ハマりゆくピース
情報部にゴミ処理場の現場を引き渡し、その足で向かったのは教会だ。
真っ黒な教会でも、全部が全部悪いとは思わない。少なくとも私の眼帯を作ってくれたあの教会のシスターなら信用してもいい。
昼間に訪ねた教会には、先日のアンデッド復活の報せがあったからか多くの人がいた。物々しい雰囲気の私たちが七人も立ち寄れば、無用な威圧感を振りまくだけ。私とグラデーナだけで立ち寄ることにし、ほかのみんなは先に帰らせた。
少しだけ開いていた扉を大きく開き、ざっと中を見渡してシスターを探す。
説教か演説なのか神父のおっさんが熱の入った様子で話し続けるその横手、壁際に目的のシスターがいた。彼女は私たちには気づいてくれたけど、目配せで少し待てと言ってるのが分かった。急ぎでもないことから、信者に混ざり座って待つことに。
アンデッド復活なんて大きな発表があったばかりだから、そうした関連で有用な話が聞けるかと期待したのに、どうやら神父は遥か昔の偉人が犯した罪とその償いについての物語を話しているらしい。うん、死ぬほどどうでもいい。
早々にグラデーナは居眠りし、退屈な話には私も眠気を誘われてしまう。
さすがに二人して眠ってたんじゃ、バレるだろうし印象が悪すぎる。いびきや寝言でもほざこうもんなら最悪だ。
今日は睡眠時間が少なかったし疲れもある。おまけにこの退屈な話だ。眠くなるのはしょうがないけど、ここは我慢だ。
「……ふあ」
漏れそうになる欠伸をかみ殺す。退屈しのぎに改めて魔力感知に集中しよう。
教会はとんでもなく怪しいどころか、今や真っ黒な組織だ。そんな教会の暗部からは、私たちは当然のようにマーク済みだろう。これまでに何度も怪しい奴らとは戦ってんきたんだからね。
そんな私たちが堂々と教会を訪れてみれば、ひょっとしたら劇的な反応があるかもしれない。だから教会に入る前には、入念に魔力感知で怪しい道具や人物がいないか、あるいはアンデッドが潜んでいないかまで探ってる。
教会ってのは魔法的な守りに非常に優れた施設だ。緊急避難場所としての機能を持ってるらしいし、特に古い教会は遥か昔の対アンデッド戦線時の機能を現在まで維持するとも聞く。
強力な魔道具がいくつも設置されてるから、外から探っただけじゃ怪しいかどうか分からないことは多い。
たぶんこの教会は大丈夫と思うけど、改めて中から探る。
床、壁、天井、複数の魔道具はあっても攻撃的な気配なし。人……私を見る奴は数人いる。ただそれは見慣れない訪問者であり、眼帯姿は珍しいからだろう。感じる気配が明らかに一般人だ。
演説中の神父も戦闘力は持ってなさそうだし、特別に私たちを意識する様子はない。
うん、問題ない。あー、ねむ…………。
――人々が椅子から立ち上がる気配に、半分以上落ちた意識が覚醒した。
隣で完全に眠りこけるグラデーナの膝を叩いて起こし、人の流れが落ち着くまで座ったまま少し待つ。
後方の席で座ったままの私たちは、その格好や雰囲気もあって結構目立つ。無遠慮な視線を送ってくる奴には、右目で睨めば即座に目をそらした。
神父と複数いるシスターはそれぞれ信者から相談を受けているのか何事かを話し込む。
これはまだ待たないといけないかなと思ってると、目的のシスターはすぐに解放された。ほかのシスターたちは各々話し込み、神父のほうは込み入った話でもあるのか婆さんと一緒に奥の部屋に行ってしまった。
「行けそうだな」
「うん、空いたみたいね」
ちょうど教会内にいた信者たちもほとんどいなくなった。世間でも注目のアンデッドの話題なら不審な点はないし、誰に聞かれたところで別にいい。
シスターと私たちは互いに歩み寄り、壁際で話すことにした。
「久しぶりね、シスター」
「そっちは忙しそうじゃねえか。やっぱ聖都が発表した件か?」
