経験不足の若手
瞬時に御曹司へ迫ったグラデーナから、まるで稲妻が落ちたかと思うような剣が振り下ろされた。
鮮烈で力強く、躊躇いのない攻撃。アナスタシア・ユニオンの奴らが驚き、思わず魅入ってしまう一撃だった。
殺すわけにはいかない相手だから、脳天に落ちる剣が頭をたたき割るとは私は思ってない。でも御曹司が想定外のヘボなら、そうなってしまってもおかしくない鋭さと思い切りの良さがあった。御曹司本人や目撃した多くの連中は、強烈に死を意識したに違いない。
しかしそこは武闘派組織アナスタシア・ユニオンの御曹司だって、伊達にその立場にいるわけじゃない。
手にした立派なハルバードでとっさに受け止めた。
「――クソがああああああっ!?」
想像以上に重い一撃だったんだろう。御曹司の声には驚きと焦りがある。
総帥と懇意である我がキキョウ会の評判を知らなかったとは言わせない。ナメてやがったに違いないんだ。
グラデーナはまだまだここからと言わばんかりに、力を込めて剣を押し込む。
激しく出力を上げた身体強化魔法は、威圧的だった御曹司をすでに上回った。しかも魔法薬まで使ったグラデーナは大幅に余力を残してる。
このまま剣を押し込むだけで御曹司を跪かせるだろう。奴にとってこんな屈辱はない。
たった一撃。
天下のアナスタシア・ユニオンが五十人近くも動員して囲んで脅したってのに、先制を許した上に一撃で膝をつけばどうなるか。
御曹司のプライドは粉々に砕け散る。なまじ真面目に鍛えてるだけであって、ショックは相当なものになるはずだ。
もしこの後で多人数に任せて私たちをボコったとしても、取り返しのつかない汚点を残すことになるだろう。
タイマンでの惨敗は武闘派組織の派閥トップとしてあってはならない汚点だ。せめていい勝負だったと言えるくらいじゃないと、あまりに格好がつかない。奴は意地でも耐えなければならないんだ。
将来のアナスタシア・ユニオンを背負って立つどころか、派閥のトップとしてすら構成員に見放されてもおかしくないからね。
「おう、お坊っちゃん! てめえの力はそんなモンか、ガッカリさせんじゃねえ!」
どこまでも挑発的だ。
強者とやり合うことは私たちの仕事であると同時に娯楽だ。高めた力を試したい。強い奴らは誰もがそう思ってる。もっともっと気合を入れろと、グラデーナは張り切ってるらしい。
注文通りに、御曹司は当然として囲んだアナスタシア・ユニオンの連中も魔力を強める。
この場面は別にタイマンを見守る状況じゃない。アナスタシア・ユニオンの連中が動き出す前に私たちが動く。
ほかの四人のメンバーとほぼ同時に動き、グラデーナを加えて背中合わせに円になるような配置に移動した。
わずか六人で円陣を組み、しかしこれは簡単には崩れない強固な円だ。
誰一人として後ろに抜かせることはしない、背中を気にしなくたっていい。そうした信頼感がまた力を高めてくれる。私はグラデーナと正反対の位置に陣取りながら、アナスタシア・ユニオンの連中にかかってこいと手の動きで挑発した。
すでに主導権は握ってる。
奴らはこっちの期待に応えるように全力で戦うだろう。
少なくとも対等の相手として認めさせ、会話くらいはできる状況にもって行きたい。
「おおおおおおおおおおおおっ! お前ら全員、手ぇ出すんじゃねえぞ!」
心意気や良し。御曹司はタイマンをご所望らしい。
背後から聞こえた御曹司の大声と共に、激しい魔力の奔流を感じた。魔力の制御が甘いせいか、無駄に衝撃波まで広がる凄まじい力だ。
さっきまでとは一層違う大きな魔力、決して無視できないこの異常な出力……こいつは驚いた。
「へっ、やればできるじゃねえか!」
歓喜の声を上げながら、グラデーナが「エクステリアッ」と叫んだ。
両者ともに闘身転化魔法の発動だ。やっぱり奴らも使えるんだ! しかし御曹司の奴が使えたとは驚きだ。
