奪われた道具と夏休み
宝さがしのほか、御前に渡された魔道具をそれぞれが試すことで、結構な時間を食ってしまった。
単純に見慣れない魔道具を見たり触ったりする時間は非常に楽しかった。いや、それは別にどうでもいいか。
手に入れた道具や装飾品の総額は、最低でもざっと一億ジスト相当は行ってると思う。正確な目利きができるわけじゃないから、もっと少ないか、ひょっとしたらもっと多いかもしれないけど。
とにかく巻き上げようと思ってた、最低でも五千万ってのは超えただろう。それに御前が私たちのために選んだ魔道具の性能を思えば、十分以上の成果はあったと考えていい。
一つ一つを解説しながら渡されなかったら、たぶんろくに試しもせずにほとんどの道具を叩き売って終わりだったと思う。
私たちは現状の装備で不足とは思ってなかったし、新装備は習熟を必要とするから遠征した場所でわざわざ取り入れようとは考えない。たしかに今すぐ完璧に使えはしないにしろ、今後に向けて強みにできる道具だと思った。
素直に使ってみようと思えたのは、きっと御前の人徳だ。
しかしアナスタシア・ユニオンと我がキキョウ会の関係が、ちょっと微妙なことは間違いない。
エクセンブラにおいては友好関係であり、妹ちゃんの護衛としてベルリーザにいる状況を見れば決して敵じゃない。むしろ完全に友好関係と言ってもいいはず。
ところが御曹司一派と一戦やらかし叩き伏せたことは、こいつら組織のメンツを叩き潰したも同然だ。二つの派閥に割れてるとはいえ、看板は一つなんだからね。
普通に考えれば、組織内でも相当な影響力があると思わしき御前に親切にされる覚えがない。はっきり言えば気持ち悪いし、御前だって親切なんてタマじゃないだろう。
両腕にあるバングルを見ながら、倉庫を出ようとする御前に言ってみることにした。
「ちょっといい? 御前」
「あん? まだ足りないなんて言う気じゃないだろうね。欲の張りすぎは感心しないよ」
「違うわよ。この魔道具、実際に高値が付かないのはそのとおりなんだろうけど、これは使える道具よ。部外者に渡すなんて惜しいと思わないの?」
単に強いだけじゃなく、珍しい魔道具でもある。同じ物を手に入れようと思っても簡単にはいかない。
「そんなことかい。ウチは最新の道具がいくらでも手に入るし、アーティファクトだって十分な数があるからね。昔の誰かが残した、そんな使いにくい骨董品を得物にしようなんて物好きはいないのさ。だが倉庫に転がしといたんじゃ、もったいないだろ? お前たちならちょうどいいと思っただけだよ。最初に言ったように、単なる倉庫整理にすぎないよ」
何が倉庫整理だ。どんなに古くて使いにくかったとしても、これらは入手困難で強力な魔道具だった。そんな物をほいほい他の組織に渡す道理がない。貸しをチャラにするなら、カネか情報だっていいんだ。まさかそれに窮するほど貧乏所帯じゃないだろう。
「こいつを使えば、私はもっと手強くなるわよ?」
「調子に乗るんじゃないよ。どんなに強かろうが、お前は不死身じゃない。そうだろう?」
「アンデッドじゃあるまいし、そんなもん誰だってそうよ。でも殺せるもんなら殺してみろと言ってやるわ」
「ふん、もう一度言うが調子に乗るんじゃないよ」
このババア、単に良い人だったりお節介焼きだったりするとのは違うだろう。
たぶん御曹司を含めて昨日の一件で誰も殺さなかったことや、妹ちゃんを守ってることに対する礼の意味もあるんじゃないだろうか。単に金目の物を譲るって意味じゃなく、譲った道具を活用しろって意味もあるんだろう。バドゥー・ロットのような強敵が、また襲ってこない保証はどこにもない。
老人が見込みのある若者へ送る餞別って感じだろうか。
