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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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奪われたもの

 アナスタシア・ユニオンとの話では、こっちにとって特に有用と思える情報はなく、ほぼ一方的に情報提供することになった。

 なんせ、こいつらは自分たちの本拠地が襲撃されたことも知らなかった。当然ながら、私たちと御曹司派閥が倉庫街で戦ったことも知らない。

 ゴタゴタが落ち着き、連絡を取り合うにしてもこれからって感じだったんだろう。派閥間で割れた状況もあり、密に連絡を取り合う意識は低いだろうし。


「急ぎ本家に連絡を取れ!」

「通信だけじゃまどろっこしい。俺は本家に行ってくるぞ、幹部連や姐さんに今後の事を聞いてくる」

「チィッ! まさか向こうも同時にやられるなんてよ」

「戦争だ! 戦争だ!」


 敵を分断してからの奇襲。セオリー通りの手が物の見事にハマったらしい。でもさっきも思ったけど、目的が不明だ。

 やろうと思えば、アナスタシア・ユニオンにもっと大きな犠牲を強いることができたはずだ。なのに敵はそれをせずに退いた。学院でもそうだし、本部のほうでもそうっぽい。


 構成員を仕留めることが目的じゃないのはたしかであり、そうなるとアナスタシア・ユニオンの弱体化を狙ったものとは違う。ひいてはベルリーザの弱体化を図り、戦争を吹っ掛けようとする帝国や大陸外の勢力の思惑とも異なってくる。


 どういうこと? 混乱に乗じてろくでもない目的を達しようとする、また別の勢力の仕業?

 考えすぎだろうか。まあ私のような脳みそまで筋肉で出来た女が考えてもしょうがない。分析はレイラたちに任せよう。


「お姉さま、ここにいてもしょうがないです」

「そうね。もう話しどころじゃないみたいだし、ここを出ようか。妹ちゃんはどうする?」

「……本家の様子だけ聞いてから寮に戻ります」


 御曹司派閥の奴らはどうでもいいとして、妹ちゃんに縁の深い奴らも当然いる。心配してるみたいだ。


「分かった。ハリエットは妹ちゃんの傍に。ヴァレリア、行くわよ」

「はい」


 ここの連中はもう私たちに構うどころじゃない。売られた喧嘩を買うために、急いで準備を進めようとしてる。

 ただ正体不明の敵が相手じゃ、喧嘩するのも楽じゃない。どこに行けば敵に会えるかさえ、まだ分かんないからね。

 学院への襲撃は私たちにも無関係じゃないから、決して他人事じゃない。目的が分からないことには不気味だし、敵の正体はなんとしてでも突き止めたい。


「――こちらヴィオランテ。会長、礼拝堂までいらしていただけますか?」

「こちら紫乃上、今から行くわ」


 何か見つけたかな。

 警備の詰め所を出て、ひとまずロベルタとヴィオランテの所に向かう。


 広く警戒しながら学院の敷地内を二人で歩き、到着したのは礼拝堂だ。その立派な佇まいは、とても学院の生徒だけで使うにはもったいないと思わせる趣深い重厚感がある。

 ここも本校舎と同じ時期に建てられたのか、ロマネスク建築っぽい様式と歴史の古さをもろに醸し出す。聖エメラルダ女学院の歴史は五百年以上だから、礼拝堂にも相応の古さがあるんだろう。


「夜の教会は少し不気味です」

「そうね、雰囲気あるわ」


 観光資源にすればきっと多くの人が訪れるだろうに、残念ながらここは女学院の敷地内だ。関係者か許可を受けた人以外は入れない。

 ただ、宗教的な歴史や建築に大して興味のない私からすれば、肯定的な感想の前にどうしても古さの印象が先にくる。どうにも寂れた雰囲気がこびりついたように感じてしまうんだ。ここを通りかかる度に毎度抱く印象だ。


 実際に礼拝堂を訪れる生徒は数少なく、利用者のほとんどは聖歌隊に所属する生徒がその活動で使うのがほとんどとも聞く。

 アンデッド退治で教会が隆盛を誇った大昔から時は流れ、時代は少しずつでも変わっていく。

 聖エメラルダ女学院を名乗る教会系列の学校だってのに、時の流れには逆らえないようだ。


 閉められた扉を開き、光魔法の灯りで満たされた中に踏み入る。

 ロベルタとヴィオランテは正面奥に鎮座する女神像の辺りを調べてるらしく、そこからこっちに顔を向けた。


「二人とも、なんか見つけた?」


 奥に向かって進みながら、自分でも妙な点がないか探る。


「それが……この場所に誰かが入ったのは間違いないと思うのですが、特にこれといった痕跡がありません」

「どこも壊されてませんし、魔力の残滓もあまりないです。この女神像以外には、これといった物は置いてないですからね。何が目的だったのか……ユカリさんなら分かりませんか?」


