公然秘密の閉鎖都市
情報部が寄越した迎えの車両に乗り込み、深夜の空いた道を快適に進む。
ベルトリーアの中心付近からはどんどん遠ざかり、郊外へ出てもまだ着かない。
快調に飛ばす車両が街を出て、さてどこまで連れていかれるのかと思いながらも黙って方角だけ意識する。そうして二時間近くも経ってようやく何かが見えてきた。
ここら辺は今まで訪れたことはないし、近くにきたことだってない。でも、あれは心当たりのある場所だ。
周囲に建造物も人けもない道の先には、煌々と魔法の光で照らされた高い壁がそびえ立つ。
大きな門の横には詰所と武装した兵士。物々しい雰囲気は見るからに軍事施設だ。
しかし並の軍事施設とは考えにくい広大な敷地と、魔力感知で分かる数え切れないほどの大人数、これはもう街といっていい規模に他ならない。
ただし、ここは地図には載らない街だ。
「……閉鎖都市」
国によって厳しく立ち入りを制限された、公然秘密の場所だ。
そこに何があるのか、誰が何をしてるのか一切秘密の場所であり、一種の都市伝説のようにもなってる。しかし現実に存在する、そんな秘密の街が目の前にある。
さすがの私たちでも、こんな場所に探りを入れるような真似はしない。それは国家を敵に回すスパイ行為になってしまうからね。厳しい警戒態勢だって敷かれてるから、ベルリーザの敵対勢力でもなかなか手を出せるもんじゃない。
今から私をそんな所に招き入れようってわけだ。外国を本拠地にする、裏社会のドンの一人であるこの私を。
よっぽどの用件がなけりゃ、そんなことはあり得ない。
通信じゃ話せない用件だとは言ってたけど、まさかこんなことになるとはね。たしかに、ここなら盗み聞きされる可能性は考えなくていい。
速度を落とした車両がゆっくりと道を進み、門前で停止した。
ハンドルを握った情報部員が窓を開けて何かを見せ、門番が後部座席に座る私を見たのも一瞬のこと。あらかじめ話が通っていたのか、すんなりと門の先に通された。
決して簡単に通れたわけじゃなく、いくつもの魔法が多重に展開されたのを感知した。たぶん魔道具によって、何らかの検査や確認をされたに違いない。私でもよく分からないくらいに非常に高度なシステムだ。
そして当然ながらイヤリングの魔道具が沈黙した。この閉鎖都市内部において通信系の魔法や道具は阻害され、基本的に使用不可能なんだろう。特にゲストが勝手に持ち込む魔道具については。ベルトリーアの街からは距離がありすぎて、いくら私の魔力量でも通信はそもそも無理だけど。
若干の警戒心を抱きながらも表には出さず、車両から外を眺める。
閉鎖都市内部の道は広く、様々な用途だろう建物が間隔を開け整然と並び立つ。
意外なことに専門の庭師でもいるのか、街路樹や生け垣、花壇まであってしっかり整備されているようだ。
ただ車両から景色を見ただけじゃ、どこで何をしているのかはまったく想像もつかない。プロの諜報員なら、この景色からだけでも何か分かるのだろうか。
深夜の時間帯のせいもあり、人通りはほとんどなく魔道具での警備体制がしっかりしているのか見張り員や巡回する兵も特には見かけない。
通りの景色を眺めながら道を進むこと十五分程度も経った時だ。ようやく車両が大きなビルの前で停止した。
案内役の情報部員と共に車両を降り、どうするのか様子を見る。
「その……分かっていると思いますが、勝手な行動は慎んでください」
移動中から口数の少なかった情報部員が私に注意しつつも、ビビってる雰囲気が丸分かりだ。
たぶん、ムーアと関わるようになってからか、私がどういう人間か周知徹底されているに違いない。
相手が誰だろうと構わず喧嘩を買い、のうのうと生き残ってきたんだ。ベルトリーアにきてからの戦いは、情報部の監視下でも何度かはやってる。ぬるい評価は下さないだろう。
それに何も告げられずに閉鎖都市まで連れてこられても、泰然自若として動じない態度もある。意識してのことだけどね。下っ端情報部員のこいつにしてみれば、大陸東部で名を馳せる大物悪党と一緒ってこともあるし緊張するんだろうね。
私は特に返事もせず、周囲を見回すだけだ。
下っ端も返事があるとは期待してなかったのか建物に入り、私もそれに続いた。
建物の内部はあまりにもシンプルだった。
大きなビルに見合った豪華なエントランスやホールなどは無く、正面と左右に続く通路と、壁面にはいくつもの扉が並んでる。
