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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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重度の呪い

 バドゥー・ロットのアジトを後にし、向かうのは近くにある教会だ。

 あの教会ならタリスマンを大量購入したことから、シスターとは顔見知りになってる。たぶん派手な私のことは向こうだって忘れてないだろう。縁もゆかりもない教会に飛び込みで行くよりは相談もしやすい。ちょうど良かった。


「グラデーナだけ、私に付いてきなさい」


 ぞろぞろと全員で行ってもしょうがないから、私の護衛としてグラデーナだけ残しほかは帰らせることにした。


「教会まで車回しときましょうか?」

「おう、そうだな。帰りの足は欲しい」


 公園までは徒歩で移動したから、最初の敵アジト近くに車両は置いたままだった。

 走って行く気の利く娘を見送りながら、私たちも歩き出す。


 敵を倒してひと段落し、本来なら気が休まる状況のはずなのに、呪いがそれを許さない。

 率直に思うのは、もうただ歩くだけで辛い。


 刺すように痛む左目とひどい風邪を引いた時のような体の不調には、怒りとどうにもらない苛立ちを伴う。

 体調の悪さはかつてないほどに最低最悪だ。タリスマンのお陰で、こうして歩けてるだけ。聖具がなかったら、とっくにぶっ倒れてるだろう。もう我慢の問題じゃない。


 戦いの高揚感が去れば、痛みや不調をより鮮明に感じてしまう。頭痛と吐き気は収まらず、おまけに動悸と息切れまでする。

 そして魔力の乱れ。これがもっとも厄介であり、あらゆる不調の原因と思われる。


 常には清流のように全身を巡る魔力は、今や頑張って意識してもさざ波を起こし続けてる。

 呪いに何の抵抗もしなければ、魔力は激しく脈打ち、規則性なく荒れ狂う。神経を注いで、さざ波程度にでも抑えないと魔法が使えないし、より激しい体調の悪化も引き起こす。


 改めて痛感する。呪いってのは、あまりにも厄介だ。


「今なら人目はねえ、おぶさるか?」

「そこまで具合悪そうに見える?」

「平気な顔してても、そんだけ汗かいてりゃな。いつも涼しい顔してるからよ、余計におかしく見えるぜ」


 汗は隠しようがないか。もう汗どころじゃなくて気にしてなかったけど。


「平気よ。もしぶっ倒れたら、その時は頼むわ」


 額の汗をはしたなく袖でぬぐったら、意識して背筋を伸ばす。

 どんなに辛かろうが、背中を丸めて歩くなんてことはしない。私はキキョウ会の会長だ。みっともない姿、ダサい姿をさらすわけにはいかない。それが赤の他人の前だろうが、頼りにするメンバーの前だろうがね。


 私だけじゃなくグラデーナだって、ほかのみんなだって、見栄張って生きないといけない稼業なんだ。

 辛い? 痛い? どんなにきつくたって、それがどうしたと強がってやる。

 どんな時だろうが泣き言を抜かすような根性なしは、裏社会で生きてけるはずがない。

 厳しい時ほど平気な顔してやるとも。死にそうなほどだったら、もう歯を見せて笑ってやる。それが私たちの生き様ってもんよ。


 心は決して折れない。だから今だって、前を向いて自分の足で歩くんだ。



 無駄話をする余裕がない私に合わせて、グラデーナも黙ってゆっくりと歩く。

 深夜の公園に人影はまったくなく、これはこれでおかしいとも思う。

 ベルトリーアは大都市だ。公園で夜遊びする連中や、家無しが住み着くことだって普通なら十分にあり得るのに、たった一人の姿もないとはどういうことなんだろうか。


 よっぽど管理が行き届いてるか、近寄りがたいなにかがある?

