終わりへの道筋
アナスタシア・ユニオン本部から去る時には、すでに夕暮れ時だった。
これから殴り込みに行く奴らとは違い、こっちは今の時点じゃ急ぎでやることはない。
「ユカリ、まだどっか寄るか?」
ハンドルを握ったグラデーナが、眠そうな顔をして言う。
今日は明るい内からアンデッド退治に精を出し、教会とアナスタシア・ユニオン本部を訪ね色々と話をした。そこまで疲れるようなことはしてないけど、寝不足はあるし疲れも少しある。空腹もあるし、そろそろ店じまいでいいだろう。
「ホテルに戻ろうか。ヴァレリアたちも呼んで、ルームサービスでも頼む?」
「おう、いいじゃねえか。たまには豪勢に行こうぜ。どうせならハイディたちも呼ぶか、あいつらも別に急ぎの仕事じゃねえんだろ?」
情報局のメンバーには、ここベルトリーアでの裏の動きに目を配らせてる。
狙いは大陸外や帝国の奴らの動きを探ることにあり、そうした動きは今後の参考になるかもと思ったからこその活動だ。別にベルトリーアの守りを買って出たわけじゃない。
ちょうどアナスタシア・ユニオンがこれから帝国のアジトを叩くらしいけど、勝敗の分かりきった戦いを遠くから観察する意味は薄い。この際、みんなまとめて休みにしてしまおう。
「……そうね。これまで機会もなかったし、みんなで集まろうか」
「よっしゃ、だったら集めちまうぞ」
グラデーナが早速、通信で集合を呼びかけた。
妹ちゃんだけじゃなく、全員にとって気分転換になるだろう。それにレイラやハイディたちは強制的に休ませるくらいでちょうどいい。みんな働きすぎだし、今日は騒ぎまくって明日も全員完全にオフにしよう。急用さえ入らなければ何ら問題ない。
戻る途中で酒と菓子だけ買い込み、料理の類はホテルに期待する。
ちょうど日が暮れた頃に戻ってみれば、すでにみんな集まってるじゃないか。
「お姉さま!」
「会長、三席、お帰りなさい」
「今日は大変でしたね、お疲れ様です」
「あ、それ持ちますよ!」
手に持った大量の酒と菓子を引き取って、テーブルに乗せてくれた。
みんな明るい表情だ。こんな風に集まって宴会するのは久しぶりだから、テンションが高まってるんだろう。
「ふう、お腹減ったわ。料理はまだ?」
「そろそろきますよ。あ、そういえばシグルドノートが夕飯前だってのにさっきまでパン食べてて」
「ロベルタ! それは言わなくてもいいでしょう!?」
「でもパン五個も食べてました」
「ヴァレリアまで!」
これから夕飯を食べようって前に、パン五個はたしかに多い。そんなに食べる印象はなかったけどね……体形維持できてるなら別にいいけど。
そんなどうでもいい、しかし心休まる話をしてると、続々と料理が運び込まれてきた。
かしこまった宴会じゃないから、各々で勝手に食べて勝手に飲む。気楽な食事会だ。
「レイラたちもキッチリ引き上げてきたわね?」
「三席が最優先で集まれ、なんて言うものですから。ちょうど入ったばかりの密輸品を横取りしている最中だったのですが」
「いいじゃねえか。どうせ嫌がらせ目的で、あたしらが欲しいって物じゃねえだろ?」
「いやー、レイラさんてば目ぼしい物はちゃんと持ち帰ってましたよ」
「しかも残りはまとめてぶっ壊してましたからね。嫌がらせとしては十分以上じゃないですか?」
いつもながらの情報を集めつつ、敵への嫌がらせと小銭稼ぎまでしてしまう一石二鳥どころじゃない仕事ぶりだ。それも楽しみながらやってるのがいかにもウチのメンバーらしくて頼もしい。
「妹ちゃんは今日は何してたの?」
「午前中は魔道人形の練習をして、午後はベルリーザ中央教会を見に行ってきました。人が多すぎて、遠くから見学するしかなかったのですが……」
「でかい発表があったばかりだし、中央教会ってくらいだから普段から人が多そうよね」
そう言うと、妹ちゃんと一緒に行動したロベルタが不満そうな顔で口を開いた。
「広い敷地に高級車がたくさん停まってて、一般人は立ち入り禁止状態でした。敷地を取り巻くように人も大勢いて、通るだけでも大変でしたよ」
「お姉さま、悪姫もいると噂になっていました」
「あのお姫様は正義のヒーローだからね。大人しくしてるはずないわ。どうせならこの際、悪姫にアンデッド退治で活躍して欲しいくらいよ」
