魔道人形連盟の狙い
魔力で出来た糸を利用し、天井に張り付いて気配を断つ。
我ながらフィクションに登場するクモ男みたいだ。客観的に自分を見た姿を想像すると、笑いそうになってしまう。
「こっちも暇ではないのだがな、理事長の人使いの荒さには困ったものだ」
「ええ、まったくです。しかも急ぎなんて」
部屋に入ってきたのは男女の二人、どうやら不審者に感づいた警備員じゃなく連盟職員のようだ。
若い声の感じからして、引退した元魔道人形倶楽部の顧問ってよりは、現役の顧問のように思える。頭しか見えないから人相は分からない。
「何か飲むか?」
「あまり喉は乾いていませんが、せっかくなので理事長秘蔵のブランデーをいただきましょうか」
「はは、それはいい。少しくらいなら分からないだろう」
二人は気安い間柄のようだ。軽口を叩き合いながら、理事長とやらの頼まれごとの前に一休みするらしい。
書類棚とは別の飲み物やグラスなどが置いてある棚を漁り始めた。
「――さすがに上物は香りが違うな。用事を忘れてこのままゆっくりしたいところだ」
「急ぎとは言っても一休みするくらい問題ないでしょう。仕事を忘れるわけにはいきませんが」
「仕方がない。しかし、そちらはこの休み中も倶楽部の練習か?」
「短い連休はありますが、基本的には練習ですね。そちらも似たようなものでは?」
「いや、うちは自由が基本方針だからな。長期休み中に、そこまで熱心ではないよ」
やっぱり二人は魔道人形俱楽部の顧問のようだ。しかし急ぎの用事とやらを放って、酒を飲みながら雑談とはいい気なもんだ。
さっさと出てけっての。魔力の糸で天井に張り付くのはいいんだけど、不自然な姿勢を長時間続けるのは、なかなかしんどい。
「優勝候補の顧問がそんなことを言って、ほかの学校関係者が聞いたら怒りますよ」
「こう言っては何だが、男子はうちが頭一つ抜けているからな。激戦が予想される女子とは違うんだ」
「……特に今年は悪目立ちしている学校がありますからね」
「聖エメラルダ女学院か。他人事として見ている分には面白い存在なんだがな」
お、ウチの話題じゃないか。
「他人事でいられるならそうでしょうね。当校がどのような目に遭ったか……」
「何度も聞かされた話だ。それにあのお陰で騎士団が魔道人形に興味を持ったのは事実だ。聖エメラルダ女学院の顧問には感謝しなければな」
「当事者としてはとても感謝する気にはなれませんが、たしかにそうした一面はあります」
ふーむ、文脈からして最初の練習試合で私が暴れた事件のことを言ってるっぽい。
ということは、女のほうはあの時の学校の顧問か。もう名前も覚えてないけど。
しかし恨まれるんじゃなく感謝されてるらしい。騎士団って言葉も出てきたし、どういうことだろうね。
「だろう? あのまま話が上手く運べば、我々は巨万の富を手にすることになる」
「先達含めて長年進めてきた思惑が、突然現れたあの女によって進むのはやはり気に入りませんが」
「最後の一押しに役立ってくれたと考えればいい。それにしても話を聞くに、人間離れした女だ。実際、その後の練習試合でも連戦連勝、しかも圧勝しているらしいではないか。指導者としても優れている証明だ。そんな倶楽部に勝てるのか?」
私のことを心から褒めてるんじゃなく、単に相手の女をからかうような口調だ。
「勝つために、ありとあらゆることをします。すでに必要な協力者は揃えましたから。最早、警戒の対象にすらなりません」
「仕込みは万全ということか。実力で勝てない相手には、それ以外の方法で勝つ! いいではないか、それもまた王道だ」
何が王道だ。それにしても随分と不穏なことをほざきやがった。
どんな手を使っても勝つってのは、私好みではあるけどね。でも俱楽部活動は学生主体の活動であり、別に生死のかかったイベントでもない。顧問が出しゃばりすぎるのは野暮ってもんだろう。
ウチを警戒する必要がないってことは、試合の前に排除するってことだろうか。もしかして、ルール違反かなんかで失格に追い込むつもり?
