ブラック的よくある予定変更
ムーアとの通信内容は、この場にいるホテル組のみんなには私の声しか聞こえてない。
それでも不穏当な内容であることは理解できただろう。注目が集まる。
「ユカリ、復活とか何とか言ってたが、なんかあったのか?」
「ムーアの奴からよ。誰か、ホテルから新聞取ってきて」
「新聞?」
「大事件が起こったんだって。新聞読めば分かるみたいよ」
奴もまだ新聞発表以上の情報は掴んでない状況らしかった。素直に新聞を見れば、それだけでみんなにも情報共有できる。
「じゃあ、あたし取ってきます」
ちょうどドアの近くにいた娘が出て行った。
私の対面に座ったグラデーナは面倒事の予感に眉をしかめる。
「朝っぱらから事件の記事で情報部から通信だと? まさかウチの記事じゃねえだろうな」
「そうじゃないわ。アンデッド関連よ」
「……秘密作戦じゃなかったのかよ。どっから漏れやがった」
「漏れたんじゃなくて、本家本元が発表したんだってさ」
「本家だと?」
「ムーアが言うには、聖都が新聞ギルド経由で発表したらしいわね。アンデッドが復活して、大陸各地に出たんだって。とにかく新聞見れば分かるんじゃない? あいつらも現時点じゃ、これから調査するみたいだし」
みんなさっぱり理解できないって顔だ。それほどまでに突飛な話に聞こえたんだろう。
私たちのようにアンデッドの存在を伝説じゃなく、とっくに実在すると分かってても信じがたい話だ。いきなり大陸各地にアンデッドが出たなんて言われても、酔っ払いが妄想か夢の中の話をしてるとしか思えない。そんな話を権威ある教会の総本山が発表したわけだ。
たぶん大陸中で混乱ってよりは、困惑した状況になってるんじゃないだろうか。
いや、アンデッドが出たのが本当なら、該当の地域はまさしく大混乱の阿鼻叫喚の状況に陥ってるかもしれない。ベルリーザでも出現してるらしいし、本当の話なら他人事じゃない。
というか、具体的にどこなんだろうね。各地で数千から数万規模って話みたいだから、私たちが襲撃する予定だった研究所程度の施設から逃げ出したとかそんな規模の事件とは違うはずだ。
まあそこまで数が多い上に表沙汰になってるなら、普通に騎士団が対処するべき事態だ。火の粉が降りかからない限り、私たちの出る幕じゃない。
問題はやっぱりアンデッドの数と種類かな。特別な道具がないと倒せない場合には、いくら精強な騎士団でも対処は難しい。聖都からの応援を頼む以外にないとしたら、国としてのメンツも立たないし大変だろうね。
「しっかし、大陸各地かよ。場所によっちゃあ、ウチも無関係じゃいられねえな」
まったくだ。エクセンブラやリガハイムは自衛が基本だし、取引先の地域が困ってるなら応援を出す必要が生じるかもしれない。
それに騎士団や傭兵で手が回らない場合には、行政区やロスメルタ経由で対アンデッド戦に駆り出される可能性もある。
「エクセンブラのほうなら、ジークルーネが上手いことやるわ。それより危ういのはここベルリーザね。もしもの話、帝国やら大陸外やらの勢力とアンデッドの話が連動してるとしたら、かなりきな臭いことになるわよ」
さすがに首都であるベルトリーアが、いきなり戦火に飲まれるような事態はないと思うけど、いざ戦争が本格的になってしまえば大変だ。魔道人形倶楽部の大会なんか、やってる場合じゃなくなる。妹ちゃんを心配した総帥から、早々にエクセンブラに戻るように連絡があるかもしれない。
ベルリーザ情報部は状況の見極めと調査で、朝から想像を絶する修羅場状態になってるだろう。ご苦労なことだ。
「会長、一部取ってきました!」
部屋に戻った娘が新聞紙を広げてテーブルに乗せた。
一面にはムーアが言った通りの大見出しだ。
「どれどれ……『伝説のアンデッド復活!? 聖都が重大発表!』だってよ。なんか嘘くせえな」
