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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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堤に穿つ蟻の一穴

 ベルリーザ情報部から資料が届き、それを元にこれからどうするかの検討を済ませた。

 グルガンディについては独自に調査済みだったこともあり、不安に思う要素は特にない。


 さて、敵の精鋭を乗せた船が到着するのは四日後の夕方。

 ムーアの奴はそいつらが到着後に仕掛けろと言っていたけど、その理由は事前に動けば船に乗った精鋭に通信で伝わってしまう可能性を考えてだ。

 情報部のオーダーは敵の追加戦力、精鋭らしき奴らを確実に始末すること。すでにベルリーザに潜伏中のグルガンディを叩けば、精鋭が一時退却し取り逃がすかもしれない。


 慎重に行動するなら残り四日の待ち時間は、調査や監視だけに費やすのが普通だろう。でも打てる手は積極的にバチッと打つ、攻めの姿勢でやるから敵の意表を衝けるってもんだ。

 宵の口から始めた会議の後、私たちは深夜にもかかわらずさっそく動き出した。この行動の早さを、敵は何よりも恐れるべきだろうね。


 たった今から敵の各アジトに対して監視を行い、それと同時に工作を仕掛ける。

 どこに仕掛けるべきかは、情報部から渡された資料が示してくれた。

 いくつかの確認と仕込みの後で、いざ敵をハメてやる。上手いこと行ってくれればいいんだけどね。



「――ぷはーっ! しっかし楽勝だったな。あれだけありゃあ、当分は困らねえぜ。だがよ、本当にバレねえんだろうな?」

「かなりの量を溜め込んでたんです、少しくらいくすねたって分かりゃしませんよ。ゴクッ、ゴクッ! ふう、美味いですね。少し時間を置いたら、また分けてもらいに行きましょう。なんなら今から行って、もう少し減らしても大丈夫じゃないですか? あははっ」


