反撃を許さない制圧戦
相手が死ななきゃ問題ない。命があるなら、虫の息だって別にいい。
そうした攻撃的な手を選べるのは、悪党かつ高度な回復手段を有するウチならではと言えるかもしれない。
おまけに。もし手加減を間違えたとしても、しらばっくれたり開き直ったりできるツラの皮の厚さまで備えてる。ここから生じる精神的な余裕は、きっと侮れない要素として私たちの強さに繋がってると思う。
「ユカリ、行けるか?」
「問題ないわ。ハイディたちは広く周辺警戒、誰も近寄らせないで」
「了解です。不審者なら無力化、関係なさそうな第三者なら追い払いますが、公的機関の連中だったら一応お知らせします」
「任せる」
気合いだ。タリスマンを左目に当てたお陰で、痛みも魔力の乱れもかなりマシになってる。
それでも万全からは程遠い。自分の状態を客観視した場合、タリスマンがあっても今すぐに倒れ込むくらいにはヤバい。我慢と気合で立ってる状態だ。
特にひどいのは左目の激痛と魔力の乱れ。普通の感覚だったら、もうとてもじゃないけど魔法なんか使える状態じゃない。
それでもやれる。私なら可能だと強がれる。敵を倒せと気合がたぎる。
「……ふう」
地下一帯を支配領域に置く。これは単に魔力量が多ければできる技とは違う。非常に高度で繊細な魔法技術だ。
いくら魔力量が多くたって、付近一帯となれば個人が持てる魔力量じゃ賄いきれない。闘身転化魔法を使ったって、それは変わらない。極限まで無駄を省き、最小限の魔力を広げ制御する技能が必要になる。
広い範囲を同時に、しかも長時間に渡って魔法的支配下に置ける感知技能と操作技能、それを支える魔力量をもってして初めて可能になる、一つの魔法の奥義と言っても過言じゃない技。
今の私じゃ、いつもの半分程度の力だって発揮できない。タリスマンがなかったら良くて一割、短時間なら頑張って二割って感じだろう。
そんな程度の力しか出せなくなって、元が凄けりゃどうにかなる。それだけの力がある。
「よし、行ける」
目を瞑って集中を高め、開始した。
いつもなら瞬きする間に終わらせるのに、少しばかり時間がかかる。
乱れる魔力を制御しながら、思い描いたイメージに近づける。広く魔力を浸透し、敵アジトと隠し通路を暴き出す。
魔力が遮断された範囲はそう広くなく、最も広く感じる空間がアジトだろう。地下への入り口からそこに繋がる通路も短く一本道だ。
ほかに細く伸びる空間が二つ。途中から魔力遮断の構造じゃなくなってるこれが脱出路に違いない。早くも暴いたぞ。
脱出路の出口の一つは数十メートルほど離れた公園内で、これはダミーっぽい。もう一つが本命で、さらに地下深くからずっと遠くに続いてる。これがどこまで続いてるのかは、別に調査しないと分からないくらいには遠い場所だ。
隠された脱出路の先に、さらなる敵がいる確率は低いように思う。通路があまりしっかりしてなさそうなことから、いざって時にしか使わない想定で作られてるはずだ。緊急脱出用って感じかな。誰かが通路にいる気配もない。
アジト内部の様子は魔力遮断の構造のせいで不明だけど、それ以外は大体分かった。これ以上の探知は不要。
右目を開き、目の前にいるグラデーナに向かってうなずいた。
「おう、お前ら! ユカリの魔法と同時に仕掛けるぞ。どうやって攻めるかは……そうだな、お前が考えてみろ」
「あたしですか、了解です! じゃあ、まずは罠の破壊を――」
逃げ道さえ塞いでしまえば、あとは強引にやって構わない。結果さえ出るなら、やり方はどうだっていい。
作戦案を考えろと言われたメンバーだって、それが分かってるから大雑把な案をささっと考えた。みんなで物置小屋の外に出て、いざ始める。
「よっしゃ、抵抗なんざ許さねえ。やるぞ!」
「ん」
今の私には魔法の維持を続けるだけでも相当な負担だ。
短く返事をすると同時に、トゲの魔法で二つの脱出路を破壊した。特別派手にやったわけじゃないけど、隠密性に気を払ったわけでもない。敵が私の魔法に気付いたかどうかは、半々ってところだろう。ま、どっちにしても特に意味はない。