「ゴシップ誌みたいな調子ね。これ、新聞ギルドの連中も信じてないんじゃないの?」
なんでも、古代文明の遺跡に封じられたアンデッドが、何らかの原因によって復活したと思われるうんぬんかんぬん……聖都はいち早く兆候を掴み、今回の発表に至ったとかどうとか。
「エマリー、ホテルの様子はどうだった? 誰か新聞読んでる奴はいなかったか?」
「まだ朝早いですからね。ロビーで寛いでる人はいなかったです。ホテルの従業員も特には気にしていないようでした」
そんなもんだろう。アンデッドってのは、あくまでも伝説の存在としてしか知られていない。
復活が本当のことだったとして、どこか遠い世界で起こった不思議な出来事くらいの感覚だろうね。己の身に脅威が迫らなきゃ、人間なかなか危機感なんか持てない。
「出現地域の一覧を見ると、ブレナーク王国は入ってないみたいですね」
見出しや曖昧な調子の記事は嘘くさく思えても、アンデッド出現の地域は具体的に書いてあるようだ。これを見れば少しだけ信憑性を感じられる。
「エクセンブラとリガハイムは大丈夫そうね。ベルリーザはっと……キーシブル島? どこよ、これ」
「誰か知ってるか?」
みんな顔を見合わせるばかりだ。ベルリーザの地理に明るくない私たちは、よっぽど有名な場所か自分たちに関わりのある場所くらいしか頭に入ってない。
「そういえば……あったあった。こっちの部屋に地図があるんで探してみますよ」
隣の部屋の壁にはベルリーザの地図が貼ってあるらしい。どれどれと見に行くことにした。
すぐには分からず、みんなで地図を眺めて探す。
「島っつってもな。ざっと数百はありそうじゃねえか? せめて大体の位置か、どのくらいでけえか分かればな」
「キーシブル島に出たアンデッドは、五万から七万と推定って書いてあったからね。それなりに大きな島じゃない?」
「あ、あった、ありました。これですね」
指差された場所にあったのは、ベルトリーア港からは結構離れた場所だ。縮尺や地図の正確性がいまいち不明だから、具体的にどのくらい沖にある島かは分からない。無人島じゃなく、同名の町と港まであるそこそこ立派な島ではあるっぽい。
「こんな島に五万体以上のアンデッドだと? 住んでる連中以上の数じゃねえのか?」
「それってもう絶望的じゃないですか? こんな島に大した戦力が常駐してるとは思えません」
「さてね。さっきムーアは急いで調査するとか言ってたけど」
縮尺が不明の地図を見ても、実際の距離は全然読み取れない。
戦力を送り込むにしたって、まずは調査が先だろうし、国としては最悪でもキーシブル島って所にアンデッドを封じ込めることを優先するだろうね。為政者が合理的に判断するなら、島から逃げた船を大陸側や別の島に上陸させることだって許さないだろう。船にアンデッドが紛れ込んでるかもしれないんだ。
離島に限った事件なら大陸側での混乱は最小限に抑えられるけど、あちこちにアンデッドを運ばれてしまっては大変なことになる。
「ユカリ、ムーアの野郎はそっちの島にあたしらを送り込もうって腹じゃねえだろうな?」
「さすがにないわ。数が数だし、騎士団が対応するわよ」
「でも五万体以上のアンデッドと戦える道具なんか持ってるんですかね?」
「無理なら島に封じ込めるだけで、後は教会頼りになるんじゃない? いずれにしても少数の私たちが駆り出される規模の事件じゃないわ」
邪龍みたいな強力な一体のアンデッド、とかなら条件次第で引き受けてやってもいいけどね。でも一体なら普通に騎士団が対応するだろうから、なんにしても私たちの出番はないと思える。
「あ、そういや引き受けた仕事は一時保留になったから」
「七日後のやつか。まあ下手なことできねえ状況になっちまったからな」
