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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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違うと言いたい取引現場

 夜の倶楽部指導を終え食事なども済ませたら、学院からこっそりと外に出た。

 門番を務めるアナスタシア・ユニオンの構成員たちとは微妙な距離感だ。奴らは妹ちゃんを見かける度に声を掛けるなど明るく接するらしいけど、護衛の私たちが表面だけ見て肯定的な評価を下すわけにはいかない。


 それにスパイはその意思や自覚がなくてもスパイ足り得るから厄介なんだ。こっちの動きは極力見せないほうがいい。見せる時は相応の思惑がある時だけに限る。


 ふう、今夜は風の涼しい良い夜だ。

 散歩にはちょうど良いとはいえ、どうせ散歩程度の時間じゃ帰れない。今夜も夜更しを覚悟しとかないと。


 生活のリズムを早寝早起きに戻したい気はあるんだけど、諸々の厄介事が片付かない限りは無理と諦めるしかない。

 裏仕事は人目に付きにくい深夜が多くなるし、呪いによる魔力の乱れは休んだところで改善しない。健康状態の維持は完全に回復薬頼りの毎日だ。


「これもある意味、薬物依存の状態ね」


 魔法のお陰で成り立つ生活スタイル。幸いなのは体力的にも精神的にも、特に厳しいとは思わないことだろう。

 尋常じゃないレベルで鍛えてるから大丈夫なのかもしれないけど、常識的にはいくら回復薬があったって、自律神経のバランスを崩して調子が悪くなりそうなものだ。それも含めて勝手に治ってるんだろうか。魔法ってのはつくづく不思議だ。


 今のところ目途すら立たないけど、とりあえず呪いだけはどうにかしたい。

 魔力の乱れからくる体調不良は慣れつつあっても、眼帯を常時身に着ける必要があるのは非常に煩わしい。威圧感のあるファッションは職業柄有効かもしれないけどね。



 さて、ウチに詫びを入れたいと申し入れた貴族にグラデーナが会ってどのくらい経つだろう。

 まだ深夜と言うには早い時間でも、夕食と話しだけならとっくに済んでるんじゃないかと思う時間帯だ。

 なんにも連絡がないってことは、まだ話し合ってる最中なんだろうけど……向かいがてらに通信入れてみるか。


「こちら紫乃上。グラデーナ、聞こえる?」

「こちらグラデーナだ。聞こえてるぜ、例の件か?」


 漏れ聞こえる音から察するに車両で移動中らしい。戻るところだろうか。


「うん、どうなった? とっくに夕食時は過ぎてるわよ」

「それがよ、急に都合が悪くなったとか抜かしがって、時間をずらされてよ。今から会ってくる」

「今から? だったら私も行くわ。場所は?」

「聞いて驚け。港の倉庫だとよ」


 驚きはしないけど、あからさまに怪しい。


「食事がてらの話し合いじゃなかったの? まあ追い詰められてる貴族が堂々とレストランでってよりは、らしい感じの場所ではあるか」

「まあな。詫びを入れるだけじゃなく、逃亡の相談を受けるなら港は打ってつけだろうぜ。なんならそのまま船に乗り込んで、逃げ出すまでところまで行くつもりかもな。密航の手配や根回しが万全ならだがよ」


 私からリガハイムにいるメンバー宛に紹介状でも書いてやれば、たしかにそれで逃げおおせるかもしれない。状況が状況だから、怪しい船は臨検の対象になりそうな気はするけどね。

