見習い一同、これから特訓します!
見習い大量加入後の早朝、いつものようにシャワーを浴びてスッキリと目を覚ます。
今日の見習いの訓練は私が担当だ。二日酔いなんて温いことを抜かすのがいれば即、回復薬をぶっかけて訓練メニューを追加してやる。
誰よりも早く地下訓練場に下りて、私は自分の訓練を先に消化してしまう。
薬魔法から生成した魔法薬を服用し、ドーピング状態での限界を探る。
魔法薬で身体強化魔法と同程度の効果が得られることは分かったけど、魔法使用時のような高揚感がない。身体強化魔法って実はヤバかったりするんだろうか。
あれ使ってる時って、やたらハイになるからね。どっちも一長一短かな。
続けてドーピングの魔法薬が効いてる内に身体強化魔法を発動する。単純に倍とまではいかなくても、片方を使った状態よりも遥かに大きな強化が実現できる。この状態での力加減や速度に、身体と意識を順応させていく。
人間、凄い力を得たからって、いきなり使いこなせるもんじゃない。訓練が必要だ。
いずれは魔法か魔法薬のどちらかだけで、今のこの強化レベルを実現させるのを目標としよう。
しばらく夢中で身体を動かしてると、集合時間が近づいてきた。元日本人の私が会長である限り、キキョウ会は時間厳守だ。
心配は杞憂だったらしく、集合時間のだいぶ前から少しずつ集まり始めて、結局は余裕をもって全員が集合できた。大変結構じゃないか。ソフィが私の横について準備は完了だ。
腕を組んで立つ私の前に見習いたちが集まった。一番前に陣取るロベルタとヴィオランテが微笑ましい。
さて、じゃあ始めよう。
「おはよう。今日の訓練担当は私とソフィよ。今朝から新たな見習いを加えて訓練を始めることになるわね。昨日で全員が互いを見知ったと思うけど、最初に言っとくわ。喧嘩をするなとは言わないし、仲良くしろとも言わない。ただし!」
一度言葉を切って、身構えさせてからまた続ける。
「どんなに気に入らない相手がいても、決して足を引っ張るな。邪魔をするな。それはキキョウ会の利益にならない。絶対にキキョウ会の仲間を裏切ることは許さない。ウチに入るからには役に立ちなさい。そのための手段はいくつもあるわ。それぞれのやり方で貢献できるようになりなさい」
これだけの人数がいれば気の合わないのだっているだろう。必ず問題は起こるにしても、釘は刺しとかないといけない。身内同士の面倒事はできれば避けたいと思う。
「まずは強くなることね。それはウチのメンバーにとっての最低限の力と心得なさい。最初から言ってるように、キキョウ会は所属するだけで命懸けよ。あんたたちはまだ研修中の見習いで、正式にキキョウ会に入ったわけじゃないから、気に入らないなら出て行っても構わない。だけど、キキョウ会なら強くしてやれるし、いずれは稼がせてもやれる。自分のためにも期待に応えてみせなさい!」
応っと気合を入れるのもいれば、不安そうな顔のもいる。説明不足ってことはないはずだから覚悟の問題だろう。
ただ、疑問を持たれたまま訓練しても効率がよろしくない。吐き出させよう。心配そうな少女に何かあるなら言えとうながした。
「……その、強くってわたしもですか?」
賢そうな少女が知りたいのは、戦闘班を希望していないのにってことだろう。先に入った見習いたちにもまだ基礎的な体力作りをやらせてる段階だ。戦闘班の訓練どころか、キキョウ会の標準的な訓練メニューにさえ到達してない。
「もちろん、全員よ。何度も言ってるように、キキョウ会は命懸け。ウチに入る以上、戦闘班に限らず最低限の戦闘能力は身につけてもらうわ。まだまだあんたたちは、戦闘以前に基礎体力をつけるところだけどね。焦らずやっていきなさい。ちゃんとやれば全員それなりにしてあげるから心配いらないわ」
全員が大人しく話を聞いてたなか、少女愚連隊の生意気そうなのが前に出た。
「ちょっといいですか? あたしらはそっちの人たちとは違って体力もあるし、戦闘だってある程度はできますよ。同じ訓練やるんですか?」
