王者への第一歩、新生魔道人形倶楽部
庶民のほとんどは気付いてないけど、大国ベルリーザは脅威にさらされてる。
アナスタシア・ユニオンを隠れ蓑したメデク・レギサーモ帝国の工作、そこから関連して大陸外の勢力まで浸透しつつある。
お国の要人警護まで任されるアナスタシア・ユニオンが二つの派閥に割れ、真実がどうであれ一方の首領は敵に加担してるとまで疑われる状況だ。
これまでに何度も秘密裏に武器が密輸された状況もあり、それをもってしていつどこで騒動が起こるか分からない。諸々関連してると思えば、一つの火種を切っ掛けに盛大に燃え上がるかもしれないんだ。
現在ここで活動し、近い将来には事務所まで構えるつもりの私たちだって、他人事だなんて考えるわけにはいかない。
実際に将来起こり得る大陸間戦争を見越して、大幅な魔道具の規制緩和が行われたことからも、結構な真実性を感じ取ることができる。
敵は確実にベルリーザを侵食しつつあり、これまで安泰だった大国は後手に回ってると考えるのが妥当な状況だ。
多くの貴族どもはピンチはチャンスとばかりに権力闘争に明け暮れ、それどころか個人的な嫉妬の感情で勝手なことをする馬鹿だっている。大国ゆえのある意味しょうがない状況とも思うけど、客観的に考えればホントにしょうもない話だ。関わってる私からしてみれば、迷惑な奴らでしかない。
おまけにバドゥー・ロットなんていう『呪い』を使って標的を排除する不気味な組織までいる。しかもそいつらのターゲットには私も入ってるっぽいときた。
未知の魔法の脅威にさらされ、今のところは呪いに対抗できるというタリスマンを持っとくくらいしか打つ手もない。
いつ誰に呪われたって自業自得でしかないから、別にいちいち気にしてられないとは言え、一度はタリスマンが砕けた事実を思えば完全に意識から外すことも難しい。かなりのストレスを感じる。
まあ呪われようが襲われようが私自身がやられる気はしてないけど、問題は護衛対象の妹ちゃんだ。
ベルリーザ情報部からは、妹ちゃんが暗殺される可能性を示唆されてしまった。
アナスタシア・ユニオン総帥の妹が殺されれば、彼女に一方的な思いを寄せる御曹司を焚きつけられる。工作する敵は御曹司を誘導し、ベルリーザにとって不都合な展開に持って行くことも可能だろう。
なんにしても妹ちゃんはやらせない。
国の事情だろうが誰のどんな思惑だろうが、友達一人守れないようじゃ、この先の将来お先真っ暗ってもんだ。
個人的にも組織の長としても、どうにか切り抜けてやる。打つ手がなくても後手に回っててもね。
魔道人形倶楽部の練習をぼんやりと見ながら、不穏な情勢に眉をひそめるのが自分でも分かった。
「イーブルバンシー先生、模擬戦が終わりました……何かありますか?」
おっと、勘違いさせてしまったか。まあちょうどいい。
「全体的に魔力操作が少しずつ杜撰になってきてるわね。新型の人形に変わったからといって、無駄な消耗は極力控えるようになさい。ほんの少しの無駄が、長期戦や連戦の時に大きな差になって表れるわ。基礎錬からやり直して感覚を戻しなさい」
ホントに少しの無駄に過ぎなくても、私くらい魔力感知に優れてればすぐに分かる。
たぶん部員たちには無自覚で分からないくらいの少しの消耗だ。でもこれを見逃さずに意識させることによって、確実にレベルアップが図れる。
「皆さん、聞いての通りです。わたしも含めて新型の高い性能に甘え始めていたのかもしれません。残りの時間は集中して基礎に立ち返りましょう」
「でも明日は練習試合ですよ? 戦術や連携の確認はしなくて良いのですか?」
「練習試合での勝利より、本番を見据えた日々の積み重ねが大事です。わたしたちは明日よりも、先の本番を見据えて取り組みましょう」
