三席の挨拶回りと秘密の隠れ家
戦闘服の集団がホテルに入れば当然のように注目の的になる。でも私以外は宿泊客なんだから、別に咎められることはない。
ウチの常套手段として前金で金払いのいいところを見せてもいるはずだ。暴力の気配と同時にカネの力が合わされば、大抵の奴らは文句を言わなくなる。
そして賢明な客なら、物々しい集団から距離を置こうとするはずだ。目立つ姿は周囲への警告の意味を含んでる。
トラブルを避けたい奴はとっとと逃げろ。私たちの近くにいれば、ろくでもない事件に巻き込まれる確率はきっと低くはない。
様々な視線を無視してホテル内を移動し、最上階の一番上等な部屋に入ると久しぶりのニヤついた顔があった。
部屋の中にはグラデーナのほかに二人、出迎えの五人含めて計八人でやってきたらしい。ハイディたちも含めると、応援はかなりの人数になった。
「待ってたぜ、ユカリ。しかしよ……少しは先生らしい雰囲気になってるかと思ったんだが、なんにも変わってねえな。そんなんじゃ、ガキどもがビビっちまってしょうがねえだろ」
「学校の中じゃ、もっとラフな格好で親しみやすくしてるわよ」
特製の外套をまとった時の威圧感は、ジャージの時とは比較にならない。ジャージは鬼講師としてそれなりの怖さを演出してるとは思うけど、どこかコミカルな雰囲気もあるはずだと個人的には思ってる。
どうでもいい雑談を交えながら、互いの近況を伝えあう。
ベルトリーアで起こったことは報告書で伝えてるし、エクセンブラで起こったことはハイディたちから聞いてるから、ある程度は把握し合ってる。話題の中心は直近で起こった厄介事だ。
「――呪いだと? また妙な魔法を使う奴がいたもんだな」
「タリスマンを身に付けてれば防げるっぽいけどね。あんたたちも教会で買っときなさい」
「教会かよ、どうにも苦手なんだがな」
「分かるけど対策は必要よ。それよりエクセンブラも結構大変なことになってるらしいじゃない。あんたが応援にきても良かったの?」
ハイディたちに聞いたところによれば、細かい問題は数え上げればキリがないくらいには多いらしい。
ジークルーネたち幹部や大人数になったメンバーがいれば、どうとでもなるとは思ってるけど。
「戦後の混乱は想定内に収まってるから問題ねえさ。少なくともあたしは割と暇だったからよ、遠征中のユカリたちが気にすることじゃねえ」
「ならいいわ。こっちはこっちで、だいぶ面倒なことになってるからね。期待してるわよ」
「へっ、上等だ。少なくともエクセンブラで暇してるよりはいいぜ。なあ、お前ら」
引き連れてきたメンバーに同意を求める三席。それには全員が不敵な笑みを浮かべてる。たぶん、新しい土地で新しい敵とやり合うのが楽しみなんだろう。
「エクセンブラでも暇ではなかったですけどね。こっちのほうが面白そうではあります」
頼もしい奴らだ。大陸一の国の大都市まできた旅行気分もまだありそうだけど、せっかくだから観光も楽しめばいい。
「そういや挨拶回りに行くとか言ってたわね。どこ行ってたのよ?」
「大手ギルドにはひと通り顔出しといたぜ。エクセンブラのギルド長連中からも、それぞれ届け物を頼まれたからよ。こっちは配達屋じゃねえってのに、あいつら便利使いしやがって」
「ついでに運べって? でも見返りはもらってんのよね?」
キキョウ会の三席が自ら運ぶなら、重要な届け物だって託せるだろう。持ちつ持たれつ、それくらいの関係はエクセンブラのギルドとは築けてる。
「まあな。商業ギルドと治癒師ギルドからは旨い情報、鍛冶師ギルドと魔道具ギルドからは一点物の道具を融通してもらったぜ。冒険者ギルドからは未踏領域の新情報だったか、主だったところはそんなもんだ」
「悪くないどころか、荷物運び程度の駄賃にしては大盤振る舞いね。ギルドの連中、どんな企みよ?」
「ベルリーザの情報を持ち帰るようにも言われてるからな。ギルド間通信はあっても、メンツやら派閥やらの要素で身内からの情報を鵜呑みにはできねえだろ。笑っちまうが、あたしらから色々と聞いたほうがよっぽど信用できるってことだろうな」
