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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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自分のつもりと相手のつもり

 目的地が近づきつつある今になって、さてどうしたもんかと思う。

 グラデーナには殴り込み上等とは言ったけど、事態をややこしくするつもりはない。売られた喧嘩は買っても、こっちから売りさばく状況じゃないんだ。かといって、普通に訪ねて話しができるだろうか。


 特に御曹司一派は穏やかじゃいられないだろう。顔を合わせたら荒事になる展開しか想像できない。

 勢い込んでやってきたはいいものの、こっちは全然気にしてないけど喧嘩に負けた向こうはそうはいかないはずだ。

 でもここは奴らの本部。正面から訪ねた客に対して、喧嘩に負けたからって無体を働くのは非常にカッコ悪い。総帥派閥の連中にとってはいい迷惑だろうし、簡単には荒事にならない気もする。


 うーむ、まあいいか。ぐだぐだ考えたってしょうがない。話しをするのに喧嘩が必要ってんならやってやる。その時はその時だ、なるようになる。

 むしろ先方の穏健派が面倒を嫌って、私たちを門前払いにすることのほうが厄介だ。シャットアウトされたらからといって、強引に乗り込むわけにもいかない。


 ところがだ。広い敷地を誇るアナスタシア・ユニオン本部に近づいてみれば、門が勝手に開かれていくじゃないか。

 一応、近くで車両を止めて待ってみても、誰かが出てくる様子はない。


「……なんのつもりよ」

「あたしらが近づいて門が開いたんだ、入れってことじゃねえのか?」


 そういや、ずっと前にも似たようなことがあった気がする。あんまり覚えてないけど、エクセンブラのアナスタシア・ユニオンがこうだったっけか。

 もしかしたら、こいつらなりの流儀なのかもしれない。追い返すんじゃなく、迎え入れてから対応を決める。懐に敵が入り込んだって、どうにでもできる自信が見えるわね。


「歓迎してくれんなら、入るしかないわね。大勢で出迎えてくれるみたいだし」


 敷地内には凄い人数がいる。そいつらはお偉いさんを見送りに出てるのかと思った。まさか私たちの出迎えとはね。


「そういうこった。まあ御曹司以外からは普通に歓迎されるんじゃねえか? あたしらはシグルドノートの護衛なんだしよ」


 それもそうか。総帥派閥の連中にとっちゃ、私たちは別に敵じゃない。昨晩の謎の襲撃者に対しては、互いに協力できる間柄でもある。

 よし、ここでじっとしててもしょうがない。訪ねたのはこっちなんだし、門が開いたなら行けばいい。


 二台の車両で敷地に入ってみれば、中には大勢の獣人どもがずらっと待ち構える歓迎ぶりだ。ざっと数百人、五百人以上はいるんじゃないだろうか。

 ただし雰囲気からして素直な意味での歓迎じゃなく、威圧と脅しが目的なんだろう。

 私たちは分かった上で入ったけど、普通の神経してたら入る前に引き返すか、これを見たら即座に逃げ出すだろうね。


「雁首揃えて出迎えご苦労じゃねえか。こんなんで、あたしらがビビるとでも思ってんのか?」

「ここは天下のアナスタシア・ユニオン本部だからね。昨日の襲撃もあるし、気が立ってんのよ。ま、格下の挑発なんか無視よ。あの程度にいちいち反応したんじゃ安くみられるわ」


 本気でやり合うつもりはない、というか少なくとも向こうから手は出してこないだろう。御曹司派閥が跳ね返る可能性はあるけど、総帥派閥は不測の事態が起こらないよう目を光らせてるはず。こっちに向けられる視線や緊張だけじゃなく、奴ら同士での緊張も強く感じた。


 適当に駐車し、ここはあえてゆったりと振る舞う。車両が停まっても乗ったままでいれば、みんな心得たものだ。

 私とグラデーナを除いた五人のメンバーが先に降り、周囲を警戒しながらドアを開けてくれる。普段なら待つのが面倒で、こんなことはさせないんだけどね。カッコつけることが求められる場面だってある。


 キキョウ会はお前らと五寸でやり合える組織ってのを言外で告げないといけない。それを戦闘力以外の態度で示すんだ。

 金看板を掲げる組織の敷地内だろうが、どれだけ数を用意しようが、本物の強者を用意しなけりゃ私たちは歯牙にもかけない。まったく恐れてなんかない。大物ぶった態度ってのは分かりやすいからね、バカにもちゃんと伝わる。