 まあ今のところ逃げ出す云々ってのは、こっちの勝手な想像にすぎないけど。


「なんにしても、ベルリーザ情報部は裏切り者の逃亡を許す気はないみたいよ。もし逃亡の相談されても乗れないわ」

「しょうがねえが惜しいな。貴族を逃がした実績がありゃあ、それもシノギになりそうだってのによ」


 捕らぬ狸の皮算用だ。逃亡の件はこれ以上考えても無駄なんだから切り替えよう。


「そういやホテルに車余ってる? いま歩きなのよ」

「ああ、あるぜ。ついでにこっちまで送らせる。ジンナ、場所は分かるな?」

「こちらジンナ、姐さん了解です。会長、ホテルの駐車場で待ってます」

「うん、もうすぐ着くわ」

「あ、こちらハイディです。港のほうまではフォローできそうにないんですが、何かあったら呼んでください」


 ハイディたちはアナスタシア・ユニオンやベルリーザ情報部の動向を探ってるから忙しい。終わった貴族に人員を割いてる場合じゃない。


「そっちはなんか動きある?」

「実はアナスタシア・ユニオンに動きがあります。少し前に怪我人が運び込まれたんで、どこかに殴り込むかもですね。本部が慌ただしいです」


 強者揃いのアナスタシア・ユニオンの構成員に怪我人とはね。だとしたら相手もなかなかやる。

 まあ暴力組織なら怪我くらい日常茶飯事だ。知らないけど特に珍しいわけじゃないだろう。


「それにしても、アナスタシア・ユニオンに堂々と喧嘩売る組織があったとは驚きね」

「ここベルトリーアでも縄張り争いや小競り合いはありますから、そうした敵対的な組織の仕業だと思います。アナスタシア・ユニオンは派閥で割れて内部抗争に近い状態ですからね。今までやり込められていた組織にとっては千載一遇の機会です。最近はそうした動きが目立ってますよ。今夜のは突発的な動きなんで具体的には分かりませんが、おそらくそうした関連じゃないですかね」


 三大ファミリーが支配するエクセンブラでも小さな争いはしょっちゅうあるんだ。アナスタシア・ユニオン一強のベルトリーアでだって、小さな組織はいくつもある。複数の組織が集まれば争いは当然のように起こるんだから、喧嘩くらい普通だろう。

 殴り込みは面白そうではあるけど、ウチに関係ないならどうでもいい。アナスタシア・ユニオンのシマ争いには興味ないんだ。私は目の前の事に集中しよう。


 さて、貴族の呼び出しってのが単なる詫びで終わるのか、それとも……。



 夜の空いた道を進む車両が向かった先は、港に近い古びた倉庫街だ。

 この辺りの場所には見覚えがある。少し前、大陸外の勢力が密輸品を貯め込んでた倉庫に近い。

 倉庫街を進んでるとグラデーナたちがいた。まだ待ち合わせ相手が到着してないのか、外で待ちぼうけを食らってるようだ。


「おう、ユカリ。早かったな」

「なにやってんのよ。例の貴族は?」

「案内人の野郎が迎えに行くとか言ってやがった。詫びを入れるってのが本当の話なら、そろそろ連れて戻るんじゃねえか?」

「はあ? 向こうからの申し出だってのに、待たせるなんてふざけてるわね」


 とても詫びを入れようなんて気があるとは思えない。やっぱり罠だろうか。

 倉庫に誘い入れて建物ごと吹っ飛ばすくらいの派手な試みを企んでるんじゃないかと思いきや、周辺に罠らしき魔道具は感知できない。


「ああ、ふざけてやがるぜ。ちょっと待ってろ――こちらグラデーナだ。エマリー、そっちの様子はどうだ?」


 案内人ってのを尾行させてるらしい。


「こちらエマリーです。奴は途中で車両を乗り換え、そのまま街の外に向かう道を走ってます。どう考えてもおかしいですよ」


 報告を聞くに、とても主人を迎えに行ってるとは思えない。わざわざ車両を変える行為もおかしいし、普通に逃げ出そうとしてるんじゃ?


「分かった、そいつを捕まえて締め上げろ。なるべく人目に付かねえようにな」

「了解です。主人の居場所を吐かせます」

「つーわけだ。ユカリ、無駄足になっちまったな」


 無駄足なのはそのとおりとして、問題は人のいない倉庫街なんかへの呼び出しだ。

 まさか待ちぼうけを食らわせることが目的じゃないだろう。それが私たちへの意趣返しなんて、いくらなんでもしょぼすぎる。

 ……あれ、いや?