さすが部長はよく分かってるじゃないか。それに明日の相手は格下だ。格下相手の対策に時間を使うより、基礎を洗い直したほうがいい。無自覚な無駄は、それに慣れてしまえば戻すのが大変になる。
「よし、久々に私が基礎を見てやるわ。シグルドノートとハリエットも自分の魔力操作に集中しなさい。巻き毛はサボるんじゃないわよ」
「……サボってなんかないわよ」
「お前は魔力をセーブしすぎ。もっと密度を高めても維持できるはずよ。全員、浪費も必要以上の節約も見逃さないから、そのつもりでやるように」
「はいっ」
緊張感を高めた練習は、いつもより身に染みるだろう。
そうして翌日の練習試合当日。
当代の聖エメラルダ女学院魔道人形倶楽部として、練習試合は僅か二回目。一回目はまだ二世代前の人形を使ってたし、相手は優勝候補の学校だった。
敗北を味わうのはもういい。今日は勝利の味を知るための試合だ。
大型のバスには欠席者もなく部員全員が乗り込み、先方の学校に出発した。
今日は妹ちゃんとハリエットも参加だ。敵を恐れて引き籠ってたんじゃ、せっかくの留学が台無しになってしまうし、魔道人形倶楽部としての活動が制限される状況にも我慢できない。それにこっちがどう動こうが、敵はやりたい時にやりたいように動くだけだ。気にしてもしょうがない。
「こちらハイディ、今のところ周囲に異常なし」
「こちらレイラです。先方の学校にも不審な点はありません」
サポート体制は万全だ。行き先でも道中でも、頼れる二人が見張ってる。もし異常があれば即座に排除させる手筈だ。
密かな警護を受けながら、それと知らずに練習試合を楽しみにする部員たち。なにかあったとしても、こいつらには一切気付かせず、問題はなかったことにしてやるつもりだ。
以前に対戦した学校がそうだったように、今回の対戦校も名門女学校の生徒たちが訪れたとあって仰々しい歓迎を受けた。
相手が庶民の学校だとこういったところが気の毒に思うけど、練習相手の選定に身分まで考慮してられない。しょうがないと思って諦めてもらおう。
ウチの生徒たちの表情は非常に明るい。
新型に換わった魔道人形で行う初めての対外試合だ。楽しみでしょうがないって感じね。
二世代前の人形の時には、それを見られるだけでも古臭いと恥ずかしい思いをしたに違いない。くだらない引け目を感じることがなくなっただけでも、ストレスからは解放される。今日はのびのびとやれるはずだ。
「――本日はよろしくお願いいたします」
前回と同じような流れで生徒同士、そして顧問同士の挨拶だ。
いつもと違うのは、私の格好が清楚モードになってることだけ。見た目だけで相手を威圧してしまって、その後のフォローが面倒だった前回の反省が活かされた格好だ。今後も学校関係で外に出る時には、余計な面倒や誤解を避けるためにもこれで行くとしよう。
「初戦はやりたいようにやってみなさい。それで上手く行かないなら、試合の中で考えながら変えるのよ……部長?」
「あ、はい」
「なに腑抜けた返事してんのよ」
「その……先生がいつもと違うのが、どうにも気になってしまいまして」
前の時にはジャージの格好をやめて欲しそうだったくせに。
「こっちのほうが面倒がないと思っただけよ。そんなことより試合に集中しなさい」
今日は学院に行った初日にしか着てない、紺の半袖フレアシャツワンピースにオーバル型の伊達メガネだ。
髪型はハーフアップにして、ナチュラルに威圧するいつもの横柄な態度も控え目となれば、まったく別人のようにも見えるだろう。
これは前回の時にやらかした噂を払拭するためでもある。
前はちょっとばかし調子に乗って、相手校の設備をぶっ壊してしまった。あれは学院のほうから補償があったみたいで、その後に特に揉めるような事態にはなってない。