ふふっ、皮肉なことに悪党こそ信用を大事にしないと、手広くはやってけないからね。同じ悪党の街を根城にする連帯感みたいなものもある気がする。なんにしても面白い話だ。
「なるほどね。エクセンブラのアナスタシア・ユニオンはどうしてんの? あっちはあっちで忙しいだろうけど、まさか本拠地のことに無関心てわけにもいかないだろうし」
「あの総帥がどっしり構えてるからな、少なくとも表向きは平然としてる。しれっと旧レトナーク領でも縄張りを広げてやがるしよ」
「ふーん、そんなもんか」
こっちは厄介事に巻き込まれて大変だってのに、むこうは平常運転みたいだ。まあ泰然自若とした感じは総帥っぽいっちゃ総帥ぽいかもしれない。
「それよりよ、明日はそのアナスタシア・ユニオンに挨拶に行こうと思ってんだ」
何気ない風に、とんでもないことを口にする女だ。
「殴り込みだと思われるわよ?」
「ま、その時はその時だろ。だが実は総帥から手紙を預かってんだ」
ギルドだけじゃなく総帥からもか。それは気になる。
「へえ、手紙の内容は?」
「聞いてねえが、他人に預けるくらいだ。大した内容じゃねえか、見る奴が見ねえと分からん内容になってんだろうな」
「……なるほどね。まあ届け物を頼まれたんなら、行くしかないか」
「そういうこった。ははっ、面白くなるだろうぜ」
ニヤニヤ笑いながら、ホントに楽しそうにしてる。たぶん、明日は荒れるわね。
「なんにしても、あんたはキキョウ会の三席としてベルトリーアにやってきた。エクセンブラじゃ、三大ファミリー同士で手ぇ組んでる仲でもあるからね。考えてみれば挨拶にも行かないんじゃ、義理が立たないってことにもなるわね」
「そうだ。義理ごとをないがしろにしたんじゃ、喧嘩売るようなもんだからな。なんも不自然じゃねえ。朝っぱらから押し掛けてやる」
「朝から? 夜なら私も行けるわよ」
「殴り込むわけじゃねえし、訪ねるなら明るいうちのほうがいいだろ。それに午後にすると例のバカ息子が不在になるかもしれねえって、レイラから聞いてるぜ」
そういや御曹司は引き籠って自己鍛錬をしてる時間が多いとか言ってったっけ。急に行っても居留守を使われなきゃ、早い時間ならたぶん居るだろうね。わざわざアポを取って心構えをさせてやったんじゃインパクトが薄れるし。
グラデーナはただ喧嘩っ早いだけのアホじゃない。どう展開が転ぶにせよ任せていい。私は学校があるから立ち会えないのが残念だ。
「姐さん、酒とツマミが届きましたよ」
「おう、ちょうどいいところだ。持ってこい」
「あんたたちも警戒は最低限にして、好きに飲んで食べなさい。どうせすぐ忙しくなるからね、旅の疲れは早いうちに癒すといいわ」
さて、どうなるかな。敵に状況を動かされるよりは、こっちが強制的に動かしてやったほうがきっといい。敵地でそんな機会はあまりないしね。グラデーナなら敵の思惑をぶっちぎって面白おかしくするかもしれない。どう転ぶか楽しみにしとこう。
久々に会ったメンバーと酒盛りをした翌日だろうが、特に寝坊をするでもなくいつもの学院生活を送る。
しかし私の出番は著しく少なくなった。新たに発足した風紀委員のお陰で、平和になった学院は見回りのし甲斐が全然ない。
義務感だけで適当にひと回りした後では、日課のようになった図書館に籠っての読書だ。授業中の図書館は人がほとんどおらず、とても静かで快適な空間。読書がはかどる。
二時間ほど集中して読みふけり、古い時代の魔法理論を読み終えた。
今はちょうどグラデーナが御曹司に会ってる頃だろうか。門前払いならまだしも、喧嘩になってなけりゃいいけど。
ぼんやりと考えながら頭を休めてると、近づく気配がある。
「こちらにいらっしゃったのですか、イーブルバンシー先生」
「お前たちが任命した風紀委員が優秀みたいでね、生活指導は暇なのよ。なんか用?」
