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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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襲われる側になった超武闘派組織

 乙女たちの無言の襲撃が続く。

 ただ攻撃を加えるだけじゃなく、敵をより深く混乱させ立ち直る隙を与えない。

 何の工夫も無くたって強いのに、これができるから敵にとって厄介な存在になれるんだ。


 戦いは複合的な要素によって成り立ち、単純明快と言いきれる時はタイマンでも実はあまりない。そして自ら多くの要素をぶち込み、状況をコントロールできれば断然有利になれる。

 相手にとっての予想外を如何に盛り込めるかってのは、勝敗を分ける決定的な要素にもなるだろう。


 優位に戦闘を進めながら一人のメンバーが魔法でいくつもの人のような気配を生み出した。

 黒煙の満ちる空間で急増した人の気配は、さらなる圧力と混乱を与えたに違いない。

 魔法と実体を見分けるには、察知する能力と同時に冷静さも要求する。混乱した奴らには無理だ。


「めんどくせえ! まとめて吹き飛ばすっ」

「よせっ、前にいるのは俺だ!」


 この状況で互いの位置が正確に分かってるのは、アドバンテージとしてあまりにでかい。

 敵は同士討ちを恐れて慎重に立ち回るしかないのに、こっちは自由に攻撃が可能だ。

 さらにはもう一つの魔法がようやく効果を表してきた。


「クソッ、今夜はやけに冷えやがる」

「いやおかしい……寒すぎねえか?」


 誰かの疑問の声に対し、奴ら全員が冷や汗を流したのが手に取るように分かった。


「冷えるなんてもんじゃねえ、こいつは魔法だ!」

「ど、どうなってんだ、寒いっ! いつ間のにこんな……」

「言ってる間にも冷気が強くなってんぞ!?」

「急げ急げ、早くやらねえと凍え死んじまう!」


 黒煙を包む風の魔法と同時に、少しずつ空間の熱を奪う魔法を使ってるメンバーがいる。

 季節は真夏だ。夜でも暑いから温度調節機能を持つ装備を持ってても、基本的には薄着を好む奴は多い。アナスタシア・ユニオンの奴らはまさにそれだ。

 戦闘の高揚感と運動によって体温が上昇してるから、こうなるまで気付かなかったんだろう。極致戦闘仕様の装備で固めた私たちとは準備が違う。


 黒煙に包まれた空間の気温はすでに氷点下に近づき、これからもっと下がるはずだ。極寒の空間ができあがるまで、そう時間は掛からない。

 そうした寒さを自覚し、奴らは運動能力の低下どころか精神的にも追い詰められる。徐々に熱を奪う魔法は、気付けばそうなってるところが怖い魔法なんだ。


 暖を取ろうにも戦闘中に下手に火の魔法なんか使ってる場合じゃないし、こっちの魔法使いを探して仕留めるのだって簡単じゃない。

 ここまで私たちに翻弄され続けた奴らなんだからね、残された手段を冷静に考えればもう逃走しかない。


 自覚しろ。逃げるしか生き延びる道がないことを。でもプライドが高いだけで未熟なこいつらには、そうした選択はできないだろう。


 だから優しく倒してやる。総帥に免じて殺さないように。

 お代はそのプライドだけで結構だ。高く伸びた鼻っ柱を圧し折ってやる。



 寒さと黒い煙に満ちた空間での戦闘は完全に私たちの手に落ちた。

 アナスタシア・ユニオンの奴らがまるで赤子のようじゃないか。

 格上を相手取った実戦での経験不足が、ここまで大きく響くとは思ってなかっただろう。


「諦めない根性だけは一丁前ね」


 冷静に考えて逃げるしかなかったとしても、簡単に諦めて逃げるような奴じゃ先も知れてる。その根性だけは気に入った。

 優男を倒した私は様子を見ながら鉄球の投擲でフォローに徹し、ほかのメンバーは暗闇での戦いを楽しむように暴れまわってる。


 うん、やっぱりウチのメンバーは凄い。

 誰かが瞬間的に強烈な魔力を発して敵の意識を誘導したら、別の誰かがこっそり敵を殴り倒す。魔法の使い方だけじゃなく、見えない空間での連携も上手い。


 中でも面白いのは単独で接近戦を仕掛けてるメンバーだ。これは凄いこと。

 いくら視界の効かない中だからって、さり気なく近づいての攻撃から離脱ってのは言うほど簡単じゃない。これができるのはスリの腕があるからだろう。かつてコソ泥だった時に磨いた、スリの腕がああした攻撃を可能にしてる。