磨かれたような灰色の石材は高級感があるものの、床も壁も天井もまったく同じの無機質な感じで、装飾品やらの内装らしい内装はほぼ無いと言っていい。最低限の灯りや空調、警備用の魔道具があるだけ。
受付みたいなものはないし、案内板やドアプレートの類だってどこにもない。知らない人間に親切にしようって気がゼロの感じが、いかにも秘密基地っぽい。
「白衣?」
右手の通路、ちょっと離れた扉から姿を現した男がいた。背中を向けて遠ざかるそいつの服装は研究者然とした白衣姿だ。
そういやムーアの奴に呼ばれた理由は、謎の青い魔法薬についてだった。ここは研究所の機能を持つ建物なんだろう。
「こちらです、付いてきてください」
うるさい奴だ、ちょっとくらいいいだろうに。よそ見して勝手にほっつき歩かないか、警戒しているようだ。
そこらの扉を開きたくなる衝動をこらえ、正面通路の奥に向かう奴に付いて行く。ここで無意味に暴れてもしょうがない。大人しくしよう。
通路を少し進んだ先にはエレベーターホールがあり、今度はこれに乗って地下に向かう。
階数表記のないエレベーターが数十秒程度も下ったあと、ようやく扉が開く。そうしてまた殺風景な通路を進んだら、やっと目的地に着いたようだ。
魔力認証キーで開かれた重そうな扉の向こうには、白衣姿の男たちと共に黒の軍服っぽい格好のムーアたちがいた。
彼らは何かを観察しているようで、二重に張られた柵から下のほうに顔を向けている。人だかりや角度の問題で、入り口付近のここからは何を見ているのかは不明だ。
つかつかと足音を立てて近づけば、下っ端情報部員が声をかける前にムーアの奴がこっちに気づいた。
「ご苦労、お前は戻って休め。イーブルバンシーはそっちに座ってくれ」
ムーアに声をかけられた下っ端情報部員が出入口に向かい、私たちはパーティションで区切られた簡易の会議スペースのような場所に入る。
「あれは?」
柵の向こう側を熱心に観察する奴らの様子が気になる。
「あとで見せる。まずは話だ。通信で軽く伝えたが、例の貴族のことをもう一度話してくれ」
「青い魔法薬を無理やり飲ませたって話よね」
「そうだ。自害したと聞いたが、具体的にはどんな様子だった?」
すでに一度は話した内容だから、こいつだって知ってるはず。前の時に漏れがなかったか、改めて聞きたいんだろうけど。
「たしか、何の薬か話せって言ったのに、言うこと聞かないから体で試したのよ。薬ビンを口に突っ込んで無理に飲ませてね、そうしたら断末魔の絶叫みたいな大声上げて……取り上げなかった魔道具でこっちを攻撃するのかと思ったら、自分自身を焼いて死にやがったわ」
「飲ませた時には生きていたんだな?」
「そりゃそうよ。殺しじゃなくて尋問が目的だったんだから」
あの屋敷は意味不明な不気味さ満載だった。冷凍保存された死体があったり、意識不明の奴らが何人も閉じ込められていたり。バドゥー・ロットについて調べに行ったのに、とんでもない事件に遭遇してしまった。
「……生きている人間にも効果あり、ということか」
「なんだってのよ?」
「青い魔法薬だ。あれの研究は進めさせているが、第三級の鑑定魔法を使っても効果不明だった。高度かつ複雑な魔法薬の解析には時間がかかる。だがあれほどの不審物をいつまでも放置できん」
「使ってみりゃいいじゃない。まだニ十本近くあったわよね?」
魔法薬を飲ませた貴族は自害した。それはどんな効果が出るか知っていたからこその選択だったと考えられる。謎の効果は使ってみれば分かりそうなものだ。人間に使うのが不味いなら、魔獣で試してもいいだろうし。
「実はすでに使っている。それがあの柵の向こうの結果だ」
行くぞとうながされ、なんなんだろうと思いながらも付いて行く。
そして柵の下を見下ろせば、十メートルくらいの深さで五メートル四方くらいの空間があった。そこには一人の男がいる。
「なに、あいつ」
「あれを見て何か分かるか?」
話の流れからして、あいつに魔法薬を使ったに違いない。奴は上から見下ろすこっちを気にかけず、底に設置された照明器具をじっと見つめるだけだ。
正気じゃない、パッと見てそんな印象を受けた。魔法薬の効果でそうなったんだろうか。ちょっと見た感じあちこちに怪我をしてそうだけど、痛そうにする素振りはない。
上から見下ろすだけじゃ表情も分からないし、こっちの話し声にも反応はない。
