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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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宝石店の冷蔵室

 状況が動く。動かしてやる。

 隠れて火遊びしてる馬鹿どもをいぶり出す。私たちに喧嘩売ったすべての奴らに、キキョウのエンブレムを忘れ得ぬ恐怖として刻みこんでやる。

 今回は私たちだけで諸々やるわけじゃなく、後ろ盾があるのが非常に楽でいい。根回しにかかる手間もカネも不要ってのは最高だ。


 本来なら大国の貴族に手を出すなんて、よっぽどの労力をかけてもなかなかできることじゃない。

 それも相手は大国、ベルリーザ貴族。そいつら相手に暴れまわるなんて、こんな楽しいことが妄想じゃなくリアルにできるなんてね。


 私たちは掛け値なしの悪党だけど、相手はもっとひどい悪党ってのがまた笑える要素だ。当事国としては笑うどころじゃない深刻な話だろうけどね。

 国家のために働くべき貴族ともあろう者が、まさか戦争吹っ掛けようとしてる他国の勢力に加担するなど、言語道断の悪事で間違いない。エクセンブラの並居る悪党どもだって、そんな大それたことを考える奴はなかなかいないってくらいだ。


 そこまでの自覚なくやってそうな貴族がいそうってのもまた、ベルリーザとしては頭痛の種だろう。

 いくら権力闘争が絡むとはいえ、侵してはならないラインってもんがある。誰ぞに騙されたか乗せられたかにしても、決して言い逃れなんかできやしない悪事だ。


 そんな悪党を締め上げる私たちはもしや正義? ふふっ、これも笑えないか。

 とにかく悪を倒す者が正義とは限らない。私たちはただ己の利益のために動いてるだけだ。結果として他者からそれが正義に見えようが悪に見えようが、そんなもんはどうでもいい。


 いや、私たちだってやってることは間違いなく悪だ。誰かをぶちのめして利益を上げるんだ。

 それによって誰に感謝されようが、決して正義の行いなんて言えるはずがない。もし正義を気取る奴がいたとしたら、そいつこそは度し難い生粋の悪だろうね。浴びるほどの血に濡れてきた、この私ですら想像しただけで虫唾が走る勘違いだ。


「――次は商会だったよな?」

「うん、愛人に経営させてる店らしいわ。標的まとはそこに入り浸ってて、女のためもあってか警備が厳重みたいよ。たしか、警報の類は豊富の上に、用心棒が少なくとも三人はいるみたいね」

「いいじゃねえか、いいじゃねえか。少しは楽しめそうな奴がいるといいんだがな」

「それより、まともな情報が欲しいわ。ほかが上手く行ってればいいんだけど」


 カジノにいた貴族は有力とは言えない情報しか持ってなかった。奴はバドゥー・ロットとはいくつか挟んだ間接的な関係でしかなく、聞けた内容は信用に足るとはとても言えない。

 ただ、その間接的に繋がりのある連中ってのが分かっただけでも悪くはない。ほかのメンバーたちが持ち帰る情報に決定的なものがなかった場合、新たな手掛かりとしては使えるだろう。


 深夜でも眠らないベルトリーアの街は、それでも光の当たらない場所は多い。そんな闇に紛れながら、次の目標に向かって忍び寄る。

 各地で密かに行われる襲撃は、まだ襲撃する側とされた側、当事者しか知らないはずだ。警戒の緩い今夜中に可能な限り締め上げまくってやる。


「もうそろそろね、ここからは慎重に行くわよ」

「静まり返ってやがるな。これじゃ騒がしくはできねえか」


 どうやらこの辺りは平民向けの高級住宅街みたいだ。広い建屋に広い庭、警備まで行き届いた如何にも金持ちって感じの家ばかり。

 私たちの目的の場所はそんな住宅街に紛れる、店舗兼住宅の建物だ。深夜の住宅街は非常に静かだし、警ら中と思わしき傭兵っぽい奴らまでいる。何かあればあいつらがすぐに駆け付けるだろう。


 この状況だと目的の店にいる用心棒を倒す際に派手なことはできない。深夜に騒動を起こしてしまえば警ら中の傭兵が集まるだけじゃなく、きっと通信を介して話があちこちにまで伝播するだろう。そうなれば、ほかを襲撃中のメンバーにも支障が出る。


