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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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誤解上等の稼業

 誰が用意した舞台なんだろう。

 詫びをしたいと申し入れた貴族が一枚噛んでるのは当然だとして、追い詰められてる奴にしては綺麗に舞台を整えた印象だ。単独の仕業とは思えない。


 ノリの良いウチを呼び出すのは簡単かもしれないけど、さっきの取引相手やアナスタシア・ユニオンはそうじゃないだろう。呼ばれたからって、ノコノコやってくるような素直な連中じゃないんだからね。綺麗に繋げて場を整えるには、結構な労力が掛かると想像できるし簡単なことじゃない。


 今日の出来事を思い返してみれば……うん、心当たりはある。

 たしかハイディはアナスタシア・ユニオンに怪我人が出て、これからどこかに殴り込むかもしれないと言ってたはずだ。

 そしてさっきの成金ファッション野郎は、ウチがアナスタシア・ユニオンの構成員を半殺しにしたと言った。

 この二つは関連してると考えていい。


 誰かがウチに濡れ衣を着せ、アナスタシア・ユニオンと戦わせようとしてる?

 それにしてはこの場所への襲撃ってのはよく分からない。もしやるならグラデーナが拠点にしてるホテルか、移動中を狙うのが普通に思える。

 どうやってこの場所を知ったかと言えば、裏で糸を引いた奴からの情報なんだろうけど、なんでわざわざこんな場所で?


 黒幕にとったら戦う場所なんてどうでもいいだろうに。何か理由があるはずだ。やっぱり巧妙に仕込まれた罠だろうか。

 まあいい。元より妹ちゃんへのストーカー問題で、ずっと緊張関係にあったんだ。どうせどこかで一回くらいはやり合うと思ってた。


 そもそもアナスタシア・ユニオンとキキョウ会をぶつけたいと思ってる奴はいくらでもいる。

 特に大陸外や帝国の勢力はそうだ。ベルトリーアで騒乱を起こし様々な組織を消耗させることは、敵対勢力にとっての利益になる。


 たぶん色々な仕込みとタイミングが相まって、今日のこの時とこの場所になったんだろう。

 敵はどこまで期待してるんだろうか。ウチとアナスタシア・ユニオンの双方に甚大な被害を生み出すことを期待してるのか、ぶつけるだけでいいと思ってるのか。

 あるいは更なる仕込みによって、この場に集まった全員を始末する算段があるのか。


 大それた仕込みがなかったとしても、私としては落としどころは考えとかないといけない。

 現時点で御曹司は敵だけど、奴は総帥が気にかける存在でもあるから殺すことは絶対に避けたい。近い将来にはベルリーザで看板を出す事を考えても、アナスタシア・ユニオンとの決定的な対立は避けるべき。

 まんまと争って敵の利益になる動きをするのも腹立たしいし、やり合っても適当なところで収めたい。


 つまりここは穏便に済ますのがベストと思う。思うけど、きっとそうはいかない。

 なんせ相手は武闘派だ。話し合おうなんて呼び掛けたところで、振り上げた拳を素直に下ろすはずがない。だったらもう殴り倒してから話をするしかないんだ。

 少なくとも総帥派閥の連中となら、会話くらいはできるだろう。いったん暴れて衝動が収まればね。


「御曹司の野郎も出張ってきてるだろうぜ。お坊っちゃんの力がどんなもんか、試してやろうじゃねえか!」

「姐さん、やってやりましょう!」

「一人頭、何人相手ですかね? ちょうどいいハンデってもんですよ!」


 みんなやる気だ。実際、やるしかない。それに話し合いをするには状況が良くないって理由もある。

 奴らは五十人近くもの戦力があり、こっちは六人だけ。表面上の戦力に差がありすぎる。

 話し合いを持ち掛けたところで、襲う側からすれば命乞いをしてるようにしか思えないだろう。個人の強大な魔力を見せつけたとしても、人数の差ってのは人を弱気にはさせないものだ。