「開けまーすっ」
地下への入り口を開くのは強力な魔法。普通に開けたら罠が発動するかもしれないと思えば、派手にドカンとぶっ壊してしまえば罠だって一緒くたに潰せる。
もう細かいことはどうでもいいとばかりに、でっかい炎の矢が空中に出現し超スピードで突き刺さった。物置小屋のことなんか誰も気にしてない。
小屋を一瞬で瓦礫に変えた炎の矢が地下への入り口を吹っ飛ばし、ド派手な爆発音を轟かせる。同時に風の魔法が邪魔な瓦礫をぶっ飛ばした。
幸いにもここは広い公園の奥まった場所だ。ご近所への迷惑を考える必要はない。
「どうせ汚ねえ地下通路だ、綺麗に洗い流してやれ!」
「了解!」
「入った時に汚れたくないですからね!」
「水没、水没!」
三人が地下への入り口に駆け寄って魔法を行使。ぽっかりと開いた穴に、大量の魔法の水が滝のように激しい勢いで流れ込んだ。
流れ込む水を見ながら一人が大量の水を操る。水流操作に長けた魔法使いなら、文字通り綺麗に洗い流してくれるだろう。
下手に探ろうとせず、水で埋め尽くし掻きまわせば大抵の罠は無効化できる。雑だけど有効な手だ。そうしておそらく地下アジト、そこにある扉まで到達した水が通路を埋め尽くし溢れ返った。
「あたしの番だな!」
水の魔法を使ったメンバーたちとグラデーナが入れ替わる。嬉々としたグラデーナは雷光を纏わせた拳で水面を殴りつけた。
強烈な電撃が水を介して地下通路内を暴れまわり、内部に張り巡らされただろう罠を破壊し尽くす。
魔力遮断の構造のせいで、内部がどうなってるのかは想像するしかない。でも水がいっぱいになった速度を考えれば、扉があったことはまず確実だ。
地下への入り口から、アジトの扉までの通路を水で埋め尽くしてるはず。もしアジトの入り口に扉がなかったとしたら、あんなに早く水があふれることはない。
いや、もしもの話なら隠し通路のほうを除いて扉なんかないのかもしれない。その場合には、地下にいたバドゥー・ロットは大量の水に溺れながら電撃を食らったことになる。
グラデーナの電撃は強力だ。生かして捕らえるつもりだったのに、皆殺しの結果になってるかもしれない。
殺すつもりはない。でも、それならそれでいい。そうなっても構わないつもりの作戦だ。敵にリアクションを取らせる前に片付けるのが最善。
最悪なのが逃げられること、次に苦し紛れの切り札を発動されること。これを防ぐことが優先で、生かして捕らえる優先度はその次でいい。
「急げ急げ! バドゥー・ロットの腐れ外道どもに、余計なことやらせんじゃねえぞ!」
最初に立てた作戦通りに事が進んでいく。
電撃で通路を焼き尽くし、魔法の水を消したら次は風だ。発生したかもしれない毒ガスなどを吹き飛ばしつつ、突入の前に風魔法で内部をざっと探り、予想した通りに扉らしき行き止まりを発見。
扉はグラデーナの雷撃で壊れなかったことから、かなりの耐久性があるみたいだけど、少なからず脆くはなってるだろう。
「次、やってきまーす!」
「畳みかけようぜ!」
「はいよっ」
「さくっとやっちまいます!」
さっき炎の矢を使ったメンバーと共に三人が地下に降り、次々に魔法をぶっ放す。
初撃で扉を破壊し、次にアジト内部を制圧する魔法だ。四人は結果を見届けず、魔法を放った直後には地上に戻ってる。
ほぼ同時にくぐもった破壊音、そして連続した何発もの破裂音が聞こえた。
これでもし結果が出なければ、出るまでしつこく繰り返す手筈だったけど、上手く行ったように思える。
扉の破壊音だけでも、地下にいた連中にとっては耳がおかしくなったに違いない。肉体的なダメージだってあったかもしれない。それに加えてスタングレネードの魔法を放り込んだんだ。
通常の魔法的な防御能力じゃ防げない、光と音の攻撃は非常に厄介だ。不意打ちでやられたら、私たち自身でさえ無力化は免れない凶悪な魔法に、奴らが無事とは到底考えられない。
