想定外の歴史的事件勃発
ベルリーザには教会の一派閥によるものと思われる、秘密のアンデッド研究所があるらしい。
そんな不気味かつ後ろ盾が大きそうで厄介な問題の解決を頼むなら、それに見合った報酬が当然あってしかるべきだ。
情報部と関わるようになってから、仕事の見返りについては何度も考えたことがある。今の状況を加味しつつ、要求を言ってみることにした。
「条件その一。もしウチと教会、この場合は聖都のほうね。ろくでもないことやってる一派閥じゃなく、本家本流の聖都と敵対することになった場合、ベルリーザが国として私たちキキョウ会の取り締まりに加担しないこと。これは実際のところの話であって、表向きにはどうでもいいわ」
アンデッド研究のことは表沙汰にせず、秘密裏に潰すのがベルリーザの方針だ。アンデッドのことも、教会に関わる施設を潰すことも、どっちも表沙汰になれば非常に面倒なことになる。秘密の作戦になるのはしょうがない。
誰にもバレないことが大前提の作戦。上手く行けばいいけどね、最悪のシナリオはアンデッドのこと含め、すべての悪事の責任をウチにおっ被せられるパターンだろう。
ベルリーザが聖都と敵対したくないのは理解できるけど、ウチだってそんな面倒な事態にはなりたくない。でも国の利益を考えた場合には、私的な組織にすぎないキキョウ会を悪者にして潰すほうが簡単とも考えられる。
本当はベルリーザにいざって時には全面的にウチのケツを持てと言いたいところだけど、国が悪の組織を、それも余所者をかばうなんてできっこない。無理な要求を告げて、こっちを潰す方向で考えてもらっちゃ困るんだ。
むしろいざって時に切り捨てられるからこそ、ウチのような組織に依頼したんだと考えるべき。
最悪のシナリオに進もうと、その中でもマシになる保険はかける。そこは絶対に死守したいし、無理なら依頼は受けられない。
もしもの場合にこっちが提示できる落としどころとしては、口先だけでキキョウ会を悪者にはしても実際にはベルリーザ当局は手を出さない。それを約束するなら、悪名くらい甘んじて被ってやる。
ま、もしもの時の話だ。そのくらいの最低限の保険はかけたい。
「……分かった。情報部として異論はないが、上の意向は確認しておこう。次の条件は?」
「条件その二。アンデッド絡みの拠点潰しなんだから、当然アンデッドとの戦闘が発生すると考えられるわね。未知の化け物相手の戦闘なんて、いくら私たちでも準備なしには突っ込めないわ。だからそれなりの道具をそっちに用意してもらう」
ゾンビやスケルトンなら普通に倒せることは分かってるけど、レイス系には特別な道具や能力がないと太刀打ちできない。そんなアンデッドがこの街にいるかどうか分かんないけどね。道具の準備は可能な限りやっておくべき。
それにアンデッドとの戦闘経験なんて、あるはず無いのが世界の常識だ。対アンデッド戦に使える武装の要求は至極真っ当な言い分であり、言わないほうがおかしい。
「教会の聖具、あるいは対アンデッドに使えるアーティファクトの準備か。もしアンデッドが存在するなら必要になるな。妥当な主張だ、それは手配する」
「ぶっ壊しても文句言われないよう、借りるんじゃなく最初からウチがもらい受ける形がいいわ。道具は安くないだろうけど、未知の化け物を倒してやると思えば安いもんよね? なんせ相手は伝説のアンデッドなんだから」
客観的には計り知れないリスクを私たちが最初に負うことになるんだ。情報部の監視員が遠目から対アンデッド戦を観戦し、そのデータをベルリーザの連中が活かすことにもなるだろう。
「本当に戦うことになるのであればな。しかし可能性としては十分にあり得る。戦える道具の必要性と同時に、譲渡についても認められるだろう」
「具体的には武器は剣でも槍でも何でもいいけど、最低でも三十本くらいは欲しいわね。可能なら好きなのを選んだり、複数装備することもあるから、予備まで含めて五十本くらいは見といて」
数については妥当な主張とは思うけど、聖具やアーティファクトは高級品だ。対アンデッドのみを想定した道具なら、限定的すぎるし需要も低いから超高級とまではいかない。
ただ現場を分かってない馬鹿が出費をケチって拒否する展開にならないよう、ムーアの奴には上の説得を期待したい。
「こちらとしても、お前たちにしくじってもらっては困る。数百から千以上も手配するなら面倒になるが、五十程度なら問題ない。最悪でも俺の裁量でどうにかなる」
