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新入り

 鳥肉バーベキューからしばらく後。

 収容所内の事情通、ジョセフィンさんによると今日は一気に十人近い、再教育を受ける可哀そうな人たちがやってくるらしい。

 どんな不良少女グループが摘発されたのかと思いきや、冒険者パーティーと旅の治癒師ご一行とのこと。収容される理由まではジョセフィンさんでも分からないらしいけど。

 旅をしてた人たちみたいだから、色々と話を聞けるといいんだけどね。


 夕食の時間になって、フレデリカやゼノビアたちと一緒に無心で補給活動をしてると、団体さんがぞろぞろと食堂に入ってきた。噂の新入りみたいね。

 えーと、獣人やエルフもいるわね。年齢も若いのから老婆まで幅広い。その中の数人が物凄く警戒心に満ちた顔で食堂にいる面々を見てる。これはいけない。


「おいおい、挨拶もできねえのか? 新入りどもは」

「ここじゃあ、新入りが挨拶して周るのがシキタリなんだよ!」

「ぼさっとしてないで、さっさと挨拶して茶でも汲みな!」


 ほら始まった。恒例の新人いびり。ホントろくでもないんだから。

 ここは適当に自己紹介して、理不尽な要求は華麗にスルーするのが正解なんだけど……どうするのか興味あるわね。


 老婆はさすがね。まったく動じた風もなく、むしろ面白がって仲間の若いのがどうするか見守ってる感じ。老婆の隣にいるエルフもそんな感じかな。逆に一番若い見た目の獣人少女は、この空気にビビッてるのが丸分かり。

 中年……いや、ちょっと年齢が上のお姉さま二人と、家庭的で穏やかな雰囲気の若いお姉さま、そしておっとりした優しい感じのエルフは、静かに成り行きを見守ってるようね。


 問題は残りのお嬢さん方。エルフにしてはワイルド系なお姉さんは喧嘩上等な目線を周囲に向けてるし、戦士っぽい女性は早くも臨戦態勢だ。

 見た感じ、それなりに強そうだけど、さてさて。


「何だ、てめえら! 邪魔なんだよ、通れねえだろうがっ!」


 間が良いのか、悪いのか。巨漢の女のご登場だ。


「さっさとどきやが、れべげ、あはうぅ……」


 ドサッと倒れる哀れな姿。

 戦士っぽい女が無言で巨漢に詰め寄ると、問答無用でボディブローを連発したんだ。

 不意にくらった巨漢の女はあっさりとダウン。まるで噛ませ犬だ。

 それにしても、手の早い巨漢の女を差し置いて先制攻撃とは……なかなかの武闘派じゃないの。面白い。


 予想外の成り行きに、しーんと静まり返る。

 ずっと騒がしかった食堂が急に静かになってしまったじゃないか、もう。

 でもって、やめときゃいいのに、戦士っぽい女が調子に乗って挑発を始める。


「あたいはね、こういう挨拶しかできないんだ。シキタリらしいんで、これから全員に挨拶して周ろうじゃないか。よろしく頼むな?」


 ほほう、それは私にも喧嘩を売ってるってことよね。買うよ、もちろん。

 売られた喧嘩は必ず買うし、引っ込めることだって許さない。


 立ち上がろうとすると、血気盛んな連中が我も我もと前に出はじめる。みんな娯楽に飢えてるからね、仕方ない。戦士っぽい女は真剣な顔だけど、先輩収容者どもはすっごく楽しそうだ。このちぐはぐさが可笑しい。


「よーし! じゃあまずは、あたしにご挨拶してくれるかい? お嬢ちゃん」


 いつも日課のトレーニングに参加してるスラッとした女性だ。

 トレーニング参加者は、私とゼノビアでかなり鍛え上げてるから、その成果が見られるいい機会かも知れない。隣のゼノビアを見ると同じことを考えたみたいで目が合った。


 名乗り出た両者が挑発するように歩み寄ると、ゴングもなく闘いが始まる。

 まずはスラッとした女性が軽い打撃で探りを入れた。思ったよりも鋭い打撃だったのか、戦士っぽい女は一瞬驚いたような挙動をするけど、それでも余裕をもって回避する。

 その後、徐々に上がる打撃のスピードも、まるで完璧に見切ってるかのように回避し、カウンター一発。なかなか見ごたえはあったけど、戦士っぽい女の圧勝だった。


「ふんっ、話にならないな。次は誰だ?」


 勝ち誇って、さらに挑発。


 スラッとした女性は実際、結構良かった思う。相手が悪かっただけでね。

 戦士っぽい女はかなり強い。パンチ力はあるし、何よりあの回避。あれは普通じゃない。かすらせもせず、全部を紙一重で回避か。でもちょっと不自然な感じだったわね。ひょっとしたら、天賦の才みたいなスキル持ちかもね。


