ゲームチェンジ
「一つ目は試合の舞台の変更です。本番は騎士団が所有する演習場の一画で行われることになりました。屋外です。現在使用している試合用の舞台よりも、ずっと広くなりますね」
なんだそりゃ。屋内の舞台から屋外に、しかも軍の演習場に変更だって? 随分な変わりようだ。
実際に使う場所を見てみないと何とも言えないけど、演習場と言うからには本格的なロケーションになるだろう。単にだだっ広い場所でいいなら、演習場を使う必要はない。きっと建物があったり自然物があったりするはずで、これまでとはあまりに大きく変わる。
もう戦い方そのものを見直さないといけない。小さな舞台上で正面からぶつかる今の戦いとは何もかもが異なる。
どういった思惑か事情でこうなったのか、ルールを決めた奴らに問い詰めてみたいものだ。その辺の理由まで説明はあったんだろうか?
想像以上に大きな変更にざわめくも、部長の話はまだ終わってないらしい。
続きが気になるから、手を叩いておしゃべりを黙らせた。
「ハーマイラ、続きを」
「はい。続いては参加可能人数の上限変更です。現在は二十五名まで参戦できますが……これが五十名までと大幅に増えました」
二倍か。思わず目を細めてしまう。
部員どもも何を言われたのか理解できないように沈黙してる。言われた内容を受け止めるのに、少しばかりの時間が必要らしい。それほど大きな変更だ。
私はもう驚くどころじゃなく、どういう事かと呆れてしまう。
魔道人形倶楽部はベルリーザだけじゃなく、大陸北部の学生の間では非常に人気のある倶楽部らしい。だから大抵の学校には倶楽部があり、所属人数もそれなりに多い。細かいことは知らないけど、ルールはたぶん他国でも共通だろう。ベルリーザの競技だけ大幅な変更しても問題ないのだろうか。色々と疑問が湧く。
まあ各国のルールはともかく、五十人まで参戦可能となれば、上限まで人数を確保できる倶楽部ばかりじゃないはずだ。現に聖エメラルダ女学院には二十五人しか部員がいない。
元はもっといたけど、やる気のない奴らは最初に追い出したからね。後悔は少しもないけど、まさかこんなことになるとは。
「部長、いいですか? 今日の説明会でその変更に異論は出なかったんですか?」
「もちろん、たくさん出ました。わたしも抗議しましたが、決定事項だとして話し合いの余地はありませんでした」
「そうですか……さぞかし説明会は紛糾したでしょうね。どうりで部長の帰りが遅かったはずです」
「実は人数変更についてはこれだけではありません。五十対五十の対戦ではなく、四チームが同時に戦う形になりました。四チームの中から勝者を決めることになります」
何を言われたのか分からないとばかりに、騒がしかった部室が静まり返る。
大幅な変更どころじゃなく、もう別の競技になったと考えるべきだ。バトルロイヤル形式ともなれば、これまでの戦術はまったく使えない。
しかし最大で二百体もの魔道人形が参戦するわけか。見応えって意味なら、こっちのほうがあるかもね。
これほどまでに大幅な人数増加があれば、試合が屋内の舞台から屋外に変わりもするわけだ。その人数になったら、今の舞台じゃ狭すぎて試合にならない。どっちが先の理由かは不明にしろ、この二つは連動してるんだろう。
でもこの変更には、各学校の人数確保以外にも大きな問題がある。
「待ってください。そもそも軍の演習場で、どうやって魔道人形を操作するのですか?」
それだ。建物や自然物があったら、人形を視認できない状況だってある。無線で繋がる魔道人形の操作自体には問題なくても、目視できない環境によっては行動不能に陥る可能性は十分にある。常時、魔道人形を視認できない環境は、試合の舞台として適さないと思うけどね。
しかも操作範囲が広くなれば、遠隔操作に魔力をより大きく消耗するんだ。そうした点からも、これまでと同じようには全然できなくなってしまう。
ざわめく部室で、部長はみんなを落ち着けながら説明を続ける。