よし、数をそろえようと思ったら苦労する道具だ。現代にはアンデッドはいないと思われてるから、手に入れるにしてもそこらじゃ買えないし自前で用意するのは難しかった。国の力が使えるなら余裕で集まるだろうね。というか、ムーアの口ぶりならすでに持ってそうだ。
手に入れば冥界の森を探索する時に大いに役立つし、五十ももらえるならこの時点で破格の報酬といってもいいかもしれない。
「続けて、条件その三。まだあるのか、なんて思ってないわね?」
「思っていない。道具だけでも安くは済まんが、聖都との間に起き得るかもしれない大問題を回避できるなら、お前の挙げる条件程度どうということはない。無理難題を言うつもりはないのだろう?」
「何度でも言うけど国にこっちから喧嘩売る気はないわ。売られたら別だけどね、今のところはそうはなってないし協力できることは条件次第でやってやる。んで、条件その三は土地と建物よ。ウチはベルトリーアに看板出すつもりだから、事務所として使える拠点が欲しい。当然、しょぼいのじゃ納得しないわよ」
そもそもは普通に探すつもりだったけど、こいつらに用意させられるなら資金も労力も省ける。
むしろ条件その一とその二は最低限の保険と必要経費なんだから、ここからが報酬と考えていい。
「事務所でいいならそれなりの場所を用立てる。むしろその程度で構わないのか?」
情報部は使ってないのも含めて隠れ家をたくさん持ってそうだし、必要に応じて巻き上げることも可能だろう。だからこそムーアは簡単に言ってるみたいだけど、ベルトリーアは大陸で一番の都市だ。その都市でそれなりの場所ともなれば、土地と建物含めてなんだから安くても億は下らない。その程度と言ってのける情報部高官様の価値観は一般の感覚とは違うわね。
「構わないわ、シマの問題があるからある程度の場所は指定するけどね。その範囲内であんたの差配に任せる。でもって、条件その四。これが本命よ」
「本命か、言ってみろ」
「二つか三つ、利権に一枚噛ませなさい」
魔道人形連盟を切っ掛けに、ウチは魔導鉱物の輸出入関連ですでにベルリーザでのシノギが回る手筈だ。そこに加えて複数の利権に食い込めれば、新興勢力としてシノギの点での不安は一気に解消される。
これはベルリーザのお偉いさんや金持ちとずぶずぶの関係になるのが狙いでもある。利権で一蓮托生の間柄になる人や組織が増えれば、何が起こってもウチを簡単には切り捨てられない。
そして利権はシノギと同時にコネも広げられる。何か一つに食い込めれば、そこから広げていく算段も付けやすい。
もし可能ならベルリーザでも港の一つを押さえたい。そうすりゃ、リガハイムとの船の行き来で邪魔者がいなくなる。さすがにそこまではちょっと難しいかもしれないけど。
「……利権か。俺だけでは決められんが、お前ならこちら側の得にもなると期待できる。約束まではできんが、上とよく相談はしてみよう」
「上手くいかせなさいよ。なんせ、こっちは教会と敵対するかもしれないリスクを負った挙句に、伝説のアンデッドと戦うかもしれないのよ? 利権の話はウチだけが儲かるんじゃなく、そっちも儲けさせてやるんだから気前よく頼むわ。可能ならどっかの港湾利権に食い込みたいわね」
売れる恩は可能な限り高く売りつけてやる。
表向きにはアンデッドってのは伝説の存在だ。物語の中での特別に邪悪な存在でもある。吹っ掛けてもなんらおかしくない。私は冥界の森で数え切れないくらい倒してるから、気持ち悪いとは思っても恐ろしいとは思ってないけどね。客観的にはとんでもない大仕事だ。
「あとはそうね、全部上手くいったら成功報酬も考えといて。それくらい欲張ってもいいわよね」
「その時の状況とお前たちの働き次第だ」
もらえるもんは欲張ってもらい受ける。遠慮なんかしない。
それにピンチはチャンスだ。この活躍の機会に、我がキキョウ会の名をベルリーザでもドドンと上げてやる。秘密作戦だから表沙汰にはならないけど、表での良い評判なんてのはウチのような悪の組織にとっては返って邪魔になる。厄介な仕事を完遂し秘密を守る姿勢は、ベルリーザ上層部での評判を上げると期待できる。そうすりゃまた儲け話に繋がるだろうし、ちょっとした問題が起こっても目こぼしに預かれるかもしれない。
本来ならこうした仕事はアナスタシア・ユニオンがやるんだろうけどね。あいつらは内輪でゴタゴタやってるから、突発的な厄介事にまでは手が回らないんだろう。
