悪の女首領、高級眼帯でもっと厳つくなる
教会の女に高価な材料を託し、特級タリスマンの作成依頼はしても即日出来上がるもんじゃない。手持ちのタリスマンのお陰で呪いは緩和されるものの、それまでは厳しい不調との付き合いが続く。
新たなタリスマンがここからどのくらい楽にしてくれるかは不明にしろ、藁にも縋るような思いで期待してしまう。現状維持のままでは、痛みと不調があまりに厳しい。
ただ時間を置けば置くほど、少しずつ慣れつつあるとも感じる。
人間は厳しい環境にだって適応可能な慣れる生き物だし、私は即応できる能力を持ってることも大きな理由だろう。完全になくなるとまでは期待できないけど、精神的には少し余裕が出る。
「イーブルバンシー先生、体調が思わしくないと聞きました。たしかに顔色が優れないようですね」
「学長ほどの立場なら噂くらい耳に入りますか。まあ、なんとかなる目途は立ってますんで気にしないでください。学院での仕事に支障はありませんよ」
いきなり眼帯ファッションを始めた私は当然ながら学院でより目立つことになった。元から目立ってたけど、眼帯はやっぱり異様に映るだろう。
公爵家に縁のある学長ならベルトリーアで起こってる裏事情に明るくはなくても、少しくらいは状況を把握してるんじゃないかと思う。裏で起きる暗闘と私の異変から、なんとなくの想像だってできるだろう。心配をかけてしまったようだ。
「学院の風紀改善と魔道人形倶楽部の活躍は、現時点でも期待以上の成果だと認識しています。あまり無理しないようにしてください」
「分かってます。なんかあったら相談しますよ」
バドゥー・ロットは多くの悪徳貴族と関係あったと想像できる。あいつらを生け捕りにした結果、ベルリーザ貴族社会には大きな変動があるはずだ。
まだ表立っては何も起こってないけど、これから起きることは間違いない。たぶんなるべく影響が少なくなるように、諸々の取引や調整をしてる段階なんじゃないだろうか。
この学長が不利益を被ることはないと思うけど、なにがどう繋がってる分からない状況じゃ、どこに類が及ぶとも知れない。もしもの時には良くしてくれてる学長の力にはなってやりたい。
短時間の面談を終えたら、これから魔道人形倶楽部の指導だ。
多少は慣れたとはいえ、体調は最悪と言っていい。でも弱った姿を見せるわけにはいかない事情もある。
私のプライドとは別にして、バドゥー・ロットを片付けても敵がそれだけとは思ってない。奴らを利用した悪徳貴族が最後のあがきや恨みで狙ってくるとも想定できるし、大陸外の勢力だってまだ健在だ。アナスタシア・ユニオンの御曹司だって、どう動くか分かったもんじゃない。
弱みを見せれば敵は活気づく。本当だったら眼帯も外したいんだけど、さすがにそれは無理だ。
特級タリスマンが今より体調を改善してくれるなら、個人的な戦闘力だってもう少し取り戻せる。
今は耐える時だ。戦いはできる限り避け、体調不良は己を騙し騙しやり過ごす。なるべく変わらないよう普段通りに――。
そうやって気合と根性で日々を過ごすこと数日、ようやくタリスマンが仕上がったらしい。
特段のトラブルなしにやってこれたのは、やせ我慢のお陰か単に運が良かっただけか。偶には幸運に恵まれたっていい。
とにかく他人の迷惑を顧みず、毎日のように教会を訪ねたグラデーナによって朗報がもたらされた。
気を利かせてタリスマンは最初から眼帯の形に仕上げてくれたらしく、フィッティングがあるから自分で取りに行く必要がある。
「こちらグラデーナだ。ユカリ、門まで迎えにきたぜ」
「すぐに行くわ」
グラデーナたちが応援にきてくれたお陰で、ヴァレリアたちが学院内に張り付いてられる。戦力低下で不安のある私が単独行動する必要もなく、妹ちゃんの護衛が手薄になることも避けられ非常に助かる。やっぱり人数ってのは重要だ。
学院での用を済ませた後、さっそく公園の教会を訪れた。
「奥の部屋へどうぞ」
まだ日のある内に訪れたこともあり、教会の中には信者らしき奴が数人いる。それだけでも真夜中の教会とは少しばかり雰囲気が違うように思えた。
「まずは効果を確認してください。もし何かあれば調整は可能です」
