決戦前の会議
ムーアとの話によって、今後の目的が決まった。
大陸外の勢力、ある国の名にちなんだ名称らしいグルガンディってのが私たちの敵だ。
倒すべき敵が定まり、余計なことを考える余地は今のところない。侵略者が相手で遠慮は無用。こういうのは非常にシンプルでいい。
ただ秘密裏に始末しないといけないってのは、色々考えることがあって面倒だ。まあ他国の工作員相手に、これまた今のところは余所者にすぎない私たちが、派手に暴れて目立つわけにはいかないのは理解できる。
そんなことになれば、当局としてはキキョウ会にだってペナルティを与える必要が生じてしまう。例え罰が表向きだけのポーズだったとしても、ほとぼりが冷めるまでは何もできなくなってしまうからね。まともな都市において、世間様の目ってのは無視できない。
派手にはやれなくても、工夫して目的を遂げる必要がある。
すでに浸透したグルガンディのアジトについては、情報部からの資料を待てばほとんどを把握できる手はずだ。
そして五日後にやってくるのは、グルガンディの主力と考えられる精鋭らしい。そんな侵略の先兵を叩き潰せば、当面は敵の手を引かせることにもなると期待できる。
決戦は五日後。これのいいところは、夏休み期間中に大きな戦いが終わるってことでもある。
余計な雑事を済ませれば、あとは妹ちゃんの護衛と学院講師として残りの期間を過ごすだけだ。
学院組は普通に学院生活を送れるようになるし、グラデーナたちやハイディたちはお役御免になりエクセンブラに帰還できる。今後を見据えて少しは残すとしても、全員が留まる必要はない。これでやっと本来の状況に戻るわけだ。
まったく、余計なことが多すぎた。でもようやく終わりが見えてきたと思えば、心持ちもどこか軽くなった気がする。
この日はその後何もせず、遊びから戻ったみんなにも仕事の話はしなかった。
そうして明くる日。
休みモードから切り替え、朝から体を動かす。授業がなく暇な妹ちゃんやヴァレリアたちも一緒だ。
誰もいない広い学院の敷地は、私たちが訓練するにも十分なスペースがある。
みんなで超重バッグを背負いながらダッシュを繰り返し、魔法戦闘訓練で魔力切れ寸前まで消耗させ、格闘訓練で全員をボコボコにしたらやっと休憩だ。
青い顔をしてぶっ倒れた妹ちゃんに、昨日の話をしてやることにした。
「そういや、総帥がこっちにくるみたいよ」
「…………ふぇ?」
疲れすぎて頭が働いてないみたいね。話は訓練の後でいいか。
せっかくの機会だ。まだまだ追い込んで、みんなの体の錆を落としてやる。
そうやって山の上の学院から綺麗な夕焼けが見られる頃合いになり、今日の訓練は終わりとした。
やっぱり学院組は実戦から離れていたこともあり、少しばかり鈍ってる。
「こちらグラデーナだ。ユカリ、出られるか?」
若干の魔力反応の後に、イヤリングから通信が入った。
「こちら紫乃上、なに?」
「情報部からの使いがきたぜ。なんか箱を置いていきやがったが、ユカリじゃねえと開けられねえんだと」
「ああ、昨日ムーアの奴から仕事の話があったのよ。たぶんその関係ね」
昨日の今日で、さっそく資料を送ってきたようだ。
「あの野郎、すっかりお得意さんだな」
「話を聞いた限りじゃ、でかい仕事になりそうよ」
「景気のいい話なら歓迎だぜ。全員集めるか?」
「うん、みんな聞こえてるわね? 各自用事を済ませたら、ホテルのアジトに集合よ。時間は、そうね……夕飯後くらいを目安にして、大幅に遅れそうなら別途連絡しなさい。もし誰か聞こえてなかったり、通信圏外に行ってるなら適宜回しといて」
通信を切り、目の前でだらしなく横たわる女子一同を呆れた目で見てしまう。
「みんな、部屋に行って休みなさい。ヴァレリアも」
「……お姉さま、疲れて動けません」
「ユカリさん、シグルドノートなんて気絶してますよ」
「気絶? 根性は認めるけど、無理しすぎね」
ウチのメンバーと似たような訓練メニューを消化したことは褒めてやれる。
「まあいいわ。私はみんなの分の夕食買ってくるから、部屋に戻って休んでなさい」
そう言って車両のほうに歩き出した。
夜になり、ホテル内のアジトに全員が集合した。
でかい仕事だと通信で言ったからか、緊張半分、楽しみ半分といった雰囲気を感じる。
