趣味とロマンの探し物
偉い奴と関わる事を面倒に思うのは、世間の大多数が抱く感情だろう。
ネルソン卿ってのは王室を離脱し、爵位まで返上したらしいから身分としては一般人なんだろうか。しかし前国王の弟であり、魔道具ギルドのトップを軽んじる奴はいない。表向きの立場が変わったとして、権力者として大きな力を持ってることには変わりがない。
ムーアは敬称として『卿』を使ったけど、たしか一般的には貴族に対する敬称だったと思う。その辺はどうなんだろう……まあどうでもいいか。
とにかく封建主義の社会なら、権力者ってのは人によっては恐怖の対象ですらある。
もし不興を買えば立場が悪くなるし、良い印象を与えることだって簡単じゃない。リスクを承知で面会を望むならともかく、不意に会いたいと言われても避けたいのが権力者ってもんだ。常識的にはね。
もちろん私は一般人じゃないから、常識は通用しない。
偉い奴らには慣れてるから別に怖いとは思わないし、逆にそうしたナチュラルな態度を好ましいと思う権力者は意外と多い。
それに何と言ってもだ。私は若くて美人でスタイル抜群で、腕力もギャンブルも強くて稼ぎも一般人に比べて桁違いに多いからね。おまけに賞金首になるくらい派手な生き方してる。
色んな奴に死ぬほど恨まれる一方、そんな私のことを年寄りが可愛がってやろうと思うのは当然だろう。むしろそう思わない奴が何なんだって話だ。
私と話がしてみたいだって?
うんうん、良くある反応だ。死にぞこないの爺からしてみれば、私なんか可愛い孫みたいなもんだ。こっちが何も言わなくたって、土産になるいい話を持ってくるんじゃないかと期待できる。
「そういえば……ついでだ、卿を待つ間に少し聞きたい。ギルドのエクセンブラ支部とキキョウ会が太く繋がっているという噂は本当か?」
何かと思えばそんなことか。
「本当も何も、ウチは魔道具ギルドにとっての得意先よ。どれだけ売り上げに貢献してると思ってんのよ」
「売買の関係だけではあるまい。エクセンブラの情報は正誤が混じりすぎていて良く分からんのでな、この機に教えてくれ」
「こんな所で情報収集? 別に隠してることじゃないけどね、あの支部の箱はウチが用立てた経緯があるし、ケツ持ちもやってるわ。単純に売買の関係じゃないってのはその通りよ」
魔道具ギルドエクセンブラ支部は多大な利益を上げる優良支部だ。それは犯罪都市らしい闇取引によって、多く生まれた利益でもある。支部からの利益を吸い上げる本部として、非常に重要度が高いのがエクセンブラ支部ってわけだ。
そしてその支部の後ろ盾を務めるのが我がキキョウ会。犯罪都市で悠々と商売やれるのはウチのお陰でもあるんだから、ギルド本部としては無視できない存在だろう。会長の私を厚遇するのは当然と言える。なんなら接待を受けてもいいくらいだ。
「その話は本当だったのか。ネルソン卿が魔道人形の件だけで、わざわざ誰かに会いたいなどと言い出すのは不思議に思っていたが……支部との関係が深いのであれば、別件の用事があるのかもしれんな」
考えてみれば新たな利権のために組むのは、エクセンブラでの共益関係を思えば順当だったのかもね。
もし支部に関する用事があるなら、話くらい聞いてもいい。
盗聴されても問題ない内容の雑談を五分くらい続け、誰かが近づくのを察知した。
応接室の前で立ち止まったのは二人。ノックの後に扉が開かれ、最初に会ったおばさんと共に爺さんが入ってきた。
爺さんは元王族という割には貧相な印象だ。長身だけどひょろっとした体形、薄い頭髪に骨ばった顔は如何にも老人然としてる。服装は作業着みたいな格好で金がかかってそうには全然見えない代わりに、魔道具をたくさん身に着けてるのが魔道具ギルド関係者らしい印象だ。
そのなかでも気になったのは眼鏡の魔道具だ。視ることに特化した魔道具としての眼鏡の用途は様々にある。あれはどんな魔法の効果があるんだろうね。
「待たせたな。して、おぬしが噂に聞く荊棘の魔女か。女子にしては随分とおっかないのう」
今日の私は服装は清楚っぽい感じだけど、厳つい眼帯は着けてるし態度がでかいからね。ソファーにふんぞり返ったまま足を組んでる奴なんて、お偉い爺さんからしてみれば、見慣れない相手に違いない。
「初めまして、ネルソン卿。私は組織の会長として看板背負って歩いてますからね、怖く見られるのも仕事のうちです」
「少しは口も態度も慎め。市井に下られたとはいえ、ネルソン卿のお立場は蔑ろにできるものではない」
そんなこと言われてもね。変に態度を変えれば逆に相手に不信感を抱かせる。公の場じゃないんだから、丁寧語を使うくらいでちょうどいいだろうに。
「よい。実際に今や儂の身分は平民だからのう。必要以上にかしこまられても、それはそれで鬱陶しい」
爺さんは分かってるじゃないか。そもそも偉ぶりたいなら、平民に身を落とす意味が不明だからね。
言いながら爺さんはソファーに腰掛け、お供のおばさんが後ろに陣取った。