「そうしたら教会の面目は丸つぶれですね。むしろベルリーザとしては、それを見越してあの第四王女を前面に立たせるつもりかもしれません。悪姫とその仲間の人数は少ないですが、殊更に活躍を取り上げれば教会の影響を薄めることができますし」
今度はヴィオランテが真面目な顔して考えを口にした。それは十分にありそうに思える。
さて、せっかくの宴会で仕事に繋がる話をしても興が冷めるというもの。楽しくてくだらない話をしようじゃないか。
「悪姫ちゃんの活躍は私としても楽しみよ。あ、ヴァレリア。そっちの魚の揚げ物取ってくれる? やっぱ海の街だけあって、海産物が美味しいわね」
「はい、リガハイムとは味付けが違ってこれも美味しいです。もう少し追加で頼みますか?」
「いいわね。ほかにも食べたいものあったら、じゃんじゃん持ってこさせなさい」
歓談中のみんなにも聞こえるように言ってやる。この場に遠慮するような控えめ女子はいないと思ってるけど、場を仕切り直す意味でもちょうどいい。
「やったー! だったらあたし、これからケーキ祭りを開催します!」
「わたしもわたしも!」
「いいじゃねえか、いいじゃねえか。あたしは肉祭りを開催するぜ!」
「グラデーナの姉御はいつもやってるじゃないですか」
「うるせえ! 今日はいつもより豪勢にやるんだよ!」
あー、なんかこの感じ久しぶり。いつもの調子を取り戻すような感じだ。
この流れには乗るしかない!
「よしっ、私もケーキ祭りと肉祭りに参加するわよ! ヴァレリアと妹ちゃんも付いてきなさい!」
「はいっ、お姉さま!」
「えぇ……わたしもですか?」
今日は酒よりも、みんなしてドカ食いだ。明日はきっと動けない。
うん、たまにはこんな日もあっていい。
翌朝の目覚めはいつも通りに早朝だった。
騒ぎに騒いで食べまくり、面倒くさいことをスッパリ忘れ、リラックスした気分で終えられた。たまにはこんな日が必要だ。
溜まった疲れに加えて騒ぎ疲れたこともあり、割と早い時間に眠ったから目覚めは早い。どうせなら大胆に寝坊したかったのに、普段の習慣もあって目が覚めてしまった。
いつもなら早朝訓練だとなるところ、今日は完全オフと決めている。
隣で丸まって眠る妹分の穏やかな寝息を聞きながら、目を閉じて二度寝にチャレンジだ。いつもなら絶対にやらない、この贅沢で無駄な時間。完全オフならこれくらいしないとね。
傍で聞こえる寝息とリラックスした気分が相まって、早々に新たな眠りへと誘われた――。
再び浮かび上がった意識が最初に捉えたのはページをめくる紙の音だった。
ベッドに寝たまま目を開き、首を少し音のするほうへ傾けてみれば、窓際で読書にふける美少女が一人。
背筋を伸ばした綺麗な姿勢で椅子に座り、食い入るように集中してる。趣味の冒険小説を読んでるんだろう。
そんな姿を何とはなしにしばらく眺めてると、視線に気づいたらしい。
「お姉さまが寝坊は珍しいです」
「ん、たまにはね」
窓から差し込む光の加減からして、たぶん昼前くらいだろう。
「みんなは? 人の気配がないけど」
「ほとんどが海釣りに行きました」
ああ、そういや寝る前にそんな話をしてた気がする。
私は何もしない日にするつもりだったから不参加だ。ヴァレリアはそんな私に付き合って読書に時間を当ててるらしい。
「んあーっ…………とりあえず顔洗ったら何か食べようか」
いつまでも寝転がる性分じゃない。ベッドから降り、体を軽く伸ばしつつ言う。
「はい、行きましょう」
嬉しそうな微笑みを浮かべた妹分もきっと腹が減ってるに違いない。
パパっと身支度を整えてからホテルのラウンジに移動した。
静かなラウンジで軽食を注文し、二人で席に着く。
ボリュームたっぷりのサンドイッチを相手に、ヴァレリアが食べ方に苦労するのを微笑ましく見つつ、私は手に持った新聞に目を落とす。
最近は色々な事件が起こりまくってるから、毎日の情報量は何かと多い。
そして細かく読むまでもなく、一面にでかでかと書かれた文字を見ただけで嫌な気分になった。
思い浮かんだ最初の感想としてはだ。
「……アホくさ」
なんだかもう気が抜ける。
「お姉さま?」
「ん、美味しいけど食べにくいわね。これ」
「はい、中身が落ちます。でもとても美味しいです」
せっかくご機嫌に食べるヴァレリアまで嫌な気分になることはない。適当に誤魔化した。