グレイリースが制止するのもお構いなしだ。正直に思ったことをぶつけてくるのは、ある意味気持ちがいい。
若気の至りってやつか。いや、私だって若いけど。
「当然よ。私たちからすれば、あんたたちの違いなんて誤差も同然ね」
「それはいくら何でも言いすぎじゃないですか?」
「そんなことはないわ。キキョウ会ってのはそういうところなのよ。まだ知らないんだから無理もないけどね」
「ユカリさん、疑問に思う人が多いようですし、最初ですからまずは実力の違いを知ってもらいませんか?」
まだ不満そうな生意気少女を見てソフィが提案した。うん、想定した流れだ。
「そうね。じゃあソフィ、何人かとやってみてくれる?」
この展開には面食らった見習いも結構いた。やっぱり意外なんだろうね。
「え、会長はともかく、そっちのソフィさんも戦えるって事ですか?」
「当り前じゃない。戦闘班じゃなくても戦えるのがキキョウ会よ。今のところキキョウ会で一番弱いのは、このソフィかフレデリカだけど、それでもあんたたちよりは遥かに強いわ」
ソフィの見た目は近所の優しいお姉さんといった感じで、とても戦えるようには見えない。見習いたちもいまいち信じられないようだ。
生意気少女とほかにも何人か立候補を募って、ソフィと戦わせてみる。そうすればはっきり分かるはずだ。ついでに武器庫も開放して使いたいなら自由にさせてしまう。
「そこの武器庫から得物を持ってきても構わないわ。でもあんたたち程度じゃ、キキョウ会で最弱のソフィにさえも、指一本触れられやしないわね」
煽ってるみたいでもこれは事実だ。私が見た限りグレイリース以外の少女愚連隊じゃ、正面からのタイマンなら勝負にならないレベルだ。
そんなソフィは一般レベルから見ればかなり鍛えてあるけど、それでも戦闘班には遠く及ばない。いくら鍛えてたって、そこそこレベルじゃ複数に襲われたら一人じゃ対処しきれない。
だからこそ逃げるための体力や筋力作りが重要で、基本的には本当に襲われた時には戦わずに逃げるよう言ってある。戦闘は最初に逃げ出すためのきっかけを作るための意味合いが強い。
単なる痴漢やチンピラ程度なら単独でボコってもらって構わないけどね。
「舐めんな!」
生意気少女の気合もなんのその。ソフィは心得たもので、澄ました顔で武器も持たずに構えだけを取る。
身体強化魔法以外の魔法は使用禁止だ。まだ全員の魔法適正は把握できてないから、念のために危険は避ける。魔法を使っての戦闘は見習いたちにはまだ先だ。
生意気少女は使い慣れてるのか、短剣を腰だめに構えて一気にソフィに襲いかかった。
ソフィから見ればその動きは緩慢なものだろう。身体強化魔法のレベルが違うとはそういうことだ。迎撃するまでもなく、わずかに身体をずらしつつ足を引っかけながら背中を押すと、生意気少女は勝手に転んだ。
ソフィは追撃せず優しい笑顔で手を差し伸べ、生意気少女は何故か顔を赤くしながら手を取って立ち上がった。
短い攻防ながらも歴然とした差の分かる一戦だ。これを受けて呆気にとられる見習い一同。
「次っ」
間を置かずに棍棒を持った大柄な女の子に向かって声をかけると、はっとしてソフィに襲いかかった。
今度もソフィは待ち構えるだけだ。さすがに遠慮があるのか躊躇いがちに振り下ろそうとする棍棒は、その前に手首を掴まれて極められてしまう。すぐに棍棒を取り落として勝負ありだ。
荒事に慣れてない人が、いきなり他人に向かって武器を振るうってのは常識的に難しいのかもしれない。
その後も何人かソフィが軽く捻って見せると、見習いの雰囲気は違ったものになった。
最後にソフィからのありがたいお話だ。
「皆さん、わたしはキキョウ会で一番弱い存在です。もちろん戦闘を主とする役割ではありません。それでもあなた方よりも遥かに強いことには理由があります。それは何度も言っているように、命懸けだからです。自分や仲間の命を守るために、少しでも強くなってください。皆さんならできます。わたしだって、ここまで強くなれたのですから」