それと御曹司含めて、喧嘩っ早い馬鹿どもで悪くなった印象をこれで少しばかり上向かせたかったとかね。
客観的にはウチに対して、こいつらは相当ひどい醜態を晒してる。そりゃあ御前の立場とすれば、少しくらい挽回しときたいだろう。
我がキキョウ会は現時点でも強い組織だし、将来だって有望だ。敵にするより味方に付けるほうが賢明なんだからね。
「あ、そういや指輪は?」
そもそも教会に関連する刻印の入った指輪を探しにきたんだった。宝さがしに夢中になって、倉庫に入った目的を完全に忘れてた。
「盗られたね。アディールに別の場所も探させているが、あたしの記憶じゃ確かにここにあったはずだ」
「どんな理由で指輪が奪われたか分かる? 刻印に込められた魔法は?」
御前は立ち止まって目を瞑り、思い出すように沈黙した。前を歩くグラデーナたちも気づいて立ち止まり、私たちは邪魔しないようにしばらく待つ。
「…………あれこそ本物のガラクタだったはずだよ。刻印に魔力は込められるが、これといった効果は無かった」
「効果がない?」
そんな刻印魔法があったとして、どんな意味があるんだろう。専門家に訊いてみたいところだ。
「あれはあたしが生まれるずっと前からあった古い物だよ。考えても分からんものは分からんさ。しばらく待ってろ、こっちで調べさせる。記録が残っているかもしれんし、なけりゃ工房や学者、それこそ教会に訊いてみればいい。誰も分からんてことはないだろうさ」
効果不明の魔道具を過去のアナスタシア・ユニオンの誰一人として調べなかったとは思えない。御前も分かってるみたいだけど、もし記録が残ってないなら、改めて調べてみるしかない。
「御前の伝手なら頼って良さそうね。学院にも関係するんだから、分かったらすぐ教えなさいよ」
「うるさい娘だね、分かってるよ」
結局だ。情報交換のために訪れた結果として、私たちは問答無用に襲われそうになり、御前のお陰でそれを回避。無礼の詫びとして奴らにとっての倉庫の肥やしを手に入れた。
目的だった情報交換の成果としては、敵の狙いが教会に関係しそうな古い魔道具だってことは分かった。それが何の役に立つのかが、まったく不明だけど。
とにかく昨日の襲撃は、アクセサリー型魔道具の奪取が目的だった確率は非常に高い。
その先の目的が不明なのは気持ち悪いけど、刻印魔法の効果が分かれば敵の目的や所属が見えるかもしれない。
しかしアナスタシア・ユニオンを虚仮にできる戦力や情報収集能力は相当なものだ。それを考えるだけでも敵はかなり大きな組織だと想像できる。
そういや情報部のムーアはどでかい爆弾が見つかったみたいな、そんなニュアンスのことを言ってた気がする。もしかしたらそこに繋がるのかもね。
エクセンブラと我がキキョウ会に関係なければ、何がどうなろうと関係ないってのはもう古い考えだ。この国に看板を出そうと思ってる私たちにとって、完全に無関係なんてことはない。
むしろ逆だ。積極的に関与し、敵をぶちのめす先鋒に陣取ることによって、私たちはこのベルリーザでもでかい顔ができるようになる。
ベルリーザって国は大きいし、首都のベルトリーアだけでもシマの広さは相当だ。アナスタシア・ユニオンだけじゃすべてをカバーできないんだから、友好関係の奴らのシマを荒らす必要はない。それ以外のいい場所をこの機に奪う下準備を進めよう。
うん、良い感じの目標ができた気がする。
今のところは捕らぬ狸の皮算用どころか、ひどい妄想レベルの見込みにすぎないけどね……目標があるってのはいいことだ。
最も夏の暑さが厳しいと見込まれる、ここ数十日は学院も休みに入る――。
俱楽部活動は変わらずあるんだと思ってた私の考えとは違い、さすがに貴族の通う名門学校はそうはいかないようだった。
