廃棄物処理場の悪魔
ゴミ処理場はその性質のため、周囲には民家もなければ商店もない辺鄙な場所にあった。
大陸最大の都市ベルトリーアには、当然ながらゴミ処理場はいくつもあって、あれはその一つにすぎない。別に珍しくもなんともない施設だってのに、遠目からも分かる汚れた感じが、アンデッドの話を知っているとどうにもホラーを感じさせる。
秘密のアンデッド研究所があるって言われても、何ら不思議には思わない印象だ。これが夜間だったらもっと雰囲気出るだろうね。
「退去命令が出てるって話だったけど、何人か敷地内に残ってるわね。ムーアが言ったとおり、ここは当たりみたいよ」
「そいつらの所に行きゃあ、いいんだろ? 分かりやすくていいな」
「ですね。ゴミ処理場の中を探し回らずに済むんで、その点はありがたいですよ」
管理者が生真面目だったらゴミ処理場と言えども清潔に保てるのかもしれないけど、あそこはどう見ても悪臭漂う汚れた場所だ。
裏街道や地下での活動を主体とする稼業の私たちにはお似合い、なんて抜かす奴らはいるだろうね。実際、ゴミ処理やら産廃処理やらなんてのは、汚い上に危険のある基本的には誰もやりたがらない仕事だ。しかし必要不可欠な仕事であることは誰もが認めるだろう。
ところがだ。誰もやりたがらない割には安い仕事でもある。
本来なら逆に高給取りにしないとバランスが取れないと私は思うけどね。権力者は儲けにならない事にはとことんケチだ。
でもって、そんな仕事を誰が引き受ける?
汚くて危険、普通の人がやらない仕事を引き受けてやろうってのに、大して稼げないんじゃ割に合わない。いったいどんな奴がやる?
当然、普通に真っ当に生きてる奴らはよっぽどの変わり者じゃきゃやらないだろう。
逆に真っ当には生きられない事情のある奴らがやるしかない仕事ってわけだ。
行政からのそんな仕事を引き受け、真っ当じゃない奴らに割り振って日銭を稼がせてやるのが私たちのような稼業の役割でもある。
職業差別や倫理、徹底的な法の支配とは縁遠い世界なら、自然と行き着く役割分担だ。身分の差があり、法の下の平等なんてものはお題目としてさえ掲げられてないんじゃ、そうなるのも当然だろう。
お日様の下を堂々と歩けない奴らだって、生きていくには金を稼がなきゃならない。安易に犯罪に走らないなら、嫌なことでも仕事は仕事だ。少なくても食うに困らない程度の稼ぎは得られる。
私だって薄汚れた場所でアンデッドなんかと戦わないといけないんだ。これが業ってやつなんだろう。
もっとも、私には力があるからね。嫌な仕事でも引き受けてやる代わりに、報酬はたんまりともらい受ける。
「とりあえず、車で行けるところまで行きます」
二台の車両で処理場の敷地内に入り、人がいると思しき場所を目指して進む。
普段ならそこらで働く人を見かけるだろうに、だだっ広く雑多な場所に人がいないのはどうにも違和感を覚える。夜ならともかく昼間だし、急な退去命令のせいか作業道具みたいなものがそこらに放置されてるのも、なんだか急に人が消えたみたいな雰囲気を感じて不気味だ。
「この先、立ち入り禁止って書いてますね」
敷地内の奥に進んでみれば、この先はフェンスで囲まれた区画のようだ。
「関係ねえ、このまま突っ込め」
フェンスの扉は南京錠みたいな鍵が掛けられてるだけだ。あんなもん普通に突破できる。
少しの衝撃だけで突破した車両が何事もなかったように奥に進み、すぐ先に見える建物の前で停止した。
「なるほどな、聞いたとおり変な魔力反応がありやがる。こいつがアンデッドか?」
普通に感知できてしまうことがおかしい。秘密の施設なら入念な対策があってしかるべき。それがないのは、何事かがあったからだと想像できる。
たぶん情報部がヘマした結果として、魔力感知が通るのだろう。潜入調査中に隠ぺいの魔道具を破壊でもしてしまったんだろうね。まあ過ぎたことはどうでもいい。
「魔力だけじゃ、どんな種類かまでは判別できないけどね。アンデッドがいるのは間違いないわ」
「なんか、こっちに近づいてきてませんか?」
特徴的な魔力に動きがある。私たちは隠密行動してないし、車両の音だって丸聞こえだったはずだ。敵は早速、アンデッドをけしかけようって魂胆らしい。
秘密のアンデッド研究所の存在を知らぬ存ぜぬと誤魔化すんじゃなく、邪魔者を問答無用に排除しようとはね。ろくでもない奴らだ。すでにアンデッドのことは聖都が発表済みだから、もう開き直った感じだろうか。
あれ、でも開き直った行動をするにしても、アンデッドの数は多くない。大部隊を相手に継続的に戦えるような戦力は無さそうに思える。
そうすると、これは時間稼ぎ?