さっそく手渡された眼帯は想像以上にしっかりした作りだ。良くある黒革とひもで出来たような物とは違い、片目を覆うプロテクターのような見た目をしてる。ファンタジーよりはSF寄りの装備っぽい感じだ。
墨色の金属で作られた眼帯は重量があるけど、その分頑丈さは信頼できる。キキョウ会の外套にもよく似合うだろう。目の部分の裏には紫色の宝石がくっつき、これがタリスマンとして呪いを和らげてくれるらしい。
うん、なかなかカッコいいじゃないか。間に合わせに作った今の物よりずっといい。より厳つさは増した気はするけどね。
問題は付け心地がどうなるかだ。すぐに外れてしまうようじゃ、日常生活はともかく戦闘には耐えられない。
四の五の言う前に、とりあえず左目に装着してみれば――。
「いいわね。魔力に反応して吸い付くわ。これなら不意に外れることは無さそうよ」
さすがに結構な前金を渡しただけのことはある。期待以上だ。
「体のほうどうだ、少しは楽になったのか?」
「はっきり分かるくらい変わったわ。こいつは凄いわね」
体調が上向いた感じがするのは気のせいじゃない。ずっと重い風邪を引いたような状態からは確実に脱してるし、特に左目の激痛が違和感程度にまで低下したのは想像以上の効果だ。
完全復活とは言えない。けど乱れる魔力の制御には慣れてきてるから、それも含めてだいぶ力は取り戻せたはずだ。
「……気合入れれば、いつもの七分ってところかな。魔力の乱れのせいで闘身転化魔法を使うには、ちょい心もとないわね」
「あれは魔力操作が重要だからな。肝心要の魔力が乱されてたんじゃ、いつものようにはできねえだろうぜ」
「もしもの時には頼むわよ。あれが必要な敵はそうそういるもんじゃないけどね」
「あたしとヴァレリアがいりゃ、どうにでもなる。ユカリは大人しくしとけ」
闘身転化魔法は身体強化魔法の上を行く奥義であり切り札の一つだ。あれをやらないといけない場面ってのは、そう多くはない。
ただ、まだ見ぬ敵が特別な強者を抱えてる場合は十分に想定できるし、アナスタシア・ユニオンの強者とやり合うことになったら、厳しい場面はあるかもしれない。
私たちが使える以上、きっと似たような魔法を使う奴はいる。自分たちだけが特別だなんて、思い上がりも甚だしいってもんだ。
「とにかく助かったわ。さて、長居は無用ね」
「またいらしてください。今度は聖都にいらっしゃる、祓魔司祭様への紹介状を用意しましょう」
気持ち悪いくらいに親切な奴だ。まあ紹介状とやらも無料じゃないはずだけど。
なんにしても教会の総本山なんかには行きたくない。どんなに親切にされて世話になったとしても、うさん臭いと思う気持ちに変わりはないし、単純に遠くて面倒だ。
どっか近場で祓魔司祭とやらを捕まえるか、どうにかできる魔道具を手に入れたい。これ以上、呪いなんぞに振り回されてたまるかってんだ。
初めて会った時と同じく、優し気に微笑む女神の使徒に別れを告げて教会を後にした。
眼帯がパワーアップした私はまたもや学院で注目の的になった。
一部を除いて気軽に私に話しかける生徒や教職員はいないから、見られてもいちいち説明する必要がないのは楽でいい。問われても魔法的な理由だと、適当にはぐらかして終わりだけど。
かなり調子を戻して機嫌がいいこともあり、今日は元気に倶楽部の指導だ。
「よし、五分だけ休憩。次は模擬戦よ」
「はいっ!」
季節は夏も半ばに差し掛かってる。魔道人形倶楽部の大会が徐々に近づいてることもあって、部員たちも気合が入ってるようだ。
もう少し地力を上げたら、どこかでまた練習試合をやらせてみるか。すでにウチの部の強さは他校に伝わってるらしいから、どう対策されてるのか気になるところだ。それを食い破ってこその王者だから、こいつらには期待してる。
練習、練習、練習。ひたすら練習だ。
上を目指すことに終わりはない。やったらやっただけ何かが上達する。本人に実感がなくても、行き詰ってるように思えても、よっぽど指導が不味くない限り練習は必ず実になる。
誰に対しても平等な時間の中で、強豪校ならどこも似たような練習時間を確保してるはず。その中でどうやって差をつけるか。
勝ちたいなら他校より少しでも濃密で効果的な練習を心掛けないといけない。差をつけるにはそれしかなく、まさしく指導者の腕の見せ所だ。