 密かに事を進めるため、ここは念のため敵用心棒の力を見極めたい。勝てない敵がいるとは思わないけど、舐めてかかって下手に粘られるのは不味い。まずは少し離れた場所から様子を探る。

 そうすると、資料にあった情報とは違う警備体制に気付いた。


「……警備としちゃ実力は並ってところか? だが数が多いな」


 並とは一般的に考えて可も不可もない実力、つまり私たちにとっては雑魚だ。それでも数が多いと、周囲に気づかせずに全部を倒すのは難易度が高い。

 形ばかりの警備なら、あの人数を揃えようとは思わないだろう。貴族がここを守りたいとする本気を感じる。女のためか、後ろ暗いところのある己の身を案じたか。まあ後者だろうね。


「揃いの装備はどこぞの傭兵団からの雇われって感じかな。資料だと三人以上ってことだったけど、まさか六人もいるとはね」


 周辺を警ら中の奴らにも警戒すべき強者はいない。もし駆け付けられたとしても、倒して逃げることは余裕だろう。


「殺していいなら何とかなるが、そうもいかねえんじゃ少し厄介だな。ここはユカリに任せるぜ」

「ん、分かってる」


 ふーむ、どうしたもんか。

 いくらでも手はあるんだけど、広く気配を探ってみれば情報部っぽい奴もたぶんあの店を監視してる。敵性貴族の監視ってよりは、あそこを襲撃する私たちを見張ることが目的のようにも思える。

 この場面だとスマートにやるなら毒霧で眠らせてって感じかな。でも見張りに手の内をさらしてやるのも気に食わない。しょうがない、ひと手間加えよう。


 慣れた手順で大きめの水晶ビンを作り出し、そこに薬を生成した。

 素早い魔法行使には遠距離から見られても、私が何をしたか分からないだろう。たぶんこっちの存在にはまだ気づいてもいないと思うけど。


「そいつは?」

「致命傷を回復させる代わりに、強力な眠り薬が入ってる特製よ。くたばる前に、こいつを奴らに使ってやって。早く使わないとたぶん死ぬから急ぎでね」


 出来たばかりの薬瓶を押し付ける。


「おいおい、なにするつもりだよ」

荊棘いばらの魔女らしいところを、監視してる奴に見せてやろうと思ってね」

「監視? ちっ、誰か見張ってやがんのか。先にそっち片付けるか?」

「あの感じだと情報部の奴よ。一応は味方だから、ほっときなさい」


 雑魚でも何もやらせず敵を倒すには、中途半端なダメージを与えるだけじゃダメだ。根性見せて何らかの魔法を使ったり、助けを呼んだりするかもしれないと思えば、強力な攻撃で一気に片付ける必要がある。


 グラデーナが私の意図を理解し、敵の近くまで移動して隠れ潜む。その間にこっちの準備も万端。魔力の網を広げ、目標の店はすでに支配領域だ。

 敷地内の庭を巡回する用心棒が二人、門の内側に立つのが二人、庭の小屋で休んでるのが二人の合計六人。そして屋敷の三階には……あれ、結構な人数がいる。てっきり標的の貴族とその愛人の二人だけかと思ってたのに、中にも護衛が?


 魔力感知の精度を上げてみれば、どうやら武装した護衛とは違うようだ。普通に寝てるっぽい。使用人がいるなんて話は資料になかったけどね。

 まあ何でもいいか、ここで退く選択肢はないんだ。尋問対象が増えたとでも思っとけばいい。


 よし、始めよう。

 誰にも気づかせないほど速く、行使する魔力量は必要最小限に。もし見られてても魔法の発動は悟らせないくらいに。

 威力の高い魔法を使うだけなら大したことはないんだ。それを超高速で確実にやってのける制御が重要で難しい。まさに腕の見せ所だ。

 極めて静かな魔法の発動。死のトゲが六つ、用心棒に襲いかかった。


 結果は一瞬で現れる。地面から超速で伸びあがったトゲが、六人の肺をそれぞれ貫いた。


 自らの胸を穿つトゲを、用心棒どもは訳も分からず見つめてることだろう。そのトゲで用心棒を固定しながらゆっくりと縮めて行き、なるべく音が立たないよう地面に倒す。トゲを消し、少しばかりの物音に誰か反応したか警戒する。