 深夜でもそれなりに賑わう界隈の酒場で、女二人の会話がほどほどの大きさで響いた。

 もう三十分は同じような話を繰り返す様子から、周囲にはいい感じに酔っぱらっていると思われたはずだ。

 そして彼女たちが得意げに語る内容は、周囲で聞き耳を立てる酔客にとって興味深いものらしい。徐々に酒場の喧騒が小さくなったのは、きっと気のせいじゃない。


「いーや、欲張りすぎるもんじゃねえよ。バレちまったら次はねえんだ。だがあのマヌケはなんだったんだ? 見張りのくせに居眠りなんかしやがってよ」

「あれはぶっ飛んで気絶してただけじゃないですかね?」

「てめえで使ってやがったのか!? バレたらタダじゃ済まねえだろうによ。バカな奴だなあ、がはははははははっ」

「そのバカのお陰で美味い酒が飲めますねえ、あははっ!」


 言いながら酒を追加で注文し、ガブガブと下品に飲み干してしまう。そしてまた酒の注文。かなり浮かれた様子なのは、誰が見ても明らかだ。

 ご機嫌に大声で不穏なことを話し、お値段高めの酒を景気よく注文しまくれば、それはそれは大変注目を集めるというもの。

 そして盗み聞きするだけじゃなく、積極的に動く奴が現れるのは時間の問題だ。

 ここは場末の酒場。美味しい話に食い込みたい、真っ当じゃない奴らはエクセンブラじゃなくてもたくさんいるんだからね。


「よお、姉ちゃん。さっきから随分と楽しそうに飲むじゃねえか」

「気持ちのいい飲みっぷりだぜ。ここで会ったのも何かの縁だ、一杯おごってやるよ」


 掛かった。おっさん二人組が、女二人のテーブルに勝手に移ろうとしながら言った。


「おごってくれんのかよ、おっさん! あんた良い奴だな!」


 ご機嫌な調子のまま、女二人は受け入れてしまう。

 少しばかり緊張のあったおっさん二人は、あっさりと提案が受け入れられて拍子抜けしただろう。若干の安堵といやらしい笑みを浮かべながら席に着いた。


「待て待て、俺もだ! おごってやるから楽しく飲もうじゃねえか!」

「よっしゃよっしゃ、俺も混ぜろ! 楽しいことは一緒にな!」

「ほらほら、じゃんじゃん酒持ってこい!」


 それを見て黙ったままの野郎ばかりじゃない。飲み友達なのか、様子をうかがっていたほかの奴らも群がった。

 どいつもこいつも陽気でフレンドリーな口調とは裏腹に目が血走ってる。彼女たちが申し出を断れば、途端に態度を豹変させるに違いない。


「あぁ? みんなしておごってくれんのかよ、良い奴らの集まる酒場だな!」

「ホントですねえ、今日はとことん飲みましょう!」

「そうだ、飲め飲め! ほら全員で乾杯しようじゃねえか」

「おおっ、そりゃあいい。姉ちゃんたちと俺らの今日の出会いに乾杯だ!」


 よこしまな考えがあっても、ここは酒場だ。アルコールの勢いもあり、陽気な調子は何ら不自然じゃない。

 そして駆けつけ三杯でもあるまいに、野郎どもは乾杯と大声で言いながら一気に酒を飲み干し、それを三度繰り返した。調子のいい女二人は途中で水を飲みながらも、それに付き合う。

 これには血走った目をした野郎どもも気を良くしたのか、普通に楽し気な宴会になってしまってる。


 なんだか妙な連帯感が生まれたように思えるのは、ノリのいい女二人の影響だろう。怪しげな野郎どもが理由もなくおごる酒なんか、断るのが普通だ。

 おまけにガンガン飲ませようとする行為を警戒するのは当然で、ふざけた一気飲みに付き合う女なんか常識的にいるはずもない。

 野郎どもだって、この状況の不自然さを本能的におかしいと思っているはず。でもこの場のノリと勢い、そして美味い話にありつけるかもしれない期待が、そんな疑念を黙らせる。ちょろい女どもだと信じ込む。


「――ってわけなんだよ! どうだ、おもしれえだろ?」

「がははははははっ! とんだマヌケ野郎もいたもんだぜ……んぐっ、んぐっ、ぷはーっ!」

「あ~、楽しくて一気に飲みすぎましたかね~。ちょっと目が回ってきました~、水を一口っと……」


 時は流れ、女二人の酒量は野郎どもに比べて明らかに多い。

 かなり酔いが回ってるように見えるし、いくら酒に強くても放っておけば勝手に飲み続けて潰れてしまうだろう。そんな雰囲気だ。

 不思議な連帯感で野郎どもがさりげなく顔を合わせ、そろそろ頃合いだと目で語り合う。そのせいかずっと騒がしかったテーブルに、瞬間的な沈黙が落ちた。


「と、ところでよお……なんか景気のいい話してなかったか?」


 話題の転換にはちょうどいいタイミングだったにもかかわらず、切り出し方の下手な野郎だ。

 先走ったバカ含めて野郎どもの間に緊張が走り、不穏な空気まで流れ出す。


「ああん? なんだ、他人に酒おごっといてカネの心配じゃねだろうな、ひっく」

「この街の景気は~、割といいほうじゃないですか~?」


 女二人の呂律の怪しい感じは、私からすればいかにもわざとらしい。

 しかし野郎どもも結構な量の酒を飲んでる。ちょっとした違和感くらいは雰囲気と勢いで誤魔化せるだろう。


「なーに、俺らは景気のいい話はいつでも歓迎ってだけだ。ああそうだ、良い話を教えてやるぜ」


 下手くそ野郎を押しのけ、別のおっさんが話を変えた。まだ乱暴な手段に出る必要はないって判断だろう。


「ああ、お前アレだろ? 前に言ってたやつ。〇〇商会のボンボンが、古い絵を集めてるってやつだろ?」

「それだ。聞いて驚け、俺はよ……てめえで描いた絵を試しに持って行ったら、あのボンボン、二十万で買いやがったんだ!」

「お前だけじゃねえぞ! 俺なんかゴミ捨て場で拾った絵を十五万で売り付けてやったぜ」


 完全にホラだ。この場で思いついた適当な嘘をつき、周りの奴らがそれに話を合わせているんだろう。

 酒を飲みながら馬鹿な話を笑い、女二人も楽し気に笑っていれば野郎どもも気を良くする。


「しょうがねえ、俺からもとっておきを教えてやるよ」

「もったいぶらずに言っちまえ!」

「その〇〇商会の引退した元会長なんだけどよ、どうしてだか一人で暮らしてやがんだよ。一人で暮らすには過ぎた屋敷なんだか、ボケちまったのか盗みに入っても気づきもしねえ!」