もしかしたら証拠隠滅に走る可能性が考えられる。ムーアのオーダーは研究成果の奪取なんだから、それが達成できないのは困る。
急ぐ必要はあるけど、アンデッドとの戦いには慎重を期したい。どうしたもんかな。
「ふーむ……とりあえず狭い屋内でやらないで済むなら、そっちのほうがいいわね」
車両から降り、アンデッドのお出ましに備える。
「誰か二人、裏に回っとけ。エマリーは周辺警戒に専念だ、一応な」
ここぞとばかりに二人が立候補し、そそくさと建物の裏側に走っていった。たぶん、アンデッドとの戦闘が嫌だったんだろう。気持ちは分かる。
周辺警戒を言い渡されたエマリーもどこぞへ移動し、この場には私とグラデーナ、そして残り二人のメンバーで計四人だ。向かってくるアンデッドと思しき魔力反応は少なく、追加投入される気配もない。となれば、四人は過剰な戦力と判断していいだろう。
「グラデーナ、ここは任せた。私は中の奴らを押さえるわ」
「おいおい、アンデッド戦の経験者はユカリしかいねえんだぞ」
「敵の魔力は小さいから雑魚よ、その道具があれば何も問題ないわ。とにかく攻撃を食らわないようにね、そんで頭を狙えばいいのよ」
対アンデッドに使える道具があるんだ。私の経験はすでに話したし、魔力反応からして戦力的に問題ない。むしろ私の出番なんかないだろう。
「それに研究成果を破棄されたら最悪よ。余計な事される前に取り押さえないと。すでに遅いかもしれないけど、このまま見過ごすことはないわ」
「……分かった。言うまでもねえが、ここは敵のヤサだ。油断すんなよ」
この場はみんなに任せる。グラデーナたちなら、早々に片づけて後を追ってくるだろう。
魔力感知と目視で確認する限り、この建物は地上三階建てに地下が二階まである構造だ。例によって敵の潜む場所は地下だから、地上は無視していい。
ゴミ処理場の中のこの建物の役割は、たぶん表向きには事務処理や魔道具を集中的にコントロールする施設なんだと思う。地下が秘密のエリアだ。
さっさと敵を取り押さえたいことから、家探しせずに最短距離で地下を目指す。
「ガキの使いじゃないんだから、間に合いませんでしたじゃ話にならないわね」
目的は研究成果の奪取なんだ、のんびりしてる場合じゃない。さくっと窓を破って侵入して床に穴を開け、地下一階に飛び降りる。
敵と思しき人間の魔力反応はさらに下だ。もう一度同じ事を繰り返し、今度は地下二階に降りようとして思いとどまる。
床に穴を開けて感じたのは、強烈な冷気だった。
「冷凍室?」
嫌な予感どころじゃない。以前、貴族宅にあった冷凍室を思い出した。
ムーアによれば、あそこには普通の死体が冷凍保存されただけじゃなく、アンデッドが混じっていたと聞いた。
ここはゴミ処理場だ。まともに考えたら冷凍室なんかあるわけない。つまりはそういうことだろう。
嫌悪感をねじ伏せ、光球を中に放って足場の確認だけすると思い切って冷気の中に飛び込む。
ざっと素早く中を見回す。そこで思わず目を見開いた。
冷凍室の中は想像よりも広く、学校の教室四つ分くらいはありそうだ。
間隔を開けて寝台がいくつも並び、そのほとんどが埋まってる。死んだ人間、あるいはすでにアンデッド化した連中だ。冷凍室は魔道具の気配が強くて、微弱な魔力の感知や判別が難しい。私でもちょっと見ただけじゃ分からない。
でも、見ただけで分かる存在もあった。
「……なによ、あれ」
奥のほうの寝台に、真っ白に凍り付いていても明らかに人とは異なる存在があった。
身の丈二メートル半くらいはあるだろう。基本的には人型っぽいけど、頭部にはヤギっぽい大きな角がある。でも人間にしては大柄すぎるし、角の特徴が禍々しすぎてどの種族にも当てはまらない。とはいえ、あんな魔獣の存在は色々と勉強した私でも知らない。未知の魔獣だろうか。
