仲良くなる近道、それが利権!
身構えながらギルドの扉を開けてみれば、瞬間的に薄い魔力がいくつも通り抜けたのを感知した。
訪問者を探るための仕掛けなんだろうけど気分は良くない。何を探られたんだか。こういうのを誤魔化す魔道具が欲しいわね。
「お待ちしておりました、ユカリード・イーブルバンシー様。どうぞこちらへ」
扉を開けたすぐ向こうには、おばさんと表現するには上品な年配女性がいた。かっちりした黒のワンピースにジャケット姿は、魔道具ギルドの紋章がワンポイントに入ってることから、ギルドの制服っぽい感じだ。待ち合わせのムーアがギルドに言ったからか、案内役が手配されたらしい。なんのつもりか、随分と丁寧なことだ。
彼女は私が軽くうなずくと優雅な足取りで先導し始める。ちょっと遅刻してるから、このおばさんも待たせてしまったに違いない。どこかの機会で差し入れでも持ってこよう。
ギルド内に設置されたいくつもの魔道具のセンサーを気にしながら、大人しく付いて行くこと少し。
魔力遮断の構造になってるらしき部屋の前に到着した。応接室のようだ。
ここまで誰一人として、ほかの人間を見かけないのが不気味だ。魔道具が発する魔力反応が多すぎる上に、そこかしこの壁や天井などが魔力遮断の構造になってるから、建物内にどれだけの人がいるかも定かじゃない。こんな建物はこれまでに経験したことがない。
常に魔力感知で周囲を気にする身としては、これは非常にストレスに感じる。
「御用の際には室内の呼び鈴をお使いください。それではわたくしはこれで」
無遠慮に観察する視線や態度を気にせず、おばさんは優雅な足取りで去っていく。
あの人も数々の魔道具を身に着けてることから、ひょっとしたら姿や声まで変えてるんじゃないかと疑ってしまった。何を変えてようが別にいいんだけど。
よし、入ろう。敵地に殴り込んだわけじゃないんだし、必要以上に周囲を気にすることはない。
扉を二回叩き、返事を待たずに開け放つ。
「待たせたわね」
「遅い。次の予定次第では帰っていたところだ」
ムーアはちらりとこっちに視線を投げた後で、呆れたように文句を垂れた。
いちいち五月蠅い野郎だ。女の遅刻は黙って見逃すのが男の甲斐性だろうに。
「あっそ。そんじゃ前置きは省いて、さっそく本題に入るわよ」
言いながら対面のソファーに腰掛ける。
「さて、どこから話そうか」
「なんだそれは。旨い話ではなかったのか?」
「旨くなる『かも』しれない話よ。そうね、とりあえず魔道人形連盟の利権について話とこうか。現在のはともかく、これからに向けて奴らが企んでる利権、これについては情報部で把握してる?」
「ありとあらゆる取引には必ず利権が付いて回る。よほどの巨額か、敵性勢力に流れでもしない限り、我々は関知しない。その気になればいつでも調べられるがな」
なるほど。利権ってのは主に権限を握る奴らと取引業者が結託して得る権益だからね。外敵に対する仕事をしてるムーアたちには管轄外か。とはいえ情報部はコネも幅広く、情報力も実行力も兼ね備える組織だ。この私と組んだように意外と柔軟性があるし、得になると分かれば動くのだろう。
「微妙に当てが外れた気はするけど……結局はあんたたち次第になりそうね。いいわ、まずは奴らの利権について共通の認識を持つわよ」
「今のところ、その連盟の利権がどう情報部の利益に結び付くのか分からんが……幸い今日は時間がある。俺は何も知らんから、基本から話してくれ」
「基本からってことは、現状の利権から理解したほうが良さそうね」
魔道人形連盟の利権構造とは、別に複雑でも珍しいものでもない。
基本的なこととして、一般販売される人形および関連商品の価格には、連盟への『事務運営費』が五パーセント上乗せされ販売される。これが奴らの基本にして最も大きな懐を肥やすシノギだ。侮れない金額になってる。
人形自体は学生競技で使うものだからそこまで高価じゃなく、一体当たり安くて三万ジスト、物によっては高くて十万ジスト程度になるらしい。それに加えて武装も揃えないといけないから、最低でも一体当たり五万ジスト程度はかかる計算だ。
競技人口はベルリーザだけでも十数万人にも及ぶ。
