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乙女の覇権安定論 ~力を求めし者よ、集え!~  作者: 内藤ゲオルグ


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偶然なわけあるか!

 練習試合からの帰り道。

 バスの中は興奮した生徒たちで騒がしかったのも束の間、すぐ静かになった。夕方の時間帯ということもあってか、ほとんどが疲れて眠ってしまったようだ。

 立ち上がって様子を見れば、しっかり者の部長や生意気代表の巻き毛までガキっぽくあどけない顔して眠ってる。穏やかで平和な時間だ。


 そんな中、妹ちゃんとハリエットは移動中が最も危険ってことで油断せずに起きてる。

 嘘か真か考えすぎか、アナスタシア・ユニオン総帥の妹には暗殺の懸念があるらしい。妹ちゃんは表面上、いつもと変わりないけど心中は穏やかじゃいられないだろう。


 護衛の私が呪いらしき魔法に狙われたことから、なんらかの危険は確実に傍にある。

 待つのはそれだけでストレスになるから、どうせ襲うならさっさとかかってこいってな気持ちでいっぱいだ。


「こちらレイラです。会長、不審な車両が後方から一台近づいてきます。徐々に速度を上げてもう暴走状態に近いですね、あれは」


 内心の想いが現実になったわけじゃないだろうに、タイミングよく不穏な報告が入った。


「こちら紫乃上、了解。やっぱり移動中を狙ってきたか。自爆覚悟で突っ込む気?」

「だと思うのですが、どうにも様子がおかしいです。覚悟を決めた突撃というよりは、まるで薬物中毒者が錯乱しているだけのような……とりあえず排除します」


 敵が差し向けた魔の手かどうかは不明にしろ、狙われたと考えとけばいい。近づかれる前に撃退するのがベストだ。


「こちらハイディです。対向車線からも一台、不自然に速度を上げてるのがいますよ。こっちは居眠りっぽいですが、前後からの暴走車両が偶然とは思えないですね」

「へえ? 挟み撃ちか。レイラもハイディも、そいつらをできるだけ静かに排除しなさい。生徒たちに気付かせたくないわ」

「レイラ、了解しました。やってみます」

「ハイディも了解です」


 何気なく言った難易度の高い命令も、あの二人ならこなしてくれる。

 目を瞑って広く気配を感知してると、前後の離れた場所で街路樹らしき物体に車両が激突したのが分かった。どうやったのかまでは分からないけど、上手いことそれぞれに最小限の事故を起こさせたらしい。


「よし、引き続き周囲の監視を頼むわね」


 二人の仕事に満足しながら考える。

 前後からの暴走車両なんて事態が偶然のはずがない。挟み撃ちを狙った自爆攻撃としか考えられない状況だ。とは言え、故意の襲撃とも言い難い状況でもあった。


 運転手は片や薬物中毒者ジャンキーで片や居眠りだ。そんな状態の奴らがまともな判断力で事を成せるはずがなく、少なくとも上等なヒットマンとは違う。麻薬の力を借りた鉄砲玉ってのはありそうだけど、さすがに居眠り運転はないだろう。

 最悪に運の悪い、ただの事故。ヒットマンじゃないとすれば、客観的にはそう考えるべき状況なのかもしれない。


「こちらレイラです。会長、今度は空から何か落ちてきますね……鳥型の魔獣のようですが、襲ってくる感じではありません。結構、大きいですよ」

「まさか空中で死んだ魔獣? んでもって、このバスに直撃コースってわけ? そもそも大型の魔獣が、都市に近づくことは滅多にないってのに?」

「明らかにおかしいですね……理由はともかく、今のうちに軌道を逸らします」


 こんな偶然があってたまるか。何者かの悪意がなければ、あり得ないような不運が連続するもんじゃない。


「やっぱし、これってバドゥー・ロット……例の呪いっぽい魔法の仕業よね」


 奴らの仕業と考えるべきだろう。でも今回はタリスマンに異変がない。私への呪いだったら、これが身代わりにならないとおかしい……いや、考えてみればバスには多数の生徒たちが乗ってる。