「とりあえず、箱開けるわね」
みんなの前で情報部から渡された箱を開く。魔力認証キーのついた小さな箱だ。
開けてみれば、中身は普通に資料だ。取り出してざっと目を通す。
「……うん、まあこんなもんか」
「ユカリ、仕事ってのは何なんだ?」
私たち学院組が一番遅れてやってきたから、まだ誰にも仕事の内容は話してない。
「簡潔に言えば、大陸外の勢力を叩き潰すのが今回の仕事よ。これはそのための情報ね」
合わせて敵をグルガンディと呼称することや、アンデッドと帝国に関してはベルリーザの戦力が全力で当たることも話した。
「敵の一つをあたしらに丸投げかよ? 情報部の連中も思い切ったことしやがるな」
「そう思うわよね。レイラはどう見る?」
情報局幹部補佐の見立てを聞いてみたい。気軽に受けた私は感覚的に大丈夫と思っている面が大いにある。
もしレイラやハイディたちが、この仕事はやめたほうがいいと言うなら、今からでも断るか条件を変更させることも考えないといけない。
資料に素早く目を通したレイラは、私に問われて少し考えてから口を開いた。
「……わたしはムーアという男のことを高く評価しています。おこがましいと思いますが、ロスメルタ様が比較対象として上がるくらいには優秀だと思います」
それはまた高い評価だ。あの女以上に悪辣で頼りになる奴もなかなかいないと、ウチのメンバーみんながそう思ってる。レイラの印象として、ロスメルタを思い浮かべるくらいの能力はあるらしい。
慎重に言葉を選ぶレイラに対し、私たちは黙って話の続きをうながす。
「ムーアについては詳しい身分や立場が判然としていませんが、ロスメルタ様ほどのお立場とは違うはずです」
そりゃそうだ。ロスメルタは新生ブレナーク王国の心臓と言える超重鎮で、ムーアの立場は高官と言えども情報部の一部員にすぎないだろう。奴の詳しい立場を知ることは今後もないと思うけど、個人的な印象としては貴族の家格としてはせいぜい中の上、そこの次男坊か三男坊といったところ。奴のこれまでの言動から、そんな印象だ。なんにしても国の心臓とは比較にならない。
「しかし共通しているのは、我々キキョウ会と非常に近い距離を保ち続けていることです。ベルリーザはご存じの通り、大陸において押しも押されぬ大国です。超大国と言って過言ではない力を持っています。その力は近年で急激に力を増したブレナークでもまったく及びません。そのような国ですから、我々の力を当てにせずともグルガンディへの対処は十分に可能なはずです。我々の戦力が必要か不要かで言えば、客観的に評価すれば不要であるとわたしは考えます」
ふーむ、レイラがそこまで言うならそうなんだろう。
「だったらよ、なんでわざわざ報酬用意してまでウチにやらせんだ。罠か」
「それがロスメルタ様と共通している部分だと思います。端的に言ってしまえば、つまりは手柄と保身です」
「ウチを戦力として使うことが、ムーアにとって手柄と保身になんの?」
普通にベルリーザ自前の戦力を使うことと何が違うんだろうか。
「そうですね……言葉を選ばずに言えば、安い報酬で難しい仕事を達成できてしまうのが我々です。安いというのはあくまでも、ベルリーザ国内でかかるだろう費用や調整の労力に対してですが。とにかく、ムーアと情報部の独断で敵の一つの勢力を潰せたとなれば、これは大手柄です。しかもその中心人物は我々と渡りをつけたムーア本人になるわけですからね」
ウチにとっての得になるから、私だって仕事を受けてやってるだけ。そこはお互いさまってわけだ。
「安請け合いしたつもりは一度もないけど、割のいい外部委託先だってことは認めざるを得ないかな。じゃあ、保身ってのは?」
「キキョウ会はムーアにとっての後ろ盾として機能します。我々は悪名高いエクセンブラ三大ファミリーの一つであり、その中でも最も危険なアンタッチャブルとして知られています。特にメデク・レギサーモ帝国での戦いを経て、キキョウ会の力を軽んじる権力者は余程の無能を除けばいないと考えていいでしょう。ほかの貴族などからしてみれば、彼と我々の距離の近さは後ろ盾として考えるのが妥当ではないでしょうか。それにアナスタシア・ユニオンとは別の強い組織と繋がりを持つことは、情報部としても評価が高いと考えられます」