アナスタシア・ユニオンの幹部なら、そりゃもちろんその領域にはあると思ってるけど、御曹司がそこまでやるとは思ってなかった。思った以上の有望株らしい。総帥が期待する野郎なわけだ。
すると呼応するように、アナスタシア・ユニオンの優男が一人、こいつも闘身転化魔法を発動したらしい。急激に異常な魔力を発してる。
莫大な力を噴き出す火山のような存在感には、思わず胸が高鳴ってしまう。
さすがはアナスタシア・ユニオンだ。そこらのチンピラとは戦闘力があまりに違う。分かってたことでも実感するとやっぱり楽しい。
ほかに追随する気配がないことから、どうやら御曹司と優男の二人がこの場にいる奴らの最高戦力のようだ。
今の私にどこまでやれるかを試したかったんだ。これはちょうどいいってラインをぶっちぎってる気がするけど、これくらいじゃないと量るには足りないとも言える。
普通の身体強化魔法しか使えない奴が相手だったら、私はいつもの三割の魔力でも大抵の奴には勝ててしまう。試すと言うからには、これくらいじゃないと話にならない。
「うん、面白い。天下の武闘派組織とやり合うなら、こうでなくちゃ」
現状での力を試すには絶好の機会だ。これなら全力でやれる。
私から見て横手のほうにいる優男は、御曹司がピンチと思えば助太刀するつもりだろう。明らかに意識がそっちに向いてる。
優男はグラデーナのほうが上だってのを直感的に理解し、御曹司が望むタイマンを無視して援護しようと思ったに違いない。
野暮なことは許さない。奴の意識をこっちに向けてやる。
鉄球を生成し、手首のスナップだけで投げつけた。
抜群のコントロールで優男の足元に迫る。
命中するとは期待してなかったけど、突然の投擲にも優男は反応しギリギリで避けた。こっちとしては移動を邪魔できればそれでいい。
そして言いたいことは伝わっただろう。お前の相手は私がしてやる。
奴がチラッと御曹司のほうに視線を向けた瞬間、また鉄球の投擲だ。それもギリギリで避けられたけど、よそ見してる場合じゃないことは理解したはず。お守をしたいなら、この私を倒してからだ。
「気合入れて行くわよ!」
「おうっ」
闘身転化魔法を使う敵とやれるなんて、なかなか無い。
呪いの影響で私は使えないけど、ハンデと思えばいいんだ。どうせ殺すのは不味い相手だ、手加減してやる。
倉庫街はアナスタシア・ユニオンの連中に完全に包囲されてる。
段違いの魔力を放つグラデーナと御曹司は一騎打ちめいた戦いになってるけど、ほかは人数差がありすぎてそうはならない。
「距離を取れ! 魔法と道具を使って袋にすればいい。近づく必要はない、なぶり殺せ!」
は? 随分と消極的じゃないか。
優男が全体を見ながら指示したみたいだけど、どういうつもりだろう。猪突猛進にかかってくるのかと思いきや、意外とつまんない奴らだ。
奴らは素直にこっちに向かってこず、人数差を活かした攻撃をするらしい。賢いようでアホな奴だ。
「受けて立つわよ! 全部、落とせ!」
まあいい。そっちのやり方に付き合ってやる。投げられたナイフを殴って弾きながら命令を下した。
私たちは円形に位置してるから、飛び道具や魔法を避ければ後ろのメンバーに負担が掛かってしまう。
優男の命令から即座に多種多様な魔法攻撃を撃ち込まれ、投擲武器を投げつけられ、何発もの攻撃にさらされようと受けて凌ぐしかない。
呪いに蝕まれた身じゃいつものような魔法行使ができないし、対魔法で自動防御するアクティブ装甲でも全員を守るようには対応できない。防御はそれぞれに任せる。
問題ない。たかだか数十人程度の攻撃が襲い掛かろうとも、私たちは焦ったりしない。この程度なら、ウチでやってる訓練のほうがよっぽど厳しいんだ。
実際、ほとんどの攻撃は外套やベレー帽の防御力で無視できる。顔や首を守ることに集中し、特殊な攻撃にさえ注意すれば問題なく対処可能だ。
「……やっぱ奴らの本領は接近戦ね。あのやり方で効果を見込むなら、狙い所とタイミングが甘すぎる」