 目に見える分かりやすい武器も持たず、ただ堂々とここにいる。アナスタシア・ユニオンの構成員からしてみれば、傲岸不遜とも取れる態度だろう。


「んで? 誰か屋敷に案内してくれんじゃねえのか?」


 グラデーナがにやけた笑いを浮かべながら、舐め切った口を叩いた。

 ベルトリーアに到着してすぐ、グラデーナたちはこの本部を一度訪れてる。その時には総帥からの手紙を前総帥の奥方に渡したと聞いた。

 友好的に挨拶を交わしたわけじゃなく、少し揉めたとは聞いてるけどね。それを根に持ってるのかどうか、私たちとは微妙な距離感だ。妹ちゃんを連れてきたほうがよかったかな。


 とにかく突っ立って睨まれてても話が進まない。迎え入れたなら、相応の歓迎ぶりを示してもらわないと。


「じろじろ見て、気持ち悪いわね。これはなんの待ち時間よ」

「ははっ、まったくだ。話しの出来る奴はいねえのか?」


 ぐるりと見渡し、全員で威圧的に魔力を高める。時間を無駄にするほど暇じゃないんだ。

 緊張感の高まる広い庭で、睨み合いが始まってしまった。いや、どうしてこうなったって感じだけど。

 一戦やらないと先に進まないのかと思ったところで新たな展開が始まったらしい。それも結構、不味い展開だ。

 いわゆる敵意、そうしたものを新たに感じた。


「なんだ、あいつら。本当にやり合う気か? 面白そうではあるがよ……どうする、ユカリ」

「ちょっと面倒ね。話す気がないなら、言ってくれれば帰るんだけど」


 強者の気配がざっと二十人以上も奥の建物から近づいてくる。どいつもこいつも御曹司以上の魔力の強さだ。たぶん幹部クラスだろう。

 さすがは天下のアナスタシア・ユニオン、その本部。もし、あいつら全員が闘身転化魔法を使えたら?

 まともにやったら、いくらなんでも勝ち目は薄い。まさか本当に私たちを倒すつもり?


 手持ちの魔道具で逃げることは可能だろうか。

 冷静に考えて厳しい。敵の頭数が多すぎる。

 ならばどうする?


 ちっ、まさか問答無用で会話もできないとは思わなかった。見込み違いにしても私の見通しが甘かった。

 一瞬だけ視線を交わし、グラデーナとは不味いことになるかもと意識を合わせた。

 業界人として、私たちはもう玄人の領域だ。単なる脅しと本気の敵意くらい区別はつく。

 昨日の軽い喧嘩くらいじゃ、決定的に対立するほどの理由にはなってないと思ったんだけど……いや、ホントにこれはヤバいわね。


「ユカリ、いざとなったらよ……ここは任せろ。本気で暴れりゃ、大多数は引き付けられる。なに、あたし一人でも幹部の十人以上は道連れにしてやるぜ。その代わり、こいつらのことは頼んだ」


 グラデーナがこっそりと呟いた。軽い口調が逆に彼女の本気を感じさせる。

 命を捨てて戦う覚悟を決めたグラデーナなら、一人で多勢を引き付け私たちを逃がしきるだろう。この場に限っては合理的な判断かもしれない。

 ただ、結局はあまり意味がない。


 もしグラデーナを犠牲にして逃げられても、その後で必ず報復することになる。天下のアナスタシア・ユニオンを滅ぼすまで私たちは止まらないだろう。

 そうすればベルリーザって国を敵に回し、エクセンブラでも三大ファミリー体制は崩壊する。

 きっとメンバーにも数多くの犠牲を出すことになる。私だって途中でやられるかもしれない。


 ちょっとした喧嘩程度ならともかく、アナスタシア・ユニオンは本気で戦争をやったらいけない相手だ。双方にとってなんら良いことがない。

 我がキキョウ会もそうだし、クラッド一家だってそう。ある意味、相互確証破壊の成り立つような関係だ。三大ファミリー同士で本気の戦争すれば、互いにとんでもないダメージを負い、やるだけ損することが分かりきってる。だから三大ファミリーのままで君臨する体制になってるんだ。