 もし私や妹ちゃんじゃなく、バスに乗り合わせた誰かを標的まとに呪いをかけられたとしたら、全員にタリスマンを持たせる以外に防ぐ手立てはないってことかもしれない。


 こんなことには、とてじゃないけど付き合ってられない。

 バドゥー・ロットの捜索はしてるけど、もう多少の無茶は押し通すつもりで奴らを捜してケリを付けるしかない。無関係な生徒を巻き込むのは最悪だ。


「ちっ、面倒な奴らめ。ハイディ、もう悠長にしてられないわ。全力でバドゥー・ロットを叩き潰すわよ」

「こちらハイディ、しかし今のところ尻尾の影も捕まえられてません。怪盗ギルドにも情報はありませんでしたし、何か当てがないことには難しいですよ」


 回りくどいことしかできない雑魚だからか、隠れることだけは一丁前の奴らだ。だからこそ厄介。でも存在する以上は、どこかに必ず手掛かりがある。

 取っ掛かりを得られるとすれば、やっぱり裏事情に詳しい奴だろう。


「そうね、クレアドス伯爵に会ってみる。妹ちゃんの暗殺に御曹司が絡んでるとは考えにくいからね。バドゥー・ロットを動かしてんのは、浮世離れしたアホな貴族に決まってるわ。協力を申し出たクレアドス伯爵なら、心当たりくらいありそうなもんよ」


 国の利権に深く食い込むアナスタシア・ユニオンを弱体化させたいと目論む一党は、妹ちゃんの敵であり私の敵だ。しかも他国の敵性勢力と利害の一致を見せてるクズ貴族でもある。

 歴史ある大国での権力闘争は、そこまで過激な事でもやらないと勝者にはなれないってことだろう。


「ベルリーザ貴族ですか……手っ取り早くはありそうですが、ていよく利用されそうで嫌ですね。クレアドス家の邪魔になる者を適当に言ってきそうな気がしませんか?」


 都合よく利用されるのは目に見えてるけど、それはお互い様でもある。


「この際、思惑に乗ってやるのもいいわ。クレアドス家は間違いなく有力貴族だからね、恩を高値で売ってやる機会と思えば、多少の事には目を瞑ってやるわよ。それよりバドゥー・ロットが邪魔でしょうがないわ」


 娘のルース・クレアドス生徒会長は、私に対する女の嫉妬がどうので恨みを買ってるとか言ってた。

 たしか、何とかって王族の殿下とやらが、私を気にかけてるとかどうとか……そんなことが原因で知らないうちに呪われるほど嫉妬されるなんてね。モテるいい女の宿命だとしても迷惑な話だ。


 個人としての私を排除したい奴ら、新たに利権に食い込むかもしれないキキョウ会を排除したい奴ら、アナスタシア・ユニオンを弱体化させたい奴ら、権力闘争のために国家を騒乱の渦に落としたい奴ら、などなどきっと他にも色々な思惑が絡まり合った状況にあるのが、この大国ベルリーザの現状だ。


 権力者は権力闘争が仕事みたいなもんだし、私やキキョウ会が狙われるのだって利権に絡むとなればそこもまあしょうがないと言える。

 しかし他国の勢力を利するような行いや、ガキどもを巻き込んだ襲撃なんて、いくらなんでも外道の所業だ。悪の巣窟を自認するエクセンブラの悪党どもだって、もう少し分別ってものをわきまえてる。