ほぼすべての生徒たちが長期休みには自分の領地に戻ったり家族旅行にでかけたりと、それぞれに予定がある。寮のある学院が完全に閉まることはないみたいだけど、基本的には学院内の施設は点検や補修などで使用禁止になるらしい。
魔道人形俱楽部だって例外じゃない。部室は使えないし、部員だって家族や親族、あるいは友人との予定はおろそかにできない。身分のある家の娘は様々な付き合いやしがらみで忙しい。他人事ながら大変そうだ。
そんなわけで熱心だった倶楽部活動もしばらくは休みだ。なんだか拍子抜けしてしまう。
「よし、そこまで! 少し早いけど今日の練習は終わりよ」
長期休み前の最後の練習だ。数十日ものブランクは結構ヤバいんじゃないかと思ってしまうけどね。
「皆さん、以前話したように各自で人形は持ち帰ってください。魔力感知と魔力操作の自主練は欠かさないようお願いします」
「ハーマイラ、みんなそれ持って帰んの?」
「当然です。人形は同じに見えてもそれぞれに少し癖がありますから、別の人形を使っての練習は推奨できません。休み明けには、より上達した姿を先生にお見せできると確信しています」
確信ときたか。自主練だけでそこまで伸びるもんかね。まあいいけど。
「実は休み中でも集まれる人は集まって、合同練習することになっているんですよ」
「わたしは行けないのですが、その分自主練は強度を上げて毎日実施するつもりです」
「あー、あたしも行きたいんですけど、ちょっと厳しいんですよね。遅れないように自主練を頑張るしかないです」
「……よくやるわよ、本当に」
呆れたように言うのは巻き毛のお嬢だ。こいつは倶楽部だとちゃんと練習するけど、一人で練習するような奴とは思えない。
「なにを言っているのですか、イーディスも一緒に練習するのでしょう?」
「あたしはイーディスと同じタイミングでそっちの領地にお邪魔するから、ご家族によろしくね!」
「わたしたちはハーマイラ部長と一緒に領地に行くんですよ」
「いいなぁ。わたしも後からどこかに合流させてもらうかも」
そういうことか。熱心だと思ってたレベルを超えてる。ほとんどの部員が自主的な合宿を行うようだ。
「遠出する予定のない身としては、部室が使えれば良かったのですが……」
妹ちゃんだ。彼女はアナスタシア・ユニオン本部にも行けないから、ほぼ人のいない学院の寮で過ごす予定だ。色々と危ういベルリーザの状況を思えば、ちょっとした小旅行程度でも宿泊が発生する場所まで行くのは油断が過ぎるというものだろう。
とはいえ、ずっと引きこもるのは精神面で良くない影響がありそうだ。そこでヴァレリアたちを伴って、日帰りでのお出かけ程度はやらせるつもりだ。たぶん暇にはならない。
「思ったのですが、演習場を使わせてもらえないか交渉してみようと思います。先生、構いませんか?」
今度はハリエットだ。毎日毎日遊び惚けるわけじゃないから、これも妹ちゃんを気遣っての提案だろう。演習場ならより本番を見据えた練習が思いっきりやれるだろうけどね、さて。
「ふーむ、演習場か。他校との公平性を考えれば、貸してくれない気がするけどね。いいわ、私のほうで言うだけ言ってみる。借りれなくても、どっか適当な場所を見繕っとくわ」
「あ、羨ましいです! もし演習場が使えるならあたしも使いたいですよ」
「そうですね、本格的な練習場所は魅力的です」
「慌てなくても休みが明けたら嫌ってほど練習させてやるわ。それまで楽しみに待ってなさい」
ざわつく部員どもをなだめ、しばらくの歓談を終えたら解散だ。
三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があるように、こいつらとの再会を楽しみにしとく。
御前からの連絡を待つ間に、私たちはやれることをやる。