「盗り放題じゃねえか、俺らも行ってみようぜ!」

「がははははははっ! そいつはおもしれえ、あたしら行ってみっか!」

「ひっく、それは楽しそうですね~」


 犯罪行為の自慢を笑って受け入れ、あまつさえ真似するとまで言う女二人。

 野郎どもの話は明らかな嘘だけど、これは奴らの様子見と下準備だ。

 そんな噓八百の話がしばらく続き、いよいよといった雰囲気にまた変わる。


「だはははははははははっ! ふうー、誰かほかにいい話はねえか? カネになりそうな話はよお?」

「俺のほうはもう出尽くしちまったぜ。ああそうだ、姉ちゃんたちは何かねえのかよ? ここらじゃ見ねえ顔だしよ、なんか知ってそうじゃねえか」

「楽しく酒を酌み交わした仲じゃねえか、頼むぜ」


 若干の緊張をはらみながらも、割と自然な話の展開だ。悪くない。


「たしかにな~、こんだけ飲ましてもらった上に面白い話まで聞いちまったからな~」

「でもでも~、あのとっておきの話くらいしかネタがないですよ~?」

「それだっ! もったいぶらずによ、いいじゃねえか!」


 焦った野郎が血走った目で話をせがむ。


「待て待て。おう、とっておきの酒持ってこい!」


 テーブルに身を乗り出す勢いだった野郎の肩に手を乗せ、また別の野郎が酒を注文した。

 二杯の酒が女の前に置かれ、いったん水を口にした女二人は一気にあおる。


「ふい~、しょうがねえなあ。話してやっか?」

「ここまで良くしてもらっちゃいましたからね~、いいんじゃないですか~?」


 これでつまらない話だった場合、女二人は身ぐるみをはがされた上で、どこぞへ売り飛ばされる運命をたどりそうな、そんな不穏な空気が滲み出てきた。彼女たちはそんな雰囲気にまったく頓着せず、気楽な感じで話を続ける。


