振り出しに戻る
魔道人形倶楽部の活動で忙しい毎日を送ってると、ようやくと思えるくらい経ってからバドゥー・ロットのその後の話が舞い込んだ。
何気ない日々を送ってても、呪われた身で奴らを忘れることなどできやしない。
良い話を期待して待ち合わせの繁華街に行き、久しぶりに夜の街の雰囲気を感じながら歩くことにした。
ナンパ野郎の多い夜の繁華街でも、厳つい眼帯姿の私に声をかける猛者はいないらしい。快適に歩けていい感じだ。
ただ快適ではあっても気分は上がらない。眼帯に覆われた左目と魔力の乱れは、手足に枷をはめられたも同然の感覚だ。特注タリスマンのお陰で肉体的な苦痛からは、だいぶ遠ざかってることだけが救い。もしこれがなかったとしたら、講師の役目も妹ちゃんの護衛としても大して役には立てないだろう。
呪いの苦しみはやせ我慢で耐えられる限度を超え、タリスマンの素晴らしさを痛感させた。これを機に教会には定期的に寄付してもいいと思えるくらいだ。
体の不調は微熱がある時くらいの感じだから、日々の活動には影響ないしすでに慣れた。左目の痛みが収まってるのは非常に大きい。
それでも魔力の乱れがあるせいで、息をするように自然にやれた繊細な魔力操作ができないのはやっぱり問題だ。
私を強者たらしめる、特別な魔法の行使に影響があるのは不安に思えてしまう。いつもより時間が掛かるか気合を入れないと使えなくなってしまった魔法や、特に闘身転化魔法が使えないのは切り札を失ったに等しいからかなりの痛手になってる。
不安はあるし、不便なのも間違いない。しかし現状は無理でも絶対に無理と決め付けるつもりもない。かつて魔法封じや阻害魔法を克服できたように、呪いに対しても諦めることはしない。
呪いの解除のために、わざわざ教会の総本山とやらまで行きたくないって理由もある。
「そこの姉ちゃん。どうだ、一緒に……」
後ろからの声に振り返ってみれば、優男が顔色を青くして逃げて行った。こんな美人に対して失礼な野郎だ。もし次に見掛けたらぶん殴ってやる。
おっと。考え事をしながら歩いてたら、いつの間にか目的地に到着したらしい。毎度の地下のバーだ。
約束の時間よりもちょい遅くバーに入ってみれば、いつもの席にいつもの姿があった。
酒を注文してグラスを受け取ってから、ベルリーザ情報部高官ムーアの対面に座る。
「久しぶりね」
「ああ、色々と時間が掛かっていてな。しかし……その眼帯姿はまた荊棘の魔女の評判を高めるかもしれんな」
ムーアはなんでか感心した様子だ。まあプロテクターみたいな眼帯はたしかにカッコいいけどね。
評判と言ってもどうせ見当違いの憶測が広まるだけだろうし、あんまり歓迎できることじゃない。
「付けてるほうからしてみれば、不便でしょうがないわよ。んなことより、奴らから情報取れた?」
「絞れるだけ絞り取った。まだ裏の取れない証言が多く、すべてを明かすわけにはいかないがな」
慎重なのは理解できる。証拠もなしに関与した人物でも話そうもんなら、暴力組織がどう出るか分かったもんじゃない。特に私は現在進行形で呪いにやられてるんだし、報復は付きものだ。殴り込む気満々なのは隠す気もない。
「全部知りたいなんて思ってないわよ。こっちが知りたいことだけでいいわ」
「賢明なことだが、こちらも事情が変わってきていてな……まず残念な報せだが、呪いの解除方法は奴ら自身でも分かっていない」
呪いがさくっと解けないのはたしかに残念ではあるけど想像してたことでもある。
それより事情が変わったってのはどういうことだろう。それを訊いてみた。
「実は……奴らに関与した人物については、別に捕縛を進める手筈になった」
「は? 別の誰かがやるって? 冗談じゃないわ。そいつらは私たちでぶちのめさないと、気が収まらないわよ」
こっちは会長の私がやられてるんだ。個人的な感情の面は大いにあるし、自分たちできっちりケジメ取らないと組織としてカッコ付かないって事情もある。簡単には引き下がれない。
「裏社会の筋の通し方は理解しているが、想定よりも事態が大きくなりつつある」
やたらと深刻な顔してムーアが言うけど、よく分からない。
「今以上にどう大きくなるってのよ?」
すでにベルリーザって国は大変な事態になってる。
大陸外からの干渉による弱体化工作と大陸間戦争の気配。
王室とも深くつながるアナスタシア・ユニオンのお家騒動とメデク・レギサーモ帝国からの工作。
バドゥー・ロットのような闇組織の跳梁跋扈を許してしまう貴族の腐敗。
これらは連動して大国ベルリーザを危機に陥れてる。
諸問題はほかにもあるだろうけど、情報部の奴が想定よりも事態が大きいと言うからには、さらなるでかい爆弾が見つかったってこと?
