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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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色々ありそうな襲撃の目的

 偉そうなババア、御前と睨み合うこと十数秒程度の張り詰めた時間。

 周囲の奴らにとっては実際よりも長く感じただろう。しょうがない、ババアの本気に免じて収めてやる。


「……次はないわ。それに今回のことは貸しよ、いいわね?」

「構わないよ。でもいつまでも貸されたままじゃ気持ちが悪い、貸しはこの後ですぐに返す。そっちこそ、いいね」

「貸しに見合ったものなら文句ないわ」


 カネで解決する気だろうか。私たちの命を安く済ませることはできない。ただ実際には傷一つ負ってないから、吹っ掛けるにしても程度がある。

 まあ大きな組織相手だし少し欲張って一億ジスト、最低でも五千万ジストはいけるかな。このくらい巻き上げられれば上出来だろう。


「さて、今更な気はするがね。お前たちは何をしにきたんだ?」

「ホントに今更ね。もう話す気力も湧かないけど……昨日の襲撃について話を聞きにきただけよ」

「だったら、こんな所で立ち話もなんだね。付いてきな」


 御前は早くしろとばかりに、背中を向けて歩き出した。こっちは気力がないって言ってんのに勝手なババアだ。


「待ってください、御前! 昨日の襲撃はこいつらの仕業じゃ……」


 ん? 意味不明なことをほざいた野郎を、立ち止まった御前が睨みつけた。


「馬鹿か、お前は。この娘があんなつまらん奇襲などするものか。少しは頭使ってから言葉を発しな」

「しかしっ」

「待ちなさい。私たちが襲撃? なんか根拠があって言ってんの?」


 まさかの濡れ衣疑惑があったから、こうなったのか。そういや、いきなり襲われる理由がさっぱり不明だった。


「白々しい言い訳はよせ。これを見ろ、昨日の忘れ物だ」


 今度は別の幹部っぽい奴が進み出て、ポケットから小さな物を取り出し得意げに差し出した。


「貸しなさい…………これが根拠? くだらないわね」

「なんだと?」

「偽物だって言ってんのよ。こんな古典的な手に引っかけられるなんて、仕掛けた何者かだってまさかと思ってるに違いないわ」


 アホらしい。見せられたのはキキョウ紋バッジのパチモンだ。

 たしかに良くできてる。キキョウ紋バッジは隠すもんじゃなく、むしろ誇示するために胸元に付けるから、大きさや形状まで調べようと思えば余裕で調べられる。

 手の中にあるのは本物に酷似した出来栄えで、精緻な八重桔梗っぽいデザインが目によく馴染む。本物を作ってる私から見ても悪くない出来と思えた。


「代紋の偽造だと? それが本当なら卑劣にも程があるぞ」

「嘘じゃねえだろうな!」


 なるほど。何となくわかった。

 前から想像はしてたけど、どこぞの敵勢力はアナスタシア・ユニオンとキキョウ会を争わせたい。それは両組織を疲弊させると同時に、アナスタシア・ユニオンの弱体化はベルリーザの弱体化に繋がってるんだから、敵勢力にとっての利益になる。我がキキョウ会はそうするために利用できる単なる駒にすぎないはずだ。腹は立つけど、たしかにウチは利用し甲斐のある駒だろうね。


 もし争うことになれば、きっと派手な戦争になる。それは多くの目を引き、誰かの後ろ暗い行動から目をそらすのに一役買うだろう。

 両組織が敵対することによって発生する利益は、ベルリーザ国外だけじゃなく国内においても考える奴らがいるはずだ。

 限られた権益は奪い合いだからね、邪魔者を弱らせることが期待できるなら、誰だって横やり入れようとする。もはや誰が仕掛けてんのか、さっぱり分からないくらいに敵は多い。


 それにアナスタシア・ユニオンには余裕がない。予想じゃなく、ここでのやり取りで実感した。

 こいつらは二つの派閥に割れ、トップの総帥は遠くエクセンブラに身を置いてる。その状況でいくつもの敵勢力に襲われ続ければ、誰に対しても疑心暗鬼になるし慎重になる余裕も徐々に失われる。しょぼい仕掛けにも簡単に引っかかる。