だから情報部も私たちを頼ってる。これについては運がいい。普通なら新参者にこんな大仕事は舞い込まないからね。ま、期待にはババンと応えてやろうじゃないか。
「よし、そんじゃ情報と道具の提供を待つわ。なるべく早く頼むわよ、面倒事は早く片づけたいからね」
「こちらとしても急ぎ片づけたいが、まだ諸々の隠ぺい工作に準備が必要だ。情報と道具は近日中には届けさせるが、勝手に走るなよ。襲撃日時はこちらから指定する」
「分かってるって。頼まれた仕事は必要十分に果たすわ。そっちこそ、こっちの条件がなるべく全部通るようにね。面倒な交渉を避けるために、最初から妥協点で条件提示してるってのを忘れないように」
「報酬については上もある程度は織り込み済みだ。俺からも上手く言っておく。おそらく問題あるまい」
色々と条件はつけたけど、たぶん吹っ掛けたようには思われないんじゃないかと思う。私としては道具さえ準備万端なら、伝説のアンデッドなんか別に怖くもなんともないし。その辺がこいつらとの認識や経験の差だ。
なんなら苦労アピールのため、邪龍が出てくれたって構わない。あの時には苦戦したけど、闘身転化魔法を会得した仲間や入念に準備した道具があれば普通に勝てるはずだ。
「……対アンデッドか。左目の恨みもあるし、やる気出るわね」
「アンデッドと戦うことにやる気を見せる者など、お前たちくらいのものだろうな。期待しているぞ」
金持ちやお偉いさんが抱えた厄介事を解決してやるなんて、悪党にとってよくある仕事だ。
持ちつ持たれつ、上手くやっていこうじゃないかと互いに不敵な笑みを浮かべた。
「言うまでもないが、この基地で見たことは他言無用だ。お前の仲間に話すことは仕事の上でやむを得ないが、余計なことは口にするなよ」
「まさに言われるまでもないことね。用件はこれで終わり?」
「ああ、学院まで送らせよう」
建物の外に出ると、行きとは別の奴が運転手役で送ってくれるようだ。
時間を無駄にしないよう、車内で少し眠ることにした。
閉鎖都市に連れて行かれてから二日後の深夜。
学院のある小山の麓近く、グラデーナたちが拠点にするホテルに大量の届け物があった。
てっきり私がいる学院に届くと思ってたのに、まさかホテルに行くとは。考えてみればこれは秘密作戦だ。学院の出入りにはアナスタシア・ユニオンのチェックが入るから、大量の武器を運び込んだら即座に不審な動きを察知されてしまう。
その点はホテルでも微妙なんじゃないかと思ったけど、麓のホテルにはクレアドス伯爵の息がかかってる。伯爵はホテル敷地内の隠れ家で、バドゥー・ロットの関係と思しき奴らに襲撃されたこともあるからか、すでに秘密を共有する関係者ってことみたいだ。詳しくは聞いてないけど、クレアドス伯爵は最初から情報部に関係する立場なのかもしれない。
グラデーナに呼び出されてホテルに行ってみれば、案内されたのは一度は訪れた伯爵の隠れ家だった。
「荷物と一緒に伯爵からも手紙が届いたぜ。このヤサを自由に使っていいってよ」
敵にバレた隠れ家に、隠れ家としての価値はない。伯爵は潔く放棄し、私たちに貸してくれたようだ。
「この屋敷で寝泊まりすんの?」
「あたしらが使ってる部屋より、こっちのほうが広いし快適そうだからな。ここなら宿代も掛かんねえし、その分はメシと酒代に回せるぜ」
大型トラックで運び込まれた荷物は、情報部が手配した対アンデッド用の武器がきっちり五十本らしい。今はホテル組のメンバーがせっせと運び込んでくれてる最中だ。
高価な物だから一つひとつがケースに収められているせいもあり、とにかくスペースを使う。広い屋敷には空にされた武器庫があったから、半分はケースから出して保管できそうだ。
「なかなか使える隠れ家ね。どれ、とりあえず対アンデッド用の武器ってのを見てみるか」
「それもいいが、先にこっちを見ようぜ。情報部からの資料が入ってるらしいが、ユカリしか開けられねえってよ」
グラデーナが取り上げたのはブリーフケースくらいの箱だった。どうやら魔力認証で開けるタイプの物のようだ。閉鎖都市内の魔道具で、私の魔力パターンを取られたんだろう。勝手な真似に少し腹は立ったけど、お国の情報部なんてのはそんなもんだ。きっと文句を言っても無駄だろう。
それに呪いによって乱れた魔力パターンを取られたところで、将来的には必ず解消するし、これまでの通常の認証を破ることもできないはずだ。
「まあいいか、開けてみるわよ」