タイミング的にバドゥー・ロットの尋問から得られた情報ってことだろうけど……あー、めんどくさい。
「……すべては明かせんと言ったはずだ。それに悪徳貴族の捕縛にはアスラリリス様が動くことになった。お前たちの事情は理解するが、ここはベルリーザだということを忘れるな」
「アスラリリス!? それって、まさか……」
その名には覚えがあるし、ムーアが言う該当人物は一人しかいないだろう。
アスラリリス・ローリーデューレ・レア・ベルリーザ。ベルリーザの第四王女。
周囲の迷惑や被害を顧みずに悪を倒して回る、お姫様とは思えない活動をする変わり者。
畏怖と愛憎を込め呼ばれるその通称は――悪姫!
腐敗貴族を捕縛するのに、当事国ベルリーザでこれほどの適任者はいないだろう。
たしかに余所者のキキョウ会がしゃしゃり出て貴族を潰したんじゃ、ベルリーザって国のメンツが立たない。こっそりやっても貴族を潰すなんて大事は完全に隠せっこないし、どうしたってメンツの問題は避けられないだろう。ウチのような組織と国家としてのメンツじゃ比較にならないってのも理解はできる。
「バドゥー・ロットを潰した時点で、お前たちの面目は十分に立っているだろう。その前にもいくつかの家を襲撃した事実もある。貴族に関してはこちらに任せ、アナスタシア・ユニオンに注力してくれないか。アスラリリス様や我々ではアナスタシア・ユニオンには手が出しにくい」
うーむ、しかし……。
アナスタシア・ユニオンは古くから王室にも関わる、強力な武闘派組織だ。たとえ情報部や悪姫でも、軽々に敵対的な行動に出られないのはそのとおりだろう。
総帥のいるエクセンブラで同格の三大ファミリーとして並び立つウチなら、一応は五寸の関係と言っていいし、何と言っても私たちには実力がある。アナスタシア・ユニオンの暴走を押さえるには、ウチは非常に使いやすい駒に思えるだろう。
元より私たちはアナスタシア・ユニオンの御曹司を警戒して、妹ちゃんの護衛のためにここにいるんだし。しかも総帥に頼まれてだ。
それぞれのメンツと現在の状況。全部を把握するムーアとしては、私たちを下がらせるのは今だって感じなんだろう。
こっちとしてもベルリーザって国のメンツは尊重してやらないと、今後の活動が危うくなってしまう。それに私は悪姫ちゃんの邪魔をしたくない。むしろ一ファンとして、どう活躍するのか見てみたい。
面倒な厄介事から手を引けるなら、それに越したことはないとも考えられる。
左目の眼帯に手を触れてもう一度考えてから、余裕の態度で酒を飲み干した。
「いいわ。ベルリーザの厄介事をどうにかするのは、そっちの仕事で私たちは関係ない。でもこれまでの成果に見合った待遇は保証してもらうわよ」
「情報部の権限で可能な限りはと約束しよう」
ムーアの奴は説得がすんなりと行って、ほっとしたのか緩い笑みを浮かべてる。情報部の高官がそれで大丈夫か?
私と数回ばかり交流を持ったからって、警戒心が足りないように思える。思い出せ、私はそんなに甘い相手だったか?