 元よりある程度の好き勝手は許された、自由のある強い組織なんだ。怪しいと思ったら、勢いでぶっ潰しても構わないとする大雑把なところだってある。

 上手いこと襲撃されて取り逃がした怒りと苛立ちもあるだろう。そこにエサを置いといたら、見事に食いつくだろうとも。それがパチモンのキキョウ紋バッジだ。


 こんな雑な仕掛けは、敵だって上手くいくとは思ってなかっただろうにね。

 たぶん怪しいと思わせる要素をいくつかばら撒き、双方が一〇〇%の信用が置けないようにするくらいの意味合いだったんじゃないだろうか。バッジ一つで可能性が生まれるなら安いものだ。そりゃ機会があるなら試すだろうよ。


「おい、聞いてんのか! デタラメだったらタダじゃ済まさねえぞ」

「うるさいわね、そもそも私たちは港と学院に人を置いてたんだから、こんな場所まで襲う余裕ないわよ。とにかく、本物と比べてみれば分かるわ」

「俺が見よう、貸せ」


 がさつな雰囲気のうるさい野郎を押しのけ、御前の隣にいたベテランが進み出た。

 胸に付けたバッジを外し、偽物と一緒に渡してやる。私の物には金の台座が付いてるけど、それ以外は同じだ。

 歴戦の戦士風ベテランが鋭いまなざしでバッジを見やる。


「…………悪いが何が違うか分からん。どこが違う?」


 はあ、その鋭い印象の両目はただの節穴だったか。


「材料が紫水晶なのは同じよ。でもよく見れば偽物は色が薄いしにむらもあるわ。それに小さなゴミや空気が入ってる。本物はそんなしょぼい物とは違う。みんなも見せてやりなさい」


 会長の私のバッジだけが良い物と疑われたくない。そもそも紫水晶はありふれた鉱物だから、バッジサイズ程度の良品じゃ全然高値は付かない宝石なのに、偽物はその程度の真似を怠った。

 まあウチのメンバー全員分、数百個から千個単位で同じクオリティの良品を使ってるとは想像しなかったんだろうね。普通に考えたら、混じり気なしの良品を使うほうが偽物っぽい気がしなくもない。


「ほう、比べてみればたしかに色が違うな」


 渡した七人全員の物のクオリティが一定なら、少しは信憑性はあるだろう。大きさも色もカットも完璧に同じで乱れないクオリティだ。見る奴の目が節穴でも、複数個を並べてみれば偽物は一発で分かる。

 しかし、こんな偽物のバッジ一つで命を狙われたんじゃたまらない。かといって偽物を防ぐ手立ても思いつかない。


 一応、今後を考えて、肉眼じゃほぼ見えない超微細なシリアルナンバーを刻むことくらいは検討しようかな。これを作る私並みの魔力操作ができないと作成不可能な、たった一つの宝石。偽物と本物の証明が簡単にできるし、紛失した物が出てきても誰の物だったかすぐに分かる。いや、やっぱ面倒ね。


「話は済んだか? そろそろ行くよ」

「お待たせしました、御前」


 御前の近くにはべる幹部っぽい奴らは納得したようだ。そのほかの有象無象にはまだ疑ってる奴らいるみたいだけど付き合ってられない。この場で一番偉そうな御前が私たちを疑ってないんだから、それで十分だろうに。

 下っ端どもの疑念など無視し、歩き始めた御前に付いて行くことにした。



 到着したのはこじんまりとした平屋の建物だ。そこかしこから感じる生活感からして、たぶん御前が住む離れなんだろう。

 応接室じゃなく、普通のダイニングキッチンのような場所に私とグラデーナだけが招き入れられる。相手側は御前とその側近らしきベテランの戦士だ。

 ほかは排除したんじゃなく、椅子が四つしかないしダイニングキッチンが狭いからだろう。御前の護衛やお付の者どもは外や軒先に待機し、ウチのメンバーは別室で休んでる。この期に及んで罠を警戒する必要はなさそうだ。