ベルトリーア内に教会は複数あって、より大きな教会はほかにいくつもある。そっちのほうが混雑の度合いはひどいだろうね。お偉さんたちの訪問だって受けてそうだし。
「はい……不安に思われる方が多くいらっしゃいます。あの、その後、調子はいかがですか?」
「この眼帯のお陰でどうにかなってるわ。ちょっとずつ、呪いにも慣れてきたけどね。それより例の聖都の発表について少し話せる?」
「わたしではあの発表以上のことは分かりませんが、それでもよければ」
大陸各地で多数のアンデッドが復活した事と、それに向けた聖戦と教会の決意。これが主だった新聞発表の内容だった。
どう戦うとか、いつ戦うとか、そういった詳細は分からない。聖都から遠く離れたベルリーザの一教会のシスターが把握してるとは思わないし、それについては個人的にどうでもいい。
「一般的な話として、アンデッドについて教えてくれない? どこかでばったり、なんてことがあった時のためにね」
「ベルリーザでもよ、キーシブル島って所に出たらしいじゃねえか。ほかの場所にもいないとは限らねえ。シスターのあんたに言うのもなんだが、あたしらは不信心なもんでよ。教会の伝承については全然知らねえんだ。ちょっと教えてくれねえか」
「例えば、どんなアンデッドがいるとか、それらをどうやって倒すとか、あとは奴らがどうやって発生するとか。ああ、少ないけどこいつは寄付ね」
ポーチから取り出した小粒の宝石を一つ握らせた。数万ジスト程度の価値しかないけど、ちょっとした立ち話の見返りには十分だろう。
「ありがとうございます」
聖具や特殊なアーティファクト以外に倒せる手段があるなら、それも知りたい。
シスターは少し考える素振りを見せてから口を開いた。
「……初めに断っておきますが、わたしでは古い物語や聖典に記されていること以外は分かりません。具体的なことでしたら、祓魔司祭様に聞くしかないと思います」
祓魔司祭……前にも聞いた覚えがあるわね。
「呪いを解除できるかもしれないって司祭だっけ? もしかして、アンデッド戦の主力がそいつら?」
「そうですね。不浄なる者は絶滅しているとの話でしたので、儀礼的な役職の面が強い司祭様だと言われていましたが……それにしては大人数が聖都にいらっしゃるとは聞き及んでいました。おそらく、いつか訪れるこの事態に備えていたのではないかと思います」
「だとしたら、満を持してそいつらが主役に躍り出たってわけだな」
それもおかしな話だ。アンデッドは大昔に滅んだってのが、前提の話だったはずだ。
無駄飯食らいを具体的な目的もなく、しかも大人数を抱えるなんてありえない。今回の騒動については、少なくともだいぶ前から予見するか、あるいは故意に引き起こしたとしか考えられない。
誰だってそう考えるはずだから、聖都に対する厳しい追及はあるだろう。当然、白を切り通すだろうけどね。
「とにかく物語でも言い伝えでも構わないから、分かることを教えて」
「では分かる範囲で――――」
シスター曰く、アンデッドには大別して、骨のみや腐った肉体で動く物理的な存在と、実体を持たない霊的な存在がいる。いずれにしても聖具を用いれば容易く滅ぼすことができ、逆に聖具を用いなければ対抗できない。
冥界の森の経験では頭部を破壊すれば、スケルトンやゾンビは倒せたように思える。ただ、あれが一時的に行動不能になっただけか滅んだのかは、今となっては分からない。
邪龍については魔力を枯渇させて倒したはずだけど、それも時を経れば復活する可能性も無くはないってことかもね。金色の骨や漆黒の鱗は持ち帰ったけど、あれには特に異変はなかったはずだ。イマイチ信じがたい。
教会としては、聖具のみがアンデッドを滅ぼせるってことにしたいだけかもしれない。
それと聖典や聖都発行の書物には様々なアンデッドの記述があるらしいけど、私たちがゴミ処理場で遭遇した『ドロマリウス』の名は、シスターは聞いたことがないらしい。あれはよっぽど珍しいか特殊、あるいは秘匿された存在なのかもしれない。