記事によれば、どこぞの土地でアンデッドがまた新たに出現したらしい。それに加えて悲惨な被害状況も書かれてる。
先日のアンデッド出現の第一報は、インパクトはあったけど現実離れした印象が強かった。特に火の粉の降りかからない場所に住む大多数の人間にとってはそうだろう。
でも今回の追加情報は、単に伝説の存在が復活しただけじゃなく、具体的な被害状況も合わさった記事だ。これには対岸の火事としてしか思っていなかった人々も、多少なりとも不安を覚えるだろうね。
ただ事件を仕掛けた奴らの思惑が透けて見えてしまうと、こんなものは茶番劇としか考えられない。被害に遭った人にとっちゃ、悲劇でしかないけど。
長い時を経るうちに衰退しつつあった教会が、かつてのアンデッド戦をもう一度やって復権しようって魂胆なのはほぼ間違いない。
どこかに封印されたアンデッドを自ら解き放ち、準備万端の教会が再び化け物を殲滅する。てめえで火をつけておきながら、てめえで消してヒーロー面をするに等しい。いわゆるマッチポンプってやつだ。
後ろ暗い企みに気づかない間抜けは少ないと思うけど、それでも確たる証拠がなければ文句を言ったところで言いがかり扱いされるだけだ。
衰退しつつはあっても、教会は依然として権威ある巨大な組織。うさん臭い言い分を信じるピュアな人間だって、きっと想像以上に多い。下手な言いがかりをつけたほうが悪者扱いされる可能性は十分以上にある。
それに政治的な思惑や事情によって、教会のふざけた言い分に乗っかる国や組織は多いとも考えられる。権威でも権力でも財力でも、なんでも力のある奴はそうやって世界のほうを自分にとって都合の良いように合わせられる。
誰がどう見てもおかしいだろってことでも、一定以上の力を持った奴らが何の不満も唱えず、何事もなかったようにしてしまえば、力なき一般人どもが何を言ったところで無視されるだけ。世界はそうやって回ってる。
ふざけたことでもそれが現実であり、無理でも無茶でも押し通せることが『力』があるってことだ。
対アンデッド戦における情報や道具をほぼ独占する状況も、教会側に非常に有利だ。
しかも、アンデッドの追加出現の可能性だってまだまだあるだろう。その匙加減は意図的にアンデッドを復活させた奴らの思惑次第だ。
教会を強く疑ったとして、道具や戦力を自国にさし向けてもらわないと困るんじゃ、各国の為政者たちも強くは出られない。
実に上手いことやりやがったと思う。感心するやら呆れるやら、とにかく私たちの出る幕はおそらくもうない。
対アンデッド戦における主役は間違いなく教会だ。
そして教会の影響力を少しでも薄めるべく動くのは、各国がそれぞれ抱える戦力でもある。完全に教会任せにはせず、小規模な戦力でも帯同させて一緒に戦うだろう。
私たちのような余所者、あるいは新参者がひのき舞台に上がることを快く思う奴はいない。研究所を襲撃した時のような裏での小規模な戦闘だって、騎士や兵士、あるいはメジャーな戦闘ギルド員の経験を積むためにこそ必要な場面になるだろう。
「ふーむ、ハッキリさせたいわね。ヴァレリア、そろそろ部屋に戻るわ」
「わたしも戻ります。行きましょう」
のんびりとした雰囲気で食後のお茶くらいは楽しんでも良かったかな。まあ、それは午後のティータイムにとっておこう
隠れ家に戻ると、さっそくムーアの奴と通信を繋げた。
「――それで、今後はどうするつもり? ウチの出番はもうないと思ってるんだけど」
「ああ、そのことだがアンデッド『ドロマリウス』の情報と、研究所の奪取は上の方々の評価が非常に高い。今後はその情報を基に、アンデッドは可能な限り我が国の戦力で片づける方針だ。すでに動き始めてもいる」
「それならそれで結構よ。例の報酬については期待していいのよね?」
「満額かそれに近い回答を期待していろ」
よし、それなら文句はない。
「過小評価されなくて良かったわ。とにかくアンデッドはそっちと教会に任せるとして、帝国への対処はアナスタシア・ユニオンが張り切ってるみたいね。昨日の襲撃は上手くいったの?」
「完全に潰したと聞いている。帝国が保有するアジトについては、少なくも主要な場所は押さえたはずだ。アナスタシア・ユニオンは引き続き、帝国絡みの組織を潰して回る。特にレギサーモ・カルテルの関連組織については、徹底的に叩くようだな」