まだ終わりじゃない。もう一度地下に降りたメンバーたちは、またスタングレネードの魔法を放ち、それに加えて非殺傷性のガスを発生させる魔法薬も放り込んだ。
無力化を狙った過剰にしつこい攻撃によって、敵の対策や根性を上回ってやる。
「そろそろいいな。お前ら、奴らはとりあえず半殺しにしろ。見つけたら蹴っ飛ばして、刺してから魔法封じだ。突入!」
「おうっ」
地下の奴らが今どうなってるのかは、あくまでも想像だ。たぶん無事なはずはないけど、あそこまでやったって油断はしない。
万が一、さっきのを対処されたとしても、次は怒涛の殴り込みだ。正面切った戦いはウチの本領であり、本気のグラデーナたちなら奴らに何かさせる前に叩きのめせる。少なくとも敵がノーダメージとは考え難い状況なら、負けるなんて考えられない。
想定通りに死にかけで倒れてたって関係ない。死んだふりをされてる場合だってあるし、奴らは自爆も辞さない腐れ外道だ。
問答無用、速攻で半殺しにすれば問題が起こる確率はぐっと減らせる。
「……はぁ」
じっとしてても勝手に浮かぶ汗をぬぐい、大きく息を吐きだした。
タリスマンのお陰でだいぶ和らいだとはいえ、左目の痛みと体の不調、そして魔力の乱れはずっと続いてる。本当ならすぐにでもベッドで休みたい。
この呪いは教会でなら解除できると期待してるけど、関わりたくなかった教会に頼らざるを得ないってのはやっぱり腹立たしい。
私たちが調べた限りじゃ、教会は善の組織だ。だから治癒への対価は、高くついても妥当な寄付金を払うだけで済むとは思う。
でもやっぱり借りを作ったような気がして、どうにも嫌な感じだ。まあ、まだ呪いが解けると決まったわけじゃないけど……。
「こちらハイディ、車両が五台も近づいてきますよ。誰が乗ってるのかは見えませんが、目的地はそちらだと思います。どうします?」
それだけの大所帯なら近所の住民ってことはないだろう。
「こちら紫乃上。派手にやったからね、いくら公園の奥だからって通報されて当然よ。車両ってのは青コート? トンプソンの奴なら話が早くていいんだけど」
「いえ、青コートの車両じゃないですね……あ、ムーアの姿が見えました。ベルリーザ情報部ですよ」
動きがあまりにも早い……けど情報部なら当然か。そもそも私たちが罠にハメられた屋敷の時にも、情報部の監視があったんだ。引き続き私たちの動きを監視するのは当然だし、バドゥー・ロットの本命らしき場所を引き当てたとなれば、そりゃ押し掛けもするか。
それにしても、あいつら情報部は身動きが取れないとか言ってたはずだけどね。
「なんかあったのか?」
「グラデーナ、もう終わったの? ベルリーザ情報部のお出ましよ」
地下は魔力遮断の構造だった。地下から戻ったグラデーナには、私とハイディの通信が聞こえてなかったらしい。
「そうか。いいタイミングで出てきやがる。ちょうど中の奴らの拘束が済んだところだが、情報部ならすぐに引き渡せって言ってくんだろ。あたしらが尋問してる時間がねえ」
無事に捕らえたか。上手く隠れて厄介な呪いを使う連中だったけど、追い詰めてしまえばこんなもんだ。
「……ふむ、まあいいわ。尋問ならあいつらのほうが専門よ、面倒は任せて情報だけもらえばいいわ。今回のことは高い貸しにしといてやる。そういやバドゥー・ロットは何人いたの?」
「ああ、五人いて二人は死んでやがった。今の攻撃ってよりは、少し前に死んでたみてえだな」
少し前……タイミング的には私への大規模魔法を使った時かな。もしかしたら命を引き換えに発動したってこともあり得る。それくらい強力な魔法だった。
「そう。三人も生きてるなら上等よ」
「今のとこ生きてるだけだが、少し回復してやりゃ口は利けるだろ。また自爆されても最悪だからな、身ぐるみも剥いでるし引き渡しに問題はねえだろうぜ」
近づく車両を待つ間に、半死半生の全裸野郎どもを連れたみんなが地下から戻った。