 この場面はどう転んでもやり合う以外の道しかない。

 むしろあのアナスタシア・ユニオンとやり合えると思えば、面倒な立場や事情を除けば楽しみってもんだ。

 物事は考えようだからね、どんな時でもポジティブにいこうじゃないか。


「御曹司は次代の総帥って話もあるくらいだからね、きっと油断できない強者よ。奴が居れば、だけどね」

「さすがに居るんじゃねえか? 誰かが仕組んだとすりゃ、ウチとやり合わせる腹だろ? だったら出張ってくんのは御曹司の派閥だろうぜ」


 それもそうか。ウチと総帥派閥が簡単に敵対しないことくらい、誰が糸を引いてるにしても分かってるだろう。その上での仕掛けだ。

 総帥派閥の構成員なら、キキョウ会との対立は避けようとする。総帥の意向がそうだし、妹ちゃんだって私たちと一緒にいるんだ。それにたとえ誰かが半殺しにされたんだとしても、勝手に走ることなど許されないのが組織ってもんだ。総帥派閥の連中が、総帥を無視することなんてできない。


 個人の勝手な暴走ならともかく、いきなり集団で襲ってくるなら確実に御曹司派閥の奴らと考えていい。


「そんでもって武闘派の御曹司本人が引っ込んでるわけがねえ。そこまで情けねえ野郎なら、総帥が気にかけはしねえだろ」

「なるほどね」


 武闘派の大将なら先頭に立つのが当たり前。そこだけはウチと気が合いそうだ。


 仕込んだ奴らの思惑としては、やっぱり御曹司を引っ張り出してウチとやり合わせることが目的なんだろうか?

 仮に次代の総帥と見込まれる御曹司が死亡した場合、アナスタシア・ユニオンはもう帝国やら大陸外やらとの戦争どころじゃないだろう。報復が最優先になり、その過程で組織そのものだって危うくなるかもしれない。


 ウチはともかく、アナスタシア・ユニオンを弱体化させることは、ベルリーザの守りを弱体化させることにもなる。

 余所者のウチを当て馬に戦力を削れるなら、これを仕組んだ何者かにとっては笑える展開だ。面白くてしょうがないだろうとも。


「そういや、御曹司の側近には帝国のスパイが紛れ込んでるって話もあったわね」

「誰のどんな企みが知らねえが、単純にあたしらを消してえ誰かの思惑かもしれねえぞ?」


 それも無くはないか。私たちだって帝国には恨まれてるし、狙われる理由なんて山ほどある。


「まあ考えても想像の域を出ないわね。とりあえず襲ってくる奴らをぶちのめして、誰にそそのかされたのか話を聞くわよ」

「結局はそれしかねえ。おう、お前ら! 今夜は上等な喧嘩ができそうじゃねえか、喜べ!」


 約五十人対六人。そこらのチンピラ相手ならともかく、敵は天下のアナスタシア・ユニオンだ。

 名前で喧嘩するもんじゃないけど、奴らの強い魔力をビシビシと感じてみれば、金看板に相応しい実力者揃いだと認めるしかない。

 絶対に勝てるなんて保証はない。アナスタシア・ユニオンの強者なら、私でさえ脅威に思う切り札を必ず持ってる。

 でも、戦いってのはそういうもんだ。だからこそ面白い。


「はははっ、待ってました!」

「アナスタシア・ユニオンなら、簡単に死んだりしませんよね。手加減なしでやれますよ!」


 未知の魔法や魔道具は特に脅威だ。私たちの勝利を揺るがしかねない要素はいくらでもある。

 しかもこの場面は応援を呼ぶわけにはいかない。


 学院にいるメンバーやハイディたちには、距離の問題から通信は繋がってない。派手に戦えばみんな気付くだろうけど、アナスタシア・ユニオンを見張ってたハイディたちから何にも連絡がない時点で、考えてみれば何かがあったんだと想像できる。きっとその何かに対応中のはずだ。