 御曹司派閥だけならともかく、アナスタシア・ユニオン本部でこんな歓迎を受けるなんて想定外だ。

 こんなことしてる状況じゃないはず。昨日だって誰も殺してないし、ほかに恨みを買った覚えもない。

 なんにしても私たちを無傷で倒せるなんて思っちゃいないだろう。そこまで自信があるんだろうか。


 とにかくだ。この場はどんな手を使ってでも切り抜ける。そうだ、どんな手でも使う。


「……考えてみなさい。あんたを置いて逃げる奴がここにいるとでも? それにね。なりふり構わずやれば、今の私でも奴らごとき皆殺しにできるわよ」


 ボリュームを上げた声には、ほかのメンバーみんなもうなずいた。

 当然だ、私たちはキキョウ会。命の惜しい奴に居場所はない。


 それにウチは今日まで上の者が先頭で体を張る組織だったんだ。ここぞの場面で誰かを犠牲にし、会長の私が背中を向けて逃げ出すわけにはいかない。それこそキキョウの看板を下ろすか、引退するほど情けない行動だ。きっと死ぬまで後悔だってする。

 仲間を置いて逃げる? 考えただけで反吐が出るわね。


「上等だと言いてぇが、ヴァレリアたちがいるだろ。ユカリ、お前だけは生き残れ」

「なに弱気になってんのよ。私は死なないし、この私の前で誰も死なせない。地獄を見るのはあいつらよ」


 かつて目の前で多くの犠牲を出したことは忘れてない。あんなのは二度とゴメンだ。


 中途半端はしない。殺す気でかかってくるなら、こっちだってやるしかない。

 最悪に汚い手だって使ってやる。闘身転化魔法が使えなくたって、人を死に至らしめることが可能な方法はいくつもある。私の鉱物魔法と薬魔法なら、それができる。


 余裕ぶってゆっくりと近づく強者の気配を感じながら決意する。


 ああ、やってやる。ここら一帯を地獄に変えてやろうじゃないか。

 恨むなら恨め。誰に恨まれようが呪われようが、どうでもいいし今更でしかない。

 大罪人として生きることになったって、後悔なんかしない。仲間を犠牲にして逃げるよりマシだ。


「……使える手があんのか。だが切り札にしても今までに使ってねえなら、相当やべぇ手なんだろ? 今の状態でもやれんのか?」


 やれるけどやらない、そういうダーティな魔法だ。特別に高度な魔力操作は必要ないから、呪いに蝕まれた身でも行使は可能。


「問題ないわ。単なる毒を使うだけだからね、でも最悪の毒よ。吸い込んだら即死、肌に付着しただけで終わりの猛毒ってのはこの世に存在するわ。それ以上のだってね」

「そいつはおっかねえが……さすがに毒対策くらいしてんだろ。浄化されちまうんじゃねえのか?」


 私たちの外套に刻まれた刻印魔法は、邪龍の濃密な瘴気すら綺麗さっぱり浄化する優れものだった。上級魔法ってのはそれだけ規格外の効果が期待できる。

 そこらの奴らがほいほいと似たような効果の魔法や道具を使えるとは思わない。でもここは天下のアナスタシア・ユニオン本部であり、敵は幹部と思わしき奴らだ。特別な道具を持ってることは想定できるし、上級浄化魔法が使える奴がいたっておかしくない。


 ただ、それが可能なのは単純に毒を使った場合だけ。浄化の効力は完全無欠なわけじゃない。


「一つの普通の毒を撒くだけならね。二つ以上を掛け合わせることによって、超高熱を発したり爆発させたりすることだってできるわ。それも誰も想像できないくらいに強い威力でね。この敷地くらい、余裕で全部吹っ飛ぶわよ。たぶん結界魔法だってぶっ壊せるわ」


 だからこその切り札だ。気軽には使えない。

 さらに魔法は使用者のイメージに左右されがちだから、毒と判定されないだろう物質を使うことも可能だ。毒を使う身として浄化対策は必須。化学反応については収容所時代からずっと考えてたことでもある。