うん、実感のこもった良い話だ。見習いたちも身に染みて分かってくれたんじゃないかと思う。
実戦ならソフィは魔法も使う。適正は阻害魔法だから、対人戦だとさらに有利に戦うことができる。昔はちょっと不快感を覚えさせる程度のとても適性があるとは言えないようなレベルの魔法しか使えなかったけど、今だと第六級相当の魔法が使えるようになってる。
下級魔法とは言え、阻害魔法は実戦の中で使われればかなり厄介な魔法だ。ソフィは筋がいいから、これからもっと伸びるとも思える。
「すぐには無理でも訓練さえ続ければ、必ずソフィのレベルにはなれるわ。それに戦闘班はこんなもんじゃないわよ? もし希望するなら、もっと気合を入れて真剣にやりなさい」
意識が変われば訓練に身も入るだろう。人間誰しも可能性の塊だ。頑張って欲しい。
朝食までの残り時間は、地味な筋トレに精を出させた。
朝食はしっかりと食べさせて、その後は食休みも兼ねたお勉強の時間だ。
キキョウ会のことや構成メンバーを知るための時間でもあるし、魔法の基礎講義や具体的かつ効率的な魔力運用に関する方法なんかも教えていく。お勉強大事。
ここで徐々に見習いたちの魔法適正や得意なことを明らかにしていく。さらにスキル持ちがいれば、組織の運用に幅が出るかもしれないし単純に興味深くもある。
スキルは後天的な努力で発現する場合もあれば、生まれ持ってる場合もある。先天的な場合には、それを持ってることに気が付いてない可能性もあるから、フレデリカの鑑定魔法が光る場面だ。
訓練を通じて分かったことは正規メンバーに報告書やなんかで別途に周知する。ただし、本人が秘密にしたい能力の場合には考慮する。私だって全部をみんなに公開してるわけじゃないからね。
昼食は軽く済ませて午後の訓練に備える。食後に少し休めば、いよいよ本格的に開始だ。
すべての基本は足腰から。地下訓練場は戦闘訓練には十分でも、ランニングするにはいささか狭い。できないことはないけど、人数も多いし走るのはもっと広いところでやった方が効率が良いだろう。
今まではなるべく六番通りや本部に人数を割く方針だったけど、しばらくはそうも言ってられない。正規メンバーから二人は訓練教官兼護衛として、見習いの面倒をみないといけない。
これから外で森まで毎日ランニングだ。未熟でも身体強化魔法を使わせて、可能な限り全力で走らせる。
個人個人で体力や魔法のレベルに違いがあるから、そこは別に負荷をかけることで調整する。能力の高い者はもっと伸ばせるから文句は言わせないし、教官の私自身が最も重い負荷を背負ってみせれば何も言えないだろう。
やり方としては鉄板を入れたリュックサックのサンプルをたくさん用意して、完走できると思う重さの物を選ばせる。各自のリュックに入れる鉄板の枚数で重さを調整するんだ。
私が背負うのは鉄よりもずっと重いタングステンを入れた特製になる。タングステン入りも含めて一番重いのから持ち上げさせてみて、できると思う物の時点でそれを使わせる。見栄は張らないように、楽はしないように。難しいところだ。
とりあえずは無理をさせないようにってことで、ソフィには軽めのものを選ばせて見習いを少しだけ安心させてやる。それから体力に自信のない者は何も背負わずにやらせる。森まで走るだけで精一杯のもいるだろうしね。
私の目論みどおり、タングステン入りのはそもそも誰も持ち上げることさえできず、最後に私がそれを軽々と背負うと一同の私を見る目がまた少し変わった。
ふっ、尊敬の眼差しで見るがいい。
「そんじゃ出発するわよ。目的地の森は車両でも一時間くらいかかる距離があるから、せいぜい頑張りなさい。途中で無理そうになったら重りは捨てて構わないし、怪我したらすぐに言いなさいよ。回復薬で治すから遠慮なくね」
街中はジープに分乗して外まで移動する。この人数だとさすがに窮屈だったけど、なんとか全員で乗れた。リュックを背負った集団でぞろぞろ街中を歩くのも目立って嫌だからね、素直に車両を使う。