ルース・クレアドス生徒会長だ。こいつの父親の伯爵とは明日に面会予定がある。時間と場所は直前に知らせると聞いたから、たぶんその件だろう。わざわざ探し出して世間話をしにくるほど慕われてはいないはずだ。
「今から出られますか? 父から呼び出しがかかりました」
明日の予定を今日にずらし、時間も今すぐを指定とはかなり慎重な対応だ。誰にも予定を把握されないように動いてるらしい。それだけ伯爵は身の危険を感じてるってことだろう。
どうしようか。まだ放課後になったわけじゃないから、一応は講師の私も勤務中だ。それに伯爵が秘密裏に動いてるのに、私が早退の理由として伯爵がどうのと言うわけにもいかない。
ま、いいか。勝手に行けば。もし言い訳が必要なら、その時にすればいい。
「分かった。場所は?」
「わたくしがご案内します」
「まだ午前中よ。生徒会長のくせにサボる気?」
「家の用事で早退する生徒は珍しくありませんわ。サボりなどと言われるのは心外です。それに父からはわたくしが案内するよう言われていますので。迎えの車も待機中です」
手回しの良いことだ。
「ちょっと着替えてくるから、少し待ってなさい」
まさかジャージにサンダル姿で有力貴族と面会するわけにはいかない。こっちにだってキキョウ会会長としてのメンツがある。
急いで寮に向かい、ささっとフォーマルっぽい服に着替えて月白の外套を羽織った。月白の外套はこれはこれで墨色の外套とは少し別の威圧感があると思う。武装は最低限に留めても、舐められないようにしないと。
まだ午前中の学院内を歩く、白いコートにサングラスの女は死ぬほど目立つ。校舎の窓から無数の視線を感じた。
「こちらヴァレリアです。お姉さま、どこか行くのですか?」
さっそく妹分にも見つかったらしい。
「明日の予定が今日に早まったのよ。たぶん長くはかからないけど、妹ちゃんのことはよろしくね」
「こちらレイラです。例の面会ですね。ハイディたちを付かせましょうか?」
「そうね、動かせるなら一人か二人はこっちに回して。今ごろはグラデーナが御曹司に会ってるだろうし、どこで何が起こるか分かんないから広く警戒態勢を敷いとこう。レイラは学院の周辺警戒、ヴァレリアたちは妹ちゃんの警護に力を尽くしなさい」
「はい、お姉さま」
イヤリングを介して短く通信しながら歩き、正門付近の駐車場ではルース・クレアドスが車両に乗って待ってた。
執事兼護衛っぽい中年の男が恭しく後部座席の扉を開くの見て、そのまま乗り込む。広い後部座席にはルースと付き人っぽい女がいた。
「先生、目立ちすぎですわ」
「伯爵が監視されてるなら、娘のお前だってどうせ監視対象よ。こうして昼間から普段と違う行動を取ったんじゃ、少し地味にしたって意味ないわ。それに私みたいにいい女は、どうしたって目立つもんよ。隠したいなら最初からもっと徹底しなさい」
高級車が滑るように走り出す。
「監視されていると思いますか?」
「学院を監視してる奴は常時、十人以上いるわ。お前を目的にしてるのがいるかどうかまでは知らないけど、それなりの立場にいるお前はそう思っとけばいいのよ。ところで目的地は?」
「着けば分かりますわ」
もったいつけやがって。まあいい。付き人っぽい女の突き刺さるような視線を無視して、しばらく黙ることにした。
付き人の女、執事っぽい中年男、運転手の壮年の男、どいつもこいつもそれなりに腕利きっぽい感じだ。表向きは穏やかにしてても、元騎士とか元傭兵とか戦闘に慣れた連中が持つ雰囲気がある。
それにこの車両は装甲車じゃないけど、いくつもの魔道具が仕込まれてる。たぶん防御力を高めるものだろう。娘の警護にはそれなりの気を配ってるようだ。
密かに各人の能力や魔道具を探ってると、さほどの時間も経たず目的地に着いたらしい。
そこは山の上の学院のふもと、グラデーナたちが宿泊してるホテルだ。どこに連れてかれるのかと思いきや、馴染みのある場所じゃないか。
このホテルは上等ではあるものの上級貴族が利用するほど特別な格式はなく、セキュリティ面でも優れてるってほどじゃない。こんな場所で伯爵が?