あのカルテルの戦力は侮れないし、関連組織にまで対象を広げるなら大変だ。簡単に潰せないからこそ、いまだに蔓延ってるわけだしね。
ただ短期決戦ならともかく、組織内の派閥で争うあいつらが長丁場の戦いを上手く回せるだろうか。
「今のアナスタシア・ユニオンに、そこまでの戦果を期待できんの?」
「御前と少し話したが、エクセンブラからグランゾ総帥がやってくる。ならばやると言ったことはやり切るだろう」
なんと、そんな話になっているとは。
総帥は組織内の勢力争いを嫌い、御曹司の心情も慮って本部とは距離を取ったはず。だからこそ妹ちゃんの護衛を私たちに任せたのに、今になって動いたのか。
「派閥で割れたはずが、一気にまとまった? よく分かんない奴らね」
「それなんだが、例の若様が幹部の椅子を返上し、総帥や大幹部に詫びを入れたらしい」
「はあ? あの御曹司が?」
「詳しくは聞いていないが、お前たちのせいだろう。派閥の体をなさなくなったからだと御前からは聞いている」
あー、前にボコボコにしたのが原因か。
周囲の奴らの目だけじゃなく、あの後で妹ちゃんと会話する機会もあったし御曹司の心情に変化があったのかもね。
「なんにしても丸く収まったんなら、それでいいのか。それより、ウチの出番はもう無いと思っていい? 日陰者らしく、目立たず大人しくしとくわよ」
「それなんだが、我が国は教会とアンデッド対策に戦力を集中したい。そしてアナスタシア・ユニオンは帝国と関連組織への対処でほかには手が回らんだろう」
「……残すは大陸外の敵勢力ってことか」
アンデッド関係の大騒ぎで世間の関心はそっちに行ってるけど、ベルリーザは水面下で戦争を吹っ掛けられた状況だ。そっちはそっちで別に対処しなきゃならず、多方面で非常に厳しい状況に置かれてる。
「話が早くて助かる。我々は『グルガンディ』と呼んでいるが、奴らについても情報はある程度揃っている。お前たちも独自に集めているだろう?」
「それを言うってことは、つまり私たちに始末しとけって?」
「奴らは少数だが厄介だ。無用な混乱を招かぬよう、秘密裏に始末する必要もある。難しい仕事になるが……頼めるか? ああ、やってくれるなら五日後がいい。追加の人員と物資を乗せた船が到着予定だ。敵の大半が迎え入れに動くようだから、まとめて潰してくれ」
さすがは大国の情報部だ。そんなことまで把握済みとは恐れ入る。
これは出番がないと思ってた私たちにとってもチャンスだ。上手いこと潰せば、またでかい実績が手に入る。
「当然、それも報酬はもらうわよ」
「本来なら押収した物資はこちらで引き取るところだが、今回は船ごと好きにして構わん」
積み荷がしょぼいから気前のいいことを言ってる可能性は十分にある。でも船を奪ってもいいってのは面白い。
「へえ? だったら港の使用許可も手配しといて欲しいわね」
「不便はかけん、手は回しておく。それと後から恨み言を言われては敵わんから、あらかじめ言っておく。船に乗った敵戦力の数は多くないが、決して侮れないと覚えておけ。敵は精鋭中の精鋭だ」
「わざわざ改まって言うこと?」
「そうだ。アンデッド関連のどさくさに紛れて上陸するつもりのようだが、極めて危険な連中であると我々は評価している。お前たちをそこに当てるのは情報部としての判断だが、失敗は許さんぞ。必ず始末してくれ」
ベルリーザとしてもここが正念場ってところだろう。
アンデッドや帝国関係に、戦力の大半を注ぎ込んで確実に勝ちに行ってる。残す大陸外の勢力を我がキキョウ会に預けるのは、高確率で任せて問題ないって判断なんだろうけど思い切ったことをするもんだ。
「失敗? 誰に言ってんのよ。困ったことがあったら、今後も我がキキョウ会を頼るといいわ」
「必要な情報は後で届けさせる。すまんが忙しい、後は頼んだぞ」
通信が切れた。連絡はこっちからしたけど、あの分だと待ってれば向こうから通信が入ったに違いない。
「お姉さま、また仕事ですか?」
「うん。細かいのを除けば、これが最後の大仕事になるかもね」
「大仕事ですか、面白そうです」
詳細はまだ不明だけど、ムーアの奴がわざわざ侮れない強敵と言うくらいだ。
まさか雑魚ばっかりってことはないだろう。呪われた体で調子を上げるためにも、強敵は歓迎だ。
はっ、上等!