 そういや誰もが安心して駆け込める場所としての役割だってあった気がする。ということは不審者が周辺をうろつくのは都合が悪い。何らかの魔法の効果が、教会の周辺には働いてるのかもしれない。たぶん普通にしてたら意識できない程度の力が。


 肉体と精神の疲労から、どうでもいいことが頭に浮かんでしまう。はあ……疲れた。


「あれか、見えてきたな。そういやよ、こんな時間に教会は開いてるもんなのか? 灯りはついてるみてえだが」


 やっと着いたか。気を持ち直していこう。


「教会に閉店時間はないわ。迷える弱い人間に、昼も夜も関係ないからね。来るもの拒まず、いつでも歓迎してくれるってわけよ」

「へっ、大した連中だぜ」


 裏のない良き人間てのは数少ないけど確かにいる。大抵の場合は外面がいいだけだけど、珍しい人間てのはどこにでもいるもんだ。

 私たちのような悪党は人の弱みに付け込んで利益を得るのが常套手段だし、正業だって人の欲望を刺激して利益を得るものが多い。そんな商売やってる私たちでさえ、裏表なく善良でまっとうに生きてる人間を陥れようって気にはならないもんだ。


 そして教会に属するような奴らってのは、自身よりも他者を優先する胡散臭いほどに優しい奴が多く、常日頃から節制を心掛ける異常者の集まりでもある。そんな奴らから助けを得てしまえば、我が身を振り返ってどうにも居心地が悪くなることは間違いない。代金を支払ったくらいじゃ、大きな借りを作ったままと感じてしまうだろう。


 きっと連中は貸しだなんて思わないだろうけど、こっちが気にするんだ。

 義理ごとをないがしろにすることは、裏社会じゃ喧嘩売ってるのと同じだからね。ましてや恩を受けたなら尚更だ。相手の気持ちじゃなく、こっちの意識の問題になる。

 だから教会になんか関わりたくなかったってのに、今回ばかりはしょうがない。



 いつかの時と同じように教会の扉は少しだけ開かれてて、入りやすい雰囲気になってる。

 グラデーナが無遠慮に扉を引き開け、ズカズカと入り込んだ。後ろに続いて進みながら、この女はいかにも教会に似つかわしくないと思ってしまう。

 墨色の外套を含めた装備はもとより、無意識に放つ厳つい雰囲気が激しく場違いだと感じさせた。


「邪魔するぜ、こんな時間に悪いな」

「謝ることはありません。女神様はいつでも受け入れてくださいます」


 あの時のシスターだ。自己紹介の手間が省けるのは非常に助かる。


「さすがは女神様だ、気風が良いぜ。そんな女神様の使徒に一つ、頼みがあんだけどよ。おう、ユカリ。診てもらえよ」


 継続する痛みと不調で疲れがひどい。まだ我慢できるけど、そろそろ本当にぶっ倒れそう。気合でふらつかないよう進み出た。


「あなたは先日の……その左目ですか?」

「話が早いわね、呪いの影響よ。どうにかできない?」


 近寄って眼帯とタリスマンを外した途端、激しい痛みと不調の波に襲われ思わず横にあった椅子に座り込んだ。

 タリスマンのお陰でどうにか立って歩けた感じだ。我がことながら、本格的にヤバそう。


「奇妙な魔力を感じます、これが呪いですか。そのまま横になってください」


 言われるまま長椅子に身を横たえた。

 すかさず女が私の横に膝をついてしゃがみ、閉じた左目に手を触れる。


【女神は言った、魔をはらい遠ざけよ】


 魔法だ。タリスマンを目にくっつけた時と同じ……いや、もっと効果が高い。私やローザベルさんとは違う系統の癒しの魔法だろうか。呪いの影響が遠ざかり、触れた手の冷たさを心地よく思う。このまま眠ってしまいたい欲求に駆られた。


「…………これは、難しいですね」

「難しい? おう、どういうことだ」


 私の顔を覗き込む女の顔色は芳しくない。このまま治るのかと思いきや、そう簡単にはいかないようだ。


「わたくしでは一時的に緩和することしかできません。根治には聖都の祓魔ふつま司祭様を頼るほかないと思います」

「聖都の、なんだ? ふつましさい?」


 教会の総本山は大陸北東にある聖都と呼ばれる都市国家だ。多くの巡礼者が訪れるそこには険しく長い道を徒歩で行く必要があり、車両で行くことは不可能な山奥の僻地と聞いたことがある。