「ふーむ、誰か近づいてくるわね」

「お、貴族の野郎が到着したってわけじゃねえよな?」

「接近中の奴らは全員が武装してるわ。詫びを入れたい貴族がやってきたとは思えないわね」

「ならそいつが用意した殺し屋か? へっ、歓迎してやろうじゃねえか。どうせこんなこったろうと思ってたしよ」


 やる気満々で待つこと少し、三台の車両で乗り付けた奴らがいる。

 ただ、いきなり攻撃してくるわけじゃないのが妙だ。どこの誰で、なんのつもりだろうか。


 奴らは続々と車両を降り、警戒しながら値踏みするような視線を投げてくる。

 そうして最後に出てきたのは、成金みたいに派手なファッションの野郎だった。そいつはキザったらしい仕草でサングラスを外しながら前に出た。

 両陣営は絶妙な距離を置いた立ち位置。まるで何かの取引を始めるような、そんな雰囲気になってしまった。


「よお、いい夜だな。初めて会うには悪くねえ」

「……誰よ?」

「ご挨拶じゃねえか。俺らラベーニョ・ファミリーに話を持ち掛けたのはそっちだろ? 噂には聞いてるぜ、あのエクセンブラのキキョウ会」


 グラデーナたちの顔を見れば、誰も事情を把握してない。私たちにとっては意味不明の状況になってる。

 とにかく、向こうにとっては私たちと何事かで待ち合わせをしてて、しかもこっちが呼び出したことになってるらしい。


「なんと言ってもだ! アナスタシア・ユニオンと五寸でやり合ってるってのが、とにかくすげえ。あの獣人どものツラに泥を塗って、平然としてやがるしよ。最高だぜ、あんたら」