顧問とはいえ大人が陰で仕込んだ策、しかもまともに戦わずに勝って、心から勝利を喜べる奴がどれだけいるんだ。
そんなつまらん小細工で負けるわけにはいかない。こっちも根回しと警戒は厳にやっていかないと。
「そろそろ仕事を済ませましょう。理事長が痺れを切らします」
「面倒だが書類を作るとするか」
ちっ、今から仕事か。まだ長引きそうね。
筋力と体力、魔力には自信があるけど、天井に張り付いたまま長時間キープし続けるのは厳しい体勢だ。
とにかく無心で時が過ぎるのを待つ。
不意に頭上を見上げる奴など普通はいないと思っても上を見られたらアウトだ。
もしもの時には本格的に裏の勢力としての顔で、心底から恐怖を刷り込んでやるしかなくなる。
学院講師の立場があるいま、なるべくそんな面倒で厄介なことはしたくない。
神頼みなんて柄じゃないってのに、こうなりゃ無事にやり過ごせるよう祈るとしよう。
そして――。
長いようで短い、短いようで長い時間が過ぎ、二人はようやく出て行った。
「ったく、二時間近くも居座りやがって」
天井から床に降り立ち、長いため息と共に大きく息をついた。とにかくバレなかったことに安堵する。
ただでさえ多い厄介事がこれ以上増えるのは勘弁だ。
「でも収穫はあったわね」
探して見つからなかった情報は、二人の会話から拾うことができた。
運の悪いことに、私がスルーした机の中に欲しい情報の書いてある資料が仕舞ってあったみたいだ。
改めてさっきの女の机を漁る。
「あったあった」
当該の演習場を管轄する騎士団と担当者情報が載ってる。
これで今日の目的は果たされた。
「それにしても……面白いこと言ってたわね」
騎士団が魔道人形に興味を持ったとか、巨万の富を手にするとか。
要は魔道人形の軍事利用、そしてその利権に連盟が食い込むって話だろう。
軍事利用は私だって最初に思ったことだけど、今の人形の性能だったら普通に人間が戦ったほうが遥かに強い。それに今よりも高度な人形を用意するならコストがかかりすぎて話にならない。人形そのものが高価になるし、メンテだって必要なんだからね。人形操作の訓練だって簡単じゃないことを考えれば、あまりに無駄が多い。
ちょっと思ったとしても、まともに考えたらやめようってなるのが普通だ。
でも無駄と分かりつつ、利権のために動く奴らがいる。
私が派手に暴れた結果は魔道人形の可能性を示し、利権を構築しようとする奴らに利用されたようだ。
騎士団所有の演習場に試合会場が変更になった件は、お偉いさんへの魔道人形のお披露目会ってわけだろう。
本格的なロケーションでそれなりの戦いを見せることができれば、試験的な運用くらいにはこぎつけるかもしれない。
何事も最初の一歩が肝心で難しいからね。その一歩を踏み出してさえしまえば、あとは手を変え品を変え利権の拡大に突き進んでいくんだろう。
「ふざけた奴らね」
あの時、偶然起した事の結果だけとはいえ、悪党のこの私を利用だって?
利権のことはどうでもいいけど、その役に立ったと言いながら私を排除するのが気に入らない。
どうせなら私を味方に引き入れればいいのにね。そうすりゃ悪巧みに乗っかってやったかもしれないのに。
それどころか何らかの手段を用いて聖エメラルダ女学院を不当に扱う話までしてやがった。
まったくもって、ナメられたもんだ。
売られた喧嘩は買ってやる。
この場合、利権の話そのものを潰す方向で動くか、あるいは乗っ取るかだけど……余所者の私たちが乗っ取るのはさすがに難しいか。
「まあいいわ、まずは行動。結果はあとから付いてくる」
取っ掛かりが掴めたら、こんな所に用はない。次だ、次。
人けのない廊下に出て階段まで進んだところで、ちょうど外に出ようとする数人の集団に出くわした。
すぐ後ろに付いて紛れるように一緒に外に出れば、怪しいところなんてどこにもない完璧な脱出だ!
