車両がたまに通る程度。そんな空いた道を時速にして三十キロくらいで車両が迫る。
三十キロは別に猛スピードってわけじゃない。ここらを通る車両はどれもその程度の速度は出し、見通しの良い道で事故の確率は非常に低いと考えられる。こんな大雨さえなければ。
降りしきる雨のなか地面の水を巻き上げ、白い小型車両がこっち方面に向かってくる。
不可視の傘が水をはじきながら道の端っこを移動し、タイミングを計って直角に進行方向を変えた。
道の真ん中に躍り出たロベルタは、白の小型車両と激突する寸前に魔法を解除、その姿を現す。
運転手にとってはあまりにも突然の出来事だったろう。急停止は間に合わず、水色の傘を差した女の子を弾き飛ばした。
ドンッという鈍い音と共に少々吹っ飛ばされ、水たまりに倒れるロベルタ。起き上がる気配はなく、近くに落ちた水色の傘が妙に印象的だ。
通りかかった少数の通行人が足を止め、目の前で起こった事故に呆然とする。
轢いたのはグルガンディの構成員が運転する車両だ。もちろん偶発的な事故じゃなく、狙って当たりに行った。
当然ながらあの程度の衝撃など完全に無効化できる装備だし、ロベルタくらいに鍛えてれば装備がなくても特に問題なかっただろう。私が殴るほうがよっぽど命の危険がある。
衝突があってから十数秒ほどの時間を置き、白い小型車両は急発進して逃げて行った。奴らはそうせざるを得ない。
敵対国の工作員が不用意に交通事故を起こし、当局に捕まるなどもってのほかだ。絶対に逃げると思った。
遠ざかる小型車両を見送ったら、私も傘を差しながら車外に出る。
逃げた車両を見送って我に返ったのか、比較的に近い位置にいた通りかかりの男が倒れたロベルタに駆け寄った。
どうやら物盗りや痴漢じゃなく、普通にいい人のようだ。必死に声をかけ、安否の確認を実施中だ。
「様子はどう? 中級回復薬を持ってるわ」
近づきつつ言ってやる。
「そ、それは良かった。怪我の程度は分からないが意識はある」
威圧感のある眼帯姿の私に話しかけられ、瞬間的に怯んだ男は場所を譲って下がった。
傘を差しながらしゃがみ、ロベルタの頭を支え薬ビンを口に運ぶ。
「……自分で飲めたわね。立てる?」
「うぅ……な、なんとか」
本当はピンピンしてるくせに、私に肩を借りながら立ち上がったロベルタ。演劇部に入っただけあって、悪くない芝居だ。
後はこっちで面倒を見ると言って親切な男を追い払った。
「もうびしょ濡れですよ。早く帰って熱いシャワー浴びたいです」
「ふふっ、見事な轢かれっぷりだったわね」
「見てもらえました? いい感じにガラスを割ってやりましたから、あの車はもう使えないでしょうね」
これで新しい足を調達する手間を与えてやれるし、事故を隠すための無駄な手間暇を強制できる。青コートの捜査の手が伸びるかもしれないってプレッシャーにもなるし、この事故はグルガンディ内部で問題視されるだろう。
昨日から続発させた細かなトラブルで、奴らの士気を下げに下げてやる。
そうした挙句に招き入れた精鋭部隊を叩き潰せば、完全に意気を挫くことができるかもしれない。
武力で退けるだけじゃなく、続発するトラブルに運が見放した、もう無理だと思うように心を折る。
上手く行く保証なんかどこにもないし、私たちにとっちゃこれは暇つぶしと今後に向けての実験くらいの気持ちだ。
敵を排除したい時、いつでもどこでも皆殺しにすればいいってわけじゃない。様々な手を考え実行し、経験を積むことが今後にも活きる。
うん、遊んでやるにはちょうどいい連中よ。