 意識が逸れたほんの一瞬を狙った攻撃はまるで冗談かと思うような振る舞いで、傍から観察してると面白いものだ。

 攻撃的な気配をまったく察知させずに、いきなり一撃加えて、気付いた時にはいなくなってる。


 やられたほうからすれば遠距離攻撃を受けるよりショックは大きいし、手の届くところに敵がいたと思えば、より強くどこへ行ったと考えざるを得ない。

 もう近づこうとする者には味方でも疑いを持ち、連携が取れなくなる。

 声を掛け合っても意味はない。そこに紛れて攻撃するんだから、やられたほうは余計にややこしく思うだろう。


 冷気と闇に包まれた各所で大混乱が巻き起こってる。


 あの武闘派で鳴らす、天下のアナスタシア・ユニオンを完全に翻弄してるんだ。

 グラデーナもやろうと思えばとっくに御曹司を倒せてるだろうに、気に入ったのか稽古をつけてやってるようだ。ふふっ、私と同じようなことを。向こうからすれば、余計なお世話な上に屈辱だろうにね。


 よし、そろそろ潮時だ。


「こちら紫乃上。グラデーナ、遊びの時間は終わりよ」


 大勢は決した。アナスタシア・ユニオンの戦力を大幅に低下させたと判断し、通信をオンにして呼び掛ける。


「なんだ、もう少し楽しませろよ?」

「ハイディから連絡がないのが気になるわ」

「そういや、アナスタシア・ユニオンを見張ってたんだよな。通信の範囲外でも、あいつなら誰か寄こすか」


 グラデーナは私と会話しながら御曹司を翻弄してる。これがまた奴の怒りを誘い、同時に大きな隙も生んでる。

 呪われた私に倒された優男にも劣るだろう実力の御曹司が、グラデーナに勝てる道理はない。まだ死力を尽くすほどじゃなかったり、切り札を隠し持ってたりはするんだろうけどね。


 まあ、それを出されたところで今さらって感じ……む、ちょうどなにか仕掛ける?

 御曹司の魔力の流れが変わった。もう少し早いタイミングだったら、様子を見ても良かったんだけどね。遊びの時間はもう終わってる。


「情報局は雑な仕事をしないからね、何かあったに違いないわ。だから遊びは――これでしまいよ」


 気配を完全に絶ち、背後から御曹司の背中を浅く刺した。暗闇での乱戦の中、グラデーナにだけ気を取られてどうする。タイマンを邪魔しないなんて保証はどこにもないってのに、こういうところが如何にもお坊っちゃんだ。

 私の魔力で超絶強化された特製のナイフが防具の薄い場所を貫通し、即効性の麻痺毒で運動能力を奪う。切り札っぽい何らかの魔法の気配も霧散した。

 そして御曹司の耳元で囁く。


「私はキキョウ会の紫乃上。文句があるならいつでも相手してやるわ。でも今夜のことは誤解よ。ウチは麻薬なんか扱わないし、当然ここにはクラックの取引にきたわけじゃない。ここに集まった全員が、誰かにハメられたのよ」

「て、てめえ……そんな戯言が」

「信じて欲しいなんて言ってないわ。いま言ったことが事実なだけ。ああ、それとシグルドノートへの手紙を書いてるんだって? 届いてないけど、それを握り潰してるのは私たちじゃないから。疑うなら身内を疑いなさい。あとね、忠告してやる。回りくどくてしつこいから、好かれないのよ」


 ストーカー野郎だとは聞いてたけど、思ったよりも悪い奴じゃなさそうだ。

 まだまだ甘いけど闘身転化魔法を会得してるのも私としては好感度高い。鍛えればもっと伸びるだろう。

 よし、一発気合入れてやる。


「それに今夜のこれはなに? 人数だけ一丁前に集めてボロ負けなんて、情けないにもほどがあるわ。こんな情けない野郎じゃ、女を振り向かせられないなんて当然よ。男ならしゃんとしろ、もっとカッコ良く生きろ!」