しかし想像通り、噂は尾ひれを付けて飛び回り、聖エメラルダ女学院はちょっとした注目を浴びたらしい。それもあってしばらくは対外試合は控えざるを得なかった事情もある。
今回はそろそろほとぼりが冷めただろうってことで、前回の反省を活かして顧問の格好からまともにしてみたわけだ。
案の定、見た目で恐れられたり、妙な雰囲気になることはなくなった。今のところいい感じだ。
「先生、行って参ります」
「今日は数的不利もないですからね。勝ちましょう!」
「よーしっ、思いっきりやろう!」
準備を整えた部員たちが試合の舞台に向かう。私は特に策も授けず、好きにやらせる。
事前の目論見通りに今日は勝つ試合になるだろうから、口は出さずに見守るだけだ。
舞台の上にはビブスを付けた両校の魔道人形がずらっと並び、その陣形を見ればどうやって戦うかの方針が見て取れる。
これは試合開始の直前まで変更が可能で、互いに牽制し合って動き回ることまで時にはあるらしい。魔力を無駄に使ってでも、最初の陣形で不利になりたくないってことだろう。
集団戦の陣形変更はそれなりに時間が掛かるし相応に隙を生む。試合中の変更は上手くやらないとそれだけでも勝敗を決定づけてしまうから、事前の配置が非常に重要になる。これも面白い要素だ。
前回の時には二世代前の人形を使ってた時点で圧倒的に不利で、駆け引きをやる必要を相手側は認めなかった。だから事前のそうした攻防の要素は皆無で、今回はこうしたところからもいい経験になる。
対戦相手の学校は聖エメラルダ女学院をどう見てるか。これはかなり難しいだろうね。
二世代前の人形を使ってた時とは完全に状況が異なる。ウチはかつての名門とはいえ、それは昔の話でしかない。近年での実績がまったくないウチのデータは何にもないだろうし、戦う前から展開を想像することは難しい。魔道人形の配置にも迷いが見られる。
対する我がほうに迷いはない。好きなようにしろと言ったから、練習で慣れた形にするだけだ。
中央には部長と巻き毛が並んで密集陣形を取り、右翼には妹ちゃんが率いる部隊、そして左翼にはハリエットが率いる部隊での三つに分かれてる。
相手の迷いを深めるように、あえて陣形を変更すると見せかけながらも実際には動いてないに等しい、そんな駆け引きを楽しんでる。初めてにしてはなかなかやるじゃないか。
そして合図と共に始まる試合。
「前進!」
ハーマイラ部長の号令によって、整然と動く魔道人形。
一糸乱れぬとはこのことだ。素早いながらも完全に歩調を合わせた人形が、一斉に盾と槍を構えながら必要十分に魔力を漲らせて突撃する。
中央、右翼、左翼のすべてが威圧感を伴った迫力のある動き出しだ。
相手校はこっちのデータがないからか、オーソドックスな横陣でどうにでも対応できるように、悪く言えば攻撃にも防御にもどっちつかずで中途半端で受け身な対応を取ってる。しかも突撃を受けて即座に対応するでもなく、慌てる感じがもろに伝わってくる。
これはもう最初の動き出しの時点で、勝敗は見えたようなもんだ。
私の教えの基本は先手必勝だ。やられる前にやる。
強い者は相手に合わせる必要なんかない。出方を見る必要だってない。ただ己の戦いを押し付け圧倒し勝利する。相手が何をするかなんて関係ない。それが王者の戦いだ。
聖エメラルダ女学院魔道人形倶楽部には捲土重来を果たさせる。王者として君臨し、それを持続させる伝統を残すのが私に課せられた役割だ。
今日はそいつの始まりだと思って試合を見守った。
ハーマイラたちは勢いに乗りながらも冷静だ。
三つの部隊はタイミングを合わせて敵方にぶち当たり、圧力をもって下がらせる。
槍を打ち込み、盾で押し込み、反撃に出ようとする意志を叩き潰す。左右の部隊が徐々に敵を囲むように展開し、逃げ出す場所は背後にしかない。