「秘密のアンデッド研究所が聖都の肝いりだった場合、勝手に潰したら不味いことになりますもんね。ベルリーザには応援送ってくれなくなるかもです」
大陸規模でのアンデッド復活が本当なら、適当な後付けの理由でもアンデッド研究には大義名分が得られる。宣伝の仕方によっちゃ、人類の希望みたいな言い方だってできるだろう。
とにかくアンデッドについては教会の専売特許なんだ。あれらがどんな特徴を持ってて、具体的にどう対抗できるかなんてのは、過去の資料をたんまり持ってる上に現在でも研究やってる教会にしか知見がない。
冥界の森で戦った経験のある私たちだって、何となくの感じでしか分かってないのが実情だ。教会が持ってる知見があれば、あの邪龍にさえもっと楽に勝てるのかもしれないし。
「つまんねえが、出番がないんじゃしょうがねえ。ふあ~あ……そろそろ寝ようぜ」
なんやかんやと結局は徹夜してしまった。
今から学院の寮に戻るのは億劫だから、私もベッドを借りるとしよう。
――気持ちの良い眠りは通信機の着信によって破られた。
右目を薄く開けてみれば、カーテン越しに差し込む光はとても明るい。たぶんまだ昼前くらいだろう。
睡眠時間的に少し足りない。のそのそとした動きで腕を伸ばし、板状の通信機を手に取った。
「……誰よ?」
「ムーアだ、今から動けるか?」
今から……また急な話だ。
「例の件は保留じゃなかったの?」
「今朝の時点ではな。いいか、手短に話すぞ」
はあ、しょうがない。こっちも報酬は欲しい。やれることはやってやる。
「送ったリストの四番目を見ろ。そこを接収したい」
秘密のアンデッド研究所と思しき場所は、怪しいとされる候補地に過ぎないけど十か所近くあった。
それの四番目はたしか、ゴミ処理場だったはずだ。嫌な場所だったから覚えてる。
「……まだ昼間じゃない。今から接収って、普通に人が働いてんじゃないの?」
地域一帯のゴミを処理する場所なら、機能的に小さな施設とは違うはずだ。それなりの数の労働者がいるだろう。関係者全員が教会の奴らとは思えない。
「そうだが、あそこは黒だと判明した。適当な理由をつけて、すでに強制力を伴った退去通知を出している」
「へえ、でも黒なら素直に出て行かない奴らがいそうね」
「だろうな。そいつらを確実に拘束してくれ、聞きたいことがある」
なるほどね。アンデッドに関して完全に教会頼りになるのは最悪だ。だったら教会に喧嘩売ってでも、研究成果を奪えばアンデッドへの対抗手段を得られるかもしれない。
それに複数ある秘密研究所の一つを潰したくらいなら、どうとでも言い訳はできるだろう。開き直ってはばからないのが権力者って奴らだ。
「分かった。でも今から準備して行くと、早くても三時間以上はかかるわよ。それと急な話になった理由は?」
「細かく説明している時間はない。必要が生じたということだ」
監視か偵察がバレたかな? 証拠隠滅される前に押さえたいってことか、また別の理由か。まあいい。
「必要ね……もしそっちのヘマの尻拭いをさせようってんなら貸し一つよ、覚えときなさい」
「とにかく事は一刻を争う。急げ」
言うなり通信が切れた。せわしない奴だ。
「ちっ、勝手な野郎だぜ。七日後と言った矢先に一時保留、と思ったら急に動けだと? 便利使いしてくれるじゃねえか」
あれからグラデーナたちを叩き起こし、ホテル組以外にも状況を共有した。装備だけ整えたら早速出発だ。
「便利屋扱いされてますよね、報酬をもらう以上は仕事はしないといけないわけですが……」
「急な出動を要請されるのは腹立つわね。でも一度でも出番があったからには、これで武器は返さなくて良くなったと思っていいわ」
「それはそうだがよ……まあ出番がねえよりはずっとマシか」
叩き起こされてグラデーナは少しばかり機嫌が悪い。
「私は移動中に少し寝るわ。現場近くになったら起こして」