「考えてもしょうがないか。今はそれより」
なんにしても凍り付いて動かないなら脅威はなく無視でいい。どうせ考えたって頭の中に正解はないんだし、知りたかったら答えを知ってる奴に聞くのが一番だ。
もはや誤解や勘違いの余地はなく、ここが秘密のアンデッド研究所であることは確定だ。あとは首尾よく仕事を済ませるのみ。
部屋から出る前に穴を開けた天井を塞ぎ、廊下に出てから部屋自体も魔法を使って適当に封印する。冷凍室をどこかのコントロールルームから操作できるとすれば、いつの間にかアンデッドを解凍される恐れもある。不意打ちを食らうのは遠慮したい。
急ぎ人間の魔力反応に向かって進む。
フロアは広く、単純明快な構造とは真逆だ。如何にも秘密施設って感じで構造は複雑。廊下は短くて見通しが悪く、いくつもの扉を抜けないと目的地に到着できそうにない。
扉のすべてに魔力認証キーが設置され、こじ開けて入った扉の先が通路じゃないこともざらにある。まったくもって面倒くさい。
この施設を奪う目的がある以上、あんまり無茶はしないようにと思ってたけどこのままじゃ敵に時間を与えすぎる。少しの無茶はしないと目的が果たせない確率が高まるだけだ。
開き直った気持ちで、もうまっすぐ進むことにした。
通路かと思って開けた扉の先が部屋でも関係ない。まっすぐ進む。
腕力に任せて壁際の棚を乱暴にどかし、壁に穴を開ける。開けた先が隣の部屋だろうが通路だろうがどうでもいい。邪魔な物はどかして進むのみ。
ショートカットできれば大して時間はかからない。
そうやって、人のいるすぐ隣の部屋に到着した。一応、グラデーナたちに通信で知らせるかと思ったけど、強い魔力を放つ道具がたくさんあるせいか、通信の魔道具が機能しなかった。いざとなれば天井をぶち抜けばなんとかなるし、今は諦めよう。
さくっと壁に穴を開けて突入、そしていきなり誰かと目が合ってしまった。
「……い、急げっ」
「あ、ああ」
入った部屋は広い。物や資料が机の上に乱雑に置かれ、なんだか良くわからない器具や装置もたくさんある。完全に研究所のそれだ。普通に考えてこんな部屋がゴミ処理場の中にあるわけない。
そんな部屋にはあらかじめ魔力で感知した通り、数人の男女がいて何かの作業中だった。研究を破棄して撤収するなら、それらしい雰囲気があるはずなのに何をやってんだろうね。
わずか数秒の観察でも、部屋の壁から登場した私には奴らも気づく。
一瞬だけあっけにとられた様子だったけど、厳つい格好の部外者が現れれば敵だと認識するのは当然だ。しかし私の排除に動くんじゃなく、何かの作業を急ぎ進めてる。
何をやってるのか不明だけど、とりあえず阻止だ。
素早い魔法行使。石材の床から魔力を通し、短いトゲの魔法で全員の足を串刺しにした。
立ってる奴は倒れるかしゃがみ込み、椅子に座ってた奴らもうずくまるか椅子から転げ落ちた。
激痛に悲鳴を上げる奴らに構わず告げる。
「――黙れ」
怪我の痛みとは別の、息を飲むような悲鳴が聞こえた。
魔力の威圧だけですくみ上るとは、大胆なことやってる癖に情けない奴らだ。
でもここは魔道具だらけの部屋。誰かが何か魔法や道具を使おうとしても、魔力だけで気づくのは容易じゃない。右目をかっぴらいて注意深く見張る。
トゲで貫かれた痛みにあえぐ奴らしかいないことから、この場に戦闘員はいないようだ。秘密裏にとんでもない研究やってる割には、警備兵も置いてないとは拍子抜けね。
さて、どうするかな。下手に尋問しようとして、前みたいに自害されたら最悪だ。
貴重な情報源だし、ムーアのオーダーは生かして捕らえることだった。余計なことをするのはやめておこう。
「こ、こんなところで終わってたまるか。やっと、やっと成功したんだ!」