「様子がおかしいことは分かるけど、ここからじゃそれ以上は分かんないわね。入ってもいい?」
まどろっこしい。締め上げれば反応の一つくらい返すだろう。
「中に入るのはやめておけ。いいか、見ていろ」
何を思ったか、ムーアは懐からナイフを取り出した。すると下に向かって投げたじゃないか。
反応を誘うためかと思いきや、ナイフは頭に突き刺さった……え。
「なにやってんのよ…………あれ?」
倒れない。立ったまま死んだんじゃなく、何事もなかったように普通に立っている。少しだけ体が揺れるように動く様子からそれが分かる。
「まさか……」
魔力感知で探ってみれば、やっぱりだ。奴からは普通の人間が発する魔力を感じ取れない。
代わりに、遠い記憶になりつつあった魔力パターンを感知し思い出した。
あれは――――そうだ、アンデッドが発する魔力反応と同じ。
生物とは違う魔力、そして頭にナイフが刺さっても動じないあれはもう人間とは違う。
「目の前にいる存在を信じないわけにはいかないわね。あんなもん、教会に知られたら大変なことになるわよ」
「その結論に行き着くが早すぎるぞ。あれが何か、本当に分かったのか?」
「死んでるはずなのに動いてる。つまり、アンデッドじゃないの?」
ちょっと理解力高すぎたか。ただ、私がアンデッドの実在を知っていることは話がややこしくなるから秘密のままでいい。
「……結果を見れば疑いようもないか。そうだ、あれはまさしく伝説に聞くアンデッドだ。信じがたいことだが、お前の言う通り目の前にある事実を信じないわけにはいかない。例の青い魔法薬は、アンデッドを作り出す禁忌の魔法薬だ」
自害した貴族は自分がアンデッド化するのを忌避し、魔法の炎で自らを焼き尽くしたのか。あんなもんになるくらいなら、身を焼こうってのは理解できるかもね。アンデッドともなれば、宗教上の理由も関係してきそうだし。
「とんでもないことになったわね」
さっきの会議スペースに戻りつつ話す。
「大陸外や帝国の工作だけでも人手が足りていないというのに……次から次へと腹は立つが、起こっているのだから仕方がない。それと例の貴族の屋敷には死体が冷凍保存されていただろう? あれの半分はアンデッドだった。そのことから、まだアンデッド化していない死体に青い魔法薬を使ってみたのがアレだ」
え、あの時に見た死体の半分がアンデッド……全然気づかなかった。真っ白に凍り付いた死体を魔力感知で探ったりはしないし、さすがに気づけない。
それにしても衝撃的な事実だ。意図的にアンデッドを作っていたなんて。
「どういうこと……教会に喧嘩売るつもり? いや、おかしいわね。あの貴族はむしろ熱心な信徒っぽかったし」
単純にアンデッドを研究していたってことだろうか。
教会こそが、かつてアンデッド退治で名を上げた組織だからね。いつの日か訪れるかもしれないアンデッド復活に備え、知識や技術を継承するためにも完全に途切れさせない努力は必要だ。それが人工アンデッドってことなんだろうか。
それに冥界の森やどこぞの土地で、アンデッドがまだ現代にも存在することを私は知っている。教会上層部がそれを知らなかったんじゃなく、世間を混乱させないよう秘密裏に対策を立てていたとしても不思議はない。
「イーブルバンシー、妙だとは思わないか? 自害した貴族はバドゥー・ロットに繋がっていると目されていた。つまりは教会とバドゥー・ロット、この二つが無関係だと思えるか?」
おっと、そうなるか。これはまた予想外の展開になりそうじゃないか。
「前にバドゥー・ロットの引き渡し後、尋問結果を聞いたことがあったわね。その時には明かせないとか言ってたのが、教会とバドゥー・ロットの結び付きってわけか。たしかに、そいつは軽々に明かすわけにはいかないわね」
「そういうことだ」
教会は善の組織。それがバドゥー・ロットのような呪いで殺しを請け負う闇組織と繋がっていたなんて、世紀の大スキャンダルだ。
おまけに自らアンデッドを作り出す実験までやっていたなんて、もうスキャンダルどころの話じゃない。
むしろ話がでかすぎて、世間の常識に照らし合わせればあまりに荒唐無稽な話でもある。完全な証拠がなければ、逆に訴えた側が悪者にされるのが落ちだろう。
とにかくだ。答えらしきものがめくれてみれば、色々と腑に落ちるところもある。