受け取って魔力を流してみれば、封が解かれたのが分かった。さっそく開けて中の資料に目を通し、グラデーナに渡す。
「……七日後? 随分と悠長に構えてやがるな。武器が思ったより早く届いたからよ、作戦はすぐにやるもんだと思ってたぜ」
「隠ぺい重視みたいだから、なんか都合があんのよ。受けた側のこっちとしては、待つよりほかにないわ」
「暇になったな。しょうがねえが、新しい武器に慣れる時間が取れるなら、それに越したことはねえか」
こうして話す間にすべての荷物が運び込まれたようだ。みんな対アンデッド用の武器に興味津々で、ケースを開きながら中身をじっくり検める。
資料の中には武器の目録もあって、それによれば剣と槍がニ十本ずつに、その他の武器が十本らしい。
「アンデッド戦の経験者はユカリとヴァレリアだけか?」
冥界の森の時のメンバーは、ほかに第三戦闘団長アルベルト、第六戦闘団長ヴェローネ、第八戦闘団長ミーア、第九戦闘団長リリアーヌ、第十戦闘団長オフィリア、それと情報局伍長グレイリースだ。あとは戦闘支援団の若手メンバーが二人いたけど、ここベルリーザにいるのは私とヴァレリアだけだ。
「そういうことになるわね。作戦の前に対アンデッド戦の心得を話しとくわ」
「この武器さえありゃあ、普通に倒せるならいいんだがな。通用しねえ場合がおっかねえ」
たしかに。アンデッド相手に試し切りできる機会もないんじゃ、本当に通用するか分からない。情報部が用意したものが、まさか偽物のはずはないと思いつつ、武器は命を預ける大事な道具だ。他人を信じてぶっつけ本番で使いたいものじゃない。
「まだ時間あるし、独自で道具はいくつか手に入れとこうか。そこまでやって通用しないアンデッドがいるなら、もうしょうがないわ」
「よっしゃ、朝になったら商業ギルドに行ってみる。出すもん出せば、どっかいい店紹介してくれんだろ」
「そっちは任せる。んじゃ、もらった得物を見てみるわよ」
五十もの武器があれば、それぞれが妥協できるくらいのものはあるだろう。
アンデッド戦で主体的に動くのがグラデーナたちホテル組だから、学院組と情報局の分は後でいい。この場にいるみんなで、わいわいと武器の品定めを始めた。
そうして武器の試し切りや軽い模擬戦、冥界の森やアンデッドの話をする内にいつの間にか夜が明けてしまった。
すっかり日が昇った早朝、板状の通信機から着信があった。
トンプソンかムーアとしか、この通信機でのやり取りはしていない。奴らのどっちかだ。
「こんな朝っぱらからなんだってのよ?」
「急ぎの用件なんだろうが、どうせろくな話じゃねえだろうな」
せっかくリラックスした気分で、そろそろ眠ろうかと思ってたのに。
「まったく……こちらイーブルバンシー」
「ムーアだ、今朝の新聞は見たか?」
「いきなり何よ、見てないけど」
新聞を見たかなんて、世間話みたいな話をしたいわけじゃないだろう。にわかに緊張を覚える。
「聖都から新聞ギルド経由で重大発表があった」
ほう、教会の総本山からね。
「なんだってのよ?」
「心して聞け……アンデッド復活だ。聖都から正式にアンデッドの復活と聖戦を行うと宣言が出された」
早口で告げられた内容には唖然としてしまう。アンデッドに聖戦?
魔法薬によるアンデッドの実験を知ってる身としては、素直に受け取れるもんじゃない。やられたって印象を受けるわね。
「……復活ね。こっそり実験してたことを復活とかほざいてんの?」
自作自演でかつての栄光を取り戻そうって腹に思えてしょうがない。
「そんな規模ではない。詳細不明だが、大陸各地で数千から数万規模のアンデッドが出現したと聖都が発表した。真偽は分からんが、デタラメを言っているとは思えん。我が国にもアンデッドの出現が発表されたことから、大至急調査を進めているところだ。例の仕事の件は一時保留にする。くれぐれも勝手なことはするなよ」
一方的に告げられて通信が切れた。
どういうことよ。アンデッド復活の兆候があったから、教会は人工アンデッドを作って対策を練ったとか?
そもそもアンデッドは遥か大昔に教会が滅ぼしたって話のはずなのに、復活ってなんだ。
まあ冥界の森やほかの場所にもアンデッドは実はいたんだから、いつかは表沙汰になったと思うけどね。
しかし大陸各地で多数が出現って……全然実感わかないけど、本当のことなら驚天動地の大事件なんじゃないだろうか。
きっとこれからもっともっと騒がしくなる。ふん、面白くなりそうじゃないか。