 麻痺毒で動けない御曹司の顔をぶっ飛ばしやった。サービスだ、とっとけ。

 盛大に吹っ飛んで転がる野郎のことなんかもう気にもしない。


「こちら紫乃上、魔道具と魔法を解除しなさい。撤収するわよ」


 黒煙を吐き出す魔道具が停止し、外側を覆った風の膜が消えれば徐々に闇が晴れる。

 アナスタシア・ユニオンにはまだ立ってる奴がいるけど、続けてやり合う気は残ってないだろう。


「おう、アナスタシア・ユニオンのお前ら! 安心しろ、誰も殺しちゃいねえ。改めて言っとくがよ、今夜のことは誤解だ。あたしらキキョウ会はお前らとは違って、クラックだろうが何だろうが、ヤクはどんな種類だろうが御法度だ。覚えとけ」


 誤解はきっちり正しとかないとね。相手は心を読めるエスパーじゃないんだ、はっきり言わなきゃ通じない。御曹司だけじゃなく、全員に言っとけば誤解も生まれにくい。

 グラデーナの堂々とした宣言は、きっと聞いた奴らの心に素直に届くんじゃないだろうか。この期に及んで嘘を吐く理由がないし。


「それによ、喧嘩ならいつでも買ってやるが、裏で絵図描いた奴の思惑に乗っかるのはつまんねえだろ。どうせ喧嘩するなら楽しくやろうぜ。じゃあな!」


 うーん、なんかムカつくけどカッコいい女だ。

 しかもこれ以上やっても無駄だと宣言するように、今まで抑えてた闘身転化魔法の膨大な魔力を格段に引き上げ、実力の違いをこれ見よがしに誇示した。

 こうもハッキリと力の差を示されたんじゃ、武闘派だろうが何だろうが黙るしかない。手加減してやってたことが、よく理解できただろう。

 アナスタシア・ユニオンの奴らが動揺するなか、車両のあった場所に集合して順次乗り込む。


「あの、俺らはどうしたら……」


 クラックを持って現れた成金ファッション野郎たちだ。まだ逃げてなかったのか。

 こいつらがどうなろうが知ったこっちゃない。無視して出発した。



 ――倉庫街から出て夜中の道をぶっ飛ばす。

 早く通信圏内に入り、ハイディたちの状況を確認したい。


 今のところ光魔法のサインが上がってないから大丈夫とは思うけど……あれ、考えてみれば私たちはしばらく闇の中で戦ってた。もしかしたらその時に信号弾が打ち上げられた可能性はある。


「こちらエマリーです。グラデーナさん、例の貴族のヤサがめくれました。ただいま現地に向かってるところです」

「おう、グラデーナだ。よくやってくれたな、エマリー。ユカリ、どうする?」


 私たちを罠にハメた貴族だ。すぐにこの手で報復してやりたいけど、今はそいつのことよりハイディたちのことが優先だ。


「そうね……エマリー、一人で潰せる?」

「おそらくいけます。対象には護衛が二人だけという話なので、余程の相手でなければ問題ないと思います」

「じゃあ任せるわ。適当に痛めつけたらベルリーザ情報部に通報しといて。それと、ハイディたちの状況は分かる?」

「いえ、ここは通信圏内に入ってないです。ハイディさんも学園のほうも分からないですね」


 まあいい。あと数分も車両を飛ばせば通信圏内に入るはず。

 エマリーとの通信を切り、広域魔力感知に集中だ。通信の範囲内に入るのを待つだけじゃなく、色々やって状況を確かめよう。


「ちっ、魔力が安定しないわね。広範囲の感知はあんまり上手く行かないか」

「――すか? こちらレイラ、レイラです。会長、三席、聞こえますか?」


 疲労と呪いの影響でいつもの感覚でやれず、苛立ち覚えたところで通信が入った。

 レイラは学院で待機してるはず。私たちの現在地は、学院よりもアナスタシア・ユニオンの本拠地のほうがずっと近い。通信が取れるとしたら、レイラたちよりもハイディたちが先になると思ってた。