「さて、すまんが儂も忙しくてな。ゆっくり話したいところだが、今日はあまり時間が取れん。手短に済ませようではないか」
「……では手短に。早速ですが先ほどの話、魔導鉱物の輸入の件にお力添えをいただけますか?」
ムーアの奴と一瞬だけどっちが話すと目で会話し、すぐに視線を切ったムーアが話を進めた。
たぶん私が話すと失礼があるとでも思ったんだろう。こっちとしては楽でいい。
「興味深い話をしておったな。実はのう……儂は魔道人形連盟の戯言にはうんざりししておったところでな。おぬしらの話が首尾よく進むのであれば、騎士団には儂から話を付けてもよい」
「乗っていただけるのですね、それは心強い。あとはイーブルバンシー、お前たちがブレナーク王国に話を付けるだけだ。言っておくが、ネルソン卿に協力を仰ぐことができた状況だ。今さら無かった事にはできないと心得ろ」
たしかにこの期に及んでダメでしたなんてダサすぎる。ムーアの側としては、どう転んでも悪くない話に持っていくつもりなのは当然ね。
「こっちが持ちかけた話よ? もしダメになっても、そっちが納得いく詫びは入れるわ」
「端金では済まんと理解しているな?」
「うるさいわね。補償なら考えとく……ああ、カネを積んでも手に入らない物ならどう? 珍しい魔獣素材が余ってんのよ、それが何か今は言わないけど」
ぱっと思い浮かんだのは厄介なブツのことだ。
「カネを積んでもか。つまらん物では納得しないのは分かっているだろうが……その言葉、忘れるなよ」
「気になるのう。今ここでは話せんのか?」
「私は上手く話を運べないとは思ってませんからね。それにこの話は長くなるわ」
ネルソン卿は暇じゃないから、手短にって話だったはずだ。
もしもの時には冥界の森で邪龍が残した鱗か金色の骨の一つも譲ってやればいいと思う。あれはかなり珍しい物だから、大国の情報部や魔道具ギルドなら喜ぶだろう。単純に売れば高値になるだろうし、加工できるなら特別な装備や道具にだってなる。
あれは貴重すぎて逆にウチじゃ使い道がなかったし、放出できるならそれはそれで悪くない。もっと欲しいと言い出すなら、高値で売り付けてやれるしね。
「とにかく、時間をかけずに進めるつもりよ。しばらく待ってなさい。それで話は変わるけど、ネルソン卿の話ってのはなんです? 私を呼んだらしいじゃないですか」
ギルド支部に関する話か、魔道人形の操作技術の話か、その他に何かあるのか。
爺さんは感情を読ませないポーカーフェイスで私を見てる。なんだろうね。
「……実は探している物があってのう」
「探し物?」
予想外の話を切り出してきやがった。自然と警戒心が呼び起こされる。
「あれを出してくれ」
爺さんは後ろに控えたおばさんに言う。するとおばさんはどこに持ってたのか、薄い冊子を取り出して爺さんに手渡した。
「これは特別に作らせた物でな、ちと見てくれんか」
差し出された冊子を受け取り、さっと表紙に目を走らせる。
何も書かれてない表紙だ。タイトルも絵もない、ただ白っぽい色の表紙。世の中のほとんどの奴らには、そうとしか見えないだろう。
ただし、魔力感知に極めて優れる場合には違って見える。これはどうリアクションしたもんだろうね。
「……やはり読めるか。噂に聞く荊棘の魔女の力、そして二世代前の魔道人形であれほどの事ができるのであれば、読めると思っておったぞ」
ちっ、視線の動きには気を付けたつもりだったけどバレたか。
私はかつて、これと同じような技術が使われた本を見たことがある。というか持ってる。
あれは危険な魔導書として、誰の目にも触れないよう封印状態にしてるけど、もうこの時点で探し物があれだって事は理解した。ああ、なるほど。爺さんが付けた眼鏡は見えない文字を読むための物なんだろうね。元王族の爺さんに超ハイレベルの魔力感知なんかできないだろうし。
「力試しにしては趣向が凝ってますね。それで、これには何の意味が?」
「その技術が使われた本を探しておる」
冊子を覗き込んだムーアには読めないらしく、理解不能の顔してる。
私は私ですっとぼけながら話を進めてみよう。
「なるほど。見える人間じゃなければ、探しようがないですからね。読めそうな奴に声をかけまくってるってことですか? あるいはその魔法の眼鏡を配ってるとか?」
「これは簡単に作れんからな、予備も含めて二つしか存在せん。だから読めそうな者に声をかけておる。だが、おぬしに声をかけたのはそれだけではない。エクセンブラの人間だからでもある」
「エクセンブラだから?」
「占いによれば、あの街にあると出た。探し出してくれれば、儂にできる限りの礼はしよう」
へえ、占いか。魔法がらみの占いなら、そう馬鹿にできたもんじゃない。爺さんは信じてるみたいだしね。
「お待ちください。ネルソン卿がそこまでおっしゃるほどの本なのですか?」