ふーむ、敵の意表は衝けるかもしれないけどね。身の危険を感じてるほどの人物が使うには、お薦めできる場所じゃない。喧嘩上等で待ち構えるならともかく、どういうつもりだろうね。
運転手を駐車場に残し、中年の執事と使用人ぽい女を伴ったルース・クレアドスに付いて行く。
「こちらハイディです。それとほか一名、会長のいる場所に向かってます」
地獄耳の私にだけ聞こえる極めて小さな音が耳に入った。応援に向かってくれてるらしい。
通信には応えず、ホテルの気配を探ることに集中する。伯爵がいるからか、前にきた時とは様子が違って怪しい奴らがたくさんだ。
ホテルのロビーや上階から目を光らせてる奴、駐車場にも車両に乗ったままの奴らがいるし、見えない場所にも妙な奴らがいるっぽい。ただ、そいつらが伯爵の敵か味方かは不明だ。
このホテルに泊まってるはずのグラデーナたちは、御曹司に会いに行ったりなんだりで不在らしい。到着したばかりのタイミングだから、やることは山ほどある。待機で残ってるメンバーがいればちょうど良かったんだけどね。
「先生、こちらですわ」
ルース・クレアドスはエレベーターに乗らず、私が入ったことないエリアに入りさらに奥に向かう。
通路の整った内装は従業員用のエリアとは違う感じだ。ということは、特別な客に向けた部屋でもあるんだろう。
そうして人けのない通路を進み、やがて裏庭っぽい場所に出た。思いのほか広いそこには、小さな屋敷のような建物が一つだけある。特別な客のための離れだろうか。
小さな屋敷の玄関で魔道具のセキュリティを突破し、その先の部屋に入った。
前室らしい狭いそこは、屈強な騎士が三人もフル装備で待ち構えたむさ苦しい空間だ。騎士どもが警戒したまま私を無遠慮に見る。
「ルース様は中へ、伯爵がお待ちです。申し訳ないが、イーブルバンシー殿には身体検査を受けてもらう」
「はあ? 武器なんか持ってないわよ」
「魔道具は持っているだろう。装飾品とその上衣は預からせてもらうぞ」
人を昼間から呼びつけといて偉そうな奴らだ。しかも装備を預けろだって? そんな言い分は飲めない。
物ごとは最初が肝心だ。下手に出たり、言われるままにしてやる気はまったくない。私を誰だと思ってんだ、ここは強気に行く。
「あのさ、私は例え裸でもお前たち如き皆殺しにできるわ。無駄な手間を掛けさせるな、私は私の物をお前たちに委ねる気はない」
今の時点で信用されてないのは当然だろう。でもこっちだって、こいつらを信用してないんだ。大事な装備を預けるなんてあり得ない。
それに今は非公式な場でもある。非公式な場で身分がどうのなんて関係ない。別に分かり易い武器を持ってるわけじゃなし、譲れば譲っただけ面倒な要求をしてくるに違いないしね。いちいち文句を垂れるな、めんどくさい奴らめ。
サングラスも外さず、余裕綽々に当然の主張だと開き直った。
「……それではここを通すわけにはいかない」
「やめなさい、無駄ですわ。取り上げるのはではなく、魔法封じの腕輪を付けていただくほうがまだご納得されるでしょう。それに先生は武器を持ってはいませんし、害意もありません。違いますか、先生?」
さすが学院でそこそこ関わった経験のある生徒会長だ。よく分かってるじゃないか。
そもそもクレアドス伯爵がこの国でどんなに偉い奴だろうが、私には何の関係もない。むしろベルリーザにとっての敵を相手取ってやろうってんだ。偉そうにされる筋合いがない。
「違わないわね。まあ、そっちの心配も理解はできるわ。魔法封じは付けてやってもいいから寄越しなさい」
そんなもん意味ないけどね。サービスで月白の外套の内側だけ開いて見せて、武器の仕込みがないことはアピールしてやった。
騎士どもはルース嬢の言うことに納得したのかどうか、一応は武器らしい武器は持ってないってことで諦めたらしい。
「ではこれを。部屋の中で腕輪を外すことは、敵対行動と見なすのでそのつもりでいるように」
少しばかり不安そうな騎士が差し出した魔法封じの腕輪を身に着ける。これはダンスホールで見た簡易版と同じ、自由に取り外しができるタイプの物だ。たしかに、これだと頼りないかもね。どっちにしても私には意味ないけど。
こうしたひと悶着は想定内だ。揉めることも含めての交渉事。
面倒の代わりに良い情報が手に入ると期待しよう。バドゥー・ロットの拠点や奴らを動かしてる貴族の情報が得られれば万々歳だ。
伯爵に招かれ秘密の隠れ家を訪れましたが、いきなり揉めそうになりました。前途多難です。
次話「重なる事故は故意か偶然か」に続きます!