 祓魔司祭なる役職のことは知らないけど、名称からして悪魔祓い的な仕事をする連中のことなんだろう。たぶん呪いのような邪悪な魔法に対する専門家だ。

 悪魔祓いだなんて胡散臭いこと極まりないけど、この女の魔法によって呪いの症状は確かに緩和されてる。信じるべきだろうね。


「そんな所に行ってる時間ないわ。いま使ってくれてる魔法がだいぶ効いてるんだけど、これでどうにかできない?」

「残念ながら、わたくしの力では和らげることしかできないようです。それに魔力がもう……」


 魔力切れが近いのか、魔法の行使が止まった。同時にまた襲いくる痛みと不調。女が魔法を使ってる間しか持たないんじゃ、あんまり意味がない。

 それにしてもだ。癒しの魔法で短時間だけ苦痛から解放されたせいもあってか、改めて受けるこの呪いに激しい怒りを覚える。

 漏れそうになる舌打ちや八つ当たりをなんとか自制するため、歯を食いしばって耐える時間が必要だった。


「大丈夫ですか?」

「……これって目玉を潰しても意味ない?」


 呪いの効果は目玉に対してどうのってわけじゃないと思う。でも痛みの中心部が消え失せれば、少しは楽になるかもしれない。


「逃れることはできないと思います。おそらくは」


 ふん、おそらくか。

 こんな痛みと同居なんかしてられない。ほんの少しでも可能性があるなら、試してみる価値はある。

 ひどい花粉症の人が耐えがたい目のかゆみに対し、目玉を取り出して洗いたいなんて言うのを聞いたことがある。私のこれは目玉をえぐり出してでも逃れたいと、切実に思うきつさだ。


 ああ、やってやる。やってやろうじゃないか。上等だ。

 他人に対してやるのは慣れてるけど、自分で自分のをやるのはさすがに思い切りがいる。でも今は呪いへの鬱陶しさが、ほかのすべてに勝る。


「グラデーナ、回復薬はまだ持ってるわね?」

「あるけどよ……おい、まさか試そうってのか?」


 突き動かすのは激しい怒りの衝動。細かいことはどうでもいい、本当にどうでもいいんだ。

 ただ衝動に突き動かされる。

 左手を目に当てたら、ぐいっと指を突っ込むんで、ひと思いに目玉をえぐり出した――。


 飛び散る血と、生じた更なる激痛。


 瞬間的に真っ白になった頭を占めたのは、やっぱり怒りだ。

 握った目玉は怒りの衝動のままに握り潰し、ついでに手のひらの中で焼き尽くす。

 客観的には完全にイカれた行動だけど、これをためらいなくやらせるほどの苦痛が呪いにはある。


「……はあっ、はあっ」


 そういや教会内のセキュリティで、暴力行為は不可能だと思ってた。でも自身に及ぼす暴力については制限されないらしい。それが分かったことは収穫だと考えよう。


「な、なにを、しているのですか!?」

「大したこと……ないわよ……」


 この程度の負傷じゃ、私は悲鳴どころかうめき声すら上げやしない。

 元々の激痛がひどくて、えぐった痛みは大したことなかった。でもホント、なにをやってんだかね。

 そんでもって予想はしてたけど、呪いの気配は何ら変わりなく左目の場所にあり続けた。


 うん、分かってる。敵の罠はそれほどまでに上等だった。


 この私を倒すために周到な罠を張り、バドゥー・ロットは何人もの命を犠牲にした。

 奴らはベルリーザ情報部すら出し抜き、明確に存在を掴ませない特別な組織だったんだ。簡単に切り捨てられる余分な人員などいなかったと想像できる。そこまでしなきゃいけない理由は不明にしろ、奴らは犠牲を覚悟でウチとやり合う選択をした。


 バドゥー・ロットにとっての誤算は、それでも私を殺しきれなかったことだろう。

 膨大な魔力を放つ闘身転化魔法の発動によって、奴らは切り札を使わざるを得なかったはずだ。それがこの呪いの元凶となった大規模魔法に違いない。この大規模魔法だってホイホイ使えるような魔法とは違う。アジトにあった二人の死体は、きっとその時の代償に違いない。