「あと一番気になってんのが、アンデッドってどうやって発生すんの? 大昔に滅ぼしたって話だったのに、復活ってどういうこと?」
「なぜ復活したのか、それについては分かりません。聖都からの発表を待つしかないと思います。しかし、アンデッドの発生については伝承があります」
「分かるのか。そんで?」
「伝承によれば、アンデッドに殺害された生物は魂が汚染され、アンデッドになってしまうとされています」
魂の汚染? またファンタジックなことを。
それに鶏が先か卵が先かの話にもなってしまう。最初の一匹目はどうやって出たんだろうね。まあいいけど。
「殺されなけりゃ、アンデッドになっちまう心配はねえってことか?」
「あくまでも伝承によれば、ですが」
「ちなみにアンデッドになった奴を助ける方法は?」
「ありません。魂の浄化は肉体の浄化と同義であり、滅ぼす以外にはないとされています。これも伝承によれば、ですが……」
それもそうか。アンデッド化の条件は、アンデッドに殺害されることらしい。
死んだ者が生き返る道理はない。だったら、アンデッド化を治す方法だって無いに決まってる。
「なるほどね。それと聖具ってここで買える? もし売ってもらえるなら買いたいんだけど」
「アンデッドと戦うための聖具ということですか? それでしたらベルトリーア中央教会でのみ取り扱っています。ですが、あの発表があったばかりですから、難しいと思います」
「どうせ金持ちが殺到して、売れ残りもねえ状態だろうぜ。ギルドやお偉いさんも欲しがるだろうしよ、今後も真っ当なルートじゃあ手に入らねえだろ」
「金持ちか……商機と考えて転売が横行するかもね。それに偽物が多く出回りそうよ」
「ありそうな話だぜ。非常時だからこそ、儲けられんだ」
しょうがない、予備の聖具は諦めよう。
「シスター、じゃあ聖水は?」
ドロマリウスの血を浴びた研究員たちは、体が呪いに焼かれる現象に遭っていた。奴らの会話を聞くに、聖水があれば呪いの火を消せるようだった。手に入るなら聖水は欲しいところだ。
「聖水をご存じでしたか。しかしあれは特別な儀式をもって作られます。聖具と同様に、入手は難しいと思います」
「それも難しいか……まあ手に入らないもんはしょうがないわね。ほか、なんかあったらまた聞きにくるわ」
聖具やら聖水やらは、これから需要が増すばかりで入手は無理と考えたほうが良さそうだ。
「多くの疑問については、これから順次、聖都から公式に発表されると思います。当教会にも情報は入ってきますので、いつでもいらしてください」
「助かるわ。そんじゃ、あんたも忙しいだろうしこれで帰るわね」
「世話になったな。シスター、また頼むぜ」
どこの教会で訊いても、現時点でこれ以上の情報は得られないだろう。追加の情報が欲しければ新聞を見るか情報部から聞くしかない。
この教会のシスターは良い奴だ。よく考えてみれば、必要がない限り私たちは接触しないほうがいい。
なんせ私たちは、ろくでもない勢力に目を付けられまくってるんだ。何がどう転んで不幸を撒き散らすか分かったもんじゃない。
逆に必要があるなら、誰だろうが不幸になってもらうけど……まあ好ましい奴を望んで不幸にしたいとは思わないからね。
教会を出た私とグラデーナは、その足でついでにアナスタシア・ユニオンを訪ねることにした。
あの偉そうな婆さん、御前様は教会を調べると言っていたから、その経過を聞きたい。盗まれたペンダントや指輪の魔道具についても、何か情報があるかもしれないし。
しばらくして到着した目的地は、ちょっとばかし慌ただしく物々しい印象だった。門をくぐらず、外から少し様子を見る。
「おいおい、このご時世でまさか殴り込みに行こうってんじゃねえだろうな」