最低で考えた場合でも、五万ジストの五パーセントは、二五〇〇ジスト。人形が十万体売れれば、二億五〇〇〇万ジストのカネが連盟に転がり込む。実際にはそれ以上だろう。
人形や装備はほいほい買い替える物じゃなくても、競技人口が多ければそれなりの頻度で買い替えや買い増しは発生すると期待できる。
それに関連商品は多岐に渡り、消耗品まで含めれば儲けの規模はよりでかくなるんだ。
関連商品は私が知ってるだけでも、試合中に人形に着せるビブスもそうだし、運搬用のケースなんかもそうだ。そのほか全然必要ないけど、専用と称するクリーナー類や、人形に個性を持たせるアクセサリーなんて物まで販売されてる。書籍類だって山ほど出てるみたいだし、私が知らないグッズだってたくさんあるだろう。
細々とした商品の単価は安くても、人気の倶楽部だから売り上げ点数で考えれば販売額はそれなりに多くなる。塵も積もれば山となるように、決して馬鹿にできない大金になるわけだ。
連盟が称する事務や運営の経費にしては、額がでかすぎる。普通に利権以外の何ものでもない。
さらには騎士団の演習場を使った試合は、興行としてでかいイベントになるはずだ。これだって、たぶん億単位のカネが動くんじゃないかと想像できる。
しかも演習場での試合に変わったことで、装備は新たな物への買い替え需要があるだろうし、試合に出られる人数が倍増になったから、人形自体の買い増しも必ず起こる。もう特需と言っていいくらいの販売額増が見込めるはずだ。
ルールを変えて需要を喚起すれば、お手軽にカネが稼げる。ちょろい商売よね。
あとは連盟への加盟費もある。学校の数に応じた定期収入になるから、これも馬鹿にならない。
ここまでが現状における魔道人形連盟の利権構造と考えられる。少なくとも私が知る限りのだけど。
そこに騎士団向けの装備品として、魔道人形が加わればどうなるか?
当然、もっともっとでかいカネが動く。
魔道人形の軍事的有用性を示し、その発展と普及に役立つなどどいって連盟が一枚かむなら、騎士団に納入する魔道人形にまで事務運営費を乗せられるかもしれない。というか、その腹積もりだろう。時間はかかっても上手く軌道に乗せれば、懐に入るカネはきっと桁が変わる。
見返りの方法は、単純にキックバックするか、連盟に何らかの役職で椅子を用意するかって感じだろうね。大雑把にこれが連盟が狙う新たな利権だ。
「――現状の利権はいいとして、私としては騎士団に繋がる新たな利権を乗っ取れないかって思ってるのよ」
「騎士団に魔道人形か……それには連盟だけではなく、騎士団と魔道具ギルドが関係しているだろう? 乗っ取ると言うなら、連盟を外してお前たちキキョウ会と俺たち情報部が後釜に座るということになるが、そんな事ができるのか?」
「そこでナシを付けるのが、あんたの出番ってわけよ。余所者の私じゃ、話し合いの場も作れないわ」
「場の用意くらいならなんとかなるが、情報部の強権には期待するなよ? いきなりしゃしゃり出て行って、いい顔をする奴はいない。関係者で固めつつあった利権の話なら尚更だ」
「だから騎士団と魔道具ギルドには、もっと得になる話をしてやろうと思ってね。乗っ取るなら、それが最低条件になるくらい分かってるわ」
どう乗っ取り、利益に結びつけるか。これが一番のポイントになる。
レイラの案をムーアが行けそうだと判断すれば、実現できるかもしれない。
「ではどうする」
利権の乗っ取りなんて、話がでかくて面倒そうだからね。急な話でもあるし、ムーアはまだ懐疑的な様子だ。
「……ベルリーザは戦争特需の真っ最中よね。そっちの線から踏み入る余地はない? 例えば、魔導鉱物の輸入とか」
「魔道人形の原料の話からか? たしか、キキョウ会は魔導鉱物の輸出入に関わっていたな」
「裏でも表でもやってるわ。今回の場合は正業としての貿易よ。真っ当な仕事なら、そっちの弱みにもならないわ。なにより、ベルリーザとして魔導鉱物は大量に買い集めてる状況よね? 魔道人形の話を置いといても、悪い話じゃないはずよ」
「それはそうだが、キキョウ会の一存では決められまい。ブレナーク王国の了解を取ってからの話だろう?」