「……誰に喧嘩売ったか、教えてやろうじゃないの」


 こうなってしまえば敵は貴族だろうがぶっ潰す。大国のボンボンどもが、人を舐め腐りやがって。人を呪わば穴二つだ。タダで済むと思うなよ。

 その後も周囲への警戒を厳にしながら、表面上だけは何事もなかったように学院に帰り着いた。



 学院に戻った翌日、ルース・クレアドス生徒会長にバドゥー・ロットについて心当たりがあるかと訊いてみれば、やはり裏の組織にまでは明るくないらしい。

 そこでクレアドス伯爵に直接会えないかと渡りを付けさせることにし、翌日には早々と返事を得られた。


「先生、父は五日後の夜に少しだけ時間が取れるそうですわ」

「五日後か。具体的な場所と時間は?」

「どこに目と耳があるか分かりませんので、直前にお伝えするとのことでした」

「そう、ならまた五日後に」


 ベルリーザは政治的に難しい状況にある。クレアドスは有力貴族として忙しいだろうし、気軽に他国の勢力であるキキョウ会の会長と会うわけにもいかないんだろう。

 それに権力闘争がより激しさを増していけば、身辺警護にも気を使うはずだ。のこのこと出歩けるような平時の状況とは違う。


 日々、少しずつきな臭い感じが強くなってると思うのは、きっと気のせいじゃない。

 完全に状況が見えてない私たちでさえ、ベルリーザの状況が悪くなる一方なのは何となくでも感じ取れる。


 情報将校のムーアからは音沙汰がなく、青コートのトンプソンからは殺しや誘拐などの事件が増加傾向にあると聞いてる。手強そうな相手の場合には裏から手を貸して欲しいとも言われて、ハイディたちに手伝わせたこともあった。


 ただ、バス襲撃以降に呪いらしき魔法の兆候はなく、御曹司とその周囲にも妙な動きはない。

 平静を心掛け、毎日のルーティーンと臨時講師の仕事をしながらクレアドス伯爵との面会を待つ。敵の居所さえ分かれば、一気に片を付けてやる。


「会長、学院の中やアナスタシア・ユニオンだけに注意を払えない状況は、今の人数では厳しくなってきたように思います」

「そうね、レイラ。ハイディたちの応援があってもう大丈夫かと思ったけど、あれからもっと状況が悪くなりつつあるわ」


 ハイディたちは監視や情報収集で手一杯だ。私たちは妹ちゃんの身辺警護と学院やその周囲の守りを固めるから身動きが取りづらい。

 金でどこかのギルドから臨時雇いでもするしかないかもしれない。でもスパイが紛れ込むことは想定しないといけないし、裏切る奴だっていると考えるとやらないほうがマシとも思える。なかなか難しい。

 ちっ、後手に回る感じがどうにもストレスだ。


「こちらヴァレリアです、お姉さま!」


 緊迫感のある通信じゃない。演劇部で活動中の妹分の声は喜色を帯びるものだ。


「どうしたの?」

「信号弾が上がりました! あれはデルタ号です!」


 光魔法の信号弾を打ち上げ、大型の装甲兵員輸送車両デルタ号の登場ときた。独自の信号弾とあの装甲車を見間違えるはずはない。ということは。


「まったく、派手にやってくれるわね」

「もしかして、三席が自ら?」

「わざわざデルタ号なんか持ち出すのはグラデーナくらいよ。追加の応援を引き連れてきたみたいね」


 ナイスタイミングだ。これは偶然じゃなく、レイラが逐一送る報告書から、本部のジークルーネたちが状況を読んで送り出してくれたに違いない。戦力の充実に心が湧き立つような気分だ。


「出迎えに行ってきます」

「うん、頼むわレイラ」


 しばらくしてからまた通信が入った。


「こちらグラデーナだ。おう、ユカリ! 応援にきたぜ」

「こちら紫乃上、よくきたわね。どこにいんの?」

「デルタ号を停めとける場所があんまりなくてよ、レイラの案内でそっちの学校近くのホテルだ。あたしらはこのホテルを当面の根城にするしかねえな」


 どうやら私たちが最初にこの街にやってきた時に一泊したホテルにいるらしい。

 ハイディたちが使ってる隠れ家じゃ、デルタ号の収容は無理だ。それにグラデーナみたいな派手な女が、潜伏活動中の情報局と一緒のアジトにいるわけにはいかない。学院に招くわけにもいかないし、今のところはホテルを使うのが無難だろう。