まさか背中を見せて敗走するなど魔道人形戦ではありえない。だから前を向きながらも前方からは押し込まれ、左右からも挟み込まれて押し潰されるかのように圧迫される。
徐々にどころかどんどん敵を下がらせ、やがては舞台の端っこに追い詰め落下させてしまう。舞台からの落下は戦闘不能と同じ扱いだ。
ほぼ同じ重量や武装、そして同数で行う魔道人形戦において、舞台外への大量落下という展開は普通は起こりにくい。
そんなまさかの展開に動揺し、立て直す機会もなくただ脱落を繰り返し数を減らす敵魔道人形。一方的だ。
これは私にとっても予想外なほど圧倒してる。今日は勝つ試合をするつもりだったけど、対戦相手は中堅どころを選んだはずだ。だからここまでの差が付くとは思ってなかった。それは部員一同もそうだったに違いない。戦いながらも興奮を隠しきれず、整然とした動きや魔力操作に大きな乱れが生じてる。
「待望の初勝利が目の前にあると思えば、これくらいはしょうがないわね」
最後は上等な作戦を使うでもない、ただ強引に押し切っての勝利だった。
「イーブルバンシー先生、勝ちました!」
「初勝利ですよ、先生!」
「やりました! というか、わたしたち強くないですか? 凄くなかったですか?」
うーむ、思った以上に浮かれてるわね。
まあ今日くらいは大目に見るつもりだったけど、まだ次がある。試合は一試合だけじゃないんだ。
「こら、調子に乗るな。次は向こうだって、こっちのやり方は分かってんのよ? 同じ展開に持ち込めるほど甘くないわ。さっきの試合を反省して、次に備えなさい。最後、雑になったのは見逃してないわよ!」
「はいっ」
そうして今日の予定をすべて終えた。
終わってみれば、初戦で相手は意気消沈してしまってたように思う。あまりにも鮮やかで圧倒的な勝利が、格の違いを相手の意識に刷り込んでしまった。
二試合目以降は違った戦法を色々と試したものの、相手の全力を引き出せたようには思えない。ちょっと気の毒になるくらいの実力差だったから、こっちにとっては予想外の完全勝利であり、相手にとっては悪夢のような時間だったんじゃないだろうか。
さて、なんにしても当初の目的である『勝利』は果たされた。さらに先を見せてやらなければ。
整列した喜ぶ部員どもを前に、顧問として最後に締めてやる。
「いいかお前たち。嬉しいだろうけど今回のは所詮、練習試合よ。本番での勝利はこんなもんじゃない。しかも勝って上に行けば行くほど、勝利の味は格別になるわ。そいつをとことん、しゃぶり尽くすわよ!」
いま味わう初勝利の味以上に、嬉しい勝利が未来には待ってる。
本番での勝利、そして努力の末の勝利だ。これほど嬉しいことは、学生の時にはなかなか味わえるもんじゃないだろう。
まだ想像にすぎないけど、これには巻き毛の奴まで興奮した面持ちで、ハーマイラたちと楽しそうに笑ってる。
そうだ。期待して努力して、お前たちは上に行くんだ。
練習試合の結果は他校に必ず伝わる。
特に聖エメラルダ女学院は、前回の練習試合でやらかしてるだけあって注目度が高い。
今回は意味不明に設備をぶっ壊したり喧嘩をやらかしたわけじゃなく、魔道人形を新型に買い換えた初戦で、まともに戦っての圧勝だ。きっと強豪校は慌てて情報集めに奔走するだろう。
いいとも。どんどん調べろ。そして対策するがいい。
どんなに備えようが、そいつを余裕で踏み潰して進むのが王者ってもんだ。聖エメラルダ女学院がどう変わったか、しかと見るがいい。
今のところじゃ、強豪にはむしろ立ち塞がる大きな壁になって欲しいくらいだ。踏み台として、せいぜい有効活用してやる。
並居る強豪を食い破り、捲土重来どころか、かつての栄光を上回る倶楽部にしてやろう。私とあいつらになら、きっとそれができる。