この調子で次に行こう。
まだ日が高いことから、やれることはどんどこ進めてしまいたい。
学院講師モードの今は利権うんぬんよりも魔道人形倶楽部の練習、そのために騎士団演習場を借りる交渉だ。これを先に片づけたい。
「とはいえ、いきなり押しかけても門前払いを食らうだけよね……」
まさか騎士団に殴り込むわけにはいかないし、知り合いでもなければ連盟職員でもない私が訪ねても取り合ってくれない気がしてきた。
こういう場合は連盟に問い合わせて、そこを経由して交渉するのが普通なんだろうか。まあ交渉先を知らされてない学校からしたら、それ以外にやり方がないとも言える。
でも私は敵視されてるみたいだから、まともに問い合わせても欲しい結果が得られるとは思えない。
「だったら悪党らしく進めるしかない」
普通に進めないなら、裏街道を歩けばいい。
こうなったら知り得た情報を基に敵を切り崩してやる。騎士団への交渉と、連盟の奴らにひと泡吹かせる策は同時に進めるしかなさそうだ。
そのためのアイデアは何となく浮かぶけど、どうせなら頼れる情報局幹部補佐にもネタがないか訊いてみよう。
まずは通信圏内に入るため、車両に乗って移動した。
「――こちら紫乃上。レイラ、聞こえる?」
しばらく移動してからイヤリング型通信機をオン、呼びかけるとやや間を置いてから返答があった。
「忙しいなら後でいいわよ?」
「大丈夫です。学院を監視している者たちの素性を洗っていたのですが、これといった情報はありません。何か御用ですか?」
「実は今、魔道人形連盟を探ってたのよ。面白い情報は見つけたものの、どう使おうか迷っててね。レイラなら上手く使えるかと思って」
「詳細を聞いてみたいです。今はどちらに?」
「学院近くの商業区よ」
「では裏通り西側の空き地で待っていてください。すぐに合流します」
車両で裏通りに行き、空き地の前で待つこと少し。レイラがやってきて助手席に乗り込んだ。
「早かったわね。妹ちゃんとヴァレリアたちは?」
「市場を見に港のほうまで出かけています」
「ああ、昨日そんなこと言ってたわね。レイラも適度に休みなさいよ」
「ハイディたちがいるので休めていますよ。それより、魔道人形連盟ですか?」
「そう。とりあえず話すわね――」
謀にかけては脳筋の私よりも、レイラのほうがずっと頭が回る。
なにかしら、突破口をひねり出してくれるだろう。
結構な時間をかけて話した結果、さっそく人を利用することにした。こういうのは勢いだ。この際、コネを使ってやる。
レイラがいなくなった車内で、今度は板状の通信機を起動した。
「こちらユカリード・イーブルバンシーよ、今から会えない?」
「…………いきなりだな、俺も暇ではない。しかし内容による。厄介事か?」
連絡したのは情報部のムーアだ。貸しもあるし話は通しやすいだろう。
「どっちかと言えば旨い話よ。もしかしたら、そっちでも把握済みかもしれないけどね」
頼み事を上手くいかせるコツは、相手に興味を持たせることが第一だ。
その上で貸しを作らず、むしろ相手に恩を着せることまでできれば完璧だ。
「ほう、旨い話か。どんな話か、このまま簡単に話せるか?」
「魔道人形の利権、これで通じる?」
「利権だと? こちらは今それどころではない」
「協力できれば、そっちにとって旨い話に化けるかもって思ったんだけどね。興味ないなら別にいいわ」
レイラと話して考えついた作戦は、現時点じゃ単なる思い付きにすぎない。もし情報部の協力が得られれば、単なる思い付きだって現実に近づくかもしれない、そんな作戦だ。
ただ外敵との戦いや内部の腐敗への対処で忙しい情報部に、そんな暇はないと言われるならしょうがない。無理を押し通すほどの頼みじゃないし、引き際も大事だ。