情報局のハイディたちは変わらず調査や監視に動き、ヴァレリアたちは妹ちゃんの護衛の名目で観光ついでに街で遊ばせる。ストレスの発散だけじゃなく、見聞を広める意味もある。せっかくベルリーザまできたってのに、引きこもってばかりじゃあまりに気の毒だ。
考えてみれば人けのない学院にずっといても敵からすれば襲いやすいかもしれないし、だったら人の多い街に出かけたほう色んな意味でマシだ。引きこもる意味がないなら、堂々と外に出ればいい。
これまでの経過から、御曹司の奴が自分の意志で妹ちゃんを襲うことは無さそうに思える。でも妹ちゃんを介して御曹司を利用しようと企む奴はいるかもしれない。その点だけは要注意だ。
グラデーナたちは日々の訓練をやりつつ、主に街での情報収集をやってる。特に傭兵ギルドと冒険者ギルドには、荒事や不審者の情報も集まりやすい。他のギルドや主要な商会なども含め、キキョウ紋の印象を少しずつでも街に浸透させることが目的でもある。
地道な顔を売る行動は今後のためにもなる重要な活動だ。続ければ余所者感は徐々に薄れ、様々な人や組織との交渉もやりやすくなると見込める。
そして臨時講師である私にとって、学院が休みになってしまえば仕事はなくなりフリーだ。
丸一日を自由に使えることから、縮小気味だった毎日の鍛錬を本格的にし、手に入れた魔道具を使いこなすための練習も進める。呪いに体を慣らすためにも訓練は限界に迫る勢いで強度を上げ、孤独に自分を追い込む毎日だ。
ただ訓練ばかりじゃなく、魔道人形倶楽部の顧問としてやるべきことはやる。
数日間の激しい訓練で疲れた体を休める意味もあり、今日は顧問としての活動をやることにした。
キキョウ会の会長としてじゃなく、あくまで顧問としての活動だから、目立つ武装はせずに清楚モードの服装で動く。毎度思うけど厳つい眼帯が服装に合わないのは慣れるしかない。
今日は一人で車両を運転し、魔道人形連盟の本部に突撃することにした。
試合会場が騎士団所有の演習場に変わったから、練習で借りるなら交渉先の情報が必要だ。それを聞くのが主な目的で、あとは面倒なルール変更を企んだ奴らのツラを拝んでみたいって理由もある。
何の約束もしてないから留守かもしれないけど、その時はその時に考えよう。
「んーっと、たしかこの辺だったような……」
商業ビルの集まるエリア、その外れに連盟本部はあるらしい。
大通りから逸れ、見通しの悪い道をゆっくり進むこと少々。人通りは全然なく閑静な界隈だ。
「……あれか」
石造りの立派な建物が見えた。
正面入り口の遥か上には丸屋根が乗っかり、半円を描くアーチ状の窓が良く目立つ。装飾はあまりないけど、ルネサンス様式っぽい荘厳にして華麗といった雰囲気だ。聞くところによれば、あの立派な建物の全部が魔道人形連盟本部ってわけじゃなく、その一画を借りてるらしい。
建物の裏にあった駐車場に車両を停め、眩しい日差しのなか外に出る。
広い駐車場には他の車両が数台しかなく、建物の中を感知しても人の気配はほとんどない。それも夏休み期間の影響なんだろう。とりあえずは普通に正面から訪ねることにした。
思えば新たにどこかを訪ねる時ってのは、殴り込みだったり忍び込んだりって記憶ばかりな気がする。
たまには普通に訪ねて、普通に用件を済ませるのもいい。今日は学院の講師、そして魔道人形倶楽部の顧問としてやってきたんだ。
連盟職員ってのは現役の魔道人形倶楽部顧問か、引退した元顧問だって話だったはずだ。そいつらと普通に話してみたい気もある。
せっかくなんだから、留守じゃないことを祈るとしよう。
夏休みです!
ということで、ややこしく面倒事の多い本ルートからは少し外れ、ちょっとだけ中休み的なエピソードに入ります。
次話「倶楽部顧問の自覚なき逸脱した活動」に続きます。