外に出て見知った門番に事情を話し、ジープを見ててもらうよう頼んでしまう。
門番は街の顔だからか、親切な奴が多いらしい。まあ、少しばかり袖の下は払うんだけどね。なんにせよ、こっちとしては助かる。
一声かけると私が先頭を走り、全体のペースを調整する。最後尾のソフィには脱落者が出ないように見守ってもらう配置だ。
ソフィにはいくつかの回復薬を渡してあるから、怪我人や体力が尽きたのが出てもそれを使って復活させられる。
とにかく森までは走らせないと話にならない。レベルは低くても身体強化魔法を使うわけだから、完走くらいは回復薬を使わなくてもできると考えてる。
見習いに喝を入れながら一定のペースを維持して走り続けると、脱落者や泣き言をほざく者もなく森まで到着できた。最初にしては上出来だ。
さすがに重り入りで走ると私も疲労は隠せない。全員が疲労にあえぎながら寝ころんで休む。
普通なら同じ事を帰りもやるのは無理に思えるくらいの疲労にみんなが苦しんでる。でも我がキキョウ会には、お助けアイテムを気軽に使える大きな利点がある。
体力&魔力回復薬の出番だ。これがあるだけで訓練がどれほどはかどることか。
リュックからポットを取り出し、冷たい回復薬を大きなカップに注いで人数分を用意してしまう。
無限に湧き出すかの如きポットを不思議に思う気力もない見習いのため、我ながら甲斐甲斐しく大量のカップに注ぎまくった。
準備できたカップを気の利くソフィやヴィオランテが、倒れ込んで休むみんなに配って回る。
ただの水だと思って飲めば、その効果に一同が驚く。回復薬は一般的には高級品だから、初めて使ったのもいるだろう。
体力や魔力は回復できても怪我は回復できないから、筋を傷めたりしないよう休憩は十分に取らせる。身体の不調を察知する能力や、痛みに耐えることも訓練の内だから、傷回復薬はこうした基礎訓練の時には安易には使わせたくない。もちろん走るのに支障があるようなら、どんどん使わせるけど。
そう言えば意外なことに、一番重いリュックを背負って先頭で私についてきたのは、花魔法使いのリリィだった。
「あんた、思った以上に体力あるわね」
「ふふふ~、フィールドワークは得意分野ですから~」
得意げなリリィだ。見たい花や珍しい花があればどこへでも行くと言ってたのは、誇張でも何でもなかったらしい。
帰り道も同様に走破して本部まで戻る。
体力と魔力を回復薬で無理やり回復させても、同じ工程をもう一度繰り返すのはなかなかしんどいだろう。でもこれが訓練だ。
本部に戻ってもまだ終わりじゃない。夕食までは時間もあるし、今度は訓練場に集合して武器庫を開放した。
今日のところは将来的に使用したい武器を選ばせるため、実際に色々な武器を持たせてみる。物騒でも案外楽しいものだし、多くに戦闘班入りを実現して欲しい思惑もある。やっぱり人気があるのは剣や槍のようだ。
半分遊びのような時間が終われば、夕飯を食べてやっと自由時間だ。自己責任で外に出かけてもいいし、常識の範囲でなら何をしてもいい。
ただ、手持ちの金がみんなあんまりない上に、疲労が大きいからほとんどは部屋で体を休める。若い女がほとんだし、おしゃべりしてるだけでも時間はすぐに経ってしまう。
見習いたちにとって長い訓練の一日がこうして終わる。
もちろん寝る前には、魔石に魔力を限界まで吸い取らせることも忘れない。
実は人数が大幅に増えてしまって、魔力を貯めておく魔石が過剰になりつつある贅沢な問題も発生しちゃってる。これもどうにかしないといけない。
もう少し基礎的な体力や筋力がついてくれば、ランニングの時間が短縮できるはずだし、武器を使わない戦闘訓練を始められる。それもある程度できるようになれば、魔法や武器を使った戦闘訓練に進める。その辺を本格的にやるのは戦闘班を希望するのが中心になるけどね。
とにもかくにも、当分は基礎訓練だ。
ロベルタやグレイリースも含めて、まだまだ全員なっちゃいない。