もし私たちにダメージを与えたいなら、闇雲に攻撃を放つだけじゃダメだ。
全体的に一発一発の威力はあるし、コントロールも悪くはない。そこらの奴相手なら、こんなんでも簡単に片付くだろう。
でも私たちは、そこらの雑魚とは違う。
タイミングを合わせて威力を高めたり、連携して回避不能な攻撃を撃ち込んだり、あるいは誰かが注意を逸らして本命の一撃を不意に叩き込むなど、工夫しないとダメージなど食らわない。
お前たちが今までに喧嘩してきたぬるい奴らとは違い、私たちは一人ひとりが一騎当千だってことにそろそろ気付け。
「飛び道具の使い方が全然なってないわね。手本を見せてやる」
アクティブ装甲がある分、私には余裕まであるんだ。
防御の合間に鉄球の投擲を繰り返し、アナスタシア・ユニオンの強者相手にも確実なダメージを与える。
魔力を伴わない鉄の球の投擲は、そのあまりの速さと変化する軌道ゆえに正面からでも完全に回避することは難しい。
ばら撒く鉄球が防具のない箇所に当たれば怪我をするし、当たりどころが悪ければ戦闘不能も免れない。武器で弾くか防具で受けても、威力の高い投擲には少しずつでも消耗を強いられる。
ほら、鋭いカーブの軌道を見切れず、一人の膝を鉄球が砕いた。情けなくも倒れやがったら追加のオマケをくれてやる。回復なんかさせやしない。
さらには怪我人を気にして意識が逸れたら、そいつも即座にターゲットだ。戦闘中にこの私から意識を外した罰を与える。ソフトボール大の鉄球を顔面目掛けて投げた直後に、足を狙ってピンポン玉サイズの鉄球を放れば簡単に足首を砕いた。
囲んでから距離を置いてボコるってのは、常識的には悪くない手だけど私たちには通用しない。やるなら大規模魔法くらい用意しとけってんだ。
どうする? このままだとこっちには大した被害なく、お前たちだけが消耗する結果に終わる。
お前たちアナスタシア・ユニオンの本領ってのは、これじゃないはずだ。
認識を正せ。キキョウ会には、そんな程度じゃ決して勝てない。こんなんじゃ、私の力試しには全然ならない。
「ユカリ会長、あたしもう我慢できないっす!」
「わたしも! こんなダラダラしたぬるい攻撃でやれると思ってんですかね!?」
「グラデーナの姉御がうらやましいですっ! そろそろいいですか?」
「会長、やりましょうよ! こんな機会、滅多にないです!」
しょうがない奴らだ。こっちのほうが先にしびれを切らしたか。
「普通にやっても面白くないわね。よし、じゃあ作戦『常闇』で行くわよ。タイミングは任せる」
「待ってました!」
指示役の優男は闘身転化魔法が使えるほどの強者なのに、与える命令が消極的にすぎる。
圧倒的な数の有利と個々の戦闘力に自信があるなら、単純に力で押せばいいんだ。それが相手にとって最も脅威になる。
それが距離を置いて魔法や投擲で攻撃?
自分たちの強みを分かってない。
最初から全員で突っ込んでくれば、少しはいい勝負ができたのかもしれないってのに、無駄に距離を置いたせいで一方的に消耗を強いられる結果になった。
きっとベテランがいればこうはなってない。経験不足の若い連中が集まった派閥のダメな部分が出たってことだろう。
若さに任せて暴れればいいのに、下手に自分たちの安全に配慮した策を取るからだ。
もしかしたら、ベルトリーアにおけるアナスタシア・ユニオンが飛び抜けた存在ってのが、こうした結果をもたらしたのかもしれない。
ライバルがいないのは、非常にぬるいと言える環境だ。エクセンブラみたいな三大ファミリー間の緊張や、新興勢力からの攻撃を常に受ける状況のウチとは、生存における厳しさがあまりに違う。エクセンブラにいるアナスタシア・ユニオンの奴らは、こんな程度じゃなかったはずだ。
御曹司一派の連中には才能を感じはしても、訓練とは違う本物の闘争って意味での経験不足がもろに出てる。
奴らが攻めあぐねる今の状況で、こっちから乱戦を挑めばどうなる?