 ふーむ、そう言われてもね。

 礼拝堂の中はロベルタが言ったように、目立つ物は女神像と天井から下がる垂れ幕くらいしかない。あとは長椅子がたくさんと、建物を維持する魔道具くらいだ。

 ざっと感知した限りじゃ、隠し部屋や隠し通路だって存在しない。


「少なくとも直近で魔法や魔道具を使った気配は無さそうね。何か罠を仕込まれたとか?」

「そう思って長椅子と女神像に何かないか探しているのですが……特には見当たりません。元からあったと思われる魔道具にも不審な点はありませんね」


 まさか祈りを捧げに立ち寄った、なんてことはないだろう。

 この礼拝堂で何かを仕込むとすれば、たくさんある長椅子か女神像くらいしか思い浮かばない。垂れ幕は……あっ。


「ヴァレリア、あの模様どう思う? 右上の葉っぱの部分よ」

「……もしかして、さっき見た模様ですか? 切れ端の」


 そうだ。やっぱり記憶の通りだ。

 アナスタシア・ユニオンを襲撃した何者かの服に刻まれた模様は、あの垂れ幕の模様の一部と酷似してる。切れ端に残された魔力から、あれはたぶん古い刻印魔法なんだと思う。ウチのシャーロットなら、見ただけで何か分かったかもしれない。


 てことは、襲撃者は教会の関係者とか?

 それこそ意味が分からない。単純に裏仕事を生業にする奴が女神の信徒だっただけかもね。


「何の話です?」


 ロベルタとヴィオランテの二人に、残された服の切れ端と垂れ幕の模様について教えてやった。


「謎の襲撃者と礼拝堂の垂れ幕ですか。刻印がどのような意味を持っているのか、即断はできませんね」

「とりあえずはもっと情報が揃ってからよ。ハイディたちが何か掴んで戻るかもしれないわ」

「アナスタシア・ユニオンのほうからも、情報が得られるかもしれませんね」


 本部襲撃はそこそこ大きな襲撃だったみたいだし、あっちにだって手掛かりは残されてるだろう。妹ちゃん経由で情報は得られると期待できる。それに謎の襲撃者を追いかけたハイディたちが、決定的な何かを掴んだ可能性だってある。


「――こちらハイディ、ハイディです。レイラさん、聞こえますか?」


 なんとタイムリーな。

 みんなで目を合わせ、この場にいない二人の通信を黙って聞くことにした。


「こちらレイラ、尻尾は捕まえた?」

「それが……失敗しました。完璧にかれました! あいつら追手が掛かることを前提に逃走してましたよ。ベルトリーアの入り組んだ道を利用して、偽装と分散ときっと隠し通路や隠れ家まで用意してるはずです! 一応、わたし以外にはまだ探すよう指示してますが、おそらくもう捕まえるのは無理です」


 早々に期待の一つは失われたらしい。ただ、これで分かったこともある。

 謎の襲撃者は間違いなくベルトリーアを熟知した組織だ。最近やってきたような大陸外の勢力やらが、入り組んだ道を利用してハイディたちを欺くのは難しいはず。


 ウチの情報局はどこに出しても恥ずかしくないほど優秀だ。逃走と追跡の技術で後れを取るとは思えないことから、敵はベルトリーアを庭のようにする連中だと想像できる。逃走ルートや隠れられるポイントの確保、そういった事前の準備で負けたんだ。


「……レイラ、了解。ハイディ、一度だけ引き上げる振りして釣り出せないか試してみて。それでダメなら全員引き上げ、アナスタシア・ユニオン本部の監視に戻りなさい」

「了解です。慎重に試します」


 敵はアナスタシア・ユニオンを襲撃し、見事に逃げおおせた連中だ。最後の最後まで油断しないだろう。

 戦闘力だってありそうだし、隠密行動での技量だって相当だ。これはかなり厄介な連中で間違いない。まったく、また面倒事じゃないか。


「会長、どうします?」

「思ったんだけどさ、今回の事件についてはアナスタシア・ユニオンが本腰入れて調べるわよね?」

「お姉さま、奴らにやらせてわたしたちは休みましょう」

「うん、そういうこと。奴らは地元で人数だって多いし、私たちが苦労する必要ないわ」

「それもそうですね……ロベルタ、シグルドノートとハリエットを迎えに行こう」」


 完全に他人任せにはせず、レイラやハイディたちにも一応は引き続き探らせる。でも放っておいても、アナスタシア・ユニオンが勝手に解決するとも期待できる。あんまり考えすぎないようにしよう。