「なに、ただの老いぼれの趣味にすぎんよ。本当に存在しているどうかも分からん」
「それはいったい……? どのような本なのですか」
「おぬしも名前くらいは知っておろう。伝説に聞く『ウィスタリアの書』、これを求めるのは子供じみていると思うか?」
「聞いたことはあります。伝説の大魔法使い、ウィスタリアが残したとされる書ですか」
やっぱり。超技術が使われたあの本の内容は未確認だ。今の私なら読めるかもしれないけど、進んで開きたいとは思わない魔導書だ。
あれを読み解けば、伝説の第一級魔法に至る切っ掛けを得られるかもしれないし、別の超技術や知識が得られるかもしれない。同時に破滅を呼び込みそうとも思ってしまう、そんな本だった。軽々にあの存在を明かすわけにはいかないと漠然と思う。
それにだ。もし何らのか技術や知識を得られたとして、それは独占するほどに価値を増す。私には世の為人の為なんて考えはないから、読めても秘密裏に独占するつもりだ。爺がどんな礼を用意しようが、見合う対価などありはしない。交渉は無駄だ。
「……ちなみにその本なんだけど、この見えない文字が使われてるって根拠は?」
「ある古文書に、ウィスタリアは誰にも読むことのできない本を持っていると記されておった。それに百年以上も前になるが、ウィスタリアの研究者が古代遺跡の残骸から紙片を見つけたのだよ」
「それが見えない文字で書かれてたってわけですか。その研究者は良く気づけたわね」
「同行した冒険者が初めに気づいたらしい。貴重な書もメモも、よほどの者でなければ気づけぬただの白紙にすぎんからのう。多くは長き時の中で失われたのであろうな」
そうかもしれない。あれの見た目はボロい白紙の本に過ぎないからね。
ただし、ウィスタリアが残した書があの一冊だけじゃないなら、まだどこかに眠ってるんじゃないかとは期待できる。
大陸にはまだまだ未踏領域がたくさんあるし、古代遺跡だって無数にある。これから先、どこかで発見される可能性はあるだろうね。私なんか古代遺跡どころか、フリーマーケットで手に入れたんだし。
もし私が持ってる書と内容が酷似した書が出回るようなことになったら、爺に譲ってやってもいい。書の内容に価値が失われたら、だけど。
よし、エクセンブラに戻ったら、あれを久しぶりに開いてみるのもいい。
そういや呪いに対抗する方法だって得られるかもしれない。そんな都合のいい話はないかな。
いずれにしても私が次のレベルに至るにはちょうどいい機会だ。チャレンジしてみる気が湧いてきた。
「イーブルバンシー、キキョウ会の力を使えば探せるか?」
「ネルソン卿は分かってるだろうけど難しいわね。高度な魔力感知ができないと読めもしないんじゃ、探すと言っても具体的な手掛かりがないとね。やるなら白紙の本をかき集めて、一つずつ確認する以外に方法がないわ。それにウチが白紙の本を探してるなんて話が出回ったら、偽物を売りつけようとして単なる白紙の本が大量に発生しそうな気がするわね」
「その通り。ウィスタリアの研究者を騙して売りつけようと、すでに偽の本は昔から多く出回っておる。見えない魔法文字の再現までできた書は、おそらくあまりない。それだけが唯一の手がかりと言ってよい」
偽物はともかく、本物のほかに写本はあったりしないんだろうか。ウィスタリアがいたとされるのは、およそ千年も前の話だ。
長い長い歴史の中で、あの本を読めた人間はそれなりにいたんじゃないかと想像できる。内容を完全にコピーするかは置いといて、簡略化した内容を別の書にしたためることくらいはありそうな気がする。
もしかしたら回りまわって、ウィスタリアの書の内容はすでに価値のないものになってる可能性だってある。
爺さんは内容よりもロマンを求めてるっぽいけどね。
「ま、気にはかけるし有力者には協力を求めてみるわ。けど期待はしないでくださいよ」
「それでよい。半分は与太話みたいなものだと分かっておる」
ここで後ろに控えたおばさんが爺さんに耳打ちした。
「もうそのような時間か。では進展があったら知らせてくれ」
言いながら爺さんは席を立ち、部屋を出て行った。
私とムーアも盗聴されてる部屋でこれ以上の雑談を続ける趣味はない。早々に立ち去ることにした。
ふぅ、しかし驚いた。まさかウィスタリアの書の話が出るなんて。
今のところあれを譲る気はないから、探すポーズだけ取ったら忘れることにしよう。
とにかく利権の話が進みそうで万々歳だ。それだけは感謝しといてやる。
サブクエストが発生しました。
第128話「ウィスタリアの書」、第129話「当たりハズレの戦利品」にあった怪しい本が、超久々にクローズアップされました。
如何にも何かありそうでいながら、まったく音沙汰なかった本の話に続きが!
いずれこの本に関係したエピソードを展開する予定ですが、どうなるかは一切未定です。(いつやるかも未定です……。)
ちょっと横道にそれていましたが、次話より本筋に戻ります。