「連盟から特別な魔道具が配布されるそうです。それに演習場には広く見渡せる場所も用意するとの事でした。詳細はまだ分かっていないのですが……」
「新たな魔道具と高い場所ですか? それで問題が解消されれば良いのですが、結局は遠い場所からの操作になりますから魔力が持つか心配ですね」
「そのとおりです。魔力の問題から、試合には制限時間が設けられるようになりました。これも新たなルールですね」
時間無制限だった魔道人形戦が、場所と人数の変更に合わせて変わるようだ。これについてはまあ合理的と言える。
「次は勝負の決着方法です。これまでは殲滅戦のみでしたが、人数の増加と時間制限によってこれも変更になります」
部長は資料に目を落とし、内容を確認しながら口を開いた。
「大きな変更点として、参加チームは『大将機』を事前に申請し、それが倒された時点で負けが決まります」
「じゃあ、基本的にはその大将機を倒すことが目標になるのでしょうか?」
「そうできれば良いのですが、大将機には特に目印を付けることはしないそうです。広い戦場でどれが大将機かを見極めるのは難しいかもしれません。あとは時間内に生存している人形の数が多い順に順位が決まります」
面白い。見た目で大将機が分からないってことは、動きから見極めるかしかないってことだ。
基本的には大将機を隠しながら、敵を減らしていく流れになるわね。劣勢な側の一発逆転の芽は残しつつ、それをやるのは難しいルールになってる。
「あれ、部長。生き残った人形が多いほうということは……」
「参戦した数が少なければ、その時点で不利になります。仮に五十体のチームと二十五体のチームとでは、最初から二十五点の差があることになります」
「そんなっ」
なるほどね、そういうことか。倒した人形の数じゃなく、生き残った人形の数を数えるならそれだけで有利不利が生まれる。
少ないほうからすればそもそも人数差で戦いが不利に進むし、仮に二十五点もの差があれば多いほうは防御を固めたり逃げ回る消極的な戦法でも勝利を得ることが可能になる。やられるほうからすれば、これは厳しい。
しかも戦いはバトルロイヤル形式だ。弱いのを最初に叩くってのは戦いの定石でもある。
うーん、数を用意するってのも大事な戦略ではあるけどね。全体的になんだかやけに本格的なルールになってないか?
いったいどういう思惑でこうなったんだろうね。
「せっかく部員が定数まで増えたと思っていたのですが、また部員の緊急募集をやらないといけませんね。これは全員で考えてみましょう。先生、人形の追加購入も必要になってきます。学院に認めていただけるでしょうか?」
「事情が事情だし、たぶんね。いいわ、私が生徒会に掛け合ってみる」
魔道人形倶楽部の捲土重来は学長からのオーダーだ。渋ってた生徒会だって、今は関係改善まで持っていけてる。金持ち学校なんだし、たぶんすんなり話は通せるだろう。色々と貸しもあるし、どうにかする。
「ありがとうございます。続けて次の変更点ですが」
「え、まだあるのですか?」
気持ちは分かる。ここまでに聞いたのだけで、もううんざりしてる。部長は自分も同じと言いたげな顔だ。
「続けます。新しい試みとして、魔道具の持ち込みが可能になりました。各校で一点のみ、攻撃的な魔道具は不可の上に事前の審査を通す必要があります」
「それって、どうなんですかね。またお金が掛かりそうな追加ルールですけど」
「魔道具に搭載可能な魔石に制限が掛かっていますから、大金は掛けられないようになっています。具体的にはこれからのようですが、連盟からの補助金も検討されているようです。どこの学校の倶楽部でも、一つ購入するくらいは可能でしょう」
それならいいのかな。もし制限がなければ、高価な高純度魔石を使い放題なんてことも理屈の上ではありになってしまうところだ。
極端な例を挙げれば、例えば結界魔法の魔道具は超強力だ。人数差が有利な状況で、初っ端から結界魔法で引き籠ればそれだけで勝利が確定してしまう。