「待てよ、それはあたしらもヤバいんじゃねえか?」

「ふふ、死ぬんじゃないわよ」


 破滅的な自爆戦法でも身を伏せて外套で頭を覆い、盾を張って威力を弱めれば死にはしない。たぶん。


「お前ら、聞こえたか? あたしらは敵じゃなく、ユカリにぶっ殺されちまうかもしれねえな」

「死なば諸共ですよ!」

「むしろその魔法が気になりますね、ドンとやっちゃってください!」

「できればまだ死にたくないですが、タダでやられるよりはずっとマシですよ」

「一応、こっそり穴でも掘っときます?」

「どうせやられるなら、わたしも一人くらいぶっ殺しときたいですねー」


 我がキキョウ会は命がけ。それを良くわかってる奴らだ。毎度のことながら、この期に及んでビビってる奴がいないってのはとても気持ちがいい。


「この状況でおしゃべりとは、随分と余裕があるな?」

「ナメてやがるな。こいつら」

「ふざけやがって、なぶり殺しだ」


 もったいぶって登場した幹部クラスが、声の届く距離まで近づいてきた。私たちはおしゃべりをやめ、魔法の気配に集中する。みんなはアナスタシア・ユニオンってよりは、私の魔法の発動を警戒してるんだろうけど。


 それにしてもふざけた奴らだ。

 ナメる? どっちがだ。


 墨色の外套や戦闘服、ブーツまで含めて魔力を通し、数々の刻印魔法まで意識しながら防御力を高める。

 左目の眼帯に手を当てながら魔力を高密度に高め、まずは威圧には威圧で対抗だ。みんなもそれにならう。


 私とグラデーナ、その他のメンバーが五人で計七人。たった七人でも、まともにやり合えばどのくらいの犠牲が出るか想像しろ。

 そもそもこっちは少人数で乗り込んだんだ。戦いになったら正面からやり合わず、いざとなればどんな卑劣な手を使うことだって想像できなかったなんて言わせない。


 それに……果たしてどっちが有利な立場なんだろうね?


 こっちは死力を尽くして、お前たちを一人でも多く道連れにする覚悟だ。

 母屋にいるかもしれない非戦闘員や、近所の住民に被害が出ることだって無視できる。他人の命より、私は自分や仲間の命のほうが遥かに重く価値があると思ってるんだ。ピンチに際しては他人の命なんか完全に無視するし、なんなら利用だってする。


 それに対してお前たちは?


 これだけの数の有利、場所の有利がある状況で、そこまでの覚悟が持てるか?

 本気の喧嘩ならやるかやられるかの二択だ。お前たちにやられるほうの覚悟があるか?

 己の命を捨て、多くの仲間の命を犠牲にしてまで、敵を殺すほどの強い意思が本当にあるか?


 ナメてんのは、いったいどっちなんだ。


 続々と集まる幹部クラスに囲まれ、客観的にはいよいよって状況になった。

 全周を見まわし、一人ひとりの顔を覚える。

 私の顔も覚えとけ。お前たちを殺す女が美人だったって、地獄で自慢するがいい。


 あれ、そういや御曹司の奴がいない。いの一番に出てきそうな野郎だってのにね。不在だったのかな。


「……ふう、帝国に続いてベルリーザでもお尋ね者か。今回は割に合わないわね」


 ベルリーザへの進出に失敗し、学院にもいられなくなったんじゃ、成果はゼロ。それだけじゃなく、エクセンブラのアナスタシア・ユニオンだって敵に回す。せっかく作ったコネだって台無し。もう最悪だ。


「なにをぶつぶつ言ってやがる」

「イカレちまったか?」

「大人しくしろ。逃げ場はねえ」

「いや。どうせ最期だ、思いっきり抵抗してみろよ。少しは楽しませろ」


 勝った気でいる奴らに、目にもの見せてくれる。

 秘かに浸透させた魔力で広い敷地内を掌握。お前たちの命はすでに私の掌の上にある。


「はあ~あ………………しょうがないわね、やるか」


 命あっての物種だ。私たちはまだまだ若いし、やりたいことだって山ほどたくさんある。こんなところで死んでたまるか。

 頭をクリアしに、戦いへの意識を強く持つ。

 そうして複合的に魔法を展開した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 事態が全く落ち着きませんねー 相手は静観……どころか仕掛けてくる構え?一体何がしたいんだろうか。いみじくも護衛を依頼してる派閥はどこいった 先が気になります
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