「悪いけど給仕がいなくてね、茶と菓子はそこにあるから好きにしな。あいにく酒はないがね」


 そう言われて遠慮する私とグラデーナじゃない。我が家のように歩き回っては戸棚や冷蔵庫を開け放ち、飲み物と菓子を勝手に取って口にする。

 唖然とする二人を無視して、立ったまま飲んで食い散らかし、何事もなかったように椅子に座った。


「ふう、人心地ついたわね」

「喉乾いたし腹も減ってたからな、ちょうど良かったぜ。もうちょい洒落しゃれた菓子がありゃ良かったんだがよ、どれも年寄り向けで味気ねえ」

「あれが上品でいいのよ。悪くない趣味だったわ」

「そういうもんか? あたしの趣味じゃねえな。おう、ババ……いや、御前様よ。次の時には若者向けの洒落た菓子も用意しといてくれ」

「私としても、そっちもあればより良いわね。あとお茶はエトワーレ・フェルトを用意しといて欲しいわ」


 ベテランの戦士っぽいおっさんが眉間にしわを寄せて黙り、御前は盛大な溜息を吐いた。

 私たちはアナスタシア・ユニオンを恐れてないし、かしこまったりもしない。そんな気がさらさら無いことが、このやり取りだけで十分に伝わったはずだ。さっきまで囲んで脅された意趣返しもちょっと含んでる。でなきゃ、初めて招かれた家でこんなふざけた真似はしない。


「……呆れた餓鬼どもだね」

「お宅の坊っちゃんに比べりゃ、かわいいもんでしょ? さて、そろそろ始めようか。昨晩の話を聞きたいわ。どっちから話す?」


 世間話をしにきたわけじゃない。用件を済ませよう。


「そっちの話を先に聞こうじゃないか。そうだね、まずは若のほうだよ。遊んでくれたらしいじゃないか」


 御前やアナスタシア・ユニオンの連中は御曹司のことをわかと呼ぶらしい。

 御曹司は前総帥の息子であり、御前は前総帥の奥方、つまりは母親かと思いきや違う。御曹司は前総帥が愛人に生ませた子供だ。御前に実子がいればそいつが次期総帥の立場になってそうなもんだけど、その辺ことはどうでもいいし興味もない。珍しくもない、複雑な家庭環境の一つってやつだろう。


「遊んでやるつもりなんか全然なかったけどね。じゃれ付いてくるんだから、しょうがなくよ。構ってやったのは私じゃなくて、こっちのグラデーナだけど」

「ああ、あたしがちぃとばかし遊んでやった。ま、見込みのある野郎だとは思ったぜ? 現時点じゃあ、あたしらの足元にも及ばなかったがな」


 御前は興味深そうにしてるけど、側近のおっさんは不愉快そうな顔だ。


「今の若の実力じゃあ、お前たちと張り合うのは無理だろうさ。戻った若と取り巻きの態度を見ても、大げさとは思えないね。アディール、お前から見てどうだ?」

「昨夜の若はいつにないほど荒れていました。双方の実力差からしても嘘はないでしょう」


 そういえば。


「ところで坊っちゃんの姿が見えないけど、奴はどうしてんの? 後先考えず、昨日の腹いせくらいしそうな性分だと思ったけど」

「さてね。昨日遅くに戻ったと思ったら、取り巻き引き連れてどっか行っちまったと聞いてるよ。今頃は飲んだくれて潰れてんじゃないか」


 調子に乗った野郎が手加減された上に完全敗北を喫したんだ。普段はストイックな野郎だとしても、そんな時くらい深酒したっておかしくはない。


「一応、改めて言っとくけど、麻薬取引に私たちは関係ないわ。昨日はある貴族の呼び出しに応じて、港の倉庫街にいただけよ」

「そういうこった。あたしらもそっちも、ついでにヤクを持ってきた何とかファミリーって奴らも、全員がハメられたんだろうぜ」

「誰がどんな目的で、そんなことをしたって言うんだ?」

「それはあんたたちアナスタシア・ユニオンが調べなさいよ。タイミングからして、ここや学院への襲撃だって連動した計画のはずよ」


 地元の勢力であり、人数も伝手もそろってるこいつらのほうが、よっぽど調べごとに向いてる。取っかかりになりそうな貴族の名前だけ教えてやれば、あとは勝手に進めるだろう。