まあそんな魔道具を倶楽部活動で用意できるはずがないっちゃないんだけど、何事も例外はあるから油断できない。制限を設けたのは良い判断だ。
逆にしょぼい魔力量で発動可能な魔道具なら、高性能な物は使えず予算の面で差はつかない。もし少量の魔力で強力な効果を及ぼす、アーティファクト級の魔道具を用意できれば話は変わるけど、そうした事態を避けるために事前審査があるんだろう。
ただ、具体的にどんな物を用意するかってのは、非常に悩ましいことになると思う。
こっちと相手の魔道具の相性によっては、それだけで勝敗を決する要因になるかもしれない。それくらい重要な要素じゃないだろうか。
「主なルール変更は以上です。魔道人形連盟上層部の気まぐれには困ったものですが、変更が決まってしまったからには従うほかありません。先生、練習内容を見直しましょう」
「そうね。基礎錬は今のままでいいけど、どんな魔道具を持ち込むか決めないといけないし、それを絡めた戦術だって練らないといけないわ。まずは戦場になる演習場ってのを確認したいわね。さて、これはどこの学校も大変なことになってるわよ」
えらいことにはなったけど、季節はまだ夏も半ばだ。秋までには相当な日数があるから、諸々の準備を含めてそれなりには仕上げられるはず。問題はやっぱり人数だ。これは部員どもの勧誘に期待するしかない。
人数のことを除けば、むしろこれまでの練習が通用しにくくなった強豪校のほうが対応には苦慮するのかもしれない。
うん、そうポジティブに考えるべきだ。
妹ちゃんや巻き毛も神妙な顔で考え事をしてる。うんうん、考えろ考えろ。ルール変更の時ってのは落とし穴だらけだ。そいつを私じゃなく、部員たちで見つけてみせろ。そんでもって利用する術まで考えろ。
「皆さん、今日はもう遅いので質疑応答や対策については明日にしましょう。それまでに疑問点を整理しておいてください。あ、先生には少しお時間をいただきたいです」
「いいわよ」
なんだろうね。みんなの前だと話しにくいことだろうか。
疑問や文句などでさわがしい部室が静かになり、部室には私と部長だけが残る状況になった。
盗み聞ぎしようって奴もいないようだし、そろそろいいだろう。
「ハーマイラ、どうしたってのよ? ああ、恋の相談なら任せなさい。戦いと一緒で先手必勝、一発かましてから、あとは相手が観念するまで押して押して押しまくるのよ」
「……実は説明会でルール変更が発表された時、妙に思うところがありまして」
場を和ませる小粋な冗談はスルーされたらしい。
「具体的には?」
「今回の大胆なルール変更では、ほぼすべての学校が猛抗議していました。ですが一部の生徒が静かだったのが気になりまして。ただの思い過ごしなら良いのですが……」
なるほど。興味深い話かもしれない。
「つまり、そいつらが事前に知ってたんじゃないかってこと? あんたが根拠なく疑うとは思えないし、なんか共通点があるわけね」
「はい。いわゆる強豪校の一部が、そうした反応だったのでつい……」
よく見てるじゃないか。感心、感心。
そして不審な点を放置せず、顧問の私に相談したのも感心だ。
「質問なんだけど、さっき『魔道人形連盟』って言ってたわね。それは?」
「連盟に加入している各校の倶楽部が大会に参加できる仕組みになっています。会場の準備や日程調整、広報や諸々の事務作業が発生しますので、それらを主に執り行っている組織が連盟です」
「当然、聖エメラルダ女学院も加盟してるわけか……ちなみに運営費ってのはどうなってんの? まさか善意の奉仕活動や寄付で成り立ってるわけじゃないわよね」
何かをやるには関係各所との調整や準備が必要になるし、大規模にやるならそれなりに大きな必要経費だって生じる。
カネが絡むと思った途端に、うさん臭いものを感じてしまうのは職業病みたいなものだろうか。