大規模にやるなら私たちでも勝手にやるのは不味い。魔導鉱物は戦略物資だから、特に大量に扱うなら王国の許可がないとシノギとしては考えられない。でも。
「問題ないわ。私には公爵夫人の友達がいてね、しかも公爵家が新たに獲得した領地には有望な鉱山がいくつもあるのよ。買い手を紹介してやれるなら、公爵家としても王国としても大歓迎よ」
ロスメルタからは内々でキキョウ会が商品として扱わないかって話ももらってる。
貿易相手がベルリーザなら、これ以上の販路などない。王国としても歓迎できる取引相手だ。
「……いや、いくらコネがあっても勝手に進めてよい話ではない。事は一介の商会や組織の話ではなく、国と国との取引になるぞ」
「国と国だろうが、実際にやるのは下請け業者よ。しかもブレナークはまだ戦後処理の真っ最中よ? 細かいこと言ってたら、いつまでも話なんか進まないわ。そっちだって戦争準備で時間が大事なんじゃないの?」
「それはそうだが。しかし戦後処理に忙しいのだろう? ブレナークからの輸出に要する時間が掛かりすぎれば、利権を乗っ取るには間に合わないのではないか?」
「だから現場で話をつけて、上にゴリ押そうって話をしてんのよ」
公爵夫人の友達の私と、情報部の高官であるムーアで決めたことなら、それを押し通せる可能性があるんじゃないかと見込んでる。
細かい諸問題は色々あっても、推し進めるだけの価値が関係各位に生まれる話だと私は思う。
冗談で言ってるわけじゃなく、右目に意思を込めてムーアを睨むように見れば、こいつも私の本気を理解したようだ。
規模がでかい話だろうが関係ない。やろうと思った奴が漠然と思うだけじゃなく具体的に行動すれば、それは実現に向けて近づくんだ。
夢物語を言ってるつもりはない。私はこれを現実にしようと思い、その伝手と力があり、情報部の高官を巻き込めばいけると判断したんだ。
もしダメだったとしてもその時はその時でしかない。チャンスと思えた状況を何もせず逃すほうが耐え難い。
「…………量と質にもよるが、我が国が魔導鉱物を欲しているのは事実だ。俺が話せば、上にも興味は持たせるだろう。だからこそ中途半端は許されん。お前の話が実際に可能であると、それを証明する必要があるぞ」
「口先だけでそっちの上を説得できるなんて思ってないわ。ひとまずはウチが抱えた在庫をこっちに持ってこさせる。精錬済みのミスリルを一〇〇〇トン、大陸東岸のリガハイムから海路で運ばせるよう手配済みよ」
レイラがどこかのギルドに立ち寄って、ギルド間通信を経由して本部に伝えたはず。伝われば副長のジークルーネや本部長のフレデリカが、ロスメルタにも話を通すべく動くだろう。
「精錬済みの魔導鉱物……すでに手配済みとは動きが早いな」
大国ならたぶん普通の鋼材は数十万トン単位で輸出入はやってるだろう。一〇〇〇トンは大した量じゃないように思えて、貴重な魔導鉱物としては馬鹿にできない量だ。
オーヴェルスタ公爵家が獲得した鉱山からは同等の魔導鉱物が採掘でき、埋蔵量にもかなりの期待ができるって話だからハッタリでも何でもない。
「こいつは手付みたいなもんよ。もちろん、タダじゃないけどね。現物を見てそっちの上が取引を確約するなら、オーヴェルスタ公爵家には最優先で魔導鉱物の確保を進めさせるわ。あっちはたくさん売れて大儲け、ウチは仲介と運び屋として大儲け、あんたたちは必要な物資を手に入れられるって寸法よ。情報部なら国外の商会と取引する企業舎弟くらい持ってるわよね? そいつを経由してベルリーザに卸すから、そっちはそっちの言い値で国に引き払えばいいわ」
ムーアがにやりと笑った。
「価格については調整する必要はあるがな。しかし、魔道具ギルドと騎士団上層部にはどういった利益がある? その話だけでは両者が得をしない」
「そっちの企業舎弟か、ウチがベルリーザ側に作る企業舎弟にそいつらの椅子を用意すればいいわ。単純にカネを渡す賄賂じゃないなら、一応はベルリーザの法にも触れないはずよ。おまけに、魔道人形連盟なんて役立たずと組むより、情報部やウチと結託したほうが良いに決まってるわ」
利権という意味なら、これで十分に抱き込める。しかもベルリーザって国にとって欲しい物資まで手に入るんだ。