 学院への襲撃は表沙汰になってないから、特に変わりなく翌日も普通に生徒たちが登校した。

 何事もなかったように明るいうちは変わりなく時が進む。そうして放課後になり、今日は礼拝堂を訪れることにした。


 昨日は何も見つけられなかった礼拝堂だけど、そもそも私たちはこの場所を良く知らない。

 だったら知ってる奴に、何かおかしなところはないか訊いてみたほうがいい。あまり期待はできないけど一応だ。

 清楚モードの服装に厳つい眼帯を付けたちぐはぐなスタイルで、のしのしと歩いて進む。


「今日は聖歌隊の活動日か、ちょうどいいわね」


 礼拝堂に入る前から、中に人がたくさんいるのが分かる。礼拝に訪れる生徒はほとんどいないから、聖歌隊の連中に違いない。

 歌声の聞こえてこない礼拝堂に入ってみれば、シスターと生徒たちが何やら騒いでるようだ。


「あ、あなたは、イーブルバンシー先生」


 威圧的で個性的なスタイルを崩さない私を知らない奴はこの学院に存在しない。接点がなくてもね。

 巡回でも滅多に訪れない私を不審に思ったらしい目を全員から向けられた。


「なんの騒ぎ?」


 聖歌隊を指導してるのか、この場にいたシスターに尋ねた。

 昨日までと何か変わった点がないか、それが知りたい。何にもなければ普通に歌を歌ってるだろうに、この騒ぎは何事か。きっと何かが起こったんだ。


「それが、その……女神様のペンダントが」

「ペンダント?」

「この礼拝堂の女神様には、遥か以前からお首にペンダントが掛けられていたのです。それがいつの間にか無くなっていて……」


 なるほど。普通に盗んだだけなら、魔法の痕跡など残らない。そういうことか。

 ただし高価な美術品だったとすれば、昨晩の襲撃者とは別口の可能性もある。


「コソ泥の仕業か。盗まれたわけね」

「盗むだなんて……」

「それってどのくらいの値打ちがあったの?」


 高価なものがそこらに置きっぱなしのはずはないと思いつつも、ここは超金持ち学校だし、学院関係者しか入れない場所だ。値打ち物が転がっててもおかしくはない。


「歴史的な遺物としての価値はあったと思うのですが、装飾品としての価値はなかったと思います。錆びついている物でしたから」

さび? 具体的にどんな物だったか覚えてる? 写真とか絵とかあれば欲しいわ」


 勘にすぎないけどたぶんこれ、昨晩の謎の奴らの目的はそのペンダントだ。錆びた物を普通の泥棒が狙うとは思えない。


「写真が資料室にあったと思います。待っていてください」

「一緒に行くわ。その後でいいから、学長にもペンダントが無くなったことと、私が動いてることを伝えといて」


 なにかある。錆びたペンダントが重要な手掛かりになるはずだと勘がビシビシ告げる。

 聖歌隊の生徒たちが犯罪の気配に怯えを見せるなか、シスターと資料室に移動した。そこで写真を見て嫌な予感が強まる。


 ペンダントヘッドに刻まれた意匠には、これまた見覚えがあった。これは女神像の首に掛かってたんだから当然だけど、教会の垂れ幕の模様の一部と一致する。つまりはこれも刻印魔法だろう。

 もしかしたらペンダントは何らかの魔道具なのかもしれない。何者かにとって、奪うに値する重要な魔道具。


 これだけじゃ、まだ不足だ。やっぱりアナスタシア・ユニオン本部でなにがあったのか知りたい。

 昨晩の襲撃には意味がある。ちょっかいだけ掛けて即逃げるなんて、そんな意味不明な行動じゃない。


 寮の自室に戻り逸る気持ちを抑えながら外套を含んだ外着に着替える。装備をきちんと整え、ヴァレリアたちに外出を告げたら装甲車に乗り込んで外に出た。


「こちら紫乃上。グラデーナ、出掛ける準備しときなさい」

「おう、グラデーナだ。昼間からどこに殴り込もうってんだ?」

「行き先はアナスタシア・ユニオン本部よ、殴り込みじゃないけどね」

「なに? 昨日の今日だ、歓迎どころかそれこそ殴り込みだと思われるんじゃねえか?」


 御曹司派閥の奴らがいればそうなるかもね。


「殴ったほうが話が早いなら、殴り込み上等よ。いいから準備しときなさい」

「面白くなってきやがった!」


 ウキウキとした返事だ。荒事にはならないと思うけどね、奴らだって遊んでる場合じゃないはずだ。

 ホテルの前でグラデーナたちと合流し、アナスタシア・ユニオン本部に向かった。

特に謎を増やしたい訳ではないのですが、物語の必要に応じて増えてしまいました。

しかし一応です! 先々の展開をオフラインで書いている状況としては、降り積もった謎の数々にはほぼ始末が付けられる見込みです。投げっぱなしやテキトーな回収にはなっていないと思います。そんな気がしています。おそらくは。という訳でして安心していただければ! よかったよかった。

そんなゴールへ向けて次の一歩、次話ではこれまでにあまり良いところの無いアナスタシア・ユニオン、その本部に乗り込みます。

武闘派同士、分かり合えるとよいのですが!

次話「自分のつもりと相手のつもり」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >脳みそまで筋肉で出来た女が考えてもしょうがない。 >分析はレイラたちに任せよう。 デバフの呪いが効いているのか行動より思考の比率が上がってましたが やはり「考える前に殴る!」の方がユカ…
[一言] はー物が目当てですか。となると、アナスタシアユニオンもそれか……?しかし、地元に根をはってる実力派の敵対組織ってなんだろう?呪術系とも手を組んでる……うーん。続きが楽しみです
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