こいつらか。しょぼくれた野郎どもだ。こんな奴らがあれほどの罠を駆使し、大魔法を使ってたとはね。まったくもって、人は見かけによらない。
「少しだけなら、まだ時間あるわね」
知りたいことは情報部からまとめて聞けばいいと思うけど、呪いの魔法についてだけは自分で質問してみたい。
適当に一人を選び、辛うじて会話ができる程度に回復してやった。
息を吹き返した痩せぎすの男は、青ざめた顔を憎悪に歪めてこっちを見る。か細い息遣いからして、無駄口を叩けるほどの余裕はないだろう。
「いいか? 私の言葉に逆らうな。まずは二秒以内に返事しろ。逆らえばぶん殴る」
一、二。
完全に無視か、しょうがない奴だ。
宣言通りに殴りつけると、歯が何本か折れた感触があった。血と一緒に白い歯を吐き出してる。
こっちは激しくイラついてるんだ。ぶっ殺されないだけありがたく思え。
「もう一度よ、返事は?」
一、二。
ダメだ、こいつは。口が利けなくたって、首くらいは動かせる。無反応は最後の抵抗って感じだろうね。
もう一回ぶん殴って、これ以上の質問を諦めた。勢い余って殺しかねない。
やっぱり尋問は専門家がやったほうが良いし、時間と道具や設備も必要だ。根性座ったプロが相手なら特にね。
少し前まであった物置小屋の燃えかすしか残らない林の奥のこの場所に、車両を降りて歩くムーアたち情報部の連中が近づいてきた。余人に姿をさらしたくないハイディたちは、みんな揃って姿を消してる。
「……こいつらがバドゥー・ロットか?」
前に進み出たムーアが、満身創痍の全裸野郎どもを無表情に見ながら言った。
気持ちは分かる。闇組織の構成員に対しては、どこか特別な不気味さみたいのを想像してた。だから実物を見て、意外と普通で拍子抜けしてしまうんだ。
本当にこいつらが? ってね。
「もし違ったら、私たちはとんだマヌケよ」
「しかし、よくやってくれた。これで問題のいくつかには片が付けられる。おい、連れていけ」
部下らしき連中がワイヤーで縛られたバドゥー・ロットを連行していった。
「現場調査と尋問が済み次第、お前たちにも連絡する。また協力してもらうことになるだろうしな」
ムーアをはじめ情報部の連中は冷静を装ってるけど、どこか興奮した様子が隠し切れない。バドゥー・ロットの捕縛はそれほど大きな出来事なんだろう。
それもそのはず、謎の闇組織バドゥー・ロットを捕まえた戦果はかなり大きいと考えていい。関与した貴族の首を飛ばせるほどの、まさに生きた証拠になるだろうからね。
こっちの都合もあって戦ったとはいえ、手柄は譲ってやるんだ。でっかい貸しにしてやる。
「分かってるだろうけど、ウチは誰の風下に立つ気もないわ。あんたたちの頼みを聞くかはどうかは、ウチが得る利益次第よ」
「ああ、その点は心配するな。ところで、それはどうした?」
眼帯で覆った左目を気にしてるらしい。目敏い情報部の人間なら、大量の汗をかいて激しく消耗した私の様子には気づいてるだろう。
バドゥー・ロットとの戦闘で消耗したとは想像できるかもしれないけど、負傷を治さない理由がない。私たちが上級回復薬を大量に持ってることを、こいつらが知らないはずないんだ。
「……呪いの影響よ、しかも大規模魔法のね。治す手がかりをきっちり吐かせなさい」
「そういうことか。呪いについては、この機に我々も詳細まで把握するつもりだ。満足する調査結果を待っていろ」
謎の魔法をつまびらかに調べることは、今後のためにも非常に有用だ。情報には期待してる。
ただ詳細が分かったところで、呪いは解けないんじゃないかとも想像できる。そもそもこれは呪いの魔法、しかも大規模魔法だ。
必殺を意図して放った魔法なら、奴ら自身が解除の方法など魔法に織り込みはしないだろう。別口から助かる方法を探るしかない。
「ちっ、この私が教会を頼みにする日がくるなんて……」
去って行くムーアの背中を見送りながら、体どころか心まで蝕みそうな呪いに激しい苛立ちを覚えた。