 そして妹ちゃんの護衛として残した学院組を軽々に動かすことはできないし、こっちから呼び出す信号でも出さない限りはヴァレリアたちだって自分たちの役割を最優先にする。

 ここにいるメンバーだけで乗り切ればいい。絶対の保証なんかなくたって、やってやる。


 もしもに備えて装備は極致戦闘仕様にしといて良かった。身体強化の魔法薬もみんな使ってるし、こっちの準備は問題ない。

 考え事をしてる内に敵の車両の音がだいぶ近づいてきてる。間もなく到着するだろう。


「ユカリ、やれそうか?」


 グラデーナが私に正面に立ち、眼帯を見ながら言った。心配してくれてるらしい。


「誰に言ってんのよ?」


 高度な魔法は使えないし、体調だって万全とは言い難い。でも戦うこと自体は問題ない。

 強力な呪いをこの身に受けようが、荊棘いばらの魔女は健在だってのを見せつけてやる。どうせ遠くからこっちを見物してる奴らだっているに違いないんだ。


 それに。自分にとって最高のパフォーマンスを常に発揮できるなんてことはない。

 強者ってのは、調子が悪くても勝つから強者なんだ。格下を相手にして、状態のいい時しか勝てない奴は強者とは違う。


「へっ、その様子なら心配いらねえな。だがよ、とりあえず御曹司はあたしにやらせろ。格の違いってやつを教えてやるぜ」

「好きにしなさい。でもたぶん御曹司が一番強いわけじゃないわよ?」

「だろうな。高級幹部のほうが強えって話は聞いてる。それでも奴が派閥のトップだろ? 金バッジのあたしが相手してやらねえと、やられた時の言い訳ができねえだろ。気遣いってやつだ」

「なら私がやってもいいんじゃないの?」

「お坊っちゃんがユカリとやるには十年早え。三席のあたしなら、ちょうどいいだろ」


 調子に乗ってそうな御曹司相手に、会長の私が手を下してやるのはもったいないってことみたいだ。


「じゃあ御曹司以外に強いのが居たら、そいつは私がやる。今の状態でどこまでやれるか、たしかめるにはちょうどいいわ」

「おう、お前らも気合入れて行け!」

「相手にとって不足なしです」

「かましてやりますか!」

「よっしゃ、やってやりましょう!」


 誰かが用意した嫌な状況に加えて、相手は武闘派の集団だ。

 それでもビビってる奴は一人もいない。人数が不利の戦いなんていつものことだし、グラデーナは逆境と思えば思うほど闘志を高めるタイプで、そんな三席に付いてきたメンバーだって似たような連中だからね。


 私だって呪いによる不調くらい、なんてことはない。むしろこんな逆境を楽しめるようじゃなきゃ、この先だってやってけない。

 ああ、上等だ。やってやる。



 ウチとの偽の取引におびき寄せられた奴らは、車両が一台潰された時点で不味いと思ったらしい。

 残った車両から飛び下りるようにして走って逃げようとした。でも先頭を走る野郎が遠距離から魔法で撃ち抜かれたところで、逃げるのは諦め私たちのほうに集まってる。


 情けないことに成金ファッション野郎たちは、私たちキキョウ会の陰に隠れることにしたらしい。ウチの車両の陰で大人しくしてる。

 まあ邪魔をしないならそれでいい。特に守ってやるつもりはないけどね。


 そうして待つこと少し。ついに襲撃者が姿を現した。

 続々と車両を乗り付け、倉庫街が賑やかになってきた。その姿は獣人の集団、間違いなくアナスタシア・ユニオンだ。


 奴らは周辺の倉庫街を封鎖するような配置で車両を停め、誰一人逃がさないとでも言うように立ちふさがる。

 一定の距離は空けたつもりみたいだけど、私たちくらいの強者ならひと息に詰められる距離だ。互いに感じる魔力の高まりがひりつくような感覚。


 奴らを見てちょっと思ったのは、全体的に若い連中が多そうに思える。外見年齢もそうだし、雰囲気がどこか軽い印象を受ける。詳しく知らないけど、御曹司の派閥ってのはベテランが少ないのかもしれない。