 よくしゃべる野郎だ。意味不明の状況がこいつの話によって少しは判明するかもしれない。とりあえずそのまま好きにしゃべらせてみよう。


「今日も一人半殺しにしたって聞いたぜ?」


 え、と思いグラデーナの顔を見るも、心当たりはないらしい。そりゃそうだ。

 ウチには勝手に走ったあげく、重要なことを報告もしないボンクラはいない。

 意味不明な状況に加えて、訳の分からない濡れ衣まで着せられてるらしい。


 しかしアナスタシア・ユニオンの構成員を半殺しか。どこの組織だってそうだけど、構成員がやられたとなれば報復に動くのが普通だ。

 成金ファッション野郎の勘違いならいいんだけど、アナスタシア・ユニオンまでウチがやったと思い込んでるなら厄介だ。

 喧嘩するのは別にいいとしても、濡れ衣で始めるのは納得いかない。杞憂に終わってくれればいいんだけど。


 考え事をしてる間にもベラベラと語られる話にうんざりしてきたところで、また新たな状況が迫りつつあるのを感知した。

 まだ距離はあるけど、大勢が深夜の港や倉庫街方面に向かう用事があるとは思えない。目的は私たちじゃないだろうか。


「グラデーナ、また誰かこっちに向かってるわよ」

「またかよ、どうなってんだ?」

「さあね。しかも今度は大所帯よ、ざっと五十人近くはいそうね」

「なんかヤバくねえか?」


 ヤバいと言いつつ、グラデーナは笑みを深めてる。


「おいおい、人の目の前で内緒話はやめてくれ。それより望みのブツを持ってきた。あんたらになら格安で融通してやる。今後もよろしく頼まあ」


 私たちにとって、まったく身に覚えのない取引だ。何を持ってきたのやら。


「ブツってのは?」

「この期に及んでとぼけることはねえだろ! 青コートの目があるわけじゃねえし……分かった分かった。ブツを見せるから、そっちもカネを見せてくれ」


 不審な第三者が到着するまでにはまだ時間がありそうだけど、悠長に訳の分からない取引をしてる場合じゃない。

 私の心配を余所に、目の前の奴らはこの事態に気付いてない。成金ファッション野郎の部下が大きなバッグを開き、距離を置いて立つ私たちに中が

見えるようにした。うん、紙に包まれてるからよく分からないけど普通に麻薬っぽい。


「あのさ、一つ聞きたいんだけど」

「おお、何でも聞いてくれ」

「あんたの部下はここにいるので全部? 追加でこっちに向かってる、なんてことはある?」

「いや? 事務所にはまだ残ってるが、こっちに呼んだ覚えはねえ……」


 野郎は言いながら部下どもに顔を向けた。そうすると部下の一人が近づく何者かの気配を察知したらしい。まだ結構な距離があるってのに、察知能力の高い奴がいるようだ。


「兄貴、誰かこっちに向かってますぜ。しかも何十人って数です。タレこまれたんじゃないすか!?」

「青コートのボンクラどもか!」


 成金ファッション野郎どもはかなり焦ってるのに対し、こっちは全然慌ててない。そうしたことからか、奴らは私たちがハメたんじゃないかみたいな視線を送ってきやがった。

 濡れ衣はもうたくさんだ。魔力を放ちながら威圧する。


「そっちの仕業じゃないの?」

「お、俺らじゃねえ! むしろあんたらがやったんじゃねえのか?」


 私の冷たい声音や怒りの気配にビビってるのか、疑う声はあまり強くない。


「今さら言うのもなんだけどね。こっちはお前たちのことなんか知らないし、取引を持ち掛けたりなんかもしてないわ。別の用事でここにいるのよ。誰が近づいてきてんのか知らないけど、ウチもそっちもハメられたみたいね」

「なんだと? 冗談は…………マジの話かよ。クソがっ、じゃあ誰の仕業だってんだ!」


 近づいてるのが青コートだった場合、トンプソンの部隊じゃなかったら少々厄介かもしれない。まあ逃げるくらい余裕だし、どうとでもなる。


「ユカリ、あいつら青コートじゃねえだろ。魔力が強すぎねえか?」

「……そう言われるとそうね。まだ姿が見えない段階から全力で身体強化なんかしないか。でも現時点でそこそこのレベルよね」

「とにかく俺らはずらかるぜ! じゃあなっ」


 成金ファッション野郎どもは車両を急発進させて離脱しようとした。

 しかし、どうやら遅かったらしい。急発進した直後、先頭にいた車両に光の矢のような魔法が撃ち込まれ、強制停止させられた。

 まだかなりの遠距離からだろうに、正確で威力の高い攻撃だ。これだけで相手が強者だってのが分かる。

 なんにしても攻撃的すぎる。こんなやり方を青コートがするはずない。


 そして一度攻撃を加えたからか、奴らは強い力を誇示することにしたようだ。見せつけるような強者の気配に、私たちの魔力も自然と高まる。


「面白くなってきやがった! これはあいつらだろ? いつかは当たると思ってたぜ」

「まあね、どうせこうなる運命よ。話しだけで事が済むなんて、そんな聞き分けのいい連中なんかいないんだからね」


 奴らの強い魔力はどんどん力を増し、普通の組織の連中じゃあり得ないレベルになってる。こうした強者が集団で揃ってるなんて、どっかのお抱え騎士団や傭兵団でも数は少ないだろう。

 そしてここはベルトリーア。人けのない夜の倉庫街とはいえ、平然と魔法をぶっ放すなんて普通じゃない。そんなことをやれるのは、アナスタシア・ユニオンの連中に違いないんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謝罪相手を呼びつけた挙句、散々待たせて港に移動させて放置 どう考えても詫びを入れる態度ではないのに 罠を「期待して」従う二人が頼もし過ぎますwww [気になる点] >アナスタシア・ユニオン…
[一言] 久々に乱闘?次から次へと、敵が押し寄せてきますねー。 次回も楽しみ。
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