中抜きするだけの魔道人形連盟なんか、まったく不要な話になる。それに無意味な魔道人形の軍事利用なんて話がなくなっても、魔導鉱物の輸出入には影響しない。
小手先の乗っ取りじゃなく、大元から話を作り上げるレイアの案は非常に良かった。
「いいだろう。俺のほうでも話は進めるが、具体的に動かすのはリガハイムからの船が到着してからだ。その間にお前も公爵家には確約を取っておけ。もし本当にこの話が進められるなら、情報部は全力で騎士団と魔道具ギルドを説得するだろう」
「本当も嘘もないわ。数日中にはリガハイムから船が出るわよ。心配なら、そっちの諜報員に調べさせるのね」
ロスメルタだって、こんな旨い商機を逃すはずはない。戦後処理が大変なんて言い訳は、やりたくない事を遠ざけるか恩を着せたい時に使うものだ。
もし何らかの事情で拒否されたとしても、その時は裏組織としてのウチのやり方は黙認させる。信頼や友諠とは別に貸しもあるし、魔導鉱物はドンディッチや南部の小国家群からの輸入である程度は賄える。総合的にこっちに問題はない。
我がキキョウ会にとって、この話が成功すればかなりの成果だ。
ベルリーザにシノギの基盤を一つ作れることになる。利権構造さえできてしまえば先々で戦争が終わっても、輸入の規模は縮小しても販路の一つを絶やすことはお互いに望まないと期待できる。シノギとしては長期に渡って続けられるはずだ。これは太いシノギになる。
なにより、騎士団上層部と魔道具ギルド本部にコネができるのは大きい。
ベルリーザにおいて足がかりのないキキョウ会が、一気に足がかりどころか中央に食い込めるんだ。
魔道人形連盟への意趣返し程度には収まらない、かなり大きな話になった。
「お聞きになりましたか、ネルソン卿。この話にご興味は? もし可能であれば貴卿にもご協力を仰ぎたい。このままお待ちしています」
突然ムーアが明後日のほうを見ながら言った。話し方からお偉いさんみたいだけど、呼びかけた名前はギルドのトップとは違ったと思う。
「……盗聴されてるのは承知の上だけどね、ネルソン卿ってのは誰よ?」
「想像くらい付くだろう。魔道具ギルド本部に表向きの長はいるが、実権を握っておられるのがネルソン卿、分かりやすく言えば前陛下のご令弟だ。今は王室から離れ、爵位も返上されているがな。影響力は健在だ」
なんだって? 思ってもみない大物じゃないか。
魔道具ギルドはエクセンブラ支部長のアンダール卿でも大物貴族って話だった。ベルリーザから遠く離れた支部の長でも大物貴族だってんなら、本部のトップは当然ながらさらに上だ。それは貴族の中でもよっぽど上か、もう王家の血筋を想像する。それがまさに的中したってわけだ。
前陛下の弟ってんなら、相当な大物だ。どんな理由か王室から離れた上に爵位まで返上しても、魔道具ギルドの支配者に収まってるなら影響力はそりゃ大きい。そんな奴まで巻き込んで話を進められるなら、一つの利権くらい楽勝でもぎ取れるだろう。
「ところでさ、何で魔道具ギルドの応接室で話そうなんて言いだしたわけ? 私がこのギルドに益のある話をするとは限らないじゃない」
「仮にギルドに無関係な話だったとして、お前が盗聴を警戒しないはずがない。ここでの話に乗ったということは、その時点で盗聴を前提とした企みだと言うことくらい分かっている。それにお前を呼んだのはネルソン卿だ。俺とて盗聴されると分かっている場所に、他者を呼び寄せ話を聞こうなどとはしない」
どうだかね。しかし、ネルソン卿か。どんな奴なんだろう。前国王の弟なら、それなりの爺さんだと思うけど。
「こっちには呼ばれる覚えがないんだけど……何の用事よ」
「妙な意味ではないから安心しろ。魔道人形について、お前と話がしてみたいとおっしゃっていた」
「魔道人形?」
「ネルソン卿は魔道具技師としても一流だ。心当たりはあるだろう?」
ああ、そういうこと。人形操作の実力を見たいなら、いくらでも見せてやる。
その程度で機嫌を良くして、利権確保に協力してくれるなら安いものだ。
地味な利権の話になってしまいましたが、資金源はあればあるだけ後に派手なことができます。
次話「趣味とロマンの探し物」に続きます。