「夜になったら、そっちに顔出しに行くわ」

「おう、待ってるぜ。だがまだ昼過ぎだ。さすがに暇だからよ、ちょっとばかし挨拶回りでもしてこようかと思ってな」

「挨拶? 悪いこっちゃないけどね。でも総帥とはシマの受け渡しが済むまで派手なことはしない約束よ?」

「その総帥にはナシ付けてるから大丈夫だ。あっちも状況は先刻承知してるからな」

「なら問題ないわね。キキョウ会の三席として、きっちり挨拶してやって」

「任しとけ、抜かりなくやっとくからよ」


 本当はこの街にキキョウの看板を出すまで派手な事はしないはずだったけど、色々と巻き込まれてしまった今となっては、たしかに細かいことはどうでもいい状況に変わってる。何より総帥が良いと言ったなら約束違反にならないし。


 とにかく応援はありがたい。これで妹ちゃんが留学中の間は講師や生徒としての生活を中心に送る学院組、闇に潜んで活動するハイディたち情報局、派手な登場と派手な動きで敵の目を引きつけるグラデーナたち追加戦力で役割分担できそうだ。

 よしよし、面倒を片付ける目算がなんとなくでも付いてきた気がする。



 倶楽部の夜錬まで終えた後、ヴァレリアたちは妹ちゃんの護衛のために残し、一人で装甲車を運転してホテルに向かった。


 この期に及んでコソコソする必要はない。派手なデルタ号での登場によってグラデーナたちにはとっくに監視が付いてるだろうし、私はすでに要監視対象だ。監視対象同士だろうが、同じキキョウ会のメンバーが会うなんて別におかしな動きじゃない。利害の一致してるムーアたち情報部の奴らからしたら、むしろウチの戦力が増えることは歓迎できるんじゃないだろうか。


 逆に私たちを敵視する勢力にとってみたら、一騎当千のキキョウ会メンバー増員は要警戒だ。もしかしたら焦って稚拙な手を打ってくるかもしれない。状況が動くことは歓迎できる。

 何でも仕掛けてこい。ことごとくを返り討ちにして、敵の戦力を削ってやる。


 そしてバレてるなら誰に隠す必要もなく、アナスタシア・ユニオン総帥のお墨付きまで得られたなら、キキョウ紋を堂々と誇示して問題ない。私も学院関係の仕事以外なら、いつものスタイルに戻して活動だ。

 久しぶりに墨色の外套に袖を通し、胸には紫水晶のバッヂと徽章を並べたリボンラックまで装着した。なんだか身が引き締まるような感じだ。


「会長、お待ちしていました」


 ホテルの駐車場に入ってみれば、出迎えのメンバーが五人ばかり待ち構えてる。新人はいないらしく、見覚えのある連中ばかりだ。

 墨色と月白の外套に、武器まで携帯した物々しい集団は威圧感が凄い。夜でも人通りの多いホテル周辺で、目立ちまくってるのがなんだか久しぶりの感覚だ。


「みんな元気そうね。グラデーナは部屋?」

「はい、ご案内します」


 こっちの様子を監視してる奴らはどう思うだろうね。まさかのんきな考え方をするはずないし、バリバリの戦闘態勢だって考えてくれて結構だ。

 かかってこい、かかってこい。さっさとこないと、こっちはどんどん戦力を増すかもしれないぞ。

 わざわざ敵を捜すのは面倒だ。誘き寄せて始末するのが手っ取り早く楽でいい。いつでもどこでも、かかってこい!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 尻尾の影も捕まえられずイラついていたところに タイミング良く追加の応援を連れた三席が! 結構ベルリーザに戦力が集まりつつありますね ―――◇◇◇―――◇◇◇――― >たしか、何とかって…
[一言] 出番なさすぎて推しなのに名前間違えました、シャーロット出て欲しい!
[一言] 貴族の話ということでその辺に明るそうなシャルロッテが来て欲しい!(願望)
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