「そう、そうだ……ここで使わねば俺たちが終わる。使うなら今しかない」
「やめろ! 俺たちの身まで危険にさらされるぞ!」
黙れと言ってんのに、うるさい奴らだ。何をやろうとしてんのか知らないけど、やらせはしない。
根性見せた野郎が一人、足をトゲに貫かれたまま立ちあがったのは褒めてやる。でもそこまでだ。
とりあえずと麻痺毒をばら撒いたら、即座に浄化されてしまった。さすがは怪しい研究やってるだけのことはあって設備は上等じゃないか。この隙に動いた一人に感化されたのか、別の奴らも痛そうにしながら身を起こした。まったく、無駄な根性出しやがって。
「動くな」
魔力を乗せた声での命令は、非戦闘員を威圧するのにちょうどいい。しかし私の力の発露に怯える気配は見せたものの、開き直ったのか奴らは気を奮い立たせて動く。
まあ、大人しく言うこと聞くような悪党なんかいない。特に狂信的な奴らは余計にそうだろう。
だったら遠慮なく実力行使だ。最初に動いた野郎には、横っ腹に鉄球をくれてやった。
執念とでも言うのか、野郎は手を伸ばしながら前のめりに倒れる。そしてその執念は伝播でもするのか、ほかの奴らも目の前の机に手を伸ばそうとしてる。
なんだ、こいつら。何をやろうとしてるのか、かなり不気味だ。
「うわああああああああああああっ」
執念やら恐怖やらで、もう頭がおかしくなってるんだろう。意味不明に叫んだ野郎に対しても、同じく鉄球を投げつけ黙らせる。
ところが、さらに数人が悲鳴のような叫びをあげながら行動しようとするもんだから、こっちも慌てて鉄球の投擲を繰り返すしかない。
腹に鉄の球を食らって息を詰まらせた奴らが派手に倒れこむ。
しかし何事かを許してしまったらしい。警告音と共に赤いランプが点滅を繰り返し始めたじゃないか。
「ちっ、なんだってのよ」
机の上に手を伸ばしながら倒れた奴がいる。そいつが何かの装置に触れたんだろう。意図しての結果かどうかは不明だけど。
何が起こるのか警戒してると、奥の頑丈そうな扉がゆっくりと横にスライドして開いた。まだ意識のある研究員たちが放つ緊張感に支配された部屋で、ちょっとばかし興味を惹いたことから様子を見るためしらばく待つ。
数十秒から一分くらいは経っただろうか。じれったい時間を経てそこから現れたのは……グロテスクと表現できるような大きなヤギっぽい角が特徴の巨人だ。
身の丈は二メートル半くらいで、筋肉質の大柄。あれは冷凍室で見たのと同タイプだろう。申し訳程度の腰布だけを巻いて、あとは裸だ。灰色をした肌から生気はまったく感じ取れない。
鬼のような形相に収まる双眸、白目のない黒い目はどこを見てるのかさっぱり分からず、牙の生えた口や狂暴な気配から本能的な恐怖を覚える異形だ。
「あれがアンデッド? 冗談きついわね……まるで悪魔じゃない」
感じ取れる魔力は完全にアンデッドのそれ。通常の生命体とは違う。
見た目はもう悪魔としか形容できない存在だ。冥界の森でもあんなのは見かけなかった。いや、ひょっとしたら居たのかもしれないけど、あの時は暗闇の森でほとんどのアンデッドはスルーしたからね。
「ひ、ひぃっ」
悪魔っぽいアンデッドが力強い足取りで部屋に入ってきたのを見て、奥の扉近くにいた女が思わずといった悲鳴を漏らした。
声に反応したのか、悪魔が手を伸ばして頭を掴み――いとも容易く握り潰した。
年内最後の更新です。来年も週一更新できればと思っています。どうぞよろしくです!
お気軽に感想やコメントなどいただけるとマジで嬉しいので、恥ずかしがらずにぜひ書いてくださいね。いつでも歓迎しています。いや、ホントに!
活動報告も投稿しましたので、そちらも良ければチェックしてください。いえ、やはり大したことは書いていないので、特にはいいです。それではまた!