「あたしも寝ちまうか。悪いが運転は頼んだぜ、ジンナ。お前も眠いだろうが居眠りはすんなよ」
「大丈夫ですって。アンデッド戦が楽しみで楽しみで、めちゃくちゃ気合入ってますから!」
なんだろう、随分と変わった趣味を持ってるっぽい。
グラデーナと一瞬だけ目を合わせ、特には追及せず車両に乗り込み寝ることにした。
とは言えだ。ついさっき起きて準備しての移動中なんだ。これからアンデッド戦を控えたせいもあり、眠気はもう飛んでしまってる。
暇な時間に寝たほうが効率的ではあると思うけど、気になることは多い。
まともに考えたらアンデッドなんてあまりにも恐ろしい存在だ。
動き回る死者が生者に敵意を持って襲いかかる――フィクションでも恐れを抱く人は多いだろうに現実に起こるわけだ。すでに死んでる奴をどうやって殺すって疑問が湧くだろうし、戦うどころか生理的な嫌悪感だって激しくこみ上げるのがアンデッドってものだ。
それに今まであんまり考えないようにしてたけど、重要な疑問がある。要するに自分がアンデッドになってしまわないか、そんな可能性がないかっていう重要極まる疑問が。
あんな存在がどうやって発生するかを考えれば、そりゃ当然ながら生者がアレに変わると想像できる。
じゃあ、どうやってアレになる? 死んだ生物が何らかの魔法的な要因によって、ある意味自然発生的にああなってしまう?
それだと教会が滅ぼしたって言い分は成り立たない。毎日毎日、たくさんの死者がいるんだ。どれほど低確率だろうが必ずアンデッドは発生するだろうからね。
つまりは創作物でよくある、例えばゾンビに噛まれた者がゾンビになってしまう的な、そういう感じなんじゃないだろうか。
冥界の森は屋外だったから基本的には接近して戦わなくても大丈夫だったし、あの時は余計なことを考える余裕がなかった。けど、これから向かう敵のアジトでは屋内での戦いを想定するしかない。まさかアンデッドを堂々と外に放つとは思えないからね、狭い場所での戦いは覚悟すべき。
万が一にもゾンビ的なアンデッドに噛まれでもしたら、躊躇なくその部位を切り落とすなどしたほうがいいのかもしれない。改めて考えてみれば、その辺の知識が私たちには全然ない。
ゾンビは分かりやすいかもしれないけど、だったらスケルトンは? レイスは?
あるいはアンデッド化なんてしないのかもしれないけど、何をされたら不利益が起こるか全然分からないのは非常に怖い。
分からないことは恐ろしく、また恐れるべきでもある。未知の存在には最大限の警戒をもって当たらなければ。
これから向かう現場を片づけたら、教会に寄って真面目に調べてみるとしよう。私の眼帯を用意してくれたあのシスターなら話もしやすい。
それに教会の動きを探ってるはずのアナスタシア・ユニオンにもまた話を聞きに行きたい。ハイディたちが探ってる裏の動きのほうに何かないかも気になるところだ……――――――。
「――起きてください! もう着きますよ」
呼びかけに浅い眠りから引き上げられる。考え事してるうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「よっしゃ、気合入れ行くか」
同じタイミングで起きたグラデーナが自分の頬をぴしゃりと叩いた。私も含めて、未知の存在と寝起きの状態で戦うのはちょっと良くない。
狭い車内で体を伸ばしながら、戦いへと意識を切り替えた。
うん、十分以上の警戒心を持って事に当たるべき。想像以上の最悪を押し付けてくるのが、この世の理不尽ってやつだからね。
予定では来週こうだからね、やっぱなしで、いや今からやれや!
そんな理不尽がまかり通る世界もあります。わしの都合に合わせとけばええんじゃい!
次回では肩をすかさず、敵と相対することになる予定です。(予定です!)