「わたしが知る限りでは、各校が支払う加盟料と大会での観客収入、それと魔道人形や関連商品の価格に運営費が含まれていたと思います」
資金が必要な理由は理解できるけど、問題はどれだけ必要で、どれだけの余剰が出てるかだ。大金が絡めば組織は簡単に腐る。そして利益を追求するようにもなってしまう。
私も含めて人の欲は底知れないからね。いや、非営利団体を名乗ってなければ別に儲けても問題ないっちゃないし、まあその辺のことはどうでもいいや。
とにかく合理的に私腹を肥やすシステムを作るのは別にいいんだけど、ルール変更で迷惑かけられるのはちょっとね。それにもきっと思惑があるに違いないんだ。
「関連商品にまでってことは、結構な稼ぎがありそうね。その運営ってのは誰がやってんの?」
やっぱりどこぞの貴族ってのが相場かな。
「……運営は主に加盟校の現役か引退した、魔道人形倶楽部の顧問で組織されていたはずです。ルールの見直しもそこで行われます」
ほうほう。運営する奴らがいないと始まらないし、魔道人形倶楽部の関係者ならルールにも明るい。でも現役の顧問までもがルール変更に関与したんじゃ、あまりにも不公平だ。想像するに、運営に入るのは一部の特権みたいなものなんだろう。
それにしても、ルールを作る側の学校と受け入れるだけの学校だと立場が違いすぎる。ほかの学校はそれで納得できるんだろうか。
「ちなみに私は運営に入れないの? 一応は現役の顧問なんだけど」
「どうなんでしょう? そこまでのことはわたしでは……」
ふむ、まあいい。強豪校が絡むってことは、おそらく過去数年の戦績が関係するんだろう。あとは一定額以上の寄付金とか。何らかの条件を満たせば運営に入れるなら、微妙だけど一応の公平性はあるのかな。
聖エメラルダ女学院はずっと成績が振るわなかったし予算もなかった。将来はともかくいま運営に文句を言っても無駄だろうね。
というかだ。このルール変更は、急に頭角を現したウチの倶楽部が原因って可能性もある。
少し前にやった練習試合じゃあ、中堅相手とはいえ圧勝した。強豪校でもあそこまでの大差をつけての勝利は、なかなか難しいんじゃないかと思えるほどだった。
ルールを好きに変更できる奴らが、このままじゃ不味いと考えたら?
問われた時にそれっぽい名目さえ用意できるなら、自分たちが有利になるように変えるだろうね。それが権力ってもんだ。使わない手はない。むしろやらないと考えるほうが能天気すぎる。
しかも顧問の私は方々に目を付けられるどころか、一部の貴族令嬢には王子様を巡って一方的に恨まれてる状況でもある。そいつらが魔道人形倶楽部の運営に関わってると思うのは、飛躍が過ぎるだろうか。
うーん、まあ色々と悪い想像はできるけどね。
結局のところ考えてみれば、総合的に問題ない。だから何だって話だ。
「ハーマイラ、ろくでもない奴らがいるのは理解したわ。嫌な想像もきっと高確率でその通りに違いないわね。でも好きにさせときゃいいのよ。ルールを変えたくらいで、自分たちが有利になったと思ってるなら……その間違いを本番で突きつけてやろうじゃないの」
そうだ、むしろわくわくする。
あれこれと企んで、実力以外で蹴落とそうとしてみればいい。
弱者は弱者なりの戦いで強者を倒すしかない。その足掻きを私は好ましいとさえ思う。
ルールを捻じ曲げようが、イカサマを企てようが、勝つために必要なことをやる。上等じゃないか。
こうした汚さを学ぶのだって勉強だ。世の中は綺麗事だけじゃ渡ってけない。上流階級のこいつらにとって、いい教育の機会と考えてもいい。
うん、上等上等。そもそも勝負ってのはそういうもんだ。汚いもなにもない。勝つか負けるか、それだけだ。
学生同士のぬるい青春みたいなのより、よっぽど本気を感じられて面白い。
王者になろうってんなら、そういうのも跳ね返さないといけないんだ。それができてこその捲土重来ってもんだろう。
むしろこれまでが順調すぎたとも言える。ふふ、面白くなってきたじゃないか。