 今夜の戦いで、魔法の仕掛けのために多くを犠牲にしたんだ。


 命を張った二段構えの作戦は見事に私を追いこんだ。そこまでやって初めて私に勝つ見込みが出るとも言える。

 倒すには至らなかったまでも、こうして苦しんでるんだから敵ながらあっぱれと思うしかない。

 そんな魔法を簡単に解除できるはずがないってのは、まあ当然と言えば当然なんだろう。


「おいおい、女神様の使徒がびっくりしてんじゃねえか。カタギの前で無茶すんな」


 グラデーナが使った回復薬によって、目を閉じたままでも目玉が元に戻るのが分かった。痛みと不調がほぼ変わらないから、回復してもありがたみが薄い。

 とりあえずは、さっきまでのタリスマンを左目に当てた。やっぱりこれは効果が高い。聖具のありがたみが身に染みる。


「ちっ、これがずっと続くのかと思うと気が狂いそうになるわね」

「そのタリスマンがありゃ少しは楽になるんだろ? なあ、あんた。もっと効果のあるブツはねえのか?」


 声ひとつ上げずに自分で目玉をえぐって潰し、さらっと癒す私たち二人を見て女はどう思ったんだろう。

 目は閉じたままだから眼球が元に戻ったことはまでは分からないと思うけど、常識的に考えてかなりヤバい。怯えて逃げ出さないだけ、この女も度胸が据わってる。


「…………その女神様の守護石の効果は中程度の物です。しかしそれ以上の物になると、素材とする宝石の質に左右されるため、効果の高い物ほど価格も高くなります。そしてそのような物を手に入れることは難しいと思います」


 異常なシーンを見せられたってのに、取り乱すでもなく教会の女はしっかりしてる。頼りにできそうな奴だ。


「上等で希少価値が高いってなりゃ、貴族や金持ちが買い漁るだろうからな。値が張るどころか、そもそも手に入らねえってのは納得できるぜ。だがよ、こっちでそいつを用意できるならどうだ。タリスマンを作ることはできるか?」

「質を求めるのであれば、高純度魔石と台座にする魔導鉱物も純度の高い物が望ましいです。宝石も含めて特殊な加工の上、魔道具として調整しなければなりません。材料だけではなく、加工にも費用がかかりますが……」


 当然だけど、善良な教会の女でもカネの話にはシビアらしい。元より施しを受けようとは思ってない。この苦しみが軽減されるなら、いくら掛かろうと安いものだ。


「なんだ、それだけでいいのかよ。宝石はちょっと前に上物を手に入れてるし、他もあたしらには手持ちがある。カネも先払いで構わねえから、作ってくれねえか」


 宝石はあれか、バドゥー・ロットに繋がる貴族を襲撃したとき、対象のヤサが宝石店だったことがあった。あの時ついでに強奪した宝石がたくさんある。でもほかにもっといいのがある。

 寝ころんだままポーチを開け、中身を掴んでいくつか取り出した。


「グラデーナ、こっちの方が上物よ。宝石はここにあるから、他の材料を持ってこさせて」

「おう、すぐに呼ぶ」


 自分用に鉱物魔法で作ったの宝石だ。金貨や銀貨と共に、いざって時のためにいつも用意してるのがある。それを教会の女に手渡した。適当に使えるのを見繕ってくれればいいし、余った物を費用の代わりにしてもいい。


「預かりましょう。魔道具で質を調べてきます」

「もしそれで不足なら、別のを用意するから遠慮なく言って」


 宝石の価値は希少性と大きさ、カッティング、色などで決まる。タリスマンとして重要なのは、大きさと硬さに加えて、内包物が少ないことらしい。

 自作した宝石に内包物はゼロだ。大きさと硬度が異なる宝石を数個は渡したから、その中のどれかは使えるだろう。


 ちっ、体の不調で頭がおかしくなりそうだ。

 今の希望はタリスマンだけ。呪いには参りそうになってるけど、何とか立て直す目途は立つと信じよう。

強すぎる人が怪我などの影響で、その強さに制限が掛けられてしまう――そんなターンがやって参りました。

定番にして王道であるこの道は、やはり行きたくなる道です。しかし主人公は転んでもただは起きぬ精神で、見事に歩き切ってくれるでしょう。

次話「悪の女首領、高級眼帯でもっと厳つくなる」に続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >見栄張って生きないといけない稼業なんだ どれだけ痛くても辛くても苦しくても平然とした顔で 堂々と肩で風切っていかなきゃ示しが付かない、と。 トップに行動で語られたグラデーナが大変そうw…
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