「いいかあ、野郎ども。こいつはとっておきの話しだぜえ?」


 どいつもこいつも血走った目で集中し、女二人のわざとらしい長話に聞き入った。

 話の途中で一人が抜け出し、しばらくして戻る。野郎どもが期待と疑念を込めて見やれば、そいつはギラついた目で悪い笑みを浮かべうなずいた。

 降って湧いた美味い話が現実になりそうで、口元を歪める野郎ども。


「――あ~、ダメだ。こままじゃ眠っちまう。悪い、そろそろあたしらは帰るぜ」

「ふわ~あ……またおごってくださいね~……」


 二時間近い無駄を大幅に含んだ長話には、こっそりと聞き耳を立てる私も疲れてしまった。

 用事の済んだ女二人はふらつきながら外に出る。あまりにタイミングのいい退場だったけど、野郎どもはもうそれに構うどころじゃない。


「どうだったんだ、早く言え!」

「へい、本当の話でした。見張りが一人だけで、そいつも呑気に眠ってましたよ」

「そんな状況でお前、手ぶらで戻ったわけじゃねえだろうな?」


 問われた下っ端野郎が、腰に下げた汚い袋からブロック状の塊を取り出した。


「……おい、それってまさか?」

「葉っぱです、へへっ。流行りのクラックほどの値は付きやせんが、これだけでも二〇〇万から三〇〇万で捌けるんじゃないですか?」

「寄越せっ」


 偉そうな奴がブロック状の塊を奪い取り、袋を少し破いて臭いをかぐ。そして興奮した雄たけびを上げた。

 叫びにつられて大騒ぎする野郎どもの鬱陶しい事この上ない。


「すげえっ! おい、それがどれくらいあったんだよ!?」

「や、山のようにありましたよ。ここにいる全員で分けたって、一人頭どれくらいになるか……」

「だったら早く行こうぜ、こんなチャンスは逃せねえ」

「待て。あの女どもが言ってた場所はどうだったんだ、話しの通りだったのか?」

「へい、水路沿いのババアのやってる雑貨屋の裏、話しの通りあのボロ家でした」

「……その辺りを縄張りにしてる奴らは聞いたことがねえ。あのボロ屋だって、空き家だったはずだ。どこの組のヤサか心当たりある奴いるか?」


 慎重な奴だ。カネになる現物があり、手に入る場所も分かってるんだ。おまけに酒も入ってる状況なんだから、ろくに考えもせず突っ走るかと思ってたのに。

 野郎どもは指摘されて頭が冷えたのか、顔を見合わせて黙る。


 葉っぱと呼ばれる麻薬の倉庫になってる民家は、グルガンディの隠れ家の一つだ。

 密輸で運び込んだ麻薬はグルガンディにとって重要な活動の資金源になってる。

 ただし、葉っぱよりも何倍も高く売れる麻薬があることから、話題の隠れ家の重要度は低く、見張りというよりは住み込みの倉庫番が一人いるだけだ。

 麻薬や現金、武器や魔道具など、奴らは分散させて保管するから、重要度の低い場所は相応に守りが手薄になる。まさか当局にバレてるとは思ってないし、そこらのチンピラに襲撃されるとも思ってないだろうからね。


 まるでエクセンブラのような治安の悪さを思い浮かべるけど、どこの街にだってこんな界隈はある。

 悪の巣窟と言われるエクセンブラは、ほぼすべてがこんな感じだから特別に言われるだけだ。


「さすがにどこのモンか分からねえんじゃ、いくらなんでも危ねえか……?」

「俺らが全然知らねえんだから、どうせ余所者だろ。見張りもろくにできねえ、ボンクラ一人に任せるくらいだぜ? 怖がってどうすんだ」

「この野郎っ、俺が怖がってるってのか!?」

「うるせえっ! 誰だろうが、そもそもバレやしねえよ。俺は行くぜ」

「いざとなりゃ、あの女どものせいにすりゃいい。そのために生かして帰したんだろ?」

「当然だ、後は付けさせてる。さっきの女どもが手に入れたってブツも俺らのモンだ」

「よっしゃ、早い者勝ちだ。度胸のねえ野郎は、指くわえて見とけ!」

「抜け駆けさせるかよ!」


 深夜の酒場でいきり立つ野郎どもが、騒ぎながら我も我もと外に出て行った。

 なんだかんだと言いつつも、あの行動力だけは評価できる。まあ、それを期待しての作戦だけど。

 すっかり客のいなくなった酒場で私も席を立った。


「……あんたも行くのかい?」

「なんのこと? 眠いから帰るだけよ」

「そうかい」


 酒場のマスターも目がギラついてる。私が店から出たら、こいつも行くのかもね。

 店から出て人けの無い道を少し歩き、見慣れた車両に乗り込んだ。


「二人とも、よくやってくれたわね。なんか後を付けさせるとか言ってたけど、尾行は?」

「おう、店出てすぐに殴り倒したぜ。今頃はゴミ捨て場で気持ちよく寝てんだろ」

「いやー、上手くいくもんですね。でもさすがに飲みすぎて気分悪いですよ。都度都度、酔い覚ましは飲んでたんですが」


 グラデーナとハイディだ。二人にはあの酒場で一芝居打ってもらった。

 これを切っ掛けにグルガンディの奴らを荒らしてやる。


「あとは様子を見るだけだから、二人は寝てていいわよ。とりあえず移動するわね」

「頼んだ。ふわ~あ、つまんねえ長話で疲れちまった」

「わたしも横になりますね」


 ご苦労、ご苦労。酒の強い二人に任せたけど、決して楽しい仕事じゃなかったはずだからね。

 後は任せてゆっくり眠るといい。

戦いが始まります! と予告した割には変化球でお送りしました。

次話「手の込んだ嫌がらせ」に続きます。


ちなみにユカリがゆっくりと一人で飲めていたのは、その前にひと悶着あったからだと想像ください。

酔っ払いに絡まれ、数人は容赦なく張り倒しています。その際に酒場のマスターには、迷惑料を渡しているイメージです。非常に些細な出来事であり、文章にするまでもない極小エピソードです。

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[良い点] >グラデーナとハイディ チンピラをけしかける工作なのは判るけど危なっかしいなぁ と、思っていたらガチの幹部級でしたw 酒が入ろうが複数に囲まれようが何の問題も無かったかw [気になる…
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