なるほど。奴に手を出せば、ウチが黙ってないってね。ムーアはそんなことを一切、私たちには言わないけど、それもまたこっちとしては評価できるポイントだ。
それに悪党との結びつきなんてのは、周囲の奴らにそう思わせとくだけでもいいんだ。良からぬことを考える奴らに対して、一定の抑止力にはなるだろう。
伏魔殿みたいな貴族の権力闘争において、ムーアがどこまで何を狙ってるのかは知らないし知りたくもないけど、誰にとっても後ろにチラリとでも見える暴力組織の存在感は大きい。あくまでもレイラの推測か想像にすぎないけど、言われてみればそんな気がしてくる。
そして、そんなことまで考える奴だとするなら、たしかにロスメルタに似た政治力を思わせる。
「もう一つ言えば、グルガンディとの暗闘を我々キキョウ会のみに押し付けてしまえば、何かあってもベルリーザとして知らぬ存ぜぬと白を切ることができます。裏の組織同士の私闘という事にしてしまえば、ベルリーザ当局には無関係の争いになりますからね」
我がキキョウ会としても、大陸外の国や組織がどんな文句を垂れようが知ったこっちゃない。そういう意味でもウチは非常に便利に使える立場なんだろう。
それに敵は数が少ないけど厄介者の集団だって話だ。一般的な戦力を多数当てたところで、上手く切り抜けられてしまうだろう。かといってベルリーザ国内の精鋭は別の敵に回したい状況だ。だからこそ、少数精鋭のウチを使いたい事情も見える。
「まあ、あたしらにとって悪い話じゃねえならそれでいい。注文通り、ぶっ潰してやろうじゃねえか」
「そうね。それに失敗するつもりはないけど、どうせ私たちがしくじった時の保険も用意してるはずよ。気楽にいつも通りやればいいわ。ま、秘密裏に潰すってのが厄介だけどね。そこはレイラたちに策を任せるわ」
「お任せください」
ベルリーザやムーア個人にとって大事な仕事であり、ウチにとっても今後を見据えて重要な仕事だ。でも変に気負わず、普通にやれば結果は出せる。
続けて仕事の概要や敵の詳細をみんなで共有しつつ、報酬にも話題が及んだ。
色々と話す中で、ヴィオランテは気になったことがあるようだ。
「あの、船に積まれた大型車両が八台とそこに積まれた物資、そして船自体が報酬ですか? 車両と物資は分かりますが、船? 資料を見るに、船は普通の客船ですよね。民間の客船を奪う許可が出たということですか?」
対象の船はグルガンディの工作員だけを乗せてるわけじゃなく、たくさんの一般客が乗った客船だ。
総トン数は約一三〇〇〇トン、全長は約二〇〇メートル、全幅は約二七メートル、旅客定員は五八〇名、車両搭載数は大型小型含め約三〇〇台、結構大きな船だ。
当日はほぼ満員らしき船に、敵工作員はたったの三〇名程度が潜り込むようだ。ほとんどが一般客の民間船に、ほんの少しの敵工作員が乗り込んだ状況だ。普通に考えてそんな船を奪って問題にならないとは思えない。
「こちらの資料によれば、船会社の出資元がグルガンディに繋がっているようです。戦争を吹っ掛けられている側からすれば、民間を装って工作員を送り込んでくる船ですから、捕獲しても何ら問題ないとの判断でしょう。そんな船、本来なら洋上で撃沈されても文句は言えませんよ。まして放置はあり得ないですしね」
「しかし実際にやってしまえば多くの民間人ごと殺害することになりますから、多少の問題にはなりますし、なかったことにもできないでしょう。大陸間の戦争は、あくまでもまだ水面下での攻防ですからね。敵国に大義名分を与えずにグルガンディを始末し、後からその証拠を示すのが得策です。工作船であったことを示せれば、誰に文句を言われても無視できます」
「まあ奪取した船をのうのうとベルリーザが使うのもどうかという話になりそうですし、廃棄するのももったいないです。工作船の返還なんてあり得ないですから、ウチに好きにさせても構わないとなったんじゃないですか」
「グルガンディを全員始末しようとしているベルリーザとしては、捕獲した船を使った交渉なども考えていないでしょうからね」
情報局のメンバーが順次意見を述べた。
今更だけど資料を見るまでは、こんなにでっかい船だとは思ってなかった。ざっくりとしたイメージでしかないけど、船ってのは非常に高価な乗り物だ。これほどの船なら建造費として数十億ジストはかかるんじゃないだろうか。下手したら一〇〇億ジストを超えるかもね。