「……警らの連中は気付かなかったか。でもやっぱり、こっそり倒すなんてつまんないわね」


 次にやる時はド派手に殴り込みたいもんだ。

 待機してたグラデーナが素早く敷地内に入り込み、用心棒どもに特製の回復兼眠り薬で怪我を治しつつも完全に意識を奪っていく。

 周辺の様子を見て特に問題ないと判断し、私も目的の敷地内に侵入した。


「ユカリ、このヤサおかしいぞ。入り口開けちまおうかと思ったんだが、やたら頑丈だ」

「あんたでも壊せないの?」

「やろうと思えばできねえことはねえが、静かにやるのは無理だ」


 どれどれ。


「……なにこれ、めちゃくちゃ堅牢ね。魔導鉱物製の扉に魔力供給までされてるじゃない。中級魔法くらいなら余裕で跳ね返すわよ、これ。しかも扉の鍵は魔力認証キーが複雑なやつね」

「ベルトリーアの金持ちってのは、これが標準なのか?」

「さすがにカネが掛かりすぎるわ。特別な事情の持ち主じゃないと、ここまでしないわよ」


 用心棒の人数からしても明らかに怪しい。ここの秘密を暴いてやれば、バドゥー・ロットにぐっと近づけるかもしれない。


「とりあえず、警備用魔道具から潰してくわ。これも数が多そうね」


 見逃さないよう感知精度は高く、どれかを潰した影響で別の魔道具が発動するかもしれない。一つ一つの経路まで見極めるのは面倒だから、ここでも一気に片を付ける。

 生活用と思わしき物は対象外として、次々と感知の網に捕らえて即実行。複数の警備用魔道具に対して同時に核を破壊し、ついでに頑丈な扉まで魔法で鍵を破壊した。破壊規模も必要最小限で、ここでも私の魔法行使は誰にも気づかせないほど静かに実行だ。


 それにしても寝ずの番を置きながら、さらに警備用魔道具を複数仕込むなんて厳重なんてもんじゃない。建物も特別に頑丈そうだしね。

 貴族がしけこむ愛人のヤサに加えて、ここが高級店だからって理由もありそう。店が閉まってるから分かり難かったけど、ここは宝石店のようだ。それは特別な造りにもなるってもんだろうけど、それにしたって厳重に過ぎる。


「終わったわよ。今のところ、中の奴らには気づかれてないわね」

「ああ、だが従業員が住み込んでるなんて資料にはなかっただろ、あいつらも護衛か? 起きてる気配はねえが」

「さあね。とりあえず入るわよ」


 押し入ったそこは店舗スペースになってる。裏口もあるから住人が出入りするのは普通はそっちなんだろうけど、どっちからでも中には入れる。もしかしたら裏口からのほうが入り易かったかも。


「灯り点けるわね」


 扉を閉めて小さめの光魔法を使う。すると洒落しゃれた内装に綺麗にディスプレイされた大量の宝石がはっきりと目に映った。


「こいつは壮観だな。アクセサリーになる前の宝石か?」

「どういう販売形態か分かんないけどね。それにしても行き掛けの駄賃にしちゃ上等よ、もらってくわよ」

「そうこなくちゃな!」


 こういう時のために持ってる小さく折り畳んだバッグを広げ、二人でせっせと手早く放り込んでいく。

 ベルリーザで使った経費やメンバーに払うボーナスは、この街で稼いでおきたいけど私たちにはまだシノギがない。こういうチャンスを逃すわけにはいかない。奪えるモノは奪える時に奪えるだけ奪う。


 たぶん情報部だって文句は言わないだろう。自分たちが懐を痛めず、勝手に裏切者から回収して満足してくれればそれに越したことはない。好きにさせとけば経費の面で文句を言われないし、言われてもこの件を持ち出せば黙らせられる。損をするのは裏切者だけって寸法だ。



 たくさんのお宝を回収したら、いよいよ人のいる上階に向かう。

 大きな屋敷は相応に部屋数も多く、細かく調べようと思ったら大変だ。すでにお宝はゲットしてることから余計な家捜しはせず、階段を見つけて二階に上がろうとした。


「なんだ、あっちの部屋。まさか台所じゃねえだろ?」


 階段に足をかけようとした時、グラデーナが指し示したのは横手に逸れた先の通路の行き止まりだ。その扉の向こうからは少し強めの魔力反応を感じるけど、警備用とは明らかに違うからスルーしたものだ。