勝負が時の運により左右されることは否定しないけど、絶対王者として君臨するなら運がどうのと言い訳はできない。不確定要素を実力でねじ伏せ、どんなに運が悪かろうが勝利に結びつける。それでこその王者だ。
捲土重来を期待できる実力には、まだ足りないと思える。もっともっと力をつけろ。
「あと一分で休憩よ、最後まで気を抜くな! むしろ力を振り絞れ!」
「はいっ!」
集中した良い練習になってるけど休憩も適宜必要だ。私も水を飲んで休憩しよう。
こうした休憩中にも色々と質問をぶつけてきたり、各部員の様子に気を払ったりするハーマイラ部長の姿が今日はない。
「ふう……そういや妹ちゃん、部長はまだ戻らないの?」
「予定ではそろそろ説明会が終わる時間ですね、移動もあるのでもう少しかかると思いますが」
魔道人形戦は大会毎にルールがちょこちょこ変わり、各校の代表を集めて説明会を開くのが恒例行事なんだとか。
よくあるルール変更としては、装備に関したものが多いらしい。長さや重さ、素材の制限の見直しはしょっちゅうあり、シーズン毎に使える装備と使えない装備で大変なんだとか。新調するまでのことはなくても、調整や整備はそれなりの負担になる。
そのほかにも大きな変更も数年に一度はあり、きちんとルールを把握しないと、戦闘中どころか始まる前に失格することもある。
ルールが決まる説明会は非常に重要だ。質疑応答の時間もあるらしいから、ハーマイラ部長には頑張ってもらわないと。
「私も行ければ良かったんだけどね、ケチな奴らよ」
「ルール確認も含めての倶楽部活動です。生徒が主体となってやらなくてはいけないのでしょうね」
しょうがない。あとでルールブックは手に入るから、それを見て研究しよう。
何かが変わる時ってのは超重要だ。人が考えることってのは、とてもすべてを想定できるもんじゃない。だから必ず穴がある。
もし可能だったら、その場でルールの穴になりそうなポイントを見つけて、説明会の場で色々と言質を取りたかったんだけどね。
ルールブック上で問題なくても、ずるい手を使えばいちゃもんは付けられてしまう。言質さえ取っとけば、それを盾に強気に行けるってなもんだ。
逆にウチにとって不利になりそうなことがあれば、問題点を指摘しまくってさらにルールを変えさせることだってできたかもしれない。
いくら賢い部長でも、学生の身でさすがにそこまでのことはできないだろう。私なら遠慮なく何でも言えるってのに。
練習を再開し、集中して指導すること二時間ほど。
そういえばまだ部長が戻らない。ルール変更があるにしても、説明会にしては長すぎるような気がする。サボるような生徒じゃないから少し心配だ。
私に関連した裏の動きに巻き込まれてるなんて、最悪な想像が脳裏に浮かんでしまう。
バドゥー・ロットを退場させたいま、名門女学校の生徒に手を出す馬鹿がいるとは思いたくないんだけどね。そんな嫌なことを考え少し時間が過ぎた頃になって、ようやく姿を現した。
「遅くなりました」
心配は杞憂だったようだ。部長と一緒に行った部員も含めて、説明会に行った二人が無事に戻った。
長くかかっただけあって、二人とも疲れてるのか顔色が良くない。
「ご苦労だったわね。疲れてるみたいだから、細かい話は明日でもいいわよ」
今から仕切り直して練習するには時間が遅い。ルールブックさえ読めば、顧問の私が先に内容を理解できるし。
「先生、練習を切り上げて今から会議の時間を取っても構いませんか? ルール変更の内容が、あまりにも大きいのです」
やけに深刻な感じじゃないか。どうやら穏やかな話にはなりそうにない。
今すぐにでも情報共有が必要なほどの事態ってことだろう。
「いいわ、全員集合! ハーマイラからルール変更に関する説明よ」
大幅なルール変更は各校への影響が大きい。秋の大会に向けて準備中に、まったく迷惑な話だ。
「皆さん、今日の説明会で大変なことが分かりました。まずは要点をお伝えします」
集まった部員たちを前に、部長がいつにない厳しい表情で告げる。
雰囲気作りは満点だ。どんな突飛なことを言おうが、部長が伝える内容に冗談はないってことだろう。つまりは、それだけぶっ飛んだ内容ってことになる。私までつい身構えてしまった。
バドゥー・ロット戦を終え、いったん魔道人形俱楽部に話が移りました。
次話「ゲームチェンジ」に続きます。