持ち直すのか、情けなく敗走するのか試してやろうじゃないか。
それにね、このまま近距離戦を挑んでこないんじゃあまりに退屈だ。
せっかく期待してやったんだ、少しでいいからこの私の役に立て。金看板にぶら下がってるだけのポンコツどもが。
「あいつ、魔道具だ! あれを阻止しろ!」
「分かってる! やらせるかよっ」
私たちの不穏な会話に敵は攻撃の圧力を高めるも、完全に邪魔できるほどじゃない。メンバーの一人がこれ見よがしに準備した魔道具を発動した。
「散開して各自臨機応変に、無理はダメよ!」
「おうっ」
発動してわずかな時間で魔道具は盛大な効力を発揮する。
一人が目くらましに強い魔法を地面に叩きつけ、その間に散らばって敵の中に紛れ込んだ。みんな大胆な性格してる。
発動した魔道具は猛烈に黒い煙を吐き出すだけの物。毒性はなく刺激も臭いもしない、ただ視界を奪うだけの単純な代物だ。
モクモクと勢いよく黒い煙は広がり、完全に闇にするとは言えないまでも視程は大幅に制限され、見える範囲は一メートル以下にまで狭まる。
魔力感知は個人を識別できない。闘身転化魔法を使ってる三人だけは、その強烈すぎる魔力から分かるけど、ほかは動きから敵味方を判断するしかなくなった。
アナスタシア・ユニオンの連中を上回る身体強化魔法も、視界が閉ざされたタイミングに合わせて見せつけるのはやめる。
そもそも身体強化魔法ってのは、わざわざ外に漏らす必要のない魔法だ。無駄な魔力の消耗を抑えるなら、ほぼ感知させないことまで私たちならできる。
この場は完全に抑えることはせず、あえて敵の平均値をとるような魔力を漏らし敵をかく乱する。
奴らだって視界が奪われたとて、気配や魔力感知で人の位置は察知するんだ。
問題は魔力だけで個人を識別できない点にあるけど、黒煙の魔道具を使う私たちが何の準備もしてないなんてあり得ない。
「風だっ、風で吹き散らせ!」
「もうやってんだよ! 煙の勢いが強すぎて散らせねえ!」
無駄だ。一人しか道具を使ってない振りして、実は三人が同じ道具を発動してる。濃密な黒煙は風で散らそうと思っても散らした端から補充される。
しかも風魔法が得意なメンバーが、煙を外側から包むようにしてるから簡単には吹き散らせない。
さらに別のメンバーが秘かに魔法をもう一つ発動してる。それは時間をかけて効果を表し、やがて奴らを苦しめるだろう。こうした新しい手を使うにもちょうどいい機会だ。色々やってみればいい。
「魔道具を先にぶっ壊せ!」
「んなこと言っても、どれがそうなんだよ! 全員の魔道具を停止させるってのか!?」
「畜生っ、隠れてねえでかかってきやがれ!」
外套に刻まれた刻印魔法の一つが微量の特殊な魔力を放ってる。これを頼りに私たちは同士討ちを避けられるんだ。
あらかじめそうと知ってなければ、戦いのなかで感知し判別することなどできやしない。
混乱するアナスタシア・ユニオンの連中や、してやったりの私とは別に、グラデーナと御曹司は一騎打ちを続けてる。黒煙に包まれて、より集中を高めてることだろう。しばらくはグラデーナも楽しめばいい。
「クソが……ぎゃっ!?」
「どうした、やられたのか!」
「畜生っ、こっちもやられた! 奴ら手当たり次第だぞ、気を付けろ!」
「馬鹿野郎っ、俺は味方だ!」
「てめえこそ、紛らわしい動きすんじゃねえ!」
小賢しいことをしなけりゃ、こんな戦いにはならなかったのに。
今夜お前たちは、まったく本領を発揮することなく敗北する。
一旦退いて立て直す選択も、金看板のプライドや若さが邪魔してできないんだ。そういうところも含めて経験不足が露呈してる。
意地を張って全滅するなんて馬鹿げてる。まさか、この戦闘に命を張るほどの価値があるとでも? そんなわけがあるか。
「落ち着け、近くにいる者同士で固まって対処しろ! 同士討ちは絶対に避けろ!」
強大な魔力を発する優男の呼びかけでも、混乱がすぐに収まるもんじゃない。
そして混乱に乗じ、敵をおちょくるのはウチのみんなの得意分野だ。
優男、お前の相手は私がしてやる。
闘身転化魔法まで使えるほどの男が、これ以上、ガッカリさせてくれるなよ。