「ふん、まあいい。ついでに学院での話を聞かせな。事のあらましは聞いてるが、お前たちの口からも聞きたい。なにがあった?」

「そう言われてもね。私が学院に戻った時には、すでに襲撃者は引き上げた後だったわ。シグルドノートの護衛に残したメンバーは、ずっと彼女に張り付いてたから襲撃の様子は見てないし」

「あたしも学院には行ってねえからな」

「そこじゃない。手がかりを見つけたと聞いたよ。お前は見たんだろう?」


 手がかりってのは、襲撃者の服と思わしき布切れのことか。


「刻印魔法の入った布切れなら見たわ。模様がほんの一部しか無かったから確実じゃないけどね、あれはたぶん刻印魔法の模様よ」

「お前たちの外套に入った刻印魔法を見れば、馴染みがあるのは理解するよ。ほかに気づいたことは?」

「あの模様っていうか刻印魔法は、たぶん教会に関係する何かよ。具体的な効果までは分かんないけどね」

「……教会?」

「ついでに不審なこととして、学院の礼拝堂からペンダントが盗まれたわ。女神像の首にかけられた物よ」


 学院の資料室から拝借した、その資料を見せてやった。年の功のありそうなババアなら何か知ってる可能性に期待できる。

 御前は目を細めながら写真を見やる。ペンダントに刻まれた模様に心当たりでもあるんだろうか。


「……付いてきな」


 資料から目を離した御前は立ち上がり、返事も待たずに部屋を出た。側近のおっさんも無言でそれに付いて行ってしまった。


「これは期待できそうね」

「ああ、なんか知ってそうじゃねえか」


 少し遅れて私たちも後を追うことにした。



 こじんまりとした平屋から外に出れば、御前がこっちを見ながら早くこいとばかりに手招いてる。

 突然の行動には平屋の周辺に待機する護衛連中も面食らってるようだ。それでもぞろぞろと付いて行く奴らと一緒に、私たちも御前を追いかけた。ほかの部屋で待機してたみんなも一緒だ。


 そうして到着したのは大きな蔵のような建物だった。戸締りは厳重っぽいけど、壁の一部が破壊されてる。破壊の跡もまだ新しい壁は、応急処置的に板でふさがれてるだけだ。


「……これって相当な威力よ。特別な道具を使わないと、こうはならないわ」

「ユカリ、襲撃の目的はやっぱここだろうな」

「うん。戦闘の余波や流れ弾で壊れたのとは違うわ。こっちが本命で、構成員を襲ったのは陽動ね」


 周囲は大して荒れてないってのに、ピンポイントで大きな破壊の痕跡があれば、狙って壊したとしか思えない。

 かなり年季の入った建物だけど、壁は分厚く魔法的な防御まで施された極めて頑丈な建屋だ。これはちょっとやそっとで壊れるもんじゃない。破壊する意思と準備がなければ無理だろう。


「見たか? 敵の狙いはこの宝物庫だよ。実際にはガラクタしか置いていないがね」

「宝物庫……金目の物が目的ってこと?」

「いいや、違うだろうね。お前が持ってきた写真で分かった。この宝物庫には、あのペンダントに似た刻印の入った指輪があった。何が消えたかまだこれから調べさせるところだったが、敵の狙いはそれだろうね。今から確かめるよ」


 教会に関連する刻印が刻まれたアクセサリー。その奪取が目的だったとして、その理由がまだ不明だ。

 奪ってなんになる?

 どんな理由があって、それが欲しい?


 学院にあった物は歴史的な価値はあったとしても、金銭的な価値は低いと考えられる物だった。たぶん指輪も似たような感じだろう。

 きっとカネが目的じゃない。だったら何?

 なんだか、めちゃくちゃ不穏な感じがする。

御前様のカリスマによって、主人公含め怒れる武闘派どもは矛を収めました。若きユカリにはまだ足りない貫禄と年の功です。

次話では宝物庫(ガラクタ倉庫)を漁ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 僅かずつでも段々と点と点が繋がり出してますね。 教会関連のアクセサリーを集めてる奴らは 教会側なのか、教会の敵側なのか……? そもそも敵の「呪いっぽい魔法」に教会のお守り(タリスマン)が …
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