 睨み合うようにしてるとやがて一台の高級車が到着し、待ち構えた野郎がドアを開けた。

 そこから降り立つのは写真で見た顔、一見すると獣人っぽい感じの全然ない容貌の男はあの野郎で間違いない。御曹司だ。


「ついにご対面ってか? しかしあの野郎、思ったより強そうじゃねえか」


 ストイックに毎日毎日鍛えてるらしいってのは、ハイディたちから聞いてる。

 筋骨隆々とした体躯は服や防具の上からも分かるくらいだし、燃え上がるような魔力はいかにも強者のそれだ。どこか総帥に近しい雰囲気もあるし、なかなかの迫力じゃないか。

 身体の各所を守る防具は軽装に見えて、魔道具としての機能を持つ破格の性能だろう。武器は妹ちゃんと同じハルバードか、ストーカー野郎め。


「なかなかじゃない…………まあ、あれが全力なら大したことないけど」

「さすがにそれはねえだろ」


 軽口を叩きながら敵の力を推し量る。

 奴らが具体的にどういった魔法を使うのかを全然知らないのは、やっぱり痛い。未知の要素を加味しながら、常に気を張って戦うしかないからね。


 入り乱れて戦うなら立ち位置も大事になる。倉庫街の道は大型車両が余裕ですれ違えるくらいには広いけど、大人数が戦闘するには狭い。

 私たち六人は互いの位置を把握し、攻撃に巻き込まないように、そして何かあればフォローできるような立ち回りもしないといけない。倉庫街への損害も、出来る限りは避けたほうが良いだろう。


 テキトーにはやれない相手だ。タイマンの勝ち抜き戦なら勝率は跳ね上がると思うけど、複数を同時に相手するのはどうしても不利だ。そう思う程度には、きっと奴らは強い。


 あれこれ考えてると御曹司が動いた。

 手にしたハルバードを地面に打ち付け、私たちの気を引いたらしい。


「はっ、こんな魚臭え場所までやってきてみりゃ、まさかお前らキキョウ会がラベーニョ・ファミリーの取引相手とはな。新参者に教えてやる。ここベルトリーアで『クラック』は御法度だ。アナスタシア・ユニオンが許さねえ」


 クラック? もしかして、さっき成金ファッション野郎どもが見せた麻薬のことだろうか。

 それはたしか、レギサーモ・カルテルが主に扱う品だったはずだ。帝国を縄張りにする組織から仕入れた麻薬だとすれば、ベルリーザを本拠地にする側からすりゃ、それは許さないだろう。


 意外に思うのは、私たちがアナスタシア・ユニオンの構成員を半殺しにしたなんて与太話で、ここにきたわけじゃないらしい。

 標的は成金ファッション野郎どもで、クラックの取引を潰しにきたってこと?


 なるほど、この場にはそれぞれ違う理由で三者が集まってるらしい。


 詫び入れたいと言った貴族からの呼び出しに応じた我がキキョウ会。

 クラックの取引にやってきたラベーニョ・ファミリーとやら。

 帝国産の麻薬取引を潰しにきたアナスタシア・ユニオン。


 ウチにとっては完全に誤解であり、とばっちり。

 でもこの場面でどんな主張をしようが、アナスタシア・ユニオンからしてみれば、つまんない言い訳にしか聞こえないだろう。

 だったら無駄なことはしない。言い訳なんてカッコ悪いしね。誤解を正すなら、ぶっ倒してからだ。


 グラデーナが私にちらりと目をやってから一歩前に進み出た。


「おいおい、お坊っちゃんよ。そんだけ頭数揃えといて、まさかお話ししにきたってんじゃねえだろうな。ごちゃごちゃ言ってねえでよ、さっさとかかってこい!」


 ここでグラデーナは初めて見せつける魔力を解き放った。

 人数の差をものともしない、凄まじい身体強化魔法の発露。すると間髪置かずにアナスタシア・ユニオンの連中も競い合うように魔力を高めた。


 準備万端。睨み合いなんて退屈な時間は不要だ。

 御曹司より先に挑発したグラデーナが地面を蹴り、戦いの幕を切って落とした。


 さてと。呪いに縛られた状態で、奴ら相手に私はどこまでやれるだろう。

 試す相手としてはあまりに上等だ。

なんやかんやと書いていたら、前置きが長くなってしまいました。

次話では冒頭から戦い、戦闘シーンのボリュームとしてはおよそ三話程度にまたがると思います。

毎度のことですが人数不利の戦い、そして呪われたユカリの戦いをどうぞよろしくです。

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