報酬として考えた場合、売り払ったら五〇億くらいにはなるかも……いや、せっかく手に入った船なんだから自前で使うほうがいいのかな。その場合には乗組員の確保が難しそうにも思える。どうするかはリガハイムの海運事業商会に相談してみればいいか。
「しっかしよ、考えてみりゃ面倒が多そうじゃねえか? 船を好きにしていいって、いつ奪うんだ? グルガンディって奴らが降りたからって、次は出航に向けて新たな客がすぐ乗り込んでくんだろ? 船員の身柄もどうすりゃいいか、特に指定がねえしよ」
「到着して翌日の朝には客が乗り込むみたいなんで、その前に片付けるしかないですね。船員のほうは情報部に引き渡せばいいですよ。不法行為に関与した船舶の乗組員ですからね。もし事情を知らなかったのであれば気の毒ですが、片棒を担いだことは事実ですし、我々の知ったことではないです」
「工作船の乗組員ですから、最悪は殺してしまってもベルリーザの法的には問題ないはずです。だからこそ、情報部からの指定がないのでは?」
「情報部としては、普通にグルガンディの一味って認識なんでしょうね。身柄が欲しいなら必ず言ってくるでしょうし、それがない時点でどうでもいいってことでしょう」
だったらまとめて始末してしまえば面倒が少ない。
とは言え、黒と決まったわけじゃない。だったら殺しはなるべく避けたほうがいい。なぜなら、殺しは取り返しがつかないからね。どうしたもんかな。
「あの……少しいいですか?」
「なに、妹ちゃん。同席を許したんだから、遠慮することないわ。気になることがあるなら、なんでも言いなさい」
「では遠慮なく。敵船の乗組員なのですが、何も知らずに加担している可能性はあるのですよね? 船員にはベルリーザの人間もいるかもしれません。迂闊に殺してしまっては、また別の問題になるかもしれませんよ?」
たしかに、無くはない。面倒事を避けたいと思ってるのに、迂闊に殺して面倒事を発生させたら意味がない。
「死体が上がるか、行方不明になれば誰かが騒ぎ出すことは十分に考えられますね。妹さんが言うように、場合によっては青コートの捜査対象になり得ます。情報部としても無用な圧力はかけたくないでしょうし、船員の家系などによっては想定以上の面倒事になる恐れはあります」
「船員については、とりあえず正体を隠して捕縛、軽く尋問して黒なら始末、白なら適当なタイミングで放りだすくらいでいいんじゃないですか? 白でも尋問の過程でグルガンディへの協力、つまりは重大犯罪に加担したと自覚させれば、下手に騒ぎ立てはしないんじゃないですかね」
「話の持って行き方、説得のやり方次第になりそうですね。その辺は我々情報局にお任せください。始末する場合でも事故に見せかけるか、あるいはグルガンディの奴らの仕業に見せかけます。もしベルリーザ情報部が身柄を欲しがるなら、引き渡してもいいですしね」
情報局の面々が見解や方法を述べる。私としては特に文句ないし、妹ちゃんとしても拙速な殺しを避けるなら納得できるようだ。
そもそも自覚があろうがなかろうが、悪事は悪事だからね。しかも侵略の先兵の片棒だ。放っておけば一般人に多数の被害が出るテロを起こす可能性は普通にある。
知らなかったで済むほど世の中甘くない。そこを場合によっちゃ、命は助けてやろうってんだ。十分だろう。
この後では具体的にグルガンディにどう対処するか詰めていった。
私たちに求められるのは、決して表には出ない裏街道での暗闘だ。やり方には工夫がいる。
それにしても、如何にも日陰者らしい在り方じゃないか。
一部の奴らを除けば、誰にも知られず感謝もされず、報酬と未来のために体を張る。
敵国の工作員どもを秘密裏に倒すなんて、見返りがあってもこんなに褒められた仕事はなかなかない。
でも、そこら一般人どもの感謝なんかいらない。真っ平ゴメンとまで言ってやる。
だって私たちは悪党だからね。これから先も絶対に悪事を重ねまくる。感謝なんかされてしまえば、やりづらくなるってもんだ。
表向きの手柄なんて、いくらでも譲ってやる。
会話メインのお話でしたが、休憩時間はここらで終わりになりそうです。
次回から早速、グルガンディとの戦いが始まります!