 何らかの理由でレイラは私たちと通信できる場所に移動したんだろう。

 グラデーナと顔を見合わせてから返事をする。


「こちら紫乃上。レイラ、聞こえてるわ」

「会長! やっと繋がりました」

「なんかあった?」


 走っての移動中だったらしく、レイラが一度息を整えたのが分かった。


「落ち着いて聞いてください。学院とアナスタシア・ユニオン本部が襲撃されました」


 急な話に少しばかり驚いた。

 港で遊んでる間に事態が動いた? この動きは連動してると考えて間違いない。


「……落ち着けってことは、ウチに損害はないのね? 妹ちゃんは無事?」

「無事です。学院は襲われましたが、何者かの目的はシグルドノートではなかったようです。それとアナスタシア・ユニオン本部襲撃に関しても、ハイディたちは戦闘に加わっていません。現在は警戒と謎の襲撃者を追跡しているところです」


 裏で何かが起こってる。その何かの近くに私たちはずっといるけど、真相には触れられてない。そんな感じだ。

 数えるのも嫌になるほど多数の謎がどう関係し絡み合ってのか、もう考えるのも面倒でしかない。むしろ全容を把握できてる奴なんているんだろうか。


 私は誰かの思惑や謎なんかどうでもいいと思ってたけど、キキョウ会の会長として虚仮こけにされることだけは見逃せない。

 学院を襲撃だって?

 この私が講師として存在してるのに、その学院に?


 分かってる。邪魔だから港に誘き出されたんだ。私が動くってことを見越してやがる。

 きっと御曹司の奴だって同じ理由で誘き出されたに違いない。

 御曹司とは別に、アナスタシア・ユニオンの奴らはどこかに殴り込みに行くともハイディは言ってた。つまりアナスタシア・ユニオンの本部には、あまり人数がいなかったんじゃないかと想像できる。


 影でコソコソ動いてる連中は、人をどこぞへ誘い出しその隙を突いて襲ったんだ。


 なにを目的にして誰がそんなことをしたのか、襲われた理由が分かれば何かしらのヒントは得られるかもしれない。

 舐め腐った奴らに一発ぶち込んでやらなきゃ気が済まない。もう謎をどうでもいいとは言ってられなくなった。


「まだ細かいことは分かんないのよね?」

「調べはこれからです。ヴァレリアさんたちはシグルドノートの周囲を固めていますし、アナスタシア・ユニオンの本部は余人が立ち入れる状況ではありません」

「レイラはハイディたちが戻るまで、アナスタシア・ユニオン本部を監視しなさい。もし動きがあれば連絡を。ヴァレリアたちにはそのまま待機するよう伝えといて。私は学院に戻るわ」

「了解です」


 通信を切り、グラデーナたちが推測を交えた雑談を始めたところで目を閉じて少し休む。

 学院に戻ったからって、のんきに寝てる場合じゃなさそうだ。今夜もきっと長くなる。


 それにしても、もし学院が襲われるとすれば、それは妹ちゃんを目的にした御曹司一派によるものだと思ってた。

 ところが実際に襲われてみれば、妹ちゃんとはまったく関係ない理由で起こってしまったらしい。どういうことなんだろうか。


 襲われたってのは、学院に警備として常駐してるアナスタシア・ユニオンのことなんだろうけど……理由がよく分からない。

 レイラの話しぶりからは、皆殺しにされた感じはなかったし、アナスタシア・ユニオンの強者どもを皆殺しにできる戦力ってのもちょっと考え難い。いくら不意打ちをしたからって易々と勝てるような奴らじゃないんだから、それが可能な戦力と考えるとバドゥー・ロットのような特殊な能力を持った奴らになるだろう。


 あんな奴らが次から次へと出てくるなんて、あんまり考えたくないわね……。

これまでに超大手組織、最強の武闘派集団のように扱ってきたアナスタシア・ユニオンですので、もう少しそれらしいシーンは近いうちに登場予定です。

次話「針の穴の手掛かり」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個々人の戦闘力ではアナスタシア・ユニオンの連中を軽く上回り 魔導具で数の利を殺し、連携でも圧倒して、スキルを上手く使って 相手に実力を出させないように追い詰める…… アナスタシア・ユニオン…
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