「……待て、旨い話とはどういうことだ。予算不足の昨今、本当に旨い話なら興味はあるが」
乗ってきたか。有事のベルリーザにおいて、まじめに働いてる奴らほど人員と予算不足には悩まされてる。多少怪しいところがあったとしても、旨い話と聞けば興味を示す。
困った奴らに手を差し伸べるような手口は、詐欺師のやり口と同じだけどね。さすがに情報部を騙そうなんて、大それた真似をする奴はいない。変に疑われてはいないようだ。
「だったら今から時間作りなさい。毎度のバーは……まだ開いてないか」
「俺も今は出先だ。すぐには出られん」
「どこにいんの? そっちに行ってもいいわよ」
「魔道具ギルド本部だが………………いいだろう、応接室を借りておく。三十分後に来られるか?」
ほう、それはちょうどいい場所かもしれない。
「分かった、行ったことないけどたぶん行けるわ。そんじゃまた後で」
通信を切り、車両を発進させた。
大雑把な位置しか記憶にはなくても、どうせ立派な建物に違いない。あとは看板を見れば分かるだろう。
ベルトリーアといえば、魔道具ギルド本部の所在地だ。同街内にも支部はあるらしいけど、これから向かうのは総本山の本部になる。
そこは優れた魔道具を開発し、販売する奴らの元締めだ。数々の利権にまみれ、甘い汁に集る亡者どもがはびこる伏魔殿のような場所でもあるだろう。
素直で正直であることは、弱みに繋がり食い物にされる、きっとそんな場所に違いない。
我がキキョウ会と魔道具ギルドのエクセンブラ支部とは、ずぶずぶの関係だから本部のほうでも認知はされてるはず。多額の売り上げにも貢献してるしね。
たしか、グラデーナが挨拶にも行ってるから、ギルドで誰お前状態にはならないだろう。なんにしても、総合的に上手いこと話しを持っていければいいなと漠然と思った。
およそ四十分後、古式ゆかしい洋館のような建物の前に降り立つ。
少々、道に迷ったあげく、散歩中のおばちゃんに聞いてようやくたどり着けた。ギルドの集まる界隈の外れも外れ、だいぶ奥まった場所にあるとは思わなかった。
それにひっきりなしに人が出入りするような、見るからに賑わいのある感じを想像してた。莫大な金額と物量の取引をする魔道具ギルドに、人が少ないことなんかあり得ない。どうやらこの人けの無さを見るに、商談関係の話は本部じゃない場所でやってるみたいだ。
「……これが本部? 思ったよりしょぼいわね」
魔道具ギルド本部は意外と小さな建物で、駐車場も数台程度を停められるスペースしか停められない。一般の民家と比較すれば断然大きいけど、もっと無駄にでかい城かビルみたいなのを想像してたから意外に思う。
「いや、しょぼいのは見かけだけか。魔道具だらけじゃない」
ちょっと意味不明なくらいに建物の外にも中にも魔道具が設置されてる。
威嚇のためか分かりやすい配置の魔道具のほか、隠された魔道具も多い。これに気づけるのは特殊技能を持った人種だけだろう。
まるで魔道具で作られた要塞みたい。これはどんな手練れでも泥棒に入るのは無理だと直感的に思わされた。
普通に訪ねたつもりでも勝手に入ったら警報や罠が起動しそうで、自分から扉を開ける気が起こらない。
まあ開けないと入れないんだけど……見たところ呼び鈴みたいな物もない。
「しょうがない、行ってみるか」
別に招かれざる客ってわけでもないんだし、普通に入ってみればいい。
何かが起こったとしても、それはこっちのせいじゃない。
魔道人形連盟の悪事と企みを暴き、正義の鉄槌を下す……なんてことはあるはずもなく。利用し利益を得ようと画策しています。
サイドエピソード然とした感じではありますが、薄っすらと本筋にも影響ある内容となっていますのでちょっと長くなる予定です。
次話「仲良くなる近道、それが利権!」に続きます。