呪いと対をなすのが教会で販売するタリスマンだし、教会ほどの巨大組織ならバドゥー・ロットのような戦力を保持していても不思議はない。
それに自害した貴族から回収したアーティファクトの短剣は、強力な浄化能力を持った対アンデッド用の武器だったと考えられる。あのアーティファクトの短剣は普通の魔力反応とは違う感じもあるから、聖別された特別な道具なのかもね。
「……で? 今頃になって私を呼び出して、こんな厄介なネタを明かした理由は?」
結局はそれだ。こんなネタは機密に相当するでかい話だ。聖都との交渉にも使えるだろう。それをわざわざ余所者の私に明かすなんて、どう考えても厄介事を押し付けたいだけだ。
「これほどの事態だ、証拠を固めたところで教会は決して認めないだろう。場合によってはベルリーザを神の敵と断じ、強硬手段に出る可能性も否定できん。教会自らがアンデッドを生み出していたなどという事実は、何が起こってもおかしくないほどの重大事だ。軽々に使えないカードであることは分かるだろう。しかし、我が国でアンデッドが作られていた事実は無視できん。少なくとも同じような実験がどこかで行われているのであれば絶対に放置できんし、不測の事態が起こってからでは遅い。そういう話になった」
あれから結構時間がかかった理由として、ベルリーザの要人同士でそういった話し合いをしていたんだろうね。
「つまり?」
「もう分かっているだろう。アンデッド関連の施設を襲撃し、秘密裏に潰してくれ。すでにいくつか候補地は掴んでいる。情報提供と隠蔽には我々情報部が力を貸す。もし教会の拠点潰しが聖都に知られてもお前たちなら問題あるまい。我々としては国外の組織であり、黒社会のお前たちに始末をつけてもらうのがあと腐れなく都合がいい。それに教会は一枚岩の組織ではない。こんな危険な悪事を聖都の教皇が、しかも聖都の外で許していたとは考えられん」
面白い話になってきた。まだ何がどう繋がっているのか不明にしろ、もしかしたら教会のマッドな奴らが研究費用や実験場の見返りとして、大陸外や帝国と列を組んでいるなんて展開もありそうだ。
「最悪でも教会全体じゃなく、どっかの派閥との対立だけで済む、ついでにその派閥に悪事の責任を押し付ければ、もしもの時には聖都の教皇に咎は及ばないってことか」
「そう考えておけばいい。我が国として聖都とは敵対したくない。それに、お前には戦う理由があるだろう?」
ムーアは私の眼帯を指さした。これの報復は教会に向けろと言いたいらしい。
たしかにバドゥー・ロットが教会の差し金で動き、呪いをくれやがったのなら私が戦う理由として十分だ。その事実を明かされただけで私は勝手に奴らを潰しただろうに、ちゃんと仕事として正面から頼んだのは決して誠実だからとかそんなくだらない理由じゃない。
私たちキキョウ会は敵に回せば特級の厄ネタになり得る存在だ。それはこれまでに何度も証明してきた。敵にするより味方にしといたほうがずっといい。情報部らしく、それを良く分かってやがるわね。
でもウチだって教会なんかと正面切って敵対したくない。もし襲撃するなら、どこかほかの奴らの仕業に見せかける真似だって普通にする。襲撃の中でアンデッドの事実を知れば、青コートやアナスタシア・ユニオンを巻き込んで奴らに厄介事は押し付けただろう。
なんならアンデッドを街に解き放って大混乱に陥らせれば、大抵のことはうやむやにできる。混乱による被害なんか知ったこっちゃないし。
何かの責任をウチに被せたいなら、あらかじめ被ってくれと頼む以外にない。悪党は誰かのせいすることや、しらばっくれることが大得意だからね。
そして私に無償の善意などありはしない。戦う理由はあっても、仕事には報酬が必要だ。
「……いくつか条件があるわ」
「言ってみろ。元よりタダ働きさせるつもりはない」
これはでっかい事件だ。とんでもない面倒事の肩代わりを引き受けるなら、それなりの見返りがないといけない。
情報部やムーア個人からの頼みじゃなく、ベルリーザ上層部の意向あっての依頼でもあるだろう。だったら結構な見返りが期待できる。
何しろ国の財布は桁違いにでかいんだ。悪党への頼み事は高くつくってことくらい承知のはずだし、せいぜい搾り取ってやる。
再びアンデッドの登場です。ファンタジーです。
条件の話は途中になってしまいましのたで次の話で続きをやります。
次話「想定外の歴史的事件勃発」に続きます。