「お次はあたしですっ、行きますよ!」


 今度は小柄な少女だ。彼女もトレーニング参加者なんでよく覚えてる。

 可愛らしい子だし、特に投げ技の才能があるっぽい。掴んでからの相手の体勢の崩しとスピード、タイミングの計り方が上手いんだ。

 戦士っぽい女も可愛らしい少女が相手だと少しやりにくそうだ。


「やるからには女の子でも容赦しないよ」

「望むところですっ! おりゃあっ!」


 いきなり掴みに行っても、あっさりと回避されてしまう。

 あー、でも結構わざとらしい。いつも見てる私だからはっきり分かるけど、あれはただの誘いっぽいわね。まともに掴みに行っても掴めないだろうから、カウンターを待って腕を取りに行くつもりかな。


 何度か同じことが繰り返されたあと、遠慮がちに放たれたカウンターを待ってました! とばかりに掴んだ、までは良かったんだけど。

 あっさりと振り払われて、逆に両腕を掴まれて宙吊りに。


「ま、参りましたあ……」


 まあそうなるわね。何しろ腕力が違いすぎる。良い作戦だったとは思うけどね。


 その後、三人挑むも全員が完敗。

 あの回避の技術が凄すぎて、惚れ惚れしちゃうくらい。とはいえ、ここは跳ねっ返りどもが集まる再教育収容所。新入りに舐められちゃいけません。


「ゼノビア、どう思う?」

「なかなかやるな。初見だったら、あたしも勝てたかどうか怪しいところだな」

「初見だったらってことは、今なら楽勝?」

「まあ楽勝とは言わないが、負けはしないな」

「さすがゼノビア。ところで、感想を聞いておいてなんだけど」


 やる気になってる私に、ゼノビアは苦笑しながらジェスチャーで行ってこいと告げてくれる。

 よし、じゃあ私の出番だ。


「次は私がやるわ」


 おもむろに立ち上げって宣言した。


「ユカリ!」

「ユカリが出るぞ!」

「頼んだぞ! お前しかいない!」

「ああっ! お姉さま!」

「負けたらおっぱい揉むからな!」


 どさくさに紛れたアホウがいるわね。


「今の言った奴、覚えてるからね」


 ギロリと睨んでおく。こいつらは一度許すと、すぐ調子に乗るからね。



「さてと、疲れてるなら明日にしてあげてもいいわよ?」

「ふん、準備運動にもなってないよ。いいから、かかってきな」

「私は紫乃上、ユカリって呼ばれてるけどね。さんざん名前呼ばれてたんで分かってるだろうけど、一応名乗っとくわ。それで、あんたは?」

「なに?」

「これは挨拶なんでしょ? 名前くらい聞いておこうと思って」


 彼女とその仲間たちは非常に興味深い。

 ぜひとも色々話を聞きたいからね。この後を考えると、なるべく良い関係を築きたい。この場面、せめて名前くらい聞いておくべきだろう。


「なるほど、それもそうだ。あたいはオフィリア……あんたを倒せばこの騒ぎは収まるのか?」

「どうかな。自己紹介には、もう十分だと思うけどね」

「なら、納得いくまでやってやるさ!」


 言うと同時に突っ込んでくるオフィリア。

 それを冷静に見定めて正面から胸に向かって前蹴りを放つ。

 避けるのは難しいはずだったのに、すり抜けたような感覚。当たったと思ったら、ちょっと横に避けられてるって感じ。そんなものがあるか分からないけど、もしかしたら幻惑系っぽい回避スキルかな。

 でも、接近戦闘でのこれはズルイでしょ! 一旦距離を取って仕切り直す。


「今度、その技の秘訣を教えてよ。私にできるとは思えないけどさ」

「……ふん」


 軽口には乗ってこないか。

 他の人との戦いで見て分かってはいたけど、これは厄介ね。幻惑系だとして、目を瞑って気配を感じて闘うとか私には無理だし。

 これまでのを見た限り、攻撃時には幻惑っぽい挙動はなさそうだから、ここは小柄な少女の戦法でいこうかな。

 作戦を思いついたものの、今度は出方をうかがってるのか、オフィリアからは仕掛けてこない。ならばこっちから行くしかないわね。


 無造作に近づいて、打撃を放っていく。

 かすりもしないだろうとは思いつつも、少しでも当たれば即座に掴むつもりだ。スキルの影響か私は化け物じみた握力を誇るんだ。

 オフィリアは何かあると考えてるのか、慎重に回避を続ける。


 私はカウンターがくるまで、掴む素ぶりは見せずに淡々と打撃に次ぐ打撃を放つ。

 もう焦れて仕掛けてくるまで、ずっとこれでいくって決めてる。普通に殴って倒せない以上、掴むしか道はない。そして掴んでしまえば、私は必ず勝利する。


「なにを企んでる!」

「企むも何も。私は健気に攻撃し続けてるだけよ」

「ええい! やりにくい、もう次で決着つけるぞ!」

「オフィリア! 気を付けろ、その女は何かしようとしているぞ。一撃で決めろよ!」

「分かってる!」


 観戦してたワイルド系エルフがオフィリアに助言を送った。

 それにしても一撃でって、必殺技でもあるのかな。今までそんな素ぶりはなかったんだけど、まあいいわ。構わないわよ。

 私は堂々と受けてたって、真正面から圧勝する。


「ほら、ドンときなさい!」

「このっ! 後悔するなよ!」


 なんか腰溜めに構え始めたんで待ってやる。

 少しだけ間合いがあったから、助走でもつけて突っ込んでくるのかと思いきや、これは蹴りだ!