「外敵やら新たなアンデッド騒動やらで、アナスタシア・ユニオンは忙しいはずよ。どっかの馬鹿に喧嘩売られても、ホイホイ釣られるとは思えないわ」
若い御曹司派閥だけならともかく、本部全体が慌ただしい感じだ。しょぼい喧嘩じゃなく、普通に武闘派組織としての仕事だろう。
出直そうかなと思ってると、やたらと覇気のある老婆が外に出てきたじゃないか。老婆と一緒に見覚えのあるベテラン戦士も一緒だ。二人は私たちの車両に向かって歩いてくる。
「あのババア、のこのこ出てきやがった」
どっかからの監視に引っかかって私たちに気づいたんだろう。それにしても御前のほうから外に出てくるとは思わなかった。
老婆は近づくと勝手に後部座席のドアを開いて乗り込んできた。護衛のおっさんは外で待つらしい。
「また間の悪い時にきたもんだね、お前たちは」
「久しぶりだな、御前様よ。そっちは忙しそうじゃねえか、何があったんだ?」
「帝国の馬鹿どものヤサが分かったのさ。これから血祭上げに行くんで忙しいんだよ。その前にもちょっとしたネズミ捕りがあったからね」
ほう、裏切り者かスパイを始末したらしい。いよいよ本腰入れて、ベルリーザに浸透した帝国を叩くようだ。
「だから殺気立ってんのか。その様子じゃ、教会の奴らに構ってる場合じゃなさそうだな」
「調べ事は進めてるさ。そいつを教えてやろうと思って、こうして出てきたんだよ」
なるほど。出直そうかとは思ったけど、私たちなら普通に乗り込んできかねない。ややこしいことになる前に、御前が自ら出てきたってことか。
「それで? 何か分かった?」
「ダメだね。教会の奴らも馬鹿じゃない。これっぽっちも不審な動きはなかったよ。怪しい研究所の話も聞いちゃいるが、そこは切り捨てるつもりだろうさ。これ以上調べても無駄だろうね。ベルリーザの教会は表向きどこも真っ当だよ」
「尻尾は出さねえか。徹底してやがるな」
本当に真っ当なのかもしれない。普通に教会を運営する奴らが、裏事情のことを何も知らない可能性は十分にある。あの悪の巣窟エクセンブラですら、教会は善良な組織だったと評価してるんだ。
後ろ暗いところがあれば、証拠までは掴めなくても必ず不審な点は残る。それすら何もないとなれば、疑ってかかっても無駄だろう。たぶん裏仕事を専門にする奴らの仕業だ。
「私たちもさっき教会に行ってみたけど、妙なところは何もなかったわ。探るなら本丸の聖都を狙うしかないわね」
「そうだろうね。だが、一つ分かったこともある」
「なによ、もったいつけて」
「奪われた指輪のことだよ。お前たちの学院でもペンダントが盗まれただろう? あれに入った刻印の意味が分かった」
「もう分かったのか。で、何だったんだ?」
さすがはアナスタシア・ユニオンの伝手だ。調べ上げてくれたらしい。
あの奪われた古いアクセサリーには、効果不明の刻印が入っていた。アナスタシア・ユニオンの守りを突破してまで強奪したアクセサリーが無価値なはずはなく、必ず何かある。それが知りたかったんだ。
「苦労させられたがね。とにかくあの刻印の意味は『解禁』あるいは『解放』、そうした意味を持つらしい」
解禁か解放、言葉の意味としては決して悪い意味じゃない。でも受けた印象は逆だ、嫌な感じしかしない。
「……たしか指輪については、魔力を込めても何も発動しないガラクタとか言ってたわね」
「あぁ? どういうこった」
「つまり使う場所が限定されてる……解禁か解放、それを成し得る場所で使わないと意味がない。そういうことじゃない?」
「さてね。結局のところ、盗んだ奴らに聞いてみなけりゃ分からんさ」
聞くまでもなく簡単に想像できることだ。
魔道具の盗難事件は大陸各地で何件もあったと以前に聞いた。それらが解放の意味を持つ魔道具だったら、何かの封印を破る目的があった以外に考えられない。
大陸各地で急に湧き出たアンデッド。
疑問点は色々あるにしろ、つまりはそういうことだろう。