 部屋に近づくまでもなく、静かな屋敷の中でその魔道具の稼働音は鈍く聞こえ続けてる。これはウチの本部にもある馴染みのあるもの、冷蔵室が発する稼働音と非常に似通った音だ。たぶんそれで間違いない。


 でも台所はさっき別の場所で見かけたし、小さな冷蔵室はそこに併設してあった。そうなると、あの部屋はいったいなんだろうかと気になるのはたしかだ。

 食料品を扱うわけじゃない宝石店で、普通に考えれば第二の冷蔵室が必要な理由はないだろう。研究所じゃあるまいし、低温保存が必要な宝石や鉱石ってのはちょと考え難い。近づいてみれば、扉には施錠までされてる。


 宝石店にある施錠された冷蔵室。これを怪しいと思うのは普通の感覚だろう。もし何かを隠そうとしてるなら、もっとマシな隠し方をしろと思ってしまう。

 ちょっと高価な食品が保存されてるだけかもしれないけど。


「見る? 私はなんか嫌な予感するわよ」

「あたしもだけどよ、ここまできて見ないわけにいかねえだろ」


 後始末を付ける情報部に訊けば、後で教えてもらえそうな気はするけど、まあ百聞は一見に如かずだ。

 高度な魔力認証キーを解錠するのは手間だから、ここでもさくっと破壊。重い扉を開いてみれば、木箱が山と積まれてる。中身は酒ばかりのようだ。これだけなら良かったけど、問題は奥にもう一つの扉があるってこと。


 木箱の山の奥に隠された扉、これも施錠されてる。そして扉越しに結構な冷気が漏れてきてる。冷蔵じゃなく、冷凍室のようだ。これが強い魔力の原因なんだろう。


「かなり冷えるわね」

「ああ、わざわざ隠し部屋まで用意して何を保存してやがんだ?」


 二人で目を見合わせてから奥の扉も開く。するとそこにあったのは冷凍された食品じゃなく、ロッカーのような什器じゅうきだった。奥の壁に据え付けられたそれは縦に四段、横に六段からなる四角く区切られた引き出し状の物入れ。いったい何が入ってるんだろうか。

 どうにも室内の無機質な感じが、普通に肉や魚を保存してるとは想像させない。そんな雰囲気だ。


 もしかしたら冷凍保存必須のヤバい物だろうか。危険な化学物質などが頭をよぎるけど、この世界でそんな物の存在は聞いたことがない。魔力反応だって感じないから、危険な魔法薬ってこともないだろう。


「……開けてみれば分かるわね」


 外套の袖越しに、冷え切った引き出しの取っ手を掴む。それをぐいっと引っ張れば、思いのほか軽い感触でするすると引き出された。

 露わになったそこに乗ってるのは白く凍り付いた物体だ。そして、やっぱりろくでもない。


「なんだこりゃ?」

「さあ。猟奇趣味の野郎の考えなんか、分かりたくもないわね」


 死体だ。真っ白に凍り付いた物体は、裸の女の死体だった。

 これまで多くの胸くそ悪くなるものを見てきたけど、まさかこんなものが冷凍保存されてるなんて想像もしない。


「気は進まねえが、ほかの引き出しも見てみるか」

「ホントに気が進まないわね……」


 仕方なく引き出しの中を見て行けば、半分近くは空、そしてもう半分には死体が入ってた。

 死体は男も女もいるし、種族も年齢層もバラバラ。共通してるのは見た目じゃ死因が分からないくらい綺麗な状態ってことだけ。よく分かんないけどこれって、猟奇的な連続殺人事件てやつ?


 厄介事でもこれは私たちの出る幕じゃないだろう。こっちの目的はバドゥー・ロットであり、それ以外の事件に関わるつもりはない。

 まったく、見なかったことにしたいくらいだ。黙ってて難癖付けられても嫌だから、情報部のムーアには後で伝えるとしよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ド派手な魔法も良いですが、精密に静粛に必要な分だけ キッチリと行使して影のように潜入するのも良いですね! 監視してた情報部も、それなりに厳戒態勢の拠点に 静かにスルリと潜入されるのを見てゾ…
[一言] 意外なものがでてきましたね。一体これは何に繋がるんだろう? 先がきになる
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