ヒーローとヴィランのニアミス
消し炭になった貴族のおっさんのことは、どうしたって気になる。なぜ、どうして。
聞きたいことはたくさんあっても死人に口は利けない。代わりにのんきに気絶したままの女に話を聞くしかなくなった。
「ユカリ、どうする。その女にまともな話が期待できるか?」
たしかに。スカルマスクの私たちを目にした時には、支離滅裂に騒ぐだけで話なんかできる感じじゃなかった。気弱なだけじゃなく、混乱の果てに現実逃避するタイプだろう。
しかも今は貴族のおっさんの残骸が転がり、人が焼けた嫌な臭いが部屋に充満してるんだ。少なくとも場所を変え時間も置かないと、脅したところで会話など無理に決まってる。
「難しいわね。でも手掛かりを目の前にして、このまま引き下がるわけにはいかないわ」
「そりゃそうだ。まあ、あたしらの担当はここで終わりだし夜は長い。しょうがねえ、じっくりやるか」
「とりあえずその女を別の部屋に運んどいて。私はもう少しこの部屋を探ってみるわ」
「おう、だったらあたしはついでに屋敷探索してくるな」
この部屋にはまだ何かあると期待したい。それに本来の目的を忘れてはいけない。目の当たりにしたいくつもの謎なんかより、バドゥー・ロットに繋がる何かを得たいんだ。
強盗よろしく、乱雑に家具を荒らして回る。開けられる場所は全部開け放ち、置かれた物はひっくり返し、カーペットも引っぺがす。
そうして二つ目の棚を倒した時、裏の壁の質感が妙なことに気が付いた。ぶち抜いてみれば、そこは案の定隠しスペースだ。
「貯め込んでやがるわね」
一階で奪った商売道具としての宝石だけでも、捌けば十数億ジストの儲けは期待できる。それに加えて、いま見つけたのは個人的な資産なんだろう。カードサイズの黄金のプレートが大量にと、大粒の宝石がいくつも隠してあった。
どうせ裏金や怪しい商売で得たカネを現物にして隠し持ってたんだろう。全部、根こそぎもらってやる。
私たちのような稼業だと、カネはいくらあっても足りない。特に金食い虫なのは賄賂だ。
権力者が気持ちよく権力闘争できるように資金の面で支えてやれば、それだけで私たちにはある程度の自由が保証される。誰にもなにも利益を与えなければ、単なる害虫として排除されるだけなのが悪党ってもんだ。
そうされないためにも、権力者にとって得になる存在として資金面で支えつつ、いざって時の暴力だってあんたのために使いますよってポーズが必要なんだ。
持ちつ持たれつ、やっていこうじゃないかってね。そうすりゃ、いいシノギだって回ってくるようになる。
エクセンブラ三大ファミリーは行政区の役人貴族に対してそうやって仲良くやってるし、王都の貴族とだって上手いこと共存共栄してる。
特に我がキキョウ会は、ブレナーク王国において王室さえ凌ぐ最大の権力者とも言われる公爵夫人と太く繋がってるのがでかい。そうした権力との癒着は悪の組織にとってどうしたって必要で、そのためには何と言ってもカネが掛かる。
キキョウ会がベルリーザで上手いことやってくためには、地元と同様に権力者に対して取り入る必要がある。
棚ぼた的に手に入れたこの財宝は、まだシノギのないベルリーザでの初動においてとても役に立つこと間違いない。
「うーむ……カネはありがたいけど、肝心なもんが何もないわね」
バドゥー・ロットに繋がる何かを得られないんじゃ、普通に強盗やってるのと変わらない。まあ奪えるだけ奪ってるんだから、強盗となにが違うってこともないか。
まだ他にないかなと探ってると、グラデーナが戻ってきた。
「ざっと見ってきたが、目ぼしいもんはなさそうだな。そっちは?」
「追加のお宝を見つけたくらいよ。バドゥー・ロットに繋がりそうな物は一切ないわね」
「ガセだったのか? いやそれにしちゃ、怪しすぎる屋敷だがよ」
「それよ。死体だらけの冷凍室に、隠し部屋で眠る複数の人、そんでもって謎の青い薬に、最後は貴族が自害よ? 怪しいなんてもんじゃないわ」
謎だらけで意味不明だ。でも考えたって、それらの謎がここですぐ分かるとは思えない。疑問を晴らしてくれる資料なりだって、見つかりそうにない。
だったら情報部に丸投げして、あとは奴らに調べさせたほうがいい。よっぽどの機密でもなければ結果は聞けるだろうし、私たちが労力を払う筋でもない。
言ってしまえば、どんなに怪しかろうが不審だろうが、この屋敷の謎はたぶん私たちには関係ないことだろう。ならどうでもいいっちゃ、どうでもいい。
もし関係あるとするなら……きっと嫌でも知ることになる。
「あんま期待できねえが、最後にあの女に尋問して引き上げるか」
「そうね。やらないよりは試してみるか、一応ね」
寝室近くの部屋に行き、床に転がされた女を叩き起こす。
ところが予想以上の混乱ぶりというより、もう錯乱した様子には会話など諦めるしかなかった。これも含めて私たちより情報部に任せたほうがいい。こうした状態の人間に対して、上手く情報を引き出せるほどの技術を私とグラデーナは持ってない。
「やっぱ無理だな。イラついてぶっ殺しちまいそうだ」
「私もよ…………ん?」
現在の私たちは貴族が囲った愛人の屋敷に入り込んだ賊も同然だ。何をしてても、広い範囲に気を配ってる。そんな感知の網に引っ掛かるものがあった。
「ユカリ、どうした?」
「まだ遠いけど、強い力の持ち主が近づいてくるわね」
「ウチの連中じゃねえよな?」
「隠密行動中のウチとは正反対の堂々とした振る舞いよ。こっちに向かってるみたいだけど、誰だろうね」
トンプソンとは違う系列の治安部隊員だろうか。情報部も関与した今夜の襲撃には、派手なことをやらない限り普通なら公的機関は出張ってこないはずだけど。
かといって、ここの貴族が応援を呼んだ素振りはなかった。瞬間的に使われた強い魔法にだって、周辺で動きがあった様子はない。
何者だろうね。もしかしたら、ここに向かってるように思えるだけで別の目的かもしれない。
もう少しだけ尋問を続け、家捜しもしたかったところだけど。どうしたもんかな。
「誰が近づいてんのかだけ確かめようぜ。通り過ぎるなら関係ねえし、あたしらにとって都合悪そうな奴なら、ここで始末しとくのも悪くねえ。そういや、そいつは単独か?」
「単独……ああ、違うわね。一人だけ大きく先行してるけど、後ろから続いてる奴らがいるわ。派手に振舞う組織ってんなら、どっかの公的機関ってのが相場だけど……。もしかして傭兵に定時連絡みたいな習慣があるなら、そっちの線かもしれないわ。見てくるから、引き上げる準備だけしといて」
帰る準備といっても多くはない。やり残しがないか最後の確認と、重くなった荷物を背負うくらいのものだ。
最後の試しとばかりに女に話しかけるグラデーナを残し、窓を開けて屋根に上がる。
広域魔力感知は接近中の強者に焦点を当てつつ、陽動の可能性も捨てずに全方向へ気を配る。
ベルリーザ情報部っぽい奴の監視が私が屋根に上がったことを不思議そうにしてたけど、一定の方向をずっと見てることに気付いて、奴もそっちを見るなり慌て始めた。なかなか目の良い奴だ。
「暗視の魔道具、持ってくればよかったわね……」
暗い中で肉眼だと全然見えなかったところ、たまたま街灯が接近中の人物を照らしたのが見えた。
見えたのは一瞬だ。あの美貌を個性的に彩る不敵な笑顔、そして特徴的な金に赤が混じったような髪の色は間違いない。あれは、そう。
「――悪姫!」
ヤバいヤバいヤバいっ!
ベルリーザの第四王女にして、悪党退治で名を上げる破天荒お姫様。正義のヒーローのような活動をしてるってのに、よりにもよって『悪姫』の二つ名で呼ばれる面白すぎる存在。派手な活躍と美貌でもって、数多のファンを抱える大陸屈指のスーパースター。
そんな私がファンを自認する唯一の存在が、すぐそこにいる!
もしかしたらどこかで見掛ける機会くらいはあるんじゃないかと思ってた。いま、写真じゃなく私はこの目で悪姫ちゃんを見た!
「ユカリ、遅えぞ。なにやってんだ?」
窓から顔を出して呼び掛けてるらしい。この喜ばしい出来事を教えてやらなければ。
「グラデーナ! 悪姫よ、悪姫! 悪姫がこっちに向かってきてるわ!」
「は? あの悪党退治のおてんば姫か?」
「そうそう、そうよ! あーっ、ヤバいヤバい、悪姫に会えるわ!」
「なに言ってんだ。状況からして、お姫様はあたしらを退治しにきたんじゃねえのか? さすがに不味いだろ」
あっ……そうか。
会えて嬉しいとか握手とか言ってる場合じゃない……う、なんてもったいない。せっかくの機会だってのに!
「でもちょっと会うくらいなら」
「バカ言ってんじゃねえ! 悪党相手にゃ、問答無用の悪姫だろ? 話しどころか、いきなりやり合う羽目になるんじゃねえのか? まさかお姫様をぶっ倒すわけにいかねえだろ。さっさと逃げるぞ」
くっ、グラデーナのくせにまともなことを……。
「あーっ、もーっ、せっかくの機会だってのに! しょうがない、ずらかるわよ!」
悪姫が振りまく鮮烈な魔力を感じながら、ええいと未練を振り切って室内に戻った。
重くなった荷物を二人で背負い、急ぎ屋敷を脱出、気配を絶ちながらとんずらした。
あのお姫様は間違いなく強者だけど、さすがに私たちほどの領域にはない。ただ場数を踏んでるだけあって、たぶん戦技って意味じゃ悪くないレベルにある。
おまけにメデク・レギサーモ帝国の王子が最高級魔道具に身を包んでたように、悪姫も似たような感じだった。もしやり合えば簡単に勝てる相手じゃなく、手加減してやり過ごすには、それはそれで厳しい戦いになるはずだ。
ベルリーザ王室と対立する気はまったくないし、やり合う選択肢などあるはずもない。
個人的な興味としては一回くらい戦ってみたいけどね……。
激しい未練を感じながら逃げ、もう大丈夫だろうってところで足を止めた。
息苦しさを感じてスカルマスクを脱ぐ。
「あー、まさか悪姫が出てくるなんて。今からしれっと戻れば、通りすがりの第三者として話しくらいできないかな」
「やめとけ、やめとけ。あっちは悪姫なんて呼ばれちゃいるが正義の味方で、こっちはとびきりの悪党だ。それにユカリ、お前は面が割れてるんだぜ? 公の場ならともかく、事件現場でまともに話しなんかできるわけねえだろ。しかしよ、なんだって悪姫に嗅ぎつけられたんだ? まさか偶然ってことはねえだろ」
悪姫があの屋敷に入っていったのは魔力反応で感じ取れた。たまたま近くを通りかかったんじゃなく、あの屋敷が目的地だったのは間違いない。
情報部からは私たちが悪姫に目を付けられてるなんて話は聞いてないけど、あのお姫様は独立愚連隊みたいなものだ。行動を予測できるもんじゃないだろう。
私たちキキョウ会は、今は裏でベルリーザ中央と列を組んだ状態にある。だから悪姫に邪魔されるいわれはないんだけど、もし事情を知らないとしたら敵対するのは自然な流れかもしれない。
さすがに悪姫の邪魔は情報部やその上の連中だって見過ごさないと期待してるけど。
「……まだ私たちを敵視してると決まったわけじゃないわ。それに悪姫が動いた理由はすぐに判明するわよ。あの派手なお姫様は、秘密主義とは縁遠いからね」
「一挙手一投足がネタの宝庫みたいなもんだしな。明日になりゃ調べるまでもなく分かるか」
悪姫が動けば紙面を賑わす。あのお姫様は己の行動を隠さないどころか、派手な行動と結果を抑止力として悪党を牽制してもいる。今夜の活動もきっと多くのメディアに載るはずだ。悪姫の目的がなんだったのかは、そこで知ることができる。
そしてもし私たちの邪魔になるような場合には、情報部なりなんなりから悪姫に対して事情説明があるだろう。うん、さすがにね?
今夜も情報部の監視がいたんだから、そいつから報告が上がるはずだ。
翌日の紙面によって、悪姫の行動が悪徳貴族に対するものだったと分かった。あの屋敷にいた貴族の贈収賄に関して動いただけらしい。
早朝のホテルでグラデーナとハイディとで紙面を確認だ。
紙面には私たちについての記述は一つもなく、貴族が焼け死んだことすら書いてない。私たちが見た怪しい状況に関するものもなく、ぼんやりとした薄い内容だけだ。
いつもなら面白おかしく書き立てられる悪姫の活躍も今回に限ってはほとんどない。
これは事件の詳細が隠蔽の対象になったからだろう。悪徳貴族が私腹を肥やすなんてしょぼい事件じゃなく、冷凍室も含めれば多数の死体が出た重大事件だ。その他大勢の貴族の沽券にだって関わる事件となれば、大っぴらにはできない。闇に葬られるのが妥当ってもんだ。
悪姫のような破天荒お姫様だって、なんでも好き勝手にできるわけじゃない。ただ文句はあるだろうし、悪姫の立場としては謎を謎のまま放置しないだろう。それこそ厄介な場面でしゃしゃり出る可能性は大いにある。
しかし、それでこそ私の好きな悪姫だ。とことん引っ掻き回して欲しいと思ってしまうし、その予測不可能な行動によって敵も身動きが取りづらくなると期待できる。
超個人的な気持ちとしては、悪姫の参戦は面白くてしょうがない。
「いやー、会長と三席は面白いのを引き当てますね。まさか悪姫とかち合うなんて」
「まさかだったわよ。それよりバドゥー・ロットの情報が掴めて良かったわ。さすがね、ハイディ」
これだ。最優先で得るべきバドゥー・ロットの情報はハイディたちが仕入れてくれた。
必ず今夜で奴らを潰す。そう決めた。
「偶然ですよ。むしろそっちの屋敷のほうに行きたかったです」
謎が多すぎたあの屋敷については、たしかに私とグラデーナより、ハイディたちが探りを入れたほうがもっと色々なことが分かったかもしれない。今さらしょうがないけど。
「屋敷の謎についてはベルリーザ情報部が解明するわよ。それより、やっと今夜で厄ネタの一つは取り去れるわね。監視のほうは順調?」
「虫の一匹も逃がさないつもりで監視を付けてます。バドゥー・ロットの奴らを逃すとすれば、予測不可能な事態が起こった時くらいですよ」
「逃せばあたしらの立場もやべえ。悪徳とは言え、貴族相手に暴れまわったからな。ここらで手土産を渡さねえと、面倒なことを言い出すお偉いさんもいるだろうぜ」
「うん、今夜は一つの正念場よ。何としてでもケリをつけるわ」
色んな敵対勢力がいるにしても、呪いってのは非常に厄介だ。それを早急に排除できれば、今後はもっとやり易くなるだろう。
なにより闇組織バドゥー・ロットの排除は、新参者の戦果としてあまりに上等だ。この実績を作れるのは、今後に向けてかなりでかい。
これまでにかかった苦労の清算を要求する時がやってきた。
覚悟しとけ、決して逃しはしない。
なんのかんのと回り道をしましたが、ようやくバドゥー・ロットとの戦いが始まります。
ベルリーザ編としては、初めての強敵になるでしょうか。ハードな展開になるかもしれない次話へ続きます。
そして初期から名前だけは出ていた悪姫が、ほんの少しだけですがようやく登場しました。
このままちょい役で終わってしまうのかどうか、まだ分かりません!