「――その言葉に嘘はないって、期待してるわよ?」
裏切ったら殺す。軽い口調とは裏腹に、目でそれを言った。
目は口ほどに物を言う。右目の視線だけでそれが伝わっただろう。
明かせないと言うことを無理には聞き出さない。
引けと言うタイミングで引いてやる。
この私を都合よく使えるいい子ちゃんだなんて勘違いは、まさかしてないだろうけど態度で念を押す。
ここまでくるのに、それなりの労力も対価も支払ってる。何の見返りも無しなんてあり得ない。
ベルリーザ貴族だろうが、情報部の高官だろうが、もしもの時には最悪の結果を突き付ける。
当然、ムーア一人だけの死で済ますつもりもない。想像する以上の最悪を突き付ける。
私たちキキョウ会が、女だけの組織が、いかにして悪の巣窟で三大ファミリーにのし上がったのか、それを思い知らせてやる。積み上げてきた死体の山は、どこの組織にも劣らないと自負してるんだ。
まともに戦ったら勝ちようがないお国の機関を相手にする方法だって、今ならいくつも思いつくし実践できる。悪の組織として、それだけの経験と実力がある。
脅しは警告であると同時に親切心の表れだ。
私たちキキョウ会を敵に回すな。互いのために、決してね。
はた目にもぶわっと汗をかいたムーアが、懸命にポーカーフェイスを保とうとしてる。
あまり怖がらせるのも逆効果かもしれない。貫くような視線を収めてやると、恨みがましい目で見られた。
「悪いわね、つい商売柄ってやつよ」
「ふう……お前たちを侮るつもりはないが、こちらも侮ってくれるなよ?」
「分かってるって。そっちは大国の組織で、こっちは余所者の上に一つの私的な組織にすぎないわ。過程はどうあれ、最終的な結果は見えてるからね。仲良くやってきたいって、本気で思ってるわ」
簡単にやられる気はないけど、ここはこう言っとくのがベストだ。プライドのぶつけ合いは、もう十分にやった。
私たちはおそらく互いに裏切らない。少なくとも自らの意思で積極的にそうはしないと思えれば今は十分だ。
「ああ、それならいい」
ムーアは喉が渇いたのかまだたっぷり残ってた酒を一気に飲み干し、お代わりを注文した。
ここで席を立つとなんだか雰囲気悪いままで別れることになりそうだから、少しだけ付き合ってやることにした。
店から出てまた一人で歩きながら思うのは、やっぱり悪姫のことだ。
呪いの解除方法が分からないなら、もう終わった存在のバドゥー・ロットのことはどうでもいい。
悪姫ちゃんのことは女子再教育収容所にいた時からずっと注目してたんだ。ムーアには文句を垂れたけど、彼女が私に変わって腐敗貴族をぶっ潰すなら個人的には全然悪い話じゃない。むしろ間接的にでも繋がれて嬉しい気持ちだ。
うーむ、やはりムーアにサインの一枚くらい頼んどくべきだったか?
今日はそんなふざけたことを話す空気じゃなかったから、また次の機会に言ってみるだけ言ってみよう。
本当は正面から会ってみたいんだけど、私は悪の組織の会長だからね……正義の味方みたいなあのお姫様とは、客観的に考えて相性は最悪だ。
「正体を隠して、単なるファンとしてなら……?」
以前、オークションで手に入れた悪姫の指輪は今でもペンダントにして首に掛けてる。これを見せれば一発でファンだって理解してくれるだろう。
近い将来、面倒事が全部片付いて、のんびりベルリーザ観光ができるくらいの状況になったら試してみようか。
まあ楽しい先のことは置いとくとして、厄介事はまだまだ片付いちゃいない。思考を戻そう。
バドゥー・ロットを倒したからって、まだ解決してないことのほうが多いんだ。あくまでも敵勢力の一部を始末しただけにすぎない。
アナスタシア・ユニオンの御曹司の傍には帝国の工作員が紛れ込んでるみたいだし、私たちはそっちを片付けることを期待されてる。御曹司がせっせと書いたラブレターを握り潰してる奴がいるとすれば、そいつの確率が高いようにも思える。
本来の仕事だった妹ちゃんの護衛、そして根本的な問題の解消のために御曹司とナシを付ける方向でやってみよう。そうした中で、きっと敵が動きを見せるはずだ。
あとはムーアの奴が新たな爆弾が見つかったみたいなことを匂わせたのが気になる。ここまで深くかかわった私にも話せないってことは、相当な厄介事なんだろうけどね。
ま、そっちは情報部のほうから関わるなと言ってきたんだ。火の粉が掛からない限り気にするのはやめよう。
余計な厄介事から離れたからには、本来の仕事に集中だ。
「よし、妹ちゃんの護衛。そして魔道人形倶楽部の捲土重来、気合入れて行こう!」
特に最近は魔道人形倶楽部の指導が面白いし、やりがいも感じてる。
大胆なルール変更への適応は当然として、他校の情報収集や偵察まで必要になってきそうだ。
さすがに工作までやるのは行き過ぎかなと思ってるけど、そこも他校の出方次第だろう。
いや、いっそのことウチから仕掛けさせるか?
最初に仕掛けるか、あえて先に敵にやらせるか、そうしたことを考えるのも戦略のうちだ。
思い付きで突っ走るのはよくないけど、基本的にはルールブックにダメと書いてなけりゃ、何をしたって問題ない。ルールを好きにいじくるくせに、そんな程度も想定できなかったボンクラどもが悪いんだ。
むしろルール作りのブラッシュアップに貢献すると思えば、ガンガン仕掛けまくったほうがいいまである。
うーん、しかし顧問があんまり出しゃばるのもね。
真っ当な学生の指導者ってのは、どこまでやるかさじ加減がなかなか難しい。