 そういえは、今まで蹴りは一度も使ってなかったわね。


 だけど、所詮は少し早くて強いだけの普通の蹴りだ。

 この世界の人は基本的に武器を持って戦う。無手で戦うなんてのは、喧嘩のときくらい。この世界じゃ、無手の武術なんてものは存在してないんだ。少なくとも私が調べた限りでは。


 スキル、近接格闘術。

 これが私に与えられた、二つ目の天賦の才。

 恐らくは無手での高度な戦闘技術を持った唯一の存在である私に、その程度の攻撃が通用するはずもない。

 待ちに待った、オフィリアからの攻撃を軽くいなしつつ捕まえると、軸足を払って転倒させた。


「あっ!? オフィリア!」


 誰かの悲鳴が聞こえたけど、流れるように顔面に向かって鋭く足を振り下ろす。


 ダンッと、顔のすぐ横、床に硬い靴底を叩きつけた。

 これはただの挨拶だからね。大怪我させちゃ悪い。


「私の勝ち、だよね?」

「今、なにがどうなったんだ?」


 あっけに取られた表情のオフィリアは一応頷いてくれたけど、イマイチ納得はできてなさそうだ。


「あんたの蹴りをいなして捕まえて、こかしただけよ。それから踏みつけようとして、終了。分かった?」

「そうか……」


 負けるにしても、想定外の負け方だったんだろう。

 単純な足払いだけど、それ自体初めて受けたんだろうし、何より怪我一つなく手加減されて負けたのは理解できたらしい。


「再戦はいつでも受け付けるわよ。それに毎日みんなでトレーニングしてるから、よかったらあんたたちもきなさい。興味あるでしょ?」

「……いいのか? さっきの技も?」

「もちろんよ! 私の他にも強いのはまだいるし。それにここは暇だからね、何かやったほうがいいわよ」

「だったら遠慮はしない。お前の技は興味深いしな。よろしく頼む。えー、ユカリでいいか?」

「それでいいわよ。よろしく、オフィリア」


 これにて一件落着!


「よっしゃ! お次はあたしだよっ!」


 えー。落着しなかった。

 ワイルド系エルフが、もう我慢できないとばかりに参戦表明。

 もう終わった気でいたから、すっごく面倒だけど逃げるわけにもいかないか。あーもう、ちゃっちゃとやろうか!

 エルフは魔法に長けた種族のはずだけど、この様子からして接近戦好きの変わり者かな。


「やってやろうじゃないの、かかってきなさい!」

「いいねえ、強い奴は好きなんだ。あたしはアルベルト。行くよ!」


 まっすぐな性格を表すように、正面から拳を構えて突っ込んでくる。

 スキル持ちなんて、そうはいない。普通に捕まえさせてもらうわよ!


「ふっ!」


 短く吐き出す息と同時に、エルフから渾身の右ストレートが放たれた。


 私は身体を回転させながら、拳をよける。

 エルフはすかさず左腕を動かそうとするけど、私はその左腕の上から背中に腕を回して、背中の服を掴む。

 服を掴んだまま反転した身体をエルフに密着させると、腰の上に乗せるように勢いをつけて一気に投げる!

 腰技の基本、大腰だ。


 避ける動作からの回転運動で、決まり手に繋げる鮮やかな一本でございます。自画自賛。


「まだやる?」


 オフィリアのときと同じような、あっけに取られた顔。だけどすぐに嬉しそうに変わった。


「すげえ! なんだ今の!? 教えてくれ!」

「いいわよ。オフィリアと一緒にトレーニングに参加するといいわ」

「ははっ、楽しくなってきたぜ」


「ところで、あんたちに残念なお知らせがあるんだけど」

「なんだ?」

「もう、食事の時間は終わったみたいよ」

「なんだって? 嘘だろ!」


 新入りたちが悲鳴を上げる中、老婆とその隣に居たエルフの二人はちゃっかりと観戦しながら食事を終えてたみたい。さすがだ。



 余談だけど、私がここで連戦連勝できるのは、魔法封じの腕輪によるところが大きい。

 通常、冒険者や傭兵といった戦いを生業とする者は、身体強化魔法を常用する。この状態だとあらゆる身体能力、筋力だけじゃなく反射神経や視力まで大幅に強化されるらしい。


 あくまでも互いに魔法も武器もなしで、かつ、この世界では未知の近接戦闘技術を持つ私であるからこその勝利なんだ。思い上がってはならないぞ。うん。

 出所次第、できるだけ早く魔法を十全に使えるようにならないと、命に関わる。予習と考察だけでも、